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第二部

魔術に療法

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 バエルから指導役を任されたアイは俺の意思に関わらず、問答無用に城へ出戻ることを強要した。湿った城内の肌寒さがついて回る陰鬱とした雰囲気は、慢性的な灯りの乏しさに紐付いており、電気の登場が今か今かと待たれる。

「私……の部屋でいいですよね?」

 アイが指遊びに興じてあどけない視線の揺らぎを見せ、あたかも俺に選択権があるかのように演出した。

「いいですよ」

 投げやりに返事をしてやれば、アイは頬に笑窪を作り、足早に階段を登っていく。そして、いくつかの踊り場を経た後に、二手に分かれる廊下の右手に沿って歩く。

「このお城、なかなか広いですよね」

 城の良し悪しを語るには些か見聞が足りず、悩ましく唸って、評価を語るのを先送りにするしかない。

「わたしの部屋は奥にあるから、余計に」

 苦笑するアイの見目の通り、数多の扉を見送ると、突き当たりの壁をすぐ近くに捉えた直後、足は立ち止まった。

「……」

 木の扉に鍵穴と思しきものが付いており、ベレトが支配下に置いていた城より遥かに個人の空間は尊重されていた。

「汚いかもしれないけど」

 現代に通底する前口上に思わず笑みが溢れた。部屋に入った瞬間、血の匂いが鼻を突く。無知を理由に軽口を叩いて男の風上にも置けない無頼漢を演じる気もなければ、机上の紳士のうわべをなぞり、言葉遣いから所作に至るまで全てを曖昧模糊にこなす気もない。ここに連れてこられた本懐をあくまでもやり遂げる気構えで、アイとの問答を恙無くこなすつもりだ。

「わざわざ部屋で魔術の使い方を教わるのか?」

 さんざん魔術の可能性には魅せられてきた。規模の大小はあれど、閉じた空間で魔術を扱うことは、箱に入れられたノミが本来の跳躍を失うのと変わらない。型にはめられた魔術の使い方など、視野狭窄がもたらす悲劇だ。

「それは大丈夫」

 アイはベッドに腰を下ろすように指示を出して、俺が思案する心配事を包括的に杞憂であると諭す。不承不承ながら、俺はそれに従い、初めて入った女性の部屋のベッドに尻を預けた。

「目を瞑って、身体の力を抜いて、無心でいて」

 催眠療法を想起する掛け声に合わせて、睡魔を引き寄せるように脱力した。

「部屋にいることは意識しないで。わたしの声だけに意識を集中して」

 赤の他人の指図を間に受ける阿呆が一人、ここにいる。一切の疑問を口にせず、ひたすらアイの言葉に傾倒する様は、盲目的な恋煩いと区別がない。ただ、水先案内人の言葉を一から全て欺瞞をもって接するような煩わしさには真似できぬ速度感で異世界に適応できるはずだ。

「貴方は今、闇の中にいる。空から降り落ちる光もなければ、地面を蹴って浮上する術もない。伽藍の中」

 緩んだ口の隙間すら気にせず、微睡むように浅く呼吸を繰り返す。雑念に囚われていつまでもベッドの上を転がる寝入りの遅さが今は嘘のように感じる。寝息を立てないまでも、その精神状態はもはや快然たる眠りにつく前の凪いだ気分だ。
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