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黒き戦闘部隊
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『ライトニングストーム、現在第二滑走宙域を運行中。まもなくステーション内へ着艦。各班所定場所にて待機、時空ゲート出力全開』
高く響き渡ったアナウンスを耳に、デリッシュは心拍数が急激に高鳴り始めるのを感じた。
ついに、対面の時がやってきた―…。
Chapter.2:
黒き戦闘部隊
ゴゴゴゴゴ…
足元に僅かな揺れを感じ、重低音が耳に響いた。
目の前で開かれた扉はホームの床に巨大な大穴を開け、そこからは微かな冷気が風となって流れ込んだ。
覗き込む事は許されないが、深く暗闇へと続いているその大穴へ、全ての視線が引き寄せられる。
そして…
「……これが…」
初めて目の当たりにしたその壮観な姿に、デリッシュは言葉を失った。
真っ白に輝く機体は壮大で美しく、その立ち姿は何よりも逞しく全てを見下ろしていた。
例えるならば、猛々しい白き大鷲。凛々しい風格には貫禄があり、見る者全てを圧倒する。
大きな背中と広げた翼には金色で描かれた稲妻のペイントが輝き、ライトニングストームの名を強く物語っていた。
呆然と口を開け放すデリッシュの周囲で、彼と同じくその戦士達の帰りを待っていた者達が一斉に右手を額に掲げる。
ざっと音がなる程に揃った隊員達の敬礼に、デリッシュは慌てて同じ態勢をとるが、緊張のせいかあまりうまく姿勢が決まらない。そわそわと視線を泳がせたまま、額を汗が流れる。
だが、時間は待ってはくれない。
静まり返ったホームの中で、巨大な戦艦はついにその口を開けた。
そして中から数人の白服隊員が顔を出し、ホームの仲間達へびしりと敬礼をする。もちろんホーム側の人間も誰一人敬礼の姿勢を崩さない。
首元に青いスカーフを巻いた隊員達はゆっくりとホームへ降り立ち、戦艦の前で綺麗に列を作った。
”補佐チームだ”
デリッシュはじっと彼等を見つめもう一度右手に力を込めた。震えていた腕がようやく安定する。
だが緊張が解ける事はない。
それどころか、彼の心音は既に耳で聞き取れてしまいそうな程に早まっていた。
「チーム・ストームです」
その時、小さく聞こえたミシェリーの言葉に、デリッシュの緊張は頂点に達した。金縛りにでもあったかのように、全身が固まる。
そんな彼を余所に颯爽と姿を現したのは五人。
他四人を従えるように前へ出た青年は漆黒の髪に漆黒の制服を纏い、凛々しく聡明な雰囲気をもっていた。
他の隊員のものとは少し形の違うその制服は、彼が”上官”である事を意味している。
チーム・ストームのリーダーであり、特務隊の最高司令官、黒耀[こくよう]。
デリッシュは一目でその名を思い起こした。
その後ろには、大柄な男女と小柄な男女の二組に別れたような四人が続く。
リーダーとは正反対に制服を着崩した彼等からはあまり堅苦しさを感じない。
「任務、お疲れ様でした!!」
「ありがとうございます。皆さんもご苦労様です」
ゆっくりと地に足を付いた五人の元へ、司令部整備班のリーダーと思しき青年が前へ出た。
それに対する黒耀は穏やかな笑顔を返し、軽く会釈をしてみせた。
「戦闘機が一機、一部損傷しています。ライトニングストーム自体に損傷はありませんが、いつも通り点検と整備をお願いします。大きな任務を控えているので補充は多めに。詳細はこちらの整備チームがお話しますが、後は貴方がたに一任します」
「はい、お任せ下さい!では、早速取り掛からせていただきますっ」
「お願いします」
丁寧な言葉で用件を完結に述べると、黒耀はちらりとデリッシュに目をやった。
”…目が合った…!!”
その瞬間、ドキリとまた彼の心臓が波打つ。
だが、黒耀のその穏やかな笑顔は一瞬にしてデリッシュの金縛りを解いた。
「……」
言葉はまだ戻らないが、自然と気持ちが楽になった事にすっと緊張が和らぐ。
「あれが新入り君ね?」
「そのようですね」
傍らに立つ大柄な女隊員がぼそりと黒耀の耳元で何かを呟いた。内容は聞こえなかったが、おそらく自分の事を言っているのだとデリッシュにもすぐに解った。
ホームの隊員達は整備班が動き始めたところでそれぞれが持ち場に戻り始めている。
デリッシュとミシェリーも同時に手を下ろし肩の力を抜く。
黒耀が振り返り軽く合図を出すと戦艦班の隊員達も続々と動き始め、辺りにはまた忙しない空気が戻っていた。
その中、黒耀は迷う事なくデリッシュの方へ足を向けた。それに先程の大柄な女隊員と補佐チームの面々が続く。
「初めまして。黒耀です」
数名が見守る中でやはり、始めに言葉を発したのは彼だった。黒耀はそれと同時に右手を差し出し、また穏やかに笑う。
「は、初めましてっ!!自分はデリッシュ=カトラスと申します!」
勢いあまって舌を噛みそうになりながらもデリッシュは何とか言葉を返すが…やはり緊張は続いている。
またも震え始める右手で黒耀の手をとり、力強くにぎり返した彼は勢いよく頭を下げた。
しかし、同時に同じ動作を繰り返した黒耀の額と、顔をあげようとしたデリッシュの後頭部はタイミングを逃し…
「っ!!」
「あ、痛っ…」
「ぅわっあ、す、すいません!!」
見事にゴツリと激突した。
一時は和らいだとは言え、先程までガチガチに固まっていた男が初めて会ったスペシャルチームのリーダーを目の前にして、落ち着けるはずもない。
「あ、大丈夫ですよ、気にしないで下さい」
「も、申し訳ありません!!」
一瞬にして全身に冷や汗が溢れ出した。相手は穏やかに笑っているが、内心は分からない…デリッシュは完全にパニック状態でひたすら頭を下げるしかできなかった。
「…ちょっとリーダー、何してんのよ」
そこへ、頭上から響いたのはハスキーな女の声。
「あはは、何でもありませんよ紅蓮さん」
「…しっかりしてよね、全く」
デリッシュが顔をあげると、その女の顔はひょっこりと黒耀の頭上からこちらを覗いていた。デリッシュの心臓がまたドキリと波打つ。
そんな彼の顔と、少し赤くなった黒耀の額を交互に見やり、”紅蓮[ぐれん]”と呼ばれた大柄な女は溜め息をついた。
「新入り君ね、そんなに怖がらなくて良いのよ、いきなり捕って食べたりしないから」
「え、あ、はっはい!!」
「…それからそんな生真面目に返事しなくてもいいわ。私達はチームメイトよ。同等なんだから」
「は、はい!すいません!!…あ、えっと」
しかし、相手に何を言われようと動揺しすぎのデリッシュは心の中で絶叫していた。
また目の前で、紅蓮がふうと溜め息をついたのが見えた。周りからクスクスと数人が笑っている声も聞こえる。
…恥ずかしい。
デリッシュは今すぐにでもどこかへ隠れてしまいたい気分でいっぱいだ。
「…馬鹿そうな奴」
すると。
そんな彼へぼそりと厳しい言葉を投げたのは、紅蓮の後ろから姿を見せた小柄な…少女のような黒服隊員だった。
「紫苑ちゃん…これでもこの子、優秀なオペレーターよ、頭は良いの」
「はっどうだか!ただのチキン野郎なんじゃねぇの?」
「駄目よそんな事言っちゃ。泣いちゃうでしょ」
紫苑[しおん]と呼ばれた隊員は一見可愛らしい少女のように見えて、驚く程に口が悪い。だが、紅蓮のフォローも正直フォローになっていない。
その二人の失礼な会話に、デリッシュのパニック状態も自然と解けた。そしてそれと同時にひくりと彼の口元が引きつった。
