《瞑想小説 狩人》

瞑想

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霧の物語…scene3

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絡み合うのは言葉と視線
右手と左手は繋がれておらず
左手と右手に関しても同様だ

初夏とはいえ夜はまだ寒い
水分を含む空気と橙の街路樹は
言葉の距離を近づけたがっており
体温の均衡を求めてもいた

歩幅と同等だった距離は肩幅へと
互いの吐息が聞こえる距離へと
夜の雰囲気が刹那一時の魔法をかける

夜とはそういうものなのだろう
空白の時間が叙情的な処理を求めており
その空白を言葉で埋めようとする二人

『そうよ。あなたが必要なの』

『今の君の生活に?』

『そうよ。間違ってはいないわ』

『どのようにすれば君は満足なんだ
 具体的に何をして欲しいんだ?』

『それを考えて欲しいの。一緒に』

『いまいち意味が掴めない。言葉のグリップ力が足りない事を先に謝っておく。もっとも…握力が88あっても君の言葉を掌握する事はできないと感じるが』

『素敵な言い回しね。好きよ。そういうの』

一足も二足も早く
紅葉になれると過信し
高揚に包まれている樹々の影
暗がりには二人/男と女

欄干の奏者は相変わらず
楽器の演奏に只管/没頭している
奏者は当時の正確なピッキングについて
[広葉樹をイメージして弾いていたまでです]
そのように後日談として誰かに語る

気まぐれな大会で二位になる同奏者
営利団体への専属に関する誘いを断ったらしい
まぁこれは下らない過去の話なので却下

『俺は特別な存在なのか』

『そうよ』

『君にとっての』

『そうよ』

『そして俺が
 腹ペコのワニの餌になるんだな』

『私の心の中にはね。何時も何処でも。何をしていても。夫に抱かれていても。夫以外の男に抱かれていても。満たされない空白があるの。空白の中を旅しているのが本当の私。ワニは大口を開けて何時も乾いているの。わかるかしら』

『随分と貪欲なワニなんだな』

『そうよ。何時も渇いているし腹ペコなの。まがい物の液体を入れると吐き出すわ。農薬まみれの野菜も大嫌いみたい』

『俺の言葉は吐き出さない?』

『そうみたい』

『俺の見た目は吐き出さない?』

『そうみたい』

『成程。君の中のワニに適正な栄養を与えてやれるのが俺だという事は理解できた。少し纏(まと)めて包(くる)んで解りやすくしておくと…』

『……』

『君は今の生活に満足している。夫との関係においても。朝食にはモーニング/コーヒーをつける事を欠かさないし、人並みに新聞やテレビを見る。二人で映画を見に行ったり金利の交渉電話を掛けたりもする』

『同じく人並みに少しずつの秘密を持っている。例えば君の今の状況なんかもそうだ。ここまでは合っているか?』

『…概ね。続けて』

『でも…満たされないものがある。それは渇望のようなもの。心の中のワニが何時も腹を空かせている。渇いてもいる。一日のうち君は24時間以上それを感じている。一年で表現すれば365日以上それを感じている』

『そうね』

『沢山の知り合いの中で…君の言葉を直接引用するなら、君の身体を抱いた…つまりセックスをした男性達でもその空腹も渇きも癒せなかった』

『そしてそれを満たせるのは…何年も、ひょっとして何十年も会っていない俺以外に居ないと感じてしまった。朝食のクロワッサンを焼いている朝。唐突に』

『合格ね。369点ってとこよ』

『高得点なのかそうじゃないのかはどうでもいい。テスラの数字で纏(まと)めて頂いた事には感謝を告げておく。…続きをもう少し。だからといって俺に何をして欲しいのか自分では解らない』

『…………』

『それを一緒に考えて欲しいと
 君はそんな事を言いにきた
 それが俺に手紙を書いた理由
 つまり俺を誘い出した理由』

『963点だわ。有り難う』

欄干の奏者はブラックコーヒーを一口
喉を潤す最も黒い液体を一口/飲み込んだ

その溜飲音で強調される静寂時間
大きな橋桁は流速に抗(あらが)い
物語の次頁をめくらないかと二人に問うた

月も同様の思いであるのだろう
少し目を細めてしまえばいいのに
少し肩を寄せ合えばいいのに
そんな思いで二人の肩を軽く叩く

会場に戻ることを提案する彼に
彼女は首を振る所作/細い首だった

腕時計を持っていない事は幸いだ
快適電話の電源も切っておこう
それは彼女の本気に対して失礼だ

彼女の瞳は綺麗だった
彼女の言葉も同様に

腰骨の細さが月光に引かれ陰影を増し
煌々夜が彼女の背伸び仕草を水面に投射する

そんな夜だった
これは霧の物語

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