8 / 149
第一部
責任の所在
しおりを挟む
「トラビスに君の部屋を案内させる」
ベレトは恐らく、先程の「号令」とやらを使う気だろう。魔法の一種と考えて良さそうだ。
「一ついいですか」
浮かんだ疑問を一人で消化するには些か知見が足りず、既に定住を果たしているベレトから後学を得るしかなかった。
「どうして俺を呼び出したんですか?」
人を顎で使う圧政を敷くベレトが、俺のような異端者を自ら増やす了見が気になったのだ。
「私達はこの地に混乱をもたらす事も、平穏をもたらす事もできる稀有な存在だ」
その節は覚えがある。バタバタと息を吹きかけるように人が倒れる様を俺はついさっき見た。
「この町を守る為には、次の強力な柱が必要だった。一か八かの賭けだった上に、召喚魔術を扱う事ができる貴重な人材を失ったのは手痛い交換条件になった」
ちくりと釘を刺され、俺はすかさず言った。
「……一体何から町を守るんですか」
「第一柱のバエルから」
幾度となく発せられる「柱」という単語にも馴染みがなければ、ベレトが大言壮語な語気を込めてその名を呼んだ理由も判然としない。
「柱とは一体なんなんですか」
「古くに存在したと云われる七十二体の悪魔の事だ」
現世の人間が悪魔の依代として異世界に召喚された。まるで用心棒を雇うかのような軽薄な考えのもとにバエルが召喚され、異世界の住民を蹂躙しているのならば、まさに浅薄と言わざるを得ず、あまつさえ俺を呼び出すなど言語両断だろう。
「ベレトさん、賭けにしてはリスクが大きすぎるでしょう」
「まぁ、召喚されたのが話のわかる人間で助かったよ」
苦笑するベレトに俺はお手上げだった。
「それでも、闇雲に召喚した訳ではない。キチンと序列を守った上での召喚だった」
俺を柱の「十四」と呼んでいた。数字がその序列を意味するなら、確かに俺はベレトより一つしたにある。配下に据えておくには最も卑近で一助とするのに格好な立場にあるようだ。
「コンコン」
木の扉が軽はずみに鳴った。
「トラビスがきた」
先刻の「号令」に従ってトラビスという名の人物が木の扉を叩いたらしい。
「君もこの世界に慣れる必要がある。部屋を用意してあるから、そこで先ずは足場を固めるがいい。そして、心穏やかにいろ。激しい感情の起伏は力の発露に繋がる」
それを留意する事に全く不満はないが、もう既に衆目の前で糞を垂れたおかげで、五人もの人間を殺めた。手遅れと言っていいし、ベレトが召喚に伴う悩ましい一つの事項として挙げていたが、トイレに篭っていた人間を不躾にも召喚したのだ。人を殺めた責任の片棒を担がされるのはなかなかに解せない。
「いいですか。あの人達が死んだのは自業自得ですよ」
「はいはい」
ベレトは子どもの駄々をあやすように、俺の背中を押して部屋の外へ追いやる。
「あとは頼んだよ。トラビス」
トラビスと呼ばれるこの男、廊下で鉢合わせて広間に行く道中を共に歩んだ水先案内人であった。空焚きのフライパンの上でタコ踊りする姿と相違ない、薄氷の演技を披露して以来の二度目の邂逅は、隣人に挨拶を行うような親しげさを拙速に繕い、再会に因んだ杓子定規な言葉を間に合わせる。
「また会ったね」
ベレトは恐らく、先程の「号令」とやらを使う気だろう。魔法の一種と考えて良さそうだ。
「一ついいですか」
浮かんだ疑問を一人で消化するには些か知見が足りず、既に定住を果たしているベレトから後学を得るしかなかった。
「どうして俺を呼び出したんですか?」
人を顎で使う圧政を敷くベレトが、俺のような異端者を自ら増やす了見が気になったのだ。
「私達はこの地に混乱をもたらす事も、平穏をもたらす事もできる稀有な存在だ」
その節は覚えがある。バタバタと息を吹きかけるように人が倒れる様を俺はついさっき見た。
「この町を守る為には、次の強力な柱が必要だった。一か八かの賭けだった上に、召喚魔術を扱う事ができる貴重な人材を失ったのは手痛い交換条件になった」
ちくりと釘を刺され、俺はすかさず言った。
「……一体何から町を守るんですか」
「第一柱のバエルから」
幾度となく発せられる「柱」という単語にも馴染みがなければ、ベレトが大言壮語な語気を込めてその名を呼んだ理由も判然としない。
「柱とは一体なんなんですか」
「古くに存在したと云われる七十二体の悪魔の事だ」
現世の人間が悪魔の依代として異世界に召喚された。まるで用心棒を雇うかのような軽薄な考えのもとにバエルが召喚され、異世界の住民を蹂躙しているのならば、まさに浅薄と言わざるを得ず、あまつさえ俺を呼び出すなど言語両断だろう。
「ベレトさん、賭けにしてはリスクが大きすぎるでしょう」
「まぁ、召喚されたのが話のわかる人間で助かったよ」
苦笑するベレトに俺はお手上げだった。
「それでも、闇雲に召喚した訳ではない。キチンと序列を守った上での召喚だった」
俺を柱の「十四」と呼んでいた。数字がその序列を意味するなら、確かに俺はベレトより一つしたにある。配下に据えておくには最も卑近で一助とするのに格好な立場にあるようだ。
「コンコン」
木の扉が軽はずみに鳴った。
「トラビスがきた」
先刻の「号令」に従ってトラビスという名の人物が木の扉を叩いたらしい。
「君もこの世界に慣れる必要がある。部屋を用意してあるから、そこで先ずは足場を固めるがいい。そして、心穏やかにいろ。激しい感情の起伏は力の発露に繋がる」
それを留意する事に全く不満はないが、もう既に衆目の前で糞を垂れたおかげで、五人もの人間を殺めた。手遅れと言っていいし、ベレトが召喚に伴う悩ましい一つの事項として挙げていたが、トイレに篭っていた人間を不躾にも召喚したのだ。人を殺めた責任の片棒を担がされるのはなかなかに解せない。
「いいですか。あの人達が死んだのは自業自得ですよ」
「はいはい」
ベレトは子どもの駄々をあやすように、俺の背中を押して部屋の外へ追いやる。
「あとは頼んだよ。トラビス」
トラビスと呼ばれるこの男、廊下で鉢合わせて広間に行く道中を共に歩んだ水先案内人であった。空焚きのフライパンの上でタコ踊りする姿と相違ない、薄氷の演技を披露して以来の二度目の邂逅は、隣人に挨拶を行うような親しげさを拙速に繕い、再会に因んだ杓子定規な言葉を間に合わせる。
「また会ったね」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ
Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」
結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。
「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」
とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。
リリーナは結界魔術師2級を所持している。
ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。
……本当なら……ね。
※完結まで執筆済み
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる