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[SIDE:L]出発
紅蓮街道
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『ちょっとアンタここで待ってて』
と言われてから一時間。街頭のベンチに腰掛け、生真面目に待ち続けていた男も、ようやく相方の行動に不審を持ち始めていた。
「………迷子…か」
やや違った方向へ解釈してはいるが…とにかく、ようやく彼、白夜はその重い腰を持ち上げ、辺りを見回した。
Chapter.8:
紅蓮街道
「……」
賑やかな街並み。
行き交う人々。
楽しそうな笑い声。
威勢の良い市場からの呼び声。
雑踏の中、ゆっくりと歩き始めたはいいが、どこをどう探すべきか判らない。
探しているのは、一時間前までは一緒に居たはずの相方、紅蓮。
何故、居なくなったのか…。白夜的には『迷子』らしいが、まさかあの紅蓮に限って、そんなことは有り得ない。確実に白夜を撒いて逃げただけの事だ。まあ、最初から撒く必要もなく、白夜はただ言われるままに待っていただけなのだが。
彼の巨大な背丈から見れば、賑やかな街並みも見晴らしが良い。行き交う人々の頭上から、あの豪華な紅い巻き髪を探す。すぐにでも見つかりそうなものだが…案外そうでもない。行き先の解らぬ相手を探すには、やはりその人混みは辛かった。
しかし、白夜は途方に暮れるようなこの状況でも、ただ一人生真面目に、紅蓮を探し続けるのだった。
そんな彼の事など露知らず、紅蓮の方は自由気ままなものだった。
爛々気分で商店街を歩くダイナマイトバディ。道行く男達に片っ端から色目を使いながら紅蓮は一人楽しそう、なくせに
「せっかく休みなのに、一人もつまんないわね~」
などと不満を漏らす。
正確には一人、というわけではないはずなのだが。もはや完全に彼女の脳裏からは白夜の存在が消え失せている。
そもそも“軽く街の偵察も兼ねて“という活動時間であることも忘れているように見える。
そして、紅蓮は通りの向こうにきらりと目を光らせた。
「やだ!カワイイ子、見ーっけ♪」
途端に駆け出す紅蓮。
歩行を妨げる人混みを難なくすり抜け、一直線に獲物へ突撃する。
災難にも目を付けられてしまった"カワイイ子"は両手いっぱいに大量の荷物を抱え込んで辛そうだ。
おかげで周囲に目が行き届いていなかったのか
「ねえお兄ぃさん♪」
「!!」
突如目の前に躍り出た紅蓮に、"油断した"というように身を固くした。まあ当然であろう、相手が自分よりも頭一つは背の高い見知らぬ大女なのだから。
「大変そうね、手伝ってあげようか?」
「いや、いい!つぅぅか、誰だよっ」
それからナンパというものに免疫がないのか、声をかけられた方は額に汗を浮かべて首をぶんぶんと横に振った。
"カワイイ子"とは言うが、当然それは紅蓮目線での表現。
実際は、ザクザクと上に逆立てた短髪に襟足だけを長く伸ばしたワイルドな髪型。Tシャツの袖から覗く二の腕には程よく筋肉がついていて、細身のわりになかなかの男前だ。
「私?通りすがりの優しいお姉さんよ♪ねえお兄さん一人?」
「ひ、一人じゃ…ねえっつぅぅか…」
相手をなで回すように上から下までじっくりと見下ろしながら、紅蓮はぐるりと彼の周りを一周する。
少年というよりは青年。
紅蓮の"お兄さん"という表現は正しいだろう。
「一人じゃないの?」
「い、いや、今は一人っつぅぅか…でもホントは一人じゃねぇぇっつぅぅか…」
かなり動揺しているらしく、青年の言葉は切れが悪く曖昧だ。
だが、紅蓮にとって相手の返答など無意味であり、端から聞く気など全くない。
そしてぐるりと回ってもう一周…というところで
「ね、だからこれは回収~♪」