内心、反論してやりたい気持ちでいっぱいではあるが、まさかここで彼等に食い付く程馬鹿ではない。
そこは何とか気持ちを抑え、デリッシュは姿勢を正した。
「紫苑さん失礼ですよ。口が悪すぎます。紅蓮さんも」
反論できないデリッシュに代わり尤もな意見を叩き付けてくれたのはもちろんリーダーの黒耀。
優しそうな顔をしてはいるがやはり彼はリーダーだ。二人の女隊員は彼からの注意を受けると、ひとまず口を謹んだ。
黒耀は二人の様子に満足そうな笑みを浮かべると、今度はミシェリーに視線を移した。
「お久し振りです。またホームの皆さんにお会いできて良かった」
そう言った彼の笑顔は、これまでの何よりも明るい満面の笑みだった。
チーム・ストームは誰もが最強であると認めている存在。だが、そんな彼等でも死という終りには敵わない。
黒耀はチームを背負っていく上で常に死を覚悟し、決して”必ず戻る”とは約束しない。
『また会える事を願っています』とだけ言い残し、彼は飛び立つのだ。
決して己の力を過信しない。常に終りが付きまとっている事を忘れるな。油断は大敵。隙をつかれればどんな夜叉でも倒れる事はある。
そして何より、守るべきもののために命を捨てる覚悟で全てに挑む…
それが彼の信念だった。
「こちらこそ。お待ちしておりました。長旅お疲れ様です」
ミシェリーは彼等を送り出す側として、彼のその想いを深く理解している。命を懸けて戦う戦士達に敬意と再会の喜びを込めて、彼女は深々と頭を下げた。
「お部屋をご用意してありますので今夜は皆様もごゆっくりとお休み下さい」
「ありがとうございます」
彼等、戦艦班は一度宇宙へ飛び立てばそう頻繁に司令部へ戻る事はない。
本日もまたそう、ライトニングストームがここへ帰還したのは実に115日ぶりの事だった。
「それじゃ、新入り君。自己紹介はそれぞれ部屋についてからゆっくりとする事にしましょうか」
「えっ、あ…はい!」
「で、案内は?」
やはり疲れているのか、紅蓮はそう言ってデリッシュの肩を叩くと、少々強引にミシェリーの前へ出た。
「はい、お部屋へは受付の者がご案内させていただきます」
「あらそう、いつものお嬢さんね?解ったわ」
受付の者…いつものお嬢さん…。
デリッシュの頭に浮かんだ者はあの感じの悪いクールな受付嬢の顔だった。
「ね、リーダー?いいわよね?私早くシャワーを浴びたいの。ゆっくりと」
紅蓮はミシェリーの言葉にさらりと返事を返すと身体をくねらせて黒耀を振り返った。
大柄な体型だとは言うが、彼女は一目で解る妖艶なお色気美人だ。
ボリュームのある頭頂部からのソバージュ髪と少々黒めの肌がエキゾチックな雰囲気を醸し出し、何よりピッタリとした制服が一層彼女のグラマラスな体型を強調している。
そんな身体をくねりと捩じらせ、妖艶な微笑を浮かべる美女に、男なら誰でも息を呑むだろう。
デリッシュはさりげなく視線を逸して別の方向を見た。
「ええ、そうですね。そうしましょうか」
だが黒耀は慣れているのかどうでも良いのか、変わる事のない穏やかな笑顔で頷くだけだった。
「じゃ、私は先に受付で待ってるわ。また後で。ね、新入りクン」
もちろん紅蓮の方も彼が動じない事は始めから解っている。解っているからこそ、その矛先はすぐに別の人物へと向けられた。
「えっは、はい…そうですねっ」
目を逸していたデリッシュの視界に無理矢理入ると、紅蓮は彼の前でまた妖艶に笑う。
「…まあまあね。少し危ないラインだけど」
「は…?」
そして、意味不明な事を呟きデリッシュの頭に手をおいた。
「貴方、成長期は終わってる?」
「え…あの…何の事でしょう」
ずいと顔を近付けられ冷や汗をかくデリッシュの事など構う事なく紅蓮はじっと彼の顔を見つめる。
「…まぁいいわ。今のままならギリギリ許せる範囲」
そしてまたよく解らない言葉を呟くと、そのまま彼とミシェリーの間をすり抜け背中を向けた。
ひらひらと後ろ手を振りながらホームを出て行こうとする彼女にパタパタと紫苑が続く。彼女はちらりとデリッシュを振り返ったが、何の言葉もかける事なくすぐに視線を黒耀に向けた。
「黒耀、アイツ等どっか行ったぞ」
「え?」
「じゃ、先行ってる」
「あ…」
自己完結型なのか人の話を聞かないタイプなのか…紫苑は言いたい事だけを簡潔に述べると黒耀の言葉も聞かずにさっさと部屋を出て行ってしまった。
その場に残されたのは三人と数名の補佐チーム員。
黒耀はぐるりと後ろを振り返り辺りを見回した。そこでようやく紫苑が言った言葉の意味を理解する。
「えーと…浅葱さんと白夜さんはどうしました?」
首を傾げながら補佐チーム員の面々に問い掛けるが、彼等も同じく首を傾げるだけでうまく答える事はできなかった。
浅葱[あさぎ]と白夜[びゃくや]。
そう呼ばれたのはチーム・ストームの残りの男隊員二人だ。念入りにデータを読んでいたデリッシュにその名前が判らぬはずはない。
正直に言わせてもらえば、彼が一番会いたかった人物がその中にいる。これから自分が付き従うであろうオペレーションチーフ…それが、浅葱の方だ。
先程、彼等が艦を降りた時までは全員揃っていたと思ったのだが…。
「…あ!」
と、皆がきょろきょろと辺りを見回している中、黒耀が咄嗟に声をあげ、そのままパタパタと艦の付近へ駆け戻った。
おそらく二人が見つかったのだろう。
だが駆け寄った先は整備員達が忙しなく動き回るライトニングストームのちょうど真横辺り。黒服隊員などいないではないか…とデリッシュが目をこらした
その時
艦の陰で一人の男がぬっと立ち上がった。
それは、機体の白と一体化して見えてしまう程に見事な白髪の男。制服はまともに着ておらず、上着を脱いで腰に巻いた上に白のタンクトップ一枚となっている。まるでどこかの一般作業員のようだ。
そのために一目でチームメイトだとは判らなかったのだろう。
「えーと、あの人は…」
デリッシュは記憶を探り、その人物の顔と名前を思い起こした。
「彼は白夜さんです。浅葱さんは…見当たりませんね」
だが彼が答えを言う前にそれはミシェリーの口から回答された。もちろんデリッシュも解ってはいたが…彼女のその言葉で確信し、ほっと胸を撫で下ろした。
何故ならば、正直に彼は一見かなり怖い。
身長は黒耀よりも頭二つ分位は高く、タンクトップから強調される筋肉質な体型は見るからに逞しくて男らしい。
遠目で見ても解る程に強烈な威圧感はデータ上の顔写真だけでは判らなかった。
黒耀はデリッシュよりも顔半分程は小さいが…
それを考えたとしてもやはり彼は相当な大男だ。身振り手振りで話をしている黒耀が子供のようにさえ見える。
先程の紅蓮も大柄だったが、彼女は黒耀の頭一つ分大きかった…となればあの白夜という男はそれよりもさらに大きいのだ。あの威圧感を考えると、正直にあまり近くで見下ろされたくはない。
そんな事を考えていると、そこへまたパタパタと黒耀が戻って来るのが見えた。
「どうかされましたか?」
戻ってきた彼にすかさずミシェリーが声をかける。
「白夜さんは戦闘機の事で少し気になる所があるそうなので整備に参加されています。浅葱さんはストームの中に忘れ物があったとか」
「では…」
「はい、我々は先に部屋へ向いましょう」
「承知しました。それでは白夜さんと浅葱さんはまた後程ご案内させていただきます」
なるほど。あの白夜という人物は厳つい外見をしていながら仕事熱心とみた。
そしてデリッシュは改めて白夜に視線を向けた。
すると、黒耀の後を追ってこちらに目をやっていたのか、彼とばっちり目があった。
