《瞑想小説 狩人》

瞑想

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交差

6時66分

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 『ぴくん/ぴくん/ぴくん』娘は跳ねる。洞窟の中に床面を蹴れぬ空振足の音が反響する。細い腰は更に拗られ腰椎が悲鳴をあげる。此等の音階は救いの御子殿を起こす事はなく,中空を漂い壁体に吸収される。抑々,件の洞窟は業の中でも最も陰鬱な嫉妬の集合体で形成されており,救いの手など何処にも在りはしない。

 嫉妬で死した者共の振動数は低く,弱く,卑屈で臆病だ。其れ故にもっと弱い齢を常に探しており脆いものを無碍に破壊したいと願う習性を持つ。松ぼっくりを炎で炙り散らす弱体者の集合体のやうなもの。苔や花の末端を蹴って遊ぶ趣味を抑えられない人のやうなもの。

 『嗚呼/嗚呼/嗚呼』娘は叫ぶ。目を開いている筈の網膜には紫と紺の混合色で飾られた煙しか見えぬ。いよいよどうにかなってしまうのかも,という思いが前頭葉を掠めるが既に同箇所も頭蓋中も蟲の手中に堕ちている。頭の中で花火が鳴っている。涼やかな故郷の夏の日は曖昧模糊な記憶として隅に追いやられ「済」の焼印を押されている。

『美味いな。想像どおりだ。嫌/想像以上だ。』

『お前。俺たちのお眼鏡に適ったぜ。』

『此処は…右手第五指末端の神経叢か。』

『どれどれ。頂いてみやう。動くなよ。』

 左右の鼓膜には高性能な顕微鏡,又はソマトスコープでしか確認出来ぬ小さな穴が開けられている。無論,犯人は脳内進行中で侵攻中の新興蟲(しんこうちゅう)である事を申し添える。内部で卍文字の如き乱舞を継続する蟲ゝの動きは思考(しこう)を支配し/嗜好(しこう)を支配し/歯垢(しこう)を溶かし/詩稿(しこう)を突き破り次の頁をめくる。

 彼等は各々が個体意識を保持しているものの,目視出来ぬ集合的意識の神経経路で繋がっており(※其れはまるでヨーガのスシュムナー管のやうだ)互いに情報を上手く交換している。此方の肉は甘いぞと。此方が中枢に向かう方角であるぞと。此方で少し遊んでいこう,娘のリアクションが随分とよさそうなので。と。

 続く穿孔作業。『旅ゆけば/明日の我が身は/耳の中』『鳴かぬなら/泣かせてみせやう/此の身体』『泣かぬなら/泣かせるまでよ/脳いぢり』『啼け喚け/脳味噌いぢりの切なさよ/伝われ後世へ/被虐の絵として』蟲達の俳句は見事なもので陰の韻に美を感じ骸骨達が拍手喝采(はくしゅかっさい)で応えるのを見る。当の彼女は小さなバストを震わせながら脳内伐採(のうないばっさい)に苦悶の声。

 『嗚!呼!嗚!呼!』快楽中枢についての情報を集める彼等。痛覚周波数の情報を集める彼等。情報は互いに交換され,同情報をもとに娘が最も嫌がる台本を即時,生成出来るのが彼等の素晴らしいところであり最悪なところでもある。娘の脳内回路のうち右手第五指に繋がっている糸を見つけて歓喜するが換気はしないといふ。其の糸を暫く眺めていたが物足りなくなってきたといふ。其の糸の触感と食感とを確かめたいといふ衝動に抗えぬ蟲の本能。

 神経を直接的に弄び遊ぶのは非常に面白い。非常に面白い。彼等は其の糸を上下左右に引(ひ)き,曳(ひ)き,氷姫(ひき)の反応を楽しんだのち,舐め回し,軽く舌先で衝き,時に滑(ぬめ)りのある触手で触れて遊ぶ。おおいに遊ぶ。おおいに遊んでいる。

『嗚!呼!嗚!呼!』喘ぎ声の定期便が時間どおりにやって来る。6時66分66秒という,存在し得なぬ時間を指定すればきちんと2時22分22秒に被虐的な少女の咆哮がもたらされる。其の声は閲覧者たる腕組み骸骨達への奉公であり/供物であり/添物であり/餌であり/捧げ物であり/年度末の年貢でり/諸先輩方への敬意であり/夏祭りの裏路地であり/夕暮れに失った処女の鮮血であり/protruding ribsであり/cumshots on whole bodyであり/涼やかな扇風機(※壊れているので只のオブジェと化しているもの)であり/季節を忘れた枕草子であり/耳内車輪(インナーイヤーチャクラ)の萌芽を待つ聖徳太子であり/あてに出来ぬ毒耐性であった。此処は涅槃図/此処は涅槃図の中。

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