親愛なる記者の備忘録

駄犬

文字の大きさ
上 下
14 / 24

絵に描いたような不審者

しおりを挟む
「そうですか」

 今日は、「蓮井廉」から話を聞けただけでも御の字だろう。帰路につこうと踵を返し、後ろ髪引かれる思いとは一線を引くつもりで颯爽と歩き出そうとしたところ、私はある一人の女性に目を奪われた。帽子を目深に被り、コンビニ袋を片腕に下げて俯き加減に歩く。何の変哲もない町の風景であったが、穴の開くほど、まじまじと凝視する。そうすれば、件のアパートの正面玄関に向かう導線を目の当たりにした。

「これだ……」

 私は、物陰に身を寄せて、しずしずと時間が流れるのを待つ事にした。街灯がぽつりぽつりと点き出して、空が暗くなり始める。学生服やスーツなどに袖を通す人々が家路を足早に進む姿を横目に、私はアパートから決して目を離さない。一人の人間を監視しようとする姿は、社会的な立場によって変化する。今の私は確実に卑しく、人に話しかけられれば、その気受けを良くする手段を持たない。

「……」

 携帯電話という暇に味方する心強い側近を片手に、勁草の根をコンクリートの地面に下ろしてから一時間程度だろうか。初めの頃より集中力が落ちてきて、視線も散漫になってきた頃、再びあの女性が正面玄関から姿を現した。まるで見初めたような心のざわめきをあやなしつつ、やおら歩き出す。

 足音の存在を嫌い、街灯の灯りすら嫌えば、偏愛を体現するストーカーそのものだったが、後ろめたさに気後れするような心持ちとは既に縁を切っている。ジャーナリスト精神と呼ばれる高尚な後ろ盾を振りかざすつもりはなく、私は只、この好奇心がどう満たされるかに於いて、気を払い行動する。それは即ち、女性が抱く恐怖心を度外視し、自己中心的な考えをもとに事にあたる、非難を受けて当然の立ち回りであった。

 女性が進む曲がり角の先は、まさに閑静な住宅街に相応しい人気のなさが看取でき、嬉々として歩を進めた。そして、突飛な声掛けに至る。

「あのー、すみません」

 この世ならざる者を見たかのような面持ちで私を睨みつけ、声を失する様は恐怖と形容して差し支えないだろう。あらゆる手を尽くしても、好感へと覆りそうにないが、形式に則って、以下の所作を拵える。

「私、こういう者で」

 厚顔無恥にも身分を証明する名刺を差し出した。「柳香織」の気持ちからすれば、些かも猜疑心を解く助けにならないだろう。私だってそう思う。

「ああ、そうですか」

 この通り、名刺を受け取らずに前に歩き出した。はっきりいって、「柳香織」を説得する材料は皆無だ。これ以上、執拗に付き纏えば警察沙汰に発展しかねない。

「柳香織さんのお友達ですよね?」

 ただ一言欲しいのだ。

「……」

「私はあの事故の被害者二名から既に話を聞いているのですが、不可思議な事が多いんですよね」

 私をそこらに吹く風と変わらぬ扱いをしていた女性が、聞き捨てならない言葉の返しに服を引っ掛けたように立ち止まった。

「どういう意味ですか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...