デリッシュはすかさず頭を下げ、顔をあげると同時に笑顔を見せたが…体型だけでなく顔にもどこか厳つさをもった彼がまさか笑顔を返してくれるとは思わなかった。しかし、第一印象は大切だ。
黒耀を始め紅蓮と紫苑には初めから馬鹿を見せてしまっただけに。
何にせよ、白夜のようなタイプには嫌われたくない。そう思うのは人間の性だろう。
だが。そんなデリッシュをじっと見つめた彼は案の定笑顔は見せてくれなかったものの…意外にも丁寧に、深々と頭を下げて誠意を見せてくれた。
人は見掛けにはよらない…そういうものだろうか。
デリッシュは一瞬でも、あまり関わりたくないなどと思ってしまった事を後悔した。
「カトラスさん、お待たせしてすみません」
「え、あっいえ!」
そうやってじっと彼に目をやっていたデリッシュの視界にひょっこりと現われたのは黒耀。
少しだけ低めの背丈で前に立った彼は、少々目線を上げて何とかデリッシュと目を合わせようとしていた。
「彼等はすぐに追って来ますので、先に行きましょう」
「は、はい!」
二人の間に大した距離はない。距離がないだけに、黒耀よりも背が高いデリッシュの方が彼を見下ろす形になってしまう事は必然。
しかし、リーダーである彼を見下ろすわけにはいかない。そう咄嗟に判断したデリッシュは無理に身体を引き離して距離をとった。
しかしいきなりすぎたあまりに、それは不自然な態勢となり周囲をまた笑わせた。
”…笑われてばかりだ”
滑り出しから、しばしば転び気味である自分に溜め息が出る。デリッシュは軽く俯き額に手をあてた。
「では宜しいですか?補佐チームの方々もどうぞ」
だがここで嘆いてばかりいては先が思いやられる。
絶対についていってやると己に喝を入れた事を忘れてはならない。
デリッシュはしっかりと顔を上げ、背中を向けたミシェリーに続いた。もちろんその隣りには黒耀がいる。
緊張はまだ完全には解けないが、何度も馬鹿をやるわけにはいかない。
デリッシュはびしりと姿勢を正し、真直ぐに前を見据えた。そして背後に続く補佐チームを従えるかのように、一歩一歩を強く踏み込んだ。
「メインロビーはここだよな…」
デリッシュ等が案内された場所は、警務局内部にある警務官専用の寮。
臨時要員を泊める場として確保されている特別棟にてそれぞれの個室に入った後、一時間の自由時間を設けられ、デリッシュは残り15分というところで集合場所のメインロビーへとやってきた。
まだ隊員達の集まっていないそこには人気がなく、ほっとするような静けさがあった。
本日は快晴だ。
室内に差し込む日の光が暖かい。
もうじき夕暮れに近付く暖かなその光に導かれ、デリッシュは大きな硝子窓の前に立った。
黙ったまま、壮大な空へと視線が吸い込まれる。もうじきそこへ飛び立つのだと思うと…
まだ見ぬ未知なる世界への期待が自然と胸を膨らませた。
地上から見る空は美しい。
だが宇宙はもっと壮大で美しいのだ。
デリッシュは貼り付くように窓へ手をあて、じっと空を見つめていた。
「お前、宇宙に出るのは初めてか」
だがその時、突然響いたその声はびくりと彼の肩を震わせた。
慌てて振り返ると、そこにあったのは小柄な少女の姿。文化の違いを感じさせる独特な民族衣装を纏った彼女はゆっくりと彼に近付くと、どすりと近くのソファーに腰を下ろした。
「紫苑さん」
すぐにその名が口を出たデリッシュはそのまま彼女の方へ身体を向けた。
紫苑は八星系の中でも独特な文化をもつユンロン星系の主惑星ニャンニャンの出身だ。
鮮やかな刺繍が施された光沢のある衣装は優雅で華やかさを感じさせ、身体に沿った細身のラインがとても美しい。
それから首に沿って立てられた襟元には花のような飾り紐のボタンが縫い付けられ、ワンピースのように膝まである上着には、豪快なスリットが入っている。そこから見える生足が何ともセクシー…と、言いたいところだが、彼女は下に動きやすそうなサブリナ丈のズボンをはいている。
だがそれもまた足首のあたりで紫色の綺麗な飾り紐で絞られており、蝶々型に結ばれたそれがなかなか可愛らしい。
高い位置で一つに結ばれた綺麗な髪は青光りするような漆黒で、さらりと腰にかかる程に長く真直ぐだ。
見た目は、可愛らしい少女。
だが、やはりどこか女らしさを感じさせない雰囲気を纏っている。
それもそのはず、彼女はどかりと腰かけたソファーに悠々とふん反り、足は豪快に開いた状態で眠そうに欠伸をしているからだ。
「……」
身体を向けたはいいが、真向から見てはいけないような複雑なものを感じたデリッシュはさりげなく視線を逸らした。
男が前にいるというのにこの態度…せっかくの可愛らしさが台無しだ。
「なあ、初めてか?」
「はい?」
「だから、宇宙に出るのは初めてかって聞いてんだよ」
「あ…はい、そうですね…」
「ふーん」
会話が、まともに続かない。
どうやら本当に彼女は自己完結型らしい。
自分から話を持ち掛けておきながら、デリッシュの答えを聞くと紫苑は腕を組み、さらに目を細めただけでその後の会話を続けようとはしなかった。
「あの…」
「……」
デリッシュの方から声をかけても、反応はない。よく見れば、眠そうだと思った目はもはや完全に閉じている。
デリッシュは小さく肩を竦め、少し間を開けて隣りに腰を降ろした。さすがに、目の前へ座る勇気はない。
ちらりと横目で見やると、今にも首がかくりと落ちてしまいそうな程、本気で眠気と戦っているように見えた。
”やっぱり疲れてるんだな…”
半袖の下から覗く白い腕は見るからに細く、小さな背丈と全体的な華奢さからはまさか彼女も同じチームの戦闘要員だとは思えない。
だが、間違いなくチーム・ストームの一員だ。
数々の任務を戦い抜いてきた逸材なのだ。
こんな女の子が…などと馬鹿にはできない。
「俺も頑張らないとな…」
小さく呟いた声は紫苑の耳に届いたのかどうかは解らない。
デリッシュは天井を見上げ、目を閉じた。
瞼に映ったものは、まだ液晶の中でしか見た事のない、限り無く続く宇宙。
自分がそこへ飛び立つ光景を思い浮かべながら、ゆっくりと息を吐いた。
そして目を開けた、その時。
「っ…どわぁぁあ!!!!」
突如視界に入ったものに、デリッシュは妙な悲鳴を上げてソファーから滑り落ちた。
「あら惜しい。あまりにも無防備で可愛い寝顔だったからこのままキスでもしちゃおうかと思ったのに」
「……ね…寝てませんよ!紅蓮さん…!!!」
何を隠そう、すぐ目前に迫っていたものはあの”紅蓮”の顔だった。デリッシュが悲鳴をあげるのも無理はない。
問題発言を口にしながらしなやかにソファーの背もたれに片足を乗せた紅蓮は、慌てて立ち上がったデリッシュを誘うような笑みで仰ぎ見た。
シャワー後だということもあり、ほのかに石鹸の香を纏った彼女の身体は全体的に露出が多い。
上は水着を思わせる程に布の面積が狭いチューブトップ一枚で、肩や腹が完全に晒されている。もちろんボリュームのある胸の谷間までばっちり露出されている状態。
尚且つ下は腰骨まで露出された上に長さも大変短いという黒のホットパンツ一枚に膝までのロングブーツ…。
見るからに”女”を強調した誘惑スタイルで登場の彼女は、同じ女でも紫苑とは全く正反対の種類だとデリッシュは息を呑んだ。
「あ…えーと…」
つい、目のやり場に困る。
何と話を持ち掛けて良いのかも判らず、デリッシュはただ視線を泳がせるしかできなかった。
するとそこへ
「すいません遅れてしまいましたか?」
天の助けか、聞き覚えのあるあの穏やかな声が高々と響き渡った。
「黒耀さん!!!」