ヒョイっと、紅蓮は青年から荷物の詰まった袋を奪い取った。それも敢えて重量のありそうなものを、軽々と。
「…あ…………あぁぁ!!?」
青年からは当然、驚きと焦りで悲鳴のような声が上がるが、それすらも、無視。
「いいのいいの、気にしないで~!これくらい軽いし持ってあげるってば♪だからぁ、ちょこっとくらい付き合ってくれてもいいでしょ!?決まり☆」
この場において決定権は、もはや紅蓮にのみ存在する。
「返せ!!」
と、青年が掴みかかろうとも
「付き合ってくれたらね♪ほらほら、じゃぁ早速行きましょー☆」
軽々とそれを躱し、愉快そうに笑う。
「ふ…っざけんなっつぅぅのー!!!」
青年は荷物を取り戻そうと必死に手を伸ばすが、残念ながらことごとく躱されてその手は宙を泳いだ。
決して青年の動きが鈍いわけではない。重い荷物を大量に抱えているというのに大変俊敏な動きで紅蓮の前方へ回り込む身のこなしはなかなかのものだ。
だが、相手は紅蓮。
体格差、鍛えぬかれた戦闘民族の動き、そして何より有無を言わせぬ強引な性格…
全てが揃って、この状況では紅蓮に勝利が見えている。
結果、荷物を持ったままどこかへ歩き始める紅蓮に、青年はどうすることもできず付いて回る事になった。
おそらく。
彼は、相手は女なのだと、力の加減にも迷っているのだろう。もとより、紅蓮相手にそんなものは必要ないのだが。
青年はおそらく一般の観光客。紅蓮もまた同じ。今日は一応休日であり、仕事に縛られているわけではない彼女は自由そのもので、どこからどう見てもただの"遊び人"である。
ただ、楽しければいい。
紅蓮にとってはそれだけだった。
だが、青年の顔色は当然の事ながら暗い。楽しさの欠片も見当たらない。
というわけで紅蓮は唐突に振り返り、真っ赤な唇をむっと尖らせた。
「ねーぇお兄さん、これ、ナンパってわかってる?」
一緒に楽しんで欲しくて、そうはっきりと口にしてみれば
「……っえ、は?」
返ってきたものは、そんな力の抜ける返事。
「あ、やっぱりわかってないのー!!!?もー、なんっか変だと思ったのよねぇ。いーい?これ、ナーンーパ。別に変なことしようなんて思ってないわよー。お兄さんカッコイイから声かけたのー!!」
変な事をしないかどうかは保証できないがそれはさておき。
今まで、この色気と強引さで落とせなかった男は……まあ、ストームの面子を思えばゼロであるとは言えないが、自分に絶対的な自信を持っている紅蓮にとってナンパをした相手が自分に興味を持たない事がとにかく面白くない。
紅蓮はやや早口気味にそう言うと、再び口を尖らせて青年の目前に仁王立ちした。
すると、ようやく、と言うべきか?青年の顔色に変化が見えた。
とことん"ナンパ"というものに縁がないのか…青年は動きをピタリと止め、完全にフリーズ。
そしてみるみるうちに、赤面していった。
一体何に反応したのかは解らないが、紅蓮の言葉のどこかにツボがあったことは間違いなかった。
ワンテンポ、いや、ツーテンポは遅れたその反応に、紅蓮はきょとんと目を丸くした。
だが数秒してから、理解した。
「やっだー!もう、お兄さんてばどこ見てるのよー!!」
自分のダイナマイトな美体に反応したのだと。
いや、それは今更過ぎるだろうと、誰が思うだろうか。おそらく紅蓮の思い違いであるが、ここは完全なる紅蓮街道。
当然の事ながら、
「み、見てねぇっつぅぅの!!」
青年はそうやって声も高く反論するが、紅蓮の道行く先に彼の反論など何の妨害にもなりはしない。
さー!行くわよー!と豪快に笑い、紅蓮は足取りも軽く再び歩き始めた。
全く、仕方がない……。
青年としては、荷物を奪われている以上このまま放っておくわけにもいかない。
そんなわけで、青年は小さくため息をつくと、渋々彼女の後に続いて歩き始めるのだった―。
To be continue...
