親愛なる記者の備忘録

駄犬

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意味深長

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 私は手を引くように、言葉をそれとなく添えて「牧田紀夫」を誘導した。すると、徐に口を開けて、頭の中の記憶に目配せするように視線を斜め上に持ち上げる。私は、最後の一押しに出た。

「時刻は午後十六時。首を長くして信号が変わるのを待っていたときに、それは出し抜けに起きた」

 生唾を飲み込む喉の蠕動を盗み見る。手持ち無沙汰を誤魔化すように袖を捲り上げると、鼻や腰など、忙しなく手で弄って居心地の悪さを有耶無耶にしようとする苦心が垣間見えた。私は続ける。

「大きな地響きと共に、地面は崩れて、空から遠ざかる。一瞬の出来事に、状況を把握するには頭の鎮静を待つ他なく、陥没に巻き込まれた周囲の人間達が見せる反応で、少しずつ自我を取り戻していく」

 長広舌に足を踏み入れた私の講釈へ、「牧田紀夫」は苦い顔を浮かべ始め、口に入った汚水を吐き出すように言うのである。

「わかりましたよ。話せばいいんでしょう」

 私が言わんとする事を明確にし、前進する事を望んだ「牧田紀夫」に感謝する。

「お察しが早い。さすがバーテンダーさんだ」

 私は名刺を速やかに渡すと、改めて事故についての言及を始めた。

「被害者の皆さんから共通して妙な事を聴いたんですよ。人災と一口で括るには少し咀嚼できない道理と言いましょうか」

「……なるほど」

 私の了見に幾ばくかの理解を示すと、目蓋の裏を座視するようなうつけた瞳をした。それは、己が体験と照らし合わせる回顧であろう。口に出せと促す方法は悪手である。「牧田紀夫」がそぞろに口述する時を待った。

「俺は、あの日。買い出しに出ていて、店に戻っている途中だった。事故に巻き込まれたのはひとえに不幸だといえるが、軽症に済んだのも合わせて貴重な経験をしたと思う」

 後ろ向きな思考による悲観的な鈍重さは見られず、もはや事故は過去のものとして消化する真の強さが窺える。

「それで、妙な事といえば、風を感じたんだよね」

「風?」

「そう。突風と形容しても過言ではないと思う」

 これまでとはまた違った見解が飛び出し、私は殊更に傾聴する。

「地面が崩れる前かな。丁度」

 陥没の原因に辛うじて繋がる出来事が塵のように積み重なるものの、想像の域を出ず、筆を取るにはあと一歩足りない。

「他は何かありませんか?」

「うーん、難しいなぁ」

 ままならないと言いたげな首の傾げ方に、形を成さないあやとりを二人でする姿が脳裏に掠める。それはつまり、私の詰問に応じて脳がありもしない現象を拵え、「牧田紀夫」の口を借りるかもしれないという、漠然たる憂慮である。

「……」

 私は何を言うべきか悩み、ぽつねんと時間が横たわった。すると、「牧田紀夫」は気恥ずかしそうにこう言うのである。

「あとは、鳴き声ぐらいかな」
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