デリッシュは思わず飛び付きたくなる思いでその人物を振り返り叫んだ。
「え…?あの、ど、どうかされました!?」
そんな彼の目がそれ程まで必死に助けを求めていたのか、今度は黒耀の方がわたわたと動揺する。
その光景をじっくりと眺めていた紅蓮はもちろん大爆笑だ。いつの間にか手を叩いて大笑いをしていた彼女に黒耀はぽかんと口を開け、デリッシュは恥ずかしそうに赤面して俯いた。
ロビーに響く大きな笑い声に、さすがの紫苑も目を開けずにはいられない。
「……るせぇなぁ…」
小さく悪態をつき、これでもかというくらい眉間に皺を寄せぎろりと紅蓮を睨みつける。だが、それがこれといって彼女にダメージを与える事はなく…
「あらおはようっ小猫ちゃん」
むしろ喜ばせたかのように彼女の口からまた妙な発言を滑らせた。
そして言葉と同時に、紫苑の顔を自分の胸に押し当てるように力強く彼女を抱き締めた。ソファーを間に挟んだ状態で。
「…っっっ!!!!」
もちろん紫苑はバタバタと両手をばたつかせながら紅蓮を引きはがそうとするが、顔面を完全にふさがれているために言葉もろくに発せられない。
当然、息も苦しそうだ。
「あっ…あの…紅蓮さん…」
デリッシュが何とか言葉で彼女を止めようとするが、やたらと楽しそうな紅蓮には聞こえるはずもない。いやむしろ、聞く気がない。
バタバタと腕の中で暴れる紫苑の悲痛な叫びが漏れる。しかし紅蓮は、大好きな縫いぐるみを抱き締める子供の如く彼女を手離す気配を見せない。
いい加減、本格的にやばそうだ。
「紅蓮さんっちょっと…」
だが、次に黒耀が手を出しかけたその時。
「!」
べりっと引きはがされた紫苑と、それを一瞬にして奪われた紅蓮は同時に目を丸くして同じものに視線を向けた。
それこそ人形を抱き上げるかの如く、軽々と紫苑を拾い上げたのは彼女の二倍はあるのではないかという大柄な男。
ひょいっと片腕に彼女を抱えたまま、無言で紅蓮に視線を向けるとそのままふぅと息を吐いた。
そんな男の行動に…いや、登場自体に不満を露にした紅蓮は…
「…ちょっと何よ!!ムカつく…殺す!!」
いきなり暴言を吐き捨て、穴が開いてしまうのではないかという程に激しくソファーを蹴り上げた。
だが、それにびくりと反応したのはデリッシュだけで、睨みつけられた大男の方は全く動じていない。
それどころか、完全に無視を決め込みさっさと別の場所に紫苑を下ろすとそのまま自分は遠く離れたソファーへ腰を下ろそうとする始末だ。
紅蓮の握られた拳に血管が浮かび上がるのが見えた。
「……いつ見てもムカつくわね…アンタって」
「……」
今にもギラリと光りそうなくらいに鋭く睨み付けた紅蓮の視線が彼を真向からとらえる。しかし相手は怯む事もなければ言葉を発する事もない。
「何か言いなさいよ!…白夜!!」
「……」
何か言えと言われても、固く口を閉ざしたまま何も言おうとしない。
そんな態度にますます紅蓮の怒りは膨れ上がるが、それが喧嘩へと発展しそうになるのをうまく抑えるのはリーダーの役目。
黒耀は紅蓮の視界に割り込み、「まあまあ…」と穏やかに彼女の怒りを静めた。
さすがの紅蓮も、大して意味のない事でリーダーを押し退けてまで掴みかかろうとはしない。
これでひとまず乱闘は免れた。しかし、未だ彼女の視線は細く威嚇したまま白夜を睨み付けている。
その後方で、紅蓮に小猫ちゃん呼ばわりされた事と押し潰されそうになった事が気に食わないのか、あるいは白夜に軽々と抱き上げられた事が不満なのか…紫苑が至極不服そうに眉間に皺を寄せたまま乱れた前髪を戻している。
あまりにわさわさとするものだから、逆にもっと乱れてしまいそうだが。
「とにかく、これで全員揃いましたね?」
「えっ…」
そんなこんなで、とりあえず場をうまくまとめようとする黒耀の言葉に、一同は揃って首を縦に振る。
だが、何かが足りないと感じたデリッシュは一人目を白黒させて黒耀を見た。
「あのっ…浅葱さんは…」
「え?」
そう、一人足りない。デリッシュ的に重要な人物が。
しかし黒耀を始めメンバーは誰もその言葉に同意しようとはしない。おかしいと感じたデリッシュはぐるりと辺りを見渡し…
「後ろにいるわよ」
「え…うわぁ!!」
紅蓮の言葉と同時にその存在を発見した。
「あ…浅葱さん…ですか?いつの間に」
二人の間隔は意外と近い。
そして何より、彼は思っていたよりも小さかった。
おそらく立っているのだろうが、あまりに小さいためにデリッシュの身長では完全に見下ろす形となってしまう。
彼の背丈は、実にデリッシュの三分の二程度だろうか。紫苑とほぼ変わらない。
「あ、あの…どうも…初めまして…」
結局あの後、白夜と浅葱のペアとは合流する事はないまま個室へ案内され自由時間に突入したため、これが初めての対面となる。
彼と会ったら今度こそ第一印象良く、しっかりとした挨拶をしようと決めていたデリッシュだが…あまりに不意打ちの初対面に予定していた言葉もうまく口から出てこない。
…また、失敗だ。
「…これから、オペレーション副チーフとして……あ、えーとっ自分はデリッシュ=カトラスですっ」
自分でも何を言っているのか解らない状態で、まともに口が回らない。
デリッシュはまた一人額に汗をかき、一度浅葱から顔を背けて小さく深呼吸をした。
だが、自分に対してやたらと動揺している新人を前にしながらも、浅葱の方は全く無関心なのか話が通じていないのか…彼の挨拶に対して何の言葉も返そうとはしない。
余計に気まずい。
どうしてこういう時ばっかり黙っているんだと助けを求めるかのような視線を紅蓮へ向けようとするが、彼女は未だに白夜と睨み合っているためあてにはできそうにない。
”この人も、白夜さんみたいに寡黙な人なのかな…”
そう思ってちらりと白夜に視線を向けるが、彼に代わり口を開いたのは黒耀だった。
「白夜さんは我々の使う帝国共通語をあまり得意とされていないんですよ」
そんな彼の説明から、白夜があまり口を開かない理由がはっきりと理解できた。
白夜は紅蓮と共にジェスタス星系のジェストラルという小さな惑星出身だ。
ジェスタス星系には小さな惑星が幾つも集まっており、そこにはそれぞれ違った戦闘種族がすんでいる。
各惑星間にはあまり友好的な付き合いはなく、それぞれが孤立し、対立しているという独立的な星系だ。独立しているだけに、独特の言語がある事も納得はいく。
もちろんこの宇宙にあるどの惑星にもそこだけの言葉は存在するが、ジェスタス星系の惑星達には特に特徴的なものが多いと言われているのだ。
「なるほど…」
秀才といえどさすがにジェストラルの言葉は解らない。そういえば、浅葱もまた出身星系が違う…もしかしたら、彼も言葉が解らないのかもしれない。
紅蓮と黒耀、それに紫苑やミシェリー等が普通に同じ共通語で通じていただけに感覚が麻痺していたが…特務隊は全星系から選び抜かれた人材が集まった国際部隊なのだ、言語のすれ違いが生じる事も頭に入れておかなければならなかった。
「あ、えーと…」
デリッシュは考えた。
確か、浅葱の出身は…
トロセリウス星系の主惑星ヴィレッツだ。
あの惑星の挨拶なら少しは解る。一か八か、言ってみるしかないだろう。
そしてデリッシュは勇気を出して一言、
『コ、コンチニハ…初メマシテ…!』
何とかそう口にした。
自分でも納得のいかない片言な発音…。通じるはずないか、と彼がまた肩を落したその時。
『どうも。初めまして』
驚いて目を向けると、彼の目の前にはにやりと笑う浅葱の顔があった。
”通じた…!!”