*********************
と言われてから一時間。街頭のベンチに腰掛け、生真面目に待ち続けていた男も、ようやく相方の行動に不審を持ち始めていた。
「………迷子…か」
やや違った方向へ解釈してはいるが…とにかく、ようやく彼、白夜はその重い腰を持ち上げ、辺りを見回した。
Chapter.8:
紅蓮街道
「……」
賑やかな街並み。
行き交う人々。
楽しそうな笑い声。
威勢の良い市場からの呼び声。
雑踏の中、ゆっくりと歩き始めたはいいが、どこをどう探すべきか判らない。
探しているのは、一時間前までは一緒に居たはずの相方、紅蓮。
何故、居なくなったのか…。白夜的には『迷子』らしいが、まさかあの紅蓮に限って、そんなことは有り得ない。確実に白夜を撒いて逃げただけの事だ。まあ、最初から撒く必要もなく、白夜はただ言われるままに待っていただけなのだが。
彼の巨大な背丈から見れば、賑やかな街並みも見晴らしが良い。行き交う人々の頭上から、あの豪華な紅い巻き髪を探す。すぐにでも見つかりそうなものだが…案外そうでもない。行き先の解らぬ相手を探すには、やはりその人混みは辛かった。
しかし、白夜は途方に暮れるようなこの状況でも、ただ一人生真面目に、紅蓮を探し続けるのだった。
そんな彼の事など露知らず、紅蓮の方は自由気ままなものだった。
爛々気分で商店街を歩くダイナマイトバディ。道行く男達に片っ端から色目を使いながら紅蓮は一人楽しそう、なくせに
「せっかく休みなのに、一人もつまんないわね~」
などと不満を漏らす。
正確には一人、というわけではないはずなのだが。もはや完全に彼女の脳裏からは白夜の存在が消え失せている。
そもそも“軽く街の偵察も兼ねて“という活動時間であることも忘れているように見える。
そして、紅蓮は通りの向こうにきらりと目を光らせた。
「やだ!カワイイ子、見ーっけ♪」
途端に駆け出す紅蓮。
歩行を妨げる人混みを難なくすり抜け、一直線に獲物へ突撃する。
災難にも目を付けられてしまった"カワイイ子"は両手いっぱいに大量の荷物を抱え込んで辛そうだ。
おかげで周囲に目が行き届いていなかったのか
「ねえお兄ぃさん♪」
「!!」
突如目の前に躍り出た紅蓮に、"油断した"というように身を固くした。まあ当然であろう、相手が自分よりも頭一つは背の高い見知らぬ大女なのだから。
「大変そうね、手伝ってあげようか?」
「いや、いい!つぅぅか、誰だよっ」
それからナンパというものに免疫がないのか、声をかけられた方は額に汗を浮かべて首をぶんぶんと横に振った。
"カワイイ子"とは言うが、当然それは紅蓮目線での表現。
実際は、ザクザクと上に逆立てた短髪に襟足だけを長く伸ばしたワイルドな髪型。Tシャツの袖から覗く二の腕には程よく筋肉がついていて、細身のわりになかなかの男前だ。
「私?通りすがりの優しいお姉さんよ♪ねえお兄さん一人?」
「ひ、一人じゃ…ねえっつぅぅか…」
相手をなで回すように上から下までじっくりと見下ろしながら、紅蓮はぐるりと彼の周りを一周する。
少年というよりは青年。
紅蓮の"お兄さん"という表現は正しいだろう。
「一人じゃないの?」
「い、いや、今は一人っつぅぅか…でもホントは一人じゃねぇぇっつぅぅか…」
かなり動揺しているらしく、青年の言葉は切れが悪く曖昧だ。
だが、紅蓮にとって相手の返答など無意味であり、端から聞く気など全くない。
そしてぐるりと回ってもう一周…というところで
「ね、だからこれは回収~♪」
ヒョイっと、紅蓮は青年から荷物の詰まった袋を奪い取った。それも敢えて重量のありそうなものを、軽々と。
「…あ…………あぁぁ!!?」
青年からは当然、驚きと焦りで悲鳴のような声が上がるが、それすらも、無視。
