Blood Of Universe

さがみ十夜

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お嬢様と執事の企業見学

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「これはこれはどうも!!ようこそいらっしゃいました!!」

施設内に入るなり、不自然な位に熱烈な歓迎を受けた二人。

『金』『地位』という言葉に弱い民間の事業者が、『帝国貴族のご令嬢』という肩書きにすり寄ってくる事は、初めから想像はできていた。

それは紫苑と萌葱…もとい、今はお嬢様と執事である二人が『企業見学』と称して偵察にやって来た四軒目のターミナルビルでの事だった。




  Chapter.5:
 お嬢様と執事の企業見学




「どうもどうも開拓事業部責任者のスクルニーと申します!いやぁまさか我が社のようなビルにウィスタリア学院の生徒さんが見学に来て下さるとは!まさに光栄の至り!ですな!!」

ははは!!と豪快に笑い声をあげる小太りの男は、この施設の責任者であると名乗った。
だが、ただ自己紹介と施設の説明だけをすれば良いものを、男は無駄に明るくあれやこれやと話をしたがった。

「こんなに可愛らしいお嬢様が事業開拓に興味を持たれるとは!!さぞご両親もご立派な方なのでしょうね!!」

三人分の足音すら掻き消すような大声が耳にがんがんと響いて痛い。

何が言いたいのかはある程度察しがつく。察しがつくだけに、不快で仕方がなかった。
無論、萌葱はただ苦笑して相槌を打ってやるが、紫苑の方は不機嫌なオーラを隠そうともしなかった。

「ちなみにご実家はどういった…」
「聞いてどうする。悪いが家の事を詳しく話すつもりはない」

四軒目ともなるとさすがに紫苑の『お嬢様』も板についてきた…と、言いたいところだが、残念ながら相変わらず、のようだ。

そして結局

「無駄話はやめてさっさと施設の説明をしろこのデ…」
「あー!!お嬢様!」

いつもの調子で暴言を吐こうとしたところで、萌葱の制止が入った。

『このデブ』
と、あと一文字が吐き出されていたらまずい事になっただろう。

…かろうじて『無愛想なお嬢様』あたりでおさまってくれれば良いのだが…あまりに刺のある、いや、口の悪い紫苑の一言に、ここまでの間ずっと萌葱は溜め息ばかり吐かされている。

「……お嬢様?」

"口が悪くなってますよ"と目で訴える彼を、紫苑の嫌そうに細められた目が睨み返す。

ここまでの三軒はこれだけで引き下がっていた紫苑だが、さすがに四軒目ともなると疲れが出てきているのか、"何か文句でもあるのか?"とでも言いたげに眉間の皺が増えた。

だが、疲れているのは萌葱も同じ。はあと深く溜め息をついてから、萌葱はスクルニーへ『ちょっと失礼』と一言添えて背中を向けた。

彼には声の聞こえない位置まで紫苑を遠ざけ、

「…紫苑さん、疲れてるのは解ります。でもここが最後なんですから…あと少し、頑張りましょう…ね?」

心底疲れた様子で訴える。

「やだ、もう疲れた。結局ここにも何もないだろ。もう帰る」

だが、紫苑は子供だった。

「…紫苑さん。ここで自分達が放棄して、実際に何かあったらどうするんですか?それが事件に繋がったら?紫苑さんはそれでいいんですか?」

しかしそこは年上であり、警務官時代からの正義感もあり…萌葱は冷静に紫苑を諭した。

紫苑は年齢からも解る通り、警務局や帝国軍を通らずに直で特務隊、更にはチーム・ストームに配属された特例の経歴をもつ。だから、というべきなのか…彼女には事件を追う立場上の正義感と執念があまりないらしい。

よってここは萌葱がしっかりしなければならないのだ。

「何だお前、使用人のくせに生意気だな」
「使用人じゃありません」
「今は使用人だろーが」
「ああ、解ってるんですね?なら紫苑さんもちゃんと"お嬢様"でいて下さい」
「んだとこの新人が」
「じゃあ紫苑さん。今ここで任務放棄して、リーダーに何て報告するつもりですか?」
「……」
「まさか、嘘の報告を?」
「……っ」
「リーダー哀しみますね。信じてくれているのに」
「…ちっ!!解ったよ!!」

そして、勝負は萌葱の勝利で決着がついた。

「お前…浅葱に似てきたんじゃないか」
「やめて下さいよ…そこまでは性格悪くないと思います」
「言ったな?そのまま浅葱に言っとく」
「や、やめて下さいよ!!」
「ほら行くぞ、執事」
「あ、ちょ…待って下さいよお嬢様!!」

まあ、圧勝、とまではいかなかったようだが。

「えーでは、ご案内しても宜しいですかね!?」
「あ、はい!」

しかしまあ、結局スクルニーのお相手は全て萌葱が引き受ける事になるのだろう。紫苑は無愛想なまま彼とは目も合わせる事なく、施設内を念入りに見つめている。

「…宜しくお願いします」

仕方がない。やれやれ、と内心深い溜め息をつきつつも、何とか顔には出さぬよう、萌葱は笑顔を見せた。

「いえいえこちらこそ!いやぁしかし執事さんもお若いのにご立派ですな!風格が違いますよ風格が!!ははは!!」
「あ…ありがとうございます…」

そして、また無駄に話を始めるスクルニーを相手に、ただただ苦笑するばかりだった。












「……疲れた…」

おしゃべり好きのスクルニーを相手に施設内をあちらこちらと回る事、一時間半。

『ひとまず休憩にしましょうか!!』

という彼の言葉に甘えて、二人は一時の休息時間を手に入れた。げっそりした様子で待合室のソファーに転がった萌葱は

「だらしないぞ執事」
「……」

そうやって悪びれもなく鼻で笑う紫苑に、返す言葉もない。ただ深く溜め息を吐いて、じとりと目を細めた。

「何だよ。本物のボンボンのくせに。あの手の人間、軽くあしらうくらい得意だろ」

そんな言葉に、思わず口元も歪む。

「…得意じゃないですよ。そりゃあ、お偉いさん気取って見下した態度とれば楽でしょうけどね…俺は、両親と同じにはなりたくないんです」

貴族を前に一介の者がへこへこと頭を下げ、それを見下す貴族と、見下されていると解っていても何としても取り入ろうとする商売人…

典型的な貴族の家で育った萌葱にとっては、日常的に見る光景だった。

「お前の両親は絵に描いたようなお貴族様かよ」

憎々しく口元を歪めて吐き捨てた紫苑に、萌葱の口からは深い溜め息が漏れた。否定はできないが、肯定したくもない。どうしたものか、返答にはろくな言葉が浮かばなかった。

「…そう言う紫苑さんはどうなんですか。ニャンニャンにも典型的な貴族が居るって言うし」

おかげで、うっかり出てしまった言葉に

「…両親はもう居ない。ただの貧民で、俺が7つの時、帝国に逆らって死んだ」

慌てて身体を起こし姿勢を直したが…やってしまった、と後悔しても遅かった。

「あ…そ、そうなんですか…えっと、その…っ…す…」
「別にいい。両親の死にはもう恨みはない。生きてた頃も死んだ後も特別暮らしが不自由だと感じた事もないしな」

おまけに、焦って言葉を選んでいるうちに、結局は謝罪という手で逃れようとしていることも見抜かれてしまったようで…別に気にするな、と付け加える紫苑に、萌葱はもはや何も返せなかった。

「…まあ、帝国に全く恨みがないわけじゃないけどな。ただ今は、アイツのおかげで此処に居られる。両親を亡くした後はアイツが親代わりだから」

だが、そうやって代わりに言葉を繋いだ紫苑の顔は、不思議と穏やかだった。

「…アイツ?」
「黒耀だよ」

そんな彼女に甘えて小さく問い返してみると、返事は予想よりも早く返された。

「親を殺された後、復讐してやろうと帝国軍の船に潜り込んだ。そこで見つけた士官に斬りかかろうとして…そこに居合わせたアイツに、あっさり取り抑えられたんだ。まだガキだった事で大した罪にはならなかったけど、故郷に戻る足もないし、行くあてもない。それで結局…行き場のない俺をアイツが引き取ってくれた」

しかし、そうやって簡単に語られた話は、決して明るいものではなかった。

それが、まだ年若い…17歳の少女が生きてきた過去なのだと思うと、胸が痛い。自分の過去など確かに、ただの甘ったれた坊っちゃん暮らしに過ぎないのだと…萌葱にとっては酷く重たいものだった。

「アイツには感謝してる。だから……」

だが、紫苑の言葉はそこで唐突に途切れた。よく見れば、穏やかだと思っていた彼女の顔は一変し

「って…なに余計な事言わせんだよ!!!」

頬が、あからさまに紅潮していた。
別に、誰が話してくれと頼んだわけではないのだが…

「…っ…痛!!!」

彼女なりの照れ隠しなのだろう。紫苑はばしりと一発、萌葱の背中に張り手をお見舞いして無理矢理に顔を背けた。

しかし、少女とはいえ、体術を極めた戦闘種族からの一撃は強烈だ。あまりの痛さに、萌葱は身体を丸めて身悶えた。だが、そんな彼の事など構うことなく紫苑は背中を向けて部屋を去ろうとする。

「…っ…あ!ちょっと!?どこ行」
「便所だよ!!」
「え!!!!」

慌てて声をかけるも、紫苑の大概女子とは思えない一言に衝撃。

「……あっ…ちょ!紫苑さん!!」

そのせいで一歩出遅れた萌葱を置き去りに、紫苑の姿はあっという間に部屋から消えた。

「ちょっとー!!」

今は仮にも任務中。相棒と離れるべきではない、という直感から焦って扉に飛び付くが

「どうもどうも!お茶をお持ちしました!」

別の扉から現れた男に、また動きを狂わされた。

「あ…す、スクルニーさん!?えーと…っ」

人の気配を感知して作動した自動ドアが目前で口を開けて待っている。だが、背後にはきょとんと目を丸くしたスクルニー。

「おや、お嬢様はどちらに?」

空気の読めない男…まあ、ここで読めと言うのも酷な話だが…今はスクルニーの相手をしている場合ではない。しかしそう解ってはいながらも、萌葱はひたすらに戸惑った。

「あー…あのっ!その…御手洗いは、どちらに…!?」

そんな焦りのせいで

「ああ!扉を出たらすぐ右…」
「ありがとうございます!!」

道案内すらまともに聞かずに部屋を飛び出していた。

「に行ったらしばらく歩いて左の…って、おや、もう居ない!ははは!!」

なんて、呑気に笑っているスクルニーの声など耳に届いていない萌葱は、言われた通り右手に角を曲がった辺りで汗をかいた。

「あれ…っ!?居ない!?」

まだそう遠くへは行っていないはずだが、紫苑の姿が見当たらない。当然、案内を聞いていないのだから手洗いの場所も解るわけがない。生憎、ここからでは距離があるらしく、案内表示すら見当たらない。

「し……お、お嬢様ぁー!?」

そう声を上げてみるが、返答もない。
何かと入り組んだ造りになっている施設だ。迷わぬようにと、スクルニーが後を追いかけてきても良いものだが……残念、彼がやって来ない理由は

「……ん?何だ?アイツどこ行った」
「おやお嬢様!執事さんならちょうど出て行かれたところですよ!」

目当ての場所が解らなかった紫苑が、先程の部屋に、戻ってきていたから。

「すぐに戻られると思いますが、念のため私がご案内してきますね!」

もちろん、そういった気遣いのできない男ではないため、スクルニーはよいしょと声を漏らしながら茶の乗った盆をテーブルへ下ろした。だが。

「ささ!その間にお嬢様はお茶でもどうぞ!」

この男がまず第一に"お嬢様"を優先する事は必然だった。

「…茶か」

紫苑を椅子に座らせ、丁寧に紅茶を差し出すスクルニー。そして、特に人の心配などする性格ではない紫苑は既に、程良い温かさと香りを放つそのティーカップへ吸い寄せられていた。

そうこうしている内に…

「向こうかな…?」

既に場所を移動し始めている萌葱は徐々に紫苑から遠ざかっていく。

お嬢様へのお茶出しが終わったスクルニーが外へ出た頃には、目に映る範囲に彼の姿はなかった。

「おや…執事さーん!」

こうして生まれた見事な行き違い。

これが、運命とも言える大きな出会いを呼ぶものだとは、まだ、誰も知る由もなかった―…。




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