もちろんデリッシュは目を輝かせて喜ぶ。
だが実際…浅葱がどんな表情をしているのかは解らなかった。口元はにやりと笑っているが、目が解らないのだ。
その理由は彼の装備品にある。
黒く、がっちりとした機械的なゴーグルかスコープのようなもの…外からでは一切中の目が見えないそれは、彼の顔半分を大きく隠していた。
これが宇宙で活躍するオペレーターの通常装備なのだろうかと始めは気に止めていなかったが、まさかずっとこのままなのか…と、少々不安になる。
顔合わせや自由時間であろうと外す気配がない。だが何か諸事情があるのかもしれない。
そう思うからこそ、深く追求はできなかった。
「カトラスさん、もう全員の顔は大丈夫ですか?」
「えっあ、はい!!」
そうやって一人密かに悩んでいると、黒耀の言葉にびくりと一瞬肩が震えた。
リーダーも何も説明してはくれない…。そうなると本格的に気になってくるが…
「では、この後はライトニングストームの中を軽くご案内しようと思うのですが…」
今はそう悩んでいるわけにもいかない。
黒耀の一言で、デリッシュの目の色が変わった。
ついにあの艦の中が見られるのだ、これ程の楽しみはない。
「その前に、貴方のコードネームも発表しておかなければなりませんね」
コードネーム…そう言われて数秒間悩んだ後、デリッシュは『あ!』と小さく声をあげた。
黒耀、浅葱、白夜、紅蓮、紫苑…それぞれがもった名前は全てコードネームだ。
チーム・ストームにだけ与えられるそれは、何よりも彼等の立場を物語っている。
一体自分にはどんな名前が用意されているのだろう。
デリッシュはわくわくする思いでその発表を待った。
しかし
「貴方の名前は、”萌葱[もえぎ]さんです」
意外な名前だった。
あっさりと言い放った黒耀の言葉に、返す言葉が見つからない。
男衆の名は黒耀[コクヨウ]、白夜[ビャクヤ]、浅葱[アサギ]と、なかなかに格好の良いものだからと少しは期待していたのだが…
萌葱[モエギ]。
少し浅葱に似てはいるが、”もえぎ”。
…どことなく、可愛い名前のような気がする…。
複雑……デリッシュは内心で微かなショックを受けていた。
「良い名前でしょ?宜しくね、萌ちゃん」
紅蓮の一言で、確信した。この名前は…
「ま、女みたいな名前だよな」
そう、女っぽい。
紫苑からズバリと言われた言葉に思わず口元が引きつった。だが、授けられたものは仕方がない。
「あ、はい…えーと」
「萌葱さん。改めて、これから宜しくお願いします」
穏やかな笑顔で手を差し出す黒耀。
そうだ、名前を授かった事で、はれて自分も一員となったのだ。
デリッシュはきつく彼の手を握り返した。そして
「はい!宜しくお願いします!!」
はっきりと、そう言い放った。
「いやしかし良い名前だね」
「…そうですか?」
ライトニングストームの内部に案内され、丁寧な黒耀のガイドを受けた後。
デリッシュは気まずいながらも浅葱と二人きりになる事を余儀なくされた。
「これから、萌~って呼ぶから宜しく」
「…あの、できれば萌葱ってちゃんと呼んで欲し……」
こつこつと足音の響く艦内。
これから彼が仕事場として活躍する事になるオペレーションルームへと案内される事になったデリッシュ…いや萌葱は…
「…って……ちょっと!!浅葱さん…!!」
会話の途中、異変に気が付いた。
「て、帝国共通語…!!話せたんですか!?」
思わず、彼の足がその場で止まった。
だが、浅葱の方は止まる様子がなくそのままスタスタと歩き続ける。
「あれ?話せないなんて、誰が言った?」
「……!!」
楽しそうに笑う彼の背中を前に、萌葱は急激に体温が上昇するのを感じた。
「そ、そんな…」
恥ずかしい…。
相手が共通語を理解していないと勘違いして、わざわざ相手の星の言葉を使ったという……これは実に恥ずかしい事この上ない。
萌葱はそれ以降言葉もなく、ただ俯いたまま、浅葱の後を追いかけた。
斜め前を歩きながら、彼がくすくすと笑っているのが解る。だからこそ、紅潮した顔がなかなか元に戻らない。
「まぁそれよりさ、メンバーの事だいたい解った?」
そして、急に振り返り全く違う話を持ち掛けられた事に今度はまたびくりと肩が震えた。
「…お前さ、びびりすぎ」
そんな彼の様子に、次は浅葱の方がぴたりと足を止める。慌てて萌葱も足を止めるが、じっと見上げられている事に気がつきよたよたと数歩後ろへ下がった。
「まぁいいけど。それよりお前、結構身長あるな。気をつけろよ?」
「は、はい?」
真っ黒なゴーグルの下からじっと見つめられると、どんな目で見られているのか解らなくて正直恐い。
「紅蓮姉さんの近くに立つ時。いつも数歩後ろにいるか、一段下にいる方が良い」
「え…」
彼は何かを忠告してくれているのだろうが、いまいち内容がよく解らなかった。だが
「あの人さ、自分より背の高い奴が極限的に嫌いなの」
「え!!き、極限的に…ですか」
…なるほど。
そう言われた萌葱は驚きながらも内心ではすんなりと納得できた。
「えーと自分は…ギリギリ許せる範囲って…言われました」
「マジ?良かったじゃん。でも気をつけろよ?嫌いな奴にはとにかくすぐに殴りかかる人だから」
「そ、そうなんですか…」
白夜に対するあの態度から見ると…それもまた納得できる。
不意に、
『貴方、成長期は終わってる?』
と言った紅蓮の言葉が萌葱の脳内にこだました。
彼は今年で24になる。さすがに、もうそんなに成長はしないだろう…と、少し冷や汗をかきながら頭をかいた。
「それから、白夜はああ見えて結構可愛い奴だからビビらなくて平気」
浅葱は紫苑と共に150代の身長なため全くもって問題がない。むしろ大好きな部類に入るのだろう。
自分には害がないからか、浅葱はさっさと話題を変え、またスタスタと歩き始めた。
「え、か、可愛い…!?」
萌葱が慌てて追いかけながら問い掛けると、浅葱は楽しそうに笑った。
「そ。可愛くて良い奴。紫苑の事なんか超可愛がってたり」
「…確かに…言われてみれば優しそうな感じはしました」
「紫苑はそこらの男よりも男らしいし?リーダーは見ての通り超温厚」
「ああそれは…解ります」
次々と頭に浮かんだ仲間の顔に、特徴的な表情が付け加えられる。
妖艶に笑う紅蓮、無表情な白夜、むすりとした紫苑、穏やかに笑う黒耀…
皆、個性派揃いだ。
「あ、それから覚悟しろよ?俺の教育はスパルタだから」
「え!…そうなんですか?」
「…チビだからって馬鹿にすんなよ?俺はチーフ。お前は副チーフ見習い。忘れんな」
「あ、いえ解ってます。自分は……って、えぇ!?」
そしてもう一人、この人物もなかなかに個性派だ。
身長は自分よりも明らかに小さいが、これでも直属の上司となる存在。
同じオペレーターでありながらスペシャル部隊に抜擢され、通信、開発、データの管理に始まり、巨大な最新型戦艦母艦と戦闘チームの行く末を握る重要な役割を任せられたエリート中のエリート。
戦闘チームの一員であり、且つ通信チームのリーダーも務めているのだ。
萌葱自身、彼には尊敬と憬れを抱いている。
「み、見習い…ですか?」
「ああ。実質上は任命されてても、俺はそう簡単には認めないから」
「ああ…なるほど」
まあ、仕方のないことだ。実際、まだまだ自分は、彼には到底敵わないのだから。だがそうなれば、話は早い。
「…解りました。一時も早く認めていただけるよう、頑張ります」
そう、彼からの信用を勝ち取り立派な補佐官として認めてもらえるまで、ひたすらに努力をするまでの事。
萌葱は改めて彼を真向から見つめ、力強く敬礼した。
「よーし。それじゃ、びしびしいかせてもらうから、まぁ頑張れよ」
「はい!!」
こうして、叛逆組織討伐特殊機動部隊・戦闘チーム【STORM】に新たな隊員がその名を授かった。
彼がこれからどんな活躍を見せるのかは、まだ誰にも解らない―…
To be continue...
