《瞑想小説 狩人》

瞑想

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美姫の場合

美姫の場合㉝

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 暗転する網膜に掛かる紫色のカーテンレール。走行する地獄列車への乗車を命ぜられたのと第一度目の消氣の瞬間は同時。簡易的な利便性に包装された奥様の情事。狼狽態度の性奴隷は目を覚まさずにマンションの一室で雲間に揺蕩う。以降の出来事は刑事罰の中に在り形而上学の存在を真向(まっこう)から否定する性悪説の物語。

 彼女…つまり私のことですが…向こうの世界を正味一時間程度,賞味(しょうみ)し笑味(しょうみ)していたとの事です。『すー』僅かな呼吸音で生の方角に魂が残っているのが理解できる。

 右足の突端から膝までは涅槃とか地獄とか言われる場所に傾いでいたとのこと。多摩市の大濠(おおほり)は水抜かれ。加賀市の外堀は夢幻回廊にして弓矢の名手に魂を抜かれ。私は涅槃へ誘う触手を持つ『バグ』に魂を抜かれつつ問答への答えを持たぬ身也。

 彼女…つまり私は拷問部屋(トーチャールーム)の南西方角から北東方角へと体位変換されつつ見事な狸縛(たぬきしば)りに整えられます。声は出ません。

 全筋肉が悲鳴を上げている。悲鳴を上げたい心までも悲鳴を上げている。パラドックスは黄金規律を無視し腸内洗浄を求めてもいる。彼女…つまり私は半人間であり半奴隷的存在。半分は生であり半分は死にて扱いは粗略(ぞんざい)。せめて丁寧に扱って欲しいものだわ。全く。

 暗転属(あんてんしょく)の街路樹が泣いている。『私はこんな場所に植えられたくなかった。』そんな言葉を伝えにくる。非常に低周波の意識震動を持って。嗚呼。嗚呼。嗚呼。右膝から大腿四頭筋までもが涅槃域に侵食されて新色を得ているのが理解る。

 彼女…私…。彼女…私。彼女…私。彼女と…私。交わした十字架模様の契約書から放たれる夢幻草のやうな匂いが辺りを包んでいる。

 『すー。すー。』もう少しお休みなさい。夜は未だ始まったばかりなのだから。初夜は弐夜に続くでしょうし参夜にも四夜にも結ばれているのだから。緊縛絵図の最下端を御覧なさい。其処に麻縄が在るでしょう。其処に銀色の鎖が在るでしょう。

 見えぬだけで其の緊縛主題の絵画は延々と続いている筈。新幹線が新潟から海底編へと改訂されるのを決める法定の出来事のやうに。だからお休みなさい。休めるものならば。

 彼女…私。其の身体。狸縛りといふ何とも哀れな緊縛姿。まるで使い捨ての魔法瓶みたい。可哀想。まるで使い方を識られぬ風呂桶みたい。それも可哀想。まるで処女喪失の鮮血を鉄バケツに収められて献上される被験者の様相。そしてそれも可哀想。

 暗転した舞台に登壇する当座の特殊舞台みたい。其処に敵は居ないのに探すの。嗚呼。何て可哀想。これでは自己肯定感も上がろう筈がないわね。無駄死には止めて頂戴。御願ひ。

 彼女…私。其の身体。賠償額を決められぬ延々と連綿と点々と続く訴訟事案みたい。扱いは高級娼婦のやうであり雑多でもある。正月氣分で生まれたのに夏の熱さに腐る饅頭(まんじゅう)みたい。挨拶(ボンジュール)も告げられずに死を迎えるのは嫌。嫌なの。せめて銀座目貫通りを闊歩してみたい。とびきりの高級下着を身に纏って。

 彼女…私。割れた目玉焼き。半熟部分が最も美味しいと啄むのは止めてくださひ。其処に魂は這入っていませんので。もう少し熱を加えてから咥えて頂戴。そうして頂けるのならば貴方の突端に舌を這わせます。御求めのままに。御求めのままに。裾野から収縮する部分に罪名を付してくださいまし。同部分を丹念にお舐め致します。御求めのままに。御求めのままに。

 彼女…私。願ひ虚しく侵入者防止法案の可決直前に戯れに興ぜられた飲食物(サパー)。其処は虚無の世界。其処は彼(か)の空海が論じる『空』『没頭』『過集中』の世界。

 右の太腿全般が紅色に染まる時、帰り支度を済ませた学徒の集団下校に蜩(ひぐらし)が鳴く。悲しい声に包まれる簡易包装紙。揺れ切り捨てられた端数は左利きの誰かの所有する側溝へと流される。同瞬間に不立文字は権限(けんげん)を顕現(けんげん)し紫の煙に掛かる強烈な震動。

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