彼岸よ、ララバイ!

駄犬

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道化のガイダンス⑤

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「貴方は私が経験した中でシャワーを浴びるのが無類に早い」

 のぼせたように顔が重く、発汗していくのが手に取るように分かった。恐らく、血管を伝って多くの血液が立ち上り、紅を差したような顔色を覗かせているはずだ。私を穿つ彼女の視線に忌まわしさを覚えるものの、軽快な虚飾すら繕えずに両手を齷齪と開いて閉じる。言葉を窮する私の引き出しの少なさに彼女は見下げたのだろう。

「早くしたいんでしょう?」

 先刻の談笑が泡沫の如く消え失せ、性行為によって生じる金銭の受け渡しを目指す短距離ランナーに早替わりした。ただ必ずしも、それは嫌悪すべきことではない。私だって彼女をホテルに連れ込んだ動機の大部分に、「劣情」があり、数多いるであろう客引きに引っかかった一人なのである。私の下腹部は真っ当に反応し、ホテルの備品である白いガウンに身を包んでいても、目に見える形で存在感を現している。

 昨今の晩婚化に伴い、性との付き合いに手綱を握った手は、異性を介さないことで貞操は長年守られ、よもや棺桶に片足を突っ込もうとする団塊世代もいるそうだ。私はそんな惨めな思いをする気はなく、果ては性行為に基づく死因を人生の挽歌にする崇高な志しがあった。

 私は居ても立っても居られず、ベッドに膝立ちする彼女の前で、羽織ったガウンを脱いで見せる。遂にきたのだ。刮目せよ。空高く逝ってみせよう!

「え?」

 えらく間の抜けた声が突飛に上がる。私は胸を張って上げた顎を徐に下げていく。すると、直前まで今か今かと唸りを上げていたはずの愚息が、見る影もなく花が枯れるように縮んでいた。力を入れたとて、それは持ち上がることがなく、腰砕けの形なしを体現する。彼女が蠱惑的な言葉をを掛け、手練手管の前座に励もうとしても、うんともすんとも言わず、遂に彼女はこの世の冷笑を一身に背負った。

「もしかして……貴方」

 それ以上の言葉は聞くに耐えず、「恥」によって背中を押され、ガウンなどという舞い上がった姿から直ぐに着替え直す。

「どうしてこうなった、どうしてこうなった」

 ブツブツと私は垂らしながら、部屋をしずしずと出た。ホテルでの出来事が靄がかって、思い出すのもままならない不安定な精神状態にあると、家路を急ぐ夜風の冷たさに気付いた。いつの間にか見覚えのあるいつもの日常に帰着し、私はあっけらかんとアパートの自室へ辿り着く。昨日に続き、猿と書かれた紙を顔に張って、手淫に励み、おあつらえ向きのテクノブレイクといこう。
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