********
高く響き渡ったアナウンスを耳に、デリッシュは心拍数が急激に高鳴り始めるのを感じた。
ついに、対面の時がやってきた―…。
Chapter.2:
黒き戦闘部隊
ゴゴゴゴゴ…
足元に僅かな揺れを感じ、重低音が耳に響いた。
目の前で開かれた扉はホームの床に巨大な大穴を開け、そこからは微かな冷気が風となって流れ込んだ。
覗き込む事は許されないが、深く暗闇へと続いているその大穴へ、全ての視線が引き寄せられる。
そして…
「……これが…」
初めて目の当たりにしたその壮観な姿に、デリッシュは言葉を失った。
真っ白に輝く機体は壮大で美しく、その立ち姿は何よりも逞しく全てを見下ろしていた。
例えるならば、猛々しい白き大鷲。凛々しい風格には貫禄があり、見る者全てを圧倒する。
大きな背中と広げた翼には金色で描かれた稲妻のペイントが輝き、ライトニングストームの名を強く物語っていた。
呆然と口を開け放すデリッシュの周囲で、彼と同じくその戦士達の帰りを待っていた者達が一斉に右手を額に掲げる。
ざっと音がなる程に揃った隊員達の敬礼に、デリッシュは慌てて同じ態勢をとるが、緊張のせいかあまりうまく姿勢が決まらない。そわそわと視線を泳がせたまま、額を汗が流れる。
だが、時間は待ってはくれない。
静まり返ったホームの中で、巨大な戦艦はついにその口を開けた。
そして中から数人の白服隊員が顔を出し、ホームの仲間達へびしりと敬礼をする。もちろんホーム側の人間も誰一人敬礼の姿勢を崩さない。
首元に青いスカーフを巻いた隊員達はゆっくりとホームへ降り立ち、戦艦の前で綺麗に列を作った。
”補佐チームだ”
デリッシュはじっと彼等を見つめもう一度右手に力を込めた。震えていた腕がようやく安定する。
だが緊張が解ける事はない。
それどころか、彼の心音は既に耳で聞き取れてしまいそうな程に早まっていた。
「チーム・ストームです」
その時、小さく聞こえたミシェリーの言葉に、デリッシュの緊張は頂点に達した。金縛りにでもあったかのように、全身が固まる。
そんな彼を余所に颯爽と姿を現したのは五人。
他四人を従えるように前へ出た青年は漆黒の髪に漆黒の制服を纏い、凛々しく聡明な雰囲気をもっていた。
他の隊員のものとは少し形の違うその制服は、彼が”上官”である事を意味している。
チーム・ストームのリーダーであり、特務隊の最高司令官、黒耀[こくよう]。
デリッシュは一目でその名を思い起こした。
その後ろには、大柄な男女と小柄な男女の二組に別れたような四人が続く。
リーダーとは正反対に制服を着崩した彼等からはあまり堅苦しさを感じない。
「任務、お疲れ様でした!!」
「ありがとうございます。皆さんもご苦労様です」
ゆっくりと地に足を付いた五人の元へ、司令部整備班のリーダーと思しき青年が前へ出た。
それに対する黒耀は穏やかな笑顔を返し、軽く会釈をしてみせた。
「戦闘機が一機、一部損傷しています。ライトニングストーム自体に損傷はありませんが、いつも通り点検と整備をお願いします。大きな任務を控えているので補充は多めに。詳細はこちらの整備チームがお話しますが、後は貴方がたに一任します」
「はい、お任せ下さい!では、早速取り掛からせていただきますっ」
「お願いします」
丁寧な言葉で用件を完結に述べると、黒耀はちらりとデリッシュに目をやった。
”…目が合った…!!”
その瞬間、ドキリとまた彼の心臓が波打つ。
だが、黒耀のその穏やかな笑顔は一瞬にしてデリッシュの金縛りを解いた。
「……」
言葉はまだ戻らないが、自然と気持ちが楽になった事にすっと緊張が和らぐ。
「あれが新入り君ね?」
「そのようですね」
傍らに立つ大柄な女隊員がぼそりと黒耀の耳元で何かを呟いた。内容は聞こえなかったが、おそらく自分の事を言っているのだとデリッシュにもすぐに解った。
ホームの隊員達は整備班が動き始めたところでそれぞれが持ち場に戻り始めている。
デリッシュとミシェリーも同時に手を下ろし肩の力を抜く。
黒耀が振り返り軽く合図を出すと戦艦班の隊員達も続々と動き始め、辺りにはまた忙しない空気が戻っていた。
その中、黒耀は迷う事なくデリッシュの方へ足を向けた。それに先程の大柄な女隊員と補佐チームの面々が続く。
「初めまして。黒耀です」
数名が見守る中でやはり、始めに言葉を発したのは彼だった。黒耀はそれと同時に右手を差し出し、また穏やかに笑う。
「は、初めましてっ!!自分はデリッシュ=カトラスと申します!」
勢いあまって舌を噛みそうになりながらもデリッシュは何とか言葉を返すが…やはり緊張は続いている。
またも震え始める右手で黒耀の手をとり、力強くにぎり返した彼は勢いよく頭を下げた。
しかし、同時に同じ動作を繰り返した黒耀の額と、顔をあげようとしたデリッシュの後頭部はタイミングを逃し…
「っ!!」
「あ、痛っ…」
「ぅわっあ、す、すいません!!」
見事にゴツリと激突した。
一時は和らいだとは言え、先程までガチガチに固まっていた男が初めて会ったスペシャルチームのリーダーを目の前にして、落ち着けるはずもない。
「あ、大丈夫ですよ、気にしないで下さい」
「も、申し訳ありません!!」
一瞬にして全身に冷や汗が溢れ出した。相手は穏やかに笑っているが、内心は分からない…デリッシュは完全にパニック状態でひたすら頭を下げるしかできなかった。
「…ちょっとリーダー、何してんのよ」
そこへ、頭上から響いたのはハスキーな女の声。
「あはは、何でもありませんよ紅蓮さん」
「…しっかりしてよね、全く」
デリッシュが顔をあげると、その女の顔はひょっこりと黒耀の頭上からこちらを覗いていた。デリッシュの心臓がまたドキリと波打つ。
そんな彼の顔と、少し赤くなった黒耀の額を交互に見やり、”紅蓮[ぐれん]”と呼ばれた大柄な女は溜め息をついた。
「新入り君ね、そんなに怖がらなくて良いのよ、いきなり捕って食べたりしないから」
「え、あ、はっはい!!」
「…それからそんな生真面目に返事しなくてもいいわ。私達はチームメイトよ。同等なんだから」
「は、はい!すいません!!…あ、えっと」
しかし、相手に何を言われようと動揺しすぎのデリッシュは心の中で絶叫していた。
また目の前で、紅蓮がふうと溜め息をついたのが見えた。周りからクスクスと数人が笑っている声も聞こえる。
…恥ずかしい。
デリッシュは今すぐにでもどこかへ隠れてしまいたい気分でいっぱいだ。
「…馬鹿そうな奴」
すると。
そんな彼へぼそりと厳しい言葉を投げたのは、紅蓮の後ろから姿を見せた小柄な…少女のような黒服隊員だった。
「紫苑ちゃん…これでもこの子、優秀なオペレーターよ、頭は良いの」
「はっどうだか!ただのチキン野郎なんじゃねぇの?」
「駄目よそんな事言っちゃ。泣いちゃうでしょ」
