私のシンゾウ

駄犬

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苦渋

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 私の顔を覗き込む彼の顔へ、口から漏れる酒気に託けて吐瀉物を落としても何ら気を病むことはなさそうだ。眉間に薄く走る亀裂は、他者を慮る体裁をみごとに再現しているが、眼前にそれを見せられている私の気分は最悪だ。

「別に……」

 これは所謂、八つ当たりである。私が過去に経験し、実際に抱いた感情が全くの見当外れであったことへの憤りから、彼に対して意固地な態度を取ってしまっている。

「そうか」

 間を置くより近くにいることによって、過去の親交を掘り起こそうとする彼が、私に対して興味を拙速に失っていくのを肌で感じた。同窓会に出席しておきながら、自ら旧友との関係を絶とうとする私は、とんでもない阿呆である。ひたすら頭が落ちた。

 時間の流れはきわめて愚鈍である。まるで水中でもがいているかのように、宙ぶらりんとなる意識は、次から次へとアルコールを摂取する言い訳の種となり、傍目に見れば暴飲と言って差し支えないだろう。それでも、関心を向けられるだけの存在感は私にはなかった。常に視線が揺らめいて、定まらない焦点をどうにか操り、右ポケットに入れているスマートフォンを取り出す。時間の経過を見て、私は静かに笑った。図らずも、幹事は右腕に巻いた時計をチラリと一瞥した後、やおら立ち上がってこう言うのである。

「そろそろお開きにしましょうか」

 既に社会人として自立した皆の立場を慮った幹事の発言に、誰も首を横に振ることはなかった。

「二次会に行きたい人は、それぞれの判断にお任せします」

 万年床と変わらない平たい座布団から立ち上がろうと、左膝を支柱に見立てて右足での自立を図れば、ぐにゃりと足元が歪んで平衡感覚を失う。彼から愛想を向けられるような人間ではないことを、私はついさっき自ら証明したつもりだ。それでも、清く正しく育まれた倫理観の手前、介助を必要とする人間を蔑ろにすることは出来なかったのだろう。きわめて理性的な彼の介助による手が、私の肩を掴んで支える。失態に失態を重ねる機会はみごとに避けられたが、彼の口から漏れる嘆息の音は、確実に私を蔑んだ。長らく顔を合わせずにきたクラスメイトから、たったの数時間で軽蔑されるバツの悪さは、彼女が殺人を起こしたことによる連鎖反応といえる。手前勝手な託けを行ってまで、殊更に他責をしたい訳ではない。客観的な思考をもとに、私は彼女から迷惑を被っていると判断したまでだ。

「ごめん」

 私の声は、耳を傾けていなければ聞き逃して当然の小ささであったが、彼は門外漢の出来事と相対したかのように気にも止めない。というより、私に対して興味がないといった風だ。

「つぎ、あそこ行く?」

「早く移動しようぜ」

 同窓会という名目でなくとも、既に繋がりのある者同士は、わざわざ二次会へ誘い出す為の惹句を用意する必要はない。目配せや仕草、一つ二つの言葉などで梯子する居酒屋のメンバーが選定されていっている。
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