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最終章
覚悟のほど
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アイやカムラ以外の者達は、訝しげに面差しを拵え、バエルが発する一語一句に対して懐疑的な態度を湛えたが、そんな光景を黙殺するバエルの柏手は、口を突いて出そうな反抗の言葉に蓋をする。
「?!」
頭上に感嘆符を見ても不思議ではない。目蓋を下ろしたかのような暗闇が目の前を支配し、知らぬ間に底冷えの冷たさに両足を突っ込む。突拍子もなく足元から水飛沫が上がれば、顎をガクリと落とすのも当然であった。ついさっきまで、過剰なまでの光源に晒されていたせいだろうか。壁のような分厚い暗闇に夜目が利かず、まるで視力を失ったかのような感覚に襲われる。レラジェは顔を左右に振って、頻りに自分がどこに居るかの確認に走った直後、夜空に穴が空き始め、いくつもの光の筋が地上に根を下ろす。直ぐに誰の仕業であるかを察すると、高層ビルに匹敵する黒々とした生物が、足を踏み出すたびに湖畔が大きく波打ち、膝頭を叩いた。
呆気に取られて周囲を見渡すレラジェに、今にも頭を抱え出しそうなベレトの苦悶の表情や、まばたきの間に景色が一変したことへの驚きから目を白黒させるイシュなど、三者三様の驚き加減にある中でスミスは事前にあらましを終えているかのような冷静さがあった。そして、忌々しそうに唇を噛む。めくるめく変化に世にも奇妙な景色を前にしたイルマリンといえば、如何にして世界が危険に晒されているのかをやおら認知し、我関せずを貫くつもりでいた
身分から当事者側に軸足を置き直す。バエルに忠誠を誓うアイ並びにカムラは、全てを受け入れる心構えが出来ており、背筋を真っ直ぐに伸ばしたまま仁王立つ。
「ここは数多の魔術師が命懸けで張っている結界内だ」
例によって、バエルは空中で鎮座し、心の準備もさせないまま八名もの人間を首に縄を付けて連れ出したことを一つも詫びず、さも当然であるかのように地上で困惑気味な彼らを見下ろした。
「いいかい? 僕達が助かるには、今目の前にしている生物を全て薙ぎ払うしかない」
もはや脅迫と変わらない投げかけに、レラジェが大きく息を吐く。
「大丈夫さ。君達は強い。そして、この国で最大の名誉を貰い、十三の王族より身分を高め、魔術師主導の時代を手繰り寄せる」
見返りを提示することにより、この理不尽な経緯を咀嚼させようとするが、まるで吐瀉物をご褒美に出されたかのような、納得のいかない顔が雁首揃えて並び、一方的な利害関係を結ばせようと励むバエルの口車に嫌悪感を隠さない。
「ったく」
イルマリンは地団駄を踏んで悪態をつけば、足元の水が跳躍し、イシュの頬を叩く。
「……」
安寧をひとえに望み、責任の放棄に努めて、知らぬ存ぜぬを貫いてきた習性が、退路を絶たれて初めて省みる必要が出てきた。イシュは全身で息を吸い込み、承服しかねる事態に対して真正面から向き合った。そして、炯々たる眼差しを拵える。
「?!」
頭上に感嘆符を見ても不思議ではない。目蓋を下ろしたかのような暗闇が目の前を支配し、知らぬ間に底冷えの冷たさに両足を突っ込む。突拍子もなく足元から水飛沫が上がれば、顎をガクリと落とすのも当然であった。ついさっきまで、過剰なまでの光源に晒されていたせいだろうか。壁のような分厚い暗闇に夜目が利かず、まるで視力を失ったかのような感覚に襲われる。レラジェは顔を左右に振って、頻りに自分がどこに居るかの確認に走った直後、夜空に穴が空き始め、いくつもの光の筋が地上に根を下ろす。直ぐに誰の仕業であるかを察すると、高層ビルに匹敵する黒々とした生物が、足を踏み出すたびに湖畔が大きく波打ち、膝頭を叩いた。
呆気に取られて周囲を見渡すレラジェに、今にも頭を抱え出しそうなベレトの苦悶の表情や、まばたきの間に景色が一変したことへの驚きから目を白黒させるイシュなど、三者三様の驚き加減にある中でスミスは事前にあらましを終えているかのような冷静さがあった。そして、忌々しそうに唇を噛む。めくるめく変化に世にも奇妙な景色を前にしたイルマリンといえば、如何にして世界が危険に晒されているのかをやおら認知し、我関せずを貫くつもりでいた
身分から当事者側に軸足を置き直す。バエルに忠誠を誓うアイ並びにカムラは、全てを受け入れる心構えが出来ており、背筋を真っ直ぐに伸ばしたまま仁王立つ。
「ここは数多の魔術師が命懸けで張っている結界内だ」
例によって、バエルは空中で鎮座し、心の準備もさせないまま八名もの人間を首に縄を付けて連れ出したことを一つも詫びず、さも当然であるかのように地上で困惑気味な彼らを見下ろした。
「いいかい? 僕達が助かるには、今目の前にしている生物を全て薙ぎ払うしかない」
もはや脅迫と変わらない投げかけに、レラジェが大きく息を吐く。
「大丈夫さ。君達は強い。そして、この国で最大の名誉を貰い、十三の王族より身分を高め、魔術師主導の時代を手繰り寄せる」
見返りを提示することにより、この理不尽な経緯を咀嚼させようとするが、まるで吐瀉物をご褒美に出されたかのような、納得のいかない顔が雁首揃えて並び、一方的な利害関係を結ばせようと励むバエルの口車に嫌悪感を隠さない。
「ったく」
イルマリンは地団駄を踏んで悪態をつけば、足元の水が跳躍し、イシュの頬を叩く。
「……」
安寧をひとえに望み、責任の放棄に努めて、知らぬ存ぜぬを貫いてきた習性が、退路を絶たれて初めて省みる必要が出てきた。イシュは全身で息を吸い込み、承服しかねる事態に対して真正面から向き合った。そして、炯々たる眼差しを拵える。
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