紫苑[しおん]と呼ばれた隊員は一見可愛らしい少女のように見えて、驚く程に口が悪い。だが、紅蓮のフォローも正直フォローになっていない。
その二人の失礼な会話に、デリッシュのパニック状態も自然と解けた。そしてそれと同時にひくりと彼の口元が引きつった。
内心、反論してやりたい気持ちでいっぱいではあるが、まさかここで彼等に食い付く程馬鹿ではない。
そこは何とか気持ちを抑え、デリッシュは姿勢を正した。
「紫苑さん失礼ですよ。口が悪すぎます。紅蓮さんも」
反論できないデリッシュに代わり尤もな意見を叩き付けてくれたのはもちろんリーダーの黒耀。
優しそうな顔をしてはいるがやはり彼はリーダーだ。二人の女隊員は彼からの注意を受けると、ひとまず口を謹んだ。
黒耀は二人の様子に満足そうな笑みを浮かべると、今度はミシェリーに視線を移した。
「お久し振りです。またホームの皆さんにお会いできて良かった」
そう言った彼の笑顔は、これまでの何よりも明るい満面の笑みだった。
チーム・ストームは誰もが最強であると認めている存在。だが、そんな彼等でも死という終りには敵わない。
黒耀はチームを背負っていく上で常に死を覚悟し、決して”必ず戻る”とは約束しない。
『また会える事を願っています』とだけ言い残し、彼は飛び立つのだ。
決して己の力を過信しない。常に終りが付きまとっている事を忘れるな。油断は大敵。隙をつかれればどんな夜叉でも倒れる事はある。
そして何より、守るべきもののために命を捨てる覚悟で全てに挑む…
それが彼の信念だった。
「こちらこそ。お待ちしておりました。長旅お疲れ様です」
ミシェリーは彼等を送り出す側として、彼のその想いを深く理解している。命を懸けて戦う戦士達に敬意と再会の喜びを込めて、彼女は深々と頭を下げた。
「お部屋をご用意してありますので今夜は皆様もごゆっくりとお休み下さい」
「ありがとうございます」
彼等、戦艦班は一度宇宙へ飛び立てばそう頻繁に司令部へ戻る事はない。
本日もまたそう、ライトニングストームがここへ帰還したのは実に115日ぶりの事だった。
「それじゃ、新入り君。自己紹介はそれぞれ部屋についてからゆっくりとする事にしましょうか」
「えっ、あ…はい!」
「で、案内は?」
やはり疲れているのか、紅蓮はそう言ってデリッシュの肩を叩くと、少々強引にミシェリーの前へ出た。
「はい、お部屋へは受付の者がご案内させていただきます」
「あらそう、いつものお嬢さんね?解ったわ」
受付の者…いつものお嬢さん…。
デリッシュの頭に浮かんだ者はあの感じの悪いクールな受付嬢の顔だった。
「ね、リーダー?いいわよね?私早くシャワーを浴びたいの。ゆっくりと」
紅蓮はミシェリーの言葉にさらりと返事を返すと身体をくねらせて黒耀を振り返った。
大柄な体型だとは言うが、彼女は一目で解る妖艶なお色気美人だ。
ボリュームのある頭頂部からのソバージュ髪と少々黒めの肌がエキゾチックな雰囲気を醸し出し、何よりピッタリとした制服が一層彼女のグラマラスな体型を強調している。
そんな身体をくねりと捩じらせ、妖艶な微笑を浮かべる美女に、男なら誰でも息を呑むだろう。
デリッシュはさりげなく視線を逸して別の方向を見た。
「ええ、そうですね。そうしましょうか」
だが黒耀は慣れているのかどうでも良いのか、変わる事のない穏やかな笑顔で頷くだけだった。
「じゃ、私は先に受付で待ってるわ。また後で。ね、新入りクン」
もちろん紅蓮の方も彼が動じない事は始めから解っている。解っているからこそ、その矛先はすぐに別の人物へと向けられた。
「えっは、はい…そうですねっ」
目を逸していたデリッシュの視界に無理矢理入ると、紅蓮は彼の前でまた妖艶に笑う。
「…まあまあね。少し危ないラインだけど」
「は…?」
そして、意味不明な事を呟きデリッシュの頭に手をおいた。
「貴方、成長期は終わってる?」
「え…あの…何の事でしょう」
ずいと顔を近付けられ冷や汗をかくデリッシュの事など構う事なく紅蓮はじっと彼の顔を見つめる。
「…まぁいいわ。今のままならギリギリ許せる範囲」
そしてまたよく解らない言葉を呟くと、そのまま彼とミシェリーの間をすり抜け背中を向けた。
ひらひらと後ろ手を振りながらホームを出て行こうとする彼女にパタパタと紫苑が続く。彼女はちらりとデリッシュを振り返ったが、何の言葉もかける事なくすぐに視線を黒耀に向けた。
「黒耀、アイツ等どっか行ったぞ」
「え?」
「じゃ、先行ってる」
「あ…」
自己完結型なのか人の話を聞かないタイプなのか…紫苑は言いたい事だけを簡潔に述べると黒耀の言葉も聞かずにさっさと部屋を出て行ってしまった。
その場に残されたのは三人と数名の補佐チーム員。
黒耀はぐるりと後ろを振り返り辺りを見回した。そこでようやく紫苑が言った言葉の意味を理解する。
「えーと…浅葱さんと白夜さんはどうしました?」
首を傾げながら補佐チーム員の面々に問い掛けるが、彼等も同じく首を傾げるだけでうまく答える事はできなかった。
浅葱[あさぎ]と白夜[びゃくや]。
そう呼ばれたのはチーム・ストームの残りの男隊員二人だ。念入りにデータを読んでいたデリッシュにその名前が判らぬはずはない。
正直に言わせてもらえば、彼が一番会いたかった人物がその中にいる。これから自分が付き従うであろうオペレーションチーフ…それが、浅葱の方だ。
先程、彼等が艦を降りた時までは全員揃っていたと思ったのだが…。
「…あ!」
と、皆がきょろきょろと辺りを見回している中、黒耀が咄嗟に声をあげ、そのままパタパタと艦の付近へ駆け戻った。
おそらく二人が見つかったのだろう。
だが駆け寄った先は整備員達が忙しなく動き回るライトニングストームのちょうど真横辺り。黒服隊員などいないではないか…とデリッシュが目をこらした
その時
艦の陰で一人の男がぬっと立ち上がった。
それは、機体の白と一体化して見えてしまう程に見事な白髪の男。制服はまともに着ておらず、上着を脱いで腰に巻いた上に白のタンクトップ一枚となっている。まるでどこかの一般作業員のようだ。
そのために一目でチームメイトだとは判らなかったのだろう。
「えーと、あの人は…」
デリッシュは記憶を探り、その人物の顔と名前を思い起こした。
「彼は白夜さんです。浅葱さんは…見当たりませんね」
だが彼が答えを言う前にそれはミシェリーの口から回答された。もちろんデリッシュも解ってはいたが…彼女のその言葉で確信し、ほっと胸を撫で下ろした。
何故ならば、正直に彼は一見かなり怖い。
身長は黒耀よりも頭二つ分位は高く、タンクトップから強調される筋肉質な体型は見るからに逞しくて男らしい。
遠目で見ても解る程に強烈な威圧感はデータ上の顔写真だけでは判らなかった。
黒耀はデリッシュよりも顔半分程は小さいが…
