百一回目の解体新書

駄犬

文字の大きさ
上 下
3 / 15
百一回目の解体新書

夢見心地

しおりを挟む
「はっ……え、なんで」

 矢継ぎ早に口が崩れ、言葉にならなかった。状況の理解に達さない神妙さだったのだ。声に意味をもたすなら、「神隠し」という言葉が当てはまる。混迷であった。

「悪い夢だ」

 もぬけの殻となった風呂場で自嘲する。カーテンを閉め切った暗中の居間に浸かると、灯りの代わりにテレビの電源を点けた。

「本日、七月十一日は天気に恵まれ」

 若い女がハキハキと元気にそう言い、

「お出掛け日和となりそうです」

 太平楽な笑顔を浮かべた。煩雑な頭を無理に片付けるなら、夢を見ていたというオチをつけなければ収まらない。辻褄が合わない。

「……」

 あまりに強い切望が、俺に夢幻を見せたのか。そうとしか思えない。巻き戻ってしまった日付と折り合いをつけ、俺はもう一度決意を新たにする。

「もう一回、捕まえよう」

 机上で組んだ道のりが再び顕現する世界の不思議さに、予め貰った回答用紙と答え合わせをするかのように風景を眺めた。空に伸びる野焼きの煙やカラスにつつかれ道沿いに散乱するゴミ。すべてが宇宙の法則に従って運動する物質世界を鼠色のゴンドラで遊覧する。町の移ろいに終止符を打ったのは、二度目となる獲物の姿だった。

「夢みたいだ」

 寸分違わぬ時刻にて、俺たちは再び居合わせた。狩りをする動物の資料映像に比肩する、じりじりとした間合いの詰め方で車をあやなす。全く同じ動作でもって、一連の出来事を淡々とこなした。鶏の首を掴むかのような卑近な思いで獲物の喉元に圧迫感をくわえる。すると、気が触れたように頭を振り、俺の手を解こうとした。それでも毅然と振る舞えたのは、前回の犯行が布石になったからに違いない。そして、首を掴むだけが唯一の手立てではなかった。マイナスドライバーの背で肘打ちをするように何度もこめかみを殴打する。

 自発的に振り子運動を繰り返していた獲物の頭は、殴打に合わせて前後左右、不規則に振れだし、こめかみは殴打の影を落とした。すっかり出来上がった獲物は窓枠にしなだれて、俺は介抱するように車内へ引き込んだ。手慣れたものである。獲物を扱う勝手がわかり、手こずるなどして時間を無駄に過ごすことはない。滞りなく帰路を辿って、再び浴室へ獲物を転がした。

 欠陥を抱えた人間が起こす事件は悉く見るに耐えないらしい。生まれや育ち、環境を鑑みてその欠陥を洗い、どうして凶行に及んだのか。さまざまな見地から意見を投げ合い結局、知らぬ存ぜぬで終わる。つまり、俺のこの行動を詳らかに出来る奴は存在せず、自分ですら理解できていない。ただ、分かることは一つだけ。四肢を失った死体に郷愁を感じるということだ。

 目覚ましが鳴る。身体に差した熱が今も尚、冷めることを知らない。そして、手に残る肉を切った感覚が根深く存在し、空で解体を再現できそうだ。

「夢、じゃないよな」

 これほど鮮烈に感覚が残存していながら、疑心暗鬼になってしまう。

「はっきりさせてやる」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

ゴーストバスター幽野怜

蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。 山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。 そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。 肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性―― 悲しい呪いをかけられている同級生―― 一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊―― そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王! ゴーストバスターVS悪霊達 笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける! 現代ホラーバトル、いざ開幕!! 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

カゲムシ

倉澤 環(タマッキン)
ホラー
幼いころ、陰口を言う母の口から不気味な蟲が這い出てくるのを見た男。 それから男はその蟲におびえながら生きていく。 そんな中、偶然出会った女性は、男が唯一心を許せる「蟲を吐かない女性」だった。 徐々に親しくなり、心を奪われていく男。 しかし、清らかな女性にも蟲は襲いかかる。

執着

流風
ホラー
職場内での女同士の嫌がらせ。 鈴音は遥香へ嫌がらせを繰り返した。ついには、遥香の彼氏までも奪ってしまったのだ。怒った遥香は、鈴音の彼氏を寝取る事を考える。 鈴音の彼氏に、 「浮気された者同士、一緒に復讐しましょう」 と提案するも、それは断られてしまった。 あっさり寝取られた自分の彼氏。寝取れなかった鈴音の彼氏。 鈴音の彼氏を奪う事に執着していく遥香。それは死後も続いてしまう。 R15は保険です。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

処理中です...