上 下
12 / 149
第一部

味は……

しおりを挟む
「そっかそっか」

 だんだんと砕けた言い回しがそぞろに出て来たのは、年齢の差をそれほど感じないトラビスの風貌に起因する。丸みを帯びた輪郭に、ワイヤーを通したかのような鼻筋と 目尻の垂れた眼差しは、柔和さに満ちていて気後れする心配がない。気怠げな語気は若者ならではの青さから来ているはずだ。俺はそれが判る。

「柱の何番目?」

 突飛な素性の詮索に面を食らったが、俺は恙無く答えた。

「第十四柱、かな」

「気の毒に思うよ。悪魔の看板を背負わされて、しまいには世界の動静に深く関わってしまう」

 俺が思っていた事を他人の口から聞き、比類ない喜びとなって笑みが溢れた。

「ありがとう」

 誠心誠意の感謝の言葉が裏返る事なく自然と出た。人との繋がりを億劫に思い、無口を装い教室の隅で気配を絶ってきた、俺の卑屈さに凡そ相応しくない素直さだ。配膳係が両手に皿を抱えて来た際も、俺は頭を深々と下げる。

「ごゆっくり」

 品を作る配膳係の所作に釣られて、ありもしないナプキンを首元から垂らすようなエチケットが醸成され、四角い肉を焼いた単純な料理にも、敬意を払って向き合う。

「とても美味しそうだ」

 フォークにナイフ。一目を憚らず手を付けたなら、恐らく早々に切り分けて次から次へと口に運ぶ粗野な食事を見せていただろう。だが今は、愛でるかのような手つきで、ゆっくりとフォークとナイフを使い、一切れ一切れに丹精を込める。

 味付けに対する忌憚ない感想を言うならば、薄味が先行し、後味に肉の臭みが鼻に抜ける下処理の悪さを隠し切れておらず、噛めば噛むほど悪食となって喉が通らない。はっきり言って、全て平らげるのは至難の業だ。横を見ると、トラビスはその料理を何の感慨もなく食している様子から、俺の舌がどれだけ化学調味料に汚染されていたかを知る。

「美味しいね」

 俺は盛大にへつらい、なんとかこの異世界馴染もうと傾注した。しかし、

「そうか? ぼくはそう思わないかな」

 トラビスの梯子を外す感想に虚を突かれ、不味いのを我慢して殊勝にも口へ運んでいた俺の努力が水泡に帰す。ただ今は、味覚の感覚についてそれほど差異がない事を喜ぼう。

「味覚は人それぞれあるよな」

 俺は都合よく言葉を繕いやり過ごすと、如何ともし難い肉の塊と相対す。先程までの思慮深さを手放して、細かく切り刻む。そして、一気呵成に掻き込んだ。味を感じる前に喉に通すのだ。

「なんだ。そんなに腹が減ってたのか」

 気恥ずかしい指摘を傍らに俺は手を止めない。少しでも滞れば、自分の首を絞めるきらいがあった。手を合わせて礼を尽くすまで、淀みなく口に押し込む。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...