「いいのいいの、気にしないで~!これくらい軽いし持ってあげるってば♪だからぁ、ちょこっとくらい付き合ってくれてもいいでしょ!?決まり☆」
この場において決定権は、もはや紅蓮にのみ存在する。
「返せ!!」
と、青年が掴みかかろうとも
「付き合ってくれたらね♪ほらほら、じゃぁ早速行きましょー☆」
軽々とそれを躱し、愉快そうに笑う。
「ふ…っざけんなっつぅぅのー!!!」
青年は荷物を取り戻そうと必死に手を伸ばすが、残念ながらことごとく躱されてその手は宙を泳いだ。
決して青年の動きが鈍いわけではない。重い荷物を大量に抱えているというのに大変俊敏な動きで紅蓮の前方へ回り込む身のこなしはなかなかのものだ。
だが、相手は紅蓮。
体格差、鍛えぬかれた戦闘民族の動き、そして何より有無を言わせぬ強引な性格…
全てが揃って、この状況では紅蓮に勝利が見えている。
結果、荷物を持ったままどこかへ歩き始める紅蓮に、青年はどうすることもできず付いて回る事になった。
おそらく。
彼は、相手は女なのだと、力の加減にも迷っているのだろう。もとより、紅蓮相手にそんなものは必要ないのだが。
青年はおそらく一般の観光客。紅蓮もまた同じ。今日は一応休日であり、仕事に縛られているわけではない彼女は自由そのもので、どこからどう見てもただの"遊び人"である。
ただ、楽しければいい。
紅蓮にとってはそれだけだった。
だが、青年の顔色は当然の事ながら暗い。楽しさの欠片も見当たらない。
というわけで紅蓮は唐突に振り返り、真っ赤な唇をむっと尖らせた。
「ねーぇお兄さん、これ、ナンパってわかってる?」
一緒に楽しんで欲しくて、そうはっきりと口にしてみれば
「……っえ、は?」
返ってきたものは、そんな力の抜ける返事。
「あ、やっぱりわかってないのー!!!?もー、なんっか変だと思ったのよねぇ。いーい?これ、ナーンーパ。別に変なことしようなんて思ってないわよー。お兄さんカッコイイから声かけたのー!!」
変な事をしないかどうかは保証できないがそれはさておき。
今まで、この色気と強引さで落とせなかった男は……まあ、ストームの面子を思えばゼロであるとは言えないが、自分に絶対的な自信を持っている紅蓮にとってナンパをした相手が自分に興味を持たない事がとにかく面白くない。
紅蓮はやや早口気味にそう言うと、再び口を尖らせて青年の目前に仁王立ちした。
すると、ようやく、と言うべきか?青年の顔色に変化が見えた。
とことん"ナンパ"というものに縁がないのか…青年は動きをピタリと止め、完全にフリーズ。
そしてみるみるうちに、赤面していった。
一体何に反応したのかは解らないが、紅蓮の言葉のどこかにツボがあったことは間違いなかった。
ワンテンポ、いや、ツーテンポは遅れたその反応に、紅蓮はきょとんと目を丸くした。
だが数秒してから、理解した。
「やっだー!もう、お兄さんてばどこ見てるのよー!!」
自分のダイナマイトな美体に反応したのだと。
いや、それは今更過ぎるだろうと、誰が思うだろうか。おそらく紅蓮の思い違いであるが、ここは完全なる紅蓮街道。
当然の事ながら、
「み、見てねぇっつぅぅの!!」
青年はそうやって声も高く反論するが、紅蓮の道行く先に彼の反論など何の妨害にもなりはしない。
さー!行くわよー!と豪快に笑い、紅蓮は足取りも軽く再び歩き始めた。
全く、仕方がない……。
青年としては、荷物を奪われている以上このまま放っておくわけにもいかない。
そんなわけで、青年は小さくため息をつくと、渋々彼女の後に続いて歩き始めるのだった―。
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