それを考えたとしてもやはり彼は相当な大男だ。身振り手振りで話をしている黒耀が子供のようにさえ見える。
先程の紅蓮も大柄だったが、彼女は黒耀の頭一つ分大きかった…となればあの白夜という男はそれよりもさらに大きいのだ。あの威圧感を考えると、正直にあまり近くで見下ろされたくはない。
そんな事を考えていると、そこへまたパタパタと黒耀が戻って来るのが見えた。
「どうかされましたか?」
戻ってきた彼にすかさずミシェリーが声をかける。
「白夜さんは戦闘機の事で少し気になる所があるそうなので整備に参加されています。浅葱さんはストームの中に忘れ物があったとか」
「では…」
「はい、我々は先に部屋へ向いましょう」
「承知しました。それでは白夜さんと浅葱さんはまた後程ご案内させていただきます」
なるほど。あの白夜という人物は厳つい外見をしていながら仕事熱心とみた。
そしてデリッシュは改めて白夜に視線を向けた。
すると、黒耀の後を追ってこちらに目をやっていたのか、彼とばっちり目があった。
デリッシュはすかさず頭を下げ、顔をあげると同時に笑顔を見せたが…体型だけでなく顔にもどこか厳つさをもった彼がまさか笑顔を返してくれるとは思わなかった。しかし、第一印象は大切だ。
黒耀を始め紅蓮と紫苑には初めから馬鹿を見せてしまっただけに。
何にせよ、白夜のようなタイプには嫌われたくない。そう思うのは人間の性だろう。
だが。そんなデリッシュをじっと見つめた彼は案の定笑顔は見せてくれなかったものの…意外にも丁寧に、深々と頭を下げて誠意を見せてくれた。
人は見掛けにはよらない…そういうものだろうか。
デリッシュは一瞬でも、あまり関わりたくないなどと思ってしまった事を後悔した。
「カトラスさん、お待たせしてすみません」
「え、あっいえ!」
そうやってじっと彼に目をやっていたデリッシュの視界にひょっこりと現われたのは黒耀。
少しだけ低めの背丈で前に立った彼は、少々目線を上げて何とかデリッシュと目を合わせようとしていた。
「彼等はすぐに追って来ますので、先に行きましょう」
「は、はい!」
二人の間に大した距離はない。距離がないだけに、黒耀よりも背が高いデリッシュの方が彼を見下ろす形になってしまう事は必然。
しかし、リーダーである彼を見下ろすわけにはいかない。そう咄嗟に判断したデリッシュは無理に身体を引き離して距離をとった。
しかしいきなりすぎたあまりに、それは不自然な態勢となり周囲をまた笑わせた。
”…笑われてばかりだ”
滑り出しから、しばしば転び気味である自分に溜め息が出る。デリッシュは軽く俯き額に手をあてた。
「では宜しいですか?補佐チームの方々もどうぞ」
だがここで嘆いてばかりいては先が思いやられる。
絶対についていってやると己に喝を入れた事を忘れてはならない。
デリッシュはしっかりと顔を上げ、背中を向けたミシェリーに続いた。もちろんその隣りには黒耀がいる。
緊張はまだ完全には解けないが、何度も馬鹿をやるわけにはいかない。
デリッシュはびしりと姿勢を正し、真直ぐに前を見据えた。そして背後に続く補佐チームを従えるかのように、一歩一歩を強く踏み込んだ。
「メインロビーはここだよな…」
デリッシュ等が案内された場所は、警務局内部にある警務官専用の寮。
臨時要員を泊める場として確保されている特別棟にてそれぞれの個室に入った後、一時間の自由時間を設けられ、デリッシュは残り15分というところで集合場所のメインロビーへとやってきた。
まだ隊員達の集まっていないそこには人気がなく、ほっとするような静けさがあった。
本日は快晴だ。
室内に差し込む日の光が暖かい。
もうじき夕暮れに近付く暖かなその光に導かれ、デリッシュは大きな硝子窓の前に立った。
黙ったまま、壮大な空へと視線が吸い込まれる。もうじきそこへ飛び立つのだと思うと…
まだ見ぬ未知なる世界への期待が自然と胸を膨らませた。
地上から見る空は美しい。
だが宇宙はもっと壮大で美しいのだ。
デリッシュは貼り付くように窓へ手をあて、じっと空を見つめていた。
「お前、宇宙に出るのは初めてか」
だがその時、突然響いたその声はびくりと彼の肩を震わせた。
慌てて振り返ると、そこにあったのは小柄な少女の姿。文化の違いを感じさせる独特な民族衣装を纏った彼女はゆっくりと彼に近付くと、どすりと近くのソファーに腰を下ろした。
「紫苑さん」
すぐにその名が口を出たデリッシュはそのまま彼女の方へ身体を向けた。
紫苑は八星系の中でも独特な文化をもつユンロン星系の主惑星ニャンニャンの出身だ。
鮮やかな刺繍が施された光沢のある衣装は優雅で華やかさを感じさせ、身体に沿った細身のラインがとても美しい。
それから首に沿って立てられた襟元には花のような飾り紐のボタンが縫い付けられ、ワンピースのように膝まである上着には、豪快なスリットが入っている。そこから見える生足が何ともセクシー…と、言いたいところだが、彼女は下に動きやすそうなサブリナ丈のズボンをはいている。
だがそれもまた足首のあたりで紫色の綺麗な飾り紐で絞られており、蝶々型に結ばれたそれがなかなか可愛らしい。
高い位置で一つに結ばれた綺麗な髪は青光りするような漆黒で、さらりと腰にかかる程に長く真直ぐだ。
見た目は、可愛らしい少女。
だが、やはりどこか女らしさを感じさせない雰囲気を纏っている。
それもそのはず、彼女はどかりと腰かけたソファーに悠々とふん反り、足は豪快に開いた状態で眠そうに欠伸をしているからだ。
「……」
身体を向けたはいいが、真向から見てはいけないような複雑なものを感じたデリッシュはさりげなく視線を逸らした。
男が前にいるというのにこの態度…せっかくの可愛らしさが台無しだ。
「なあ、初めてか?」
「はい?」
「だから、宇宙に出るのは初めてかって聞いてんだよ」
「あ…はい、そうですね…」
「ふーん」
会話が、まともに続かない。
どうやら本当に彼女は自己完結型らしい。
自分から話を持ち掛けておきながら、デリッシュの答えを聞くと紫苑は腕を組み、さらに目を細めただけでその後の会話を続けようとはしなかった。
「あの…」
「……」
デリッシュの方から声をかけても、反応はない。よく見れば、眠そうだと思った目はもはや完全に閉じている。
デリッシュは小さく肩を竦め、少し間を開けて隣りに腰を降ろした。さすがに、目の前へ座る勇気はない。
ちらりと横目で見やると、今にも首がかくりと落ちてしまいそうな程、本気で眠気と戦っているように見えた。
”やっぱり疲れてるんだな…”
半袖の下から覗く白い腕は見るからに細く、小さな背丈と全体的な華奢さからはまさか彼女も同じチームの戦闘要員だとは思えない。
だが、間違いなくチーム・ストームの一員だ。
数々の任務を戦い抜いてきた逸材なのだ。
こんな女の子が…などと馬鹿にはできない。
「俺も頑張らないとな…」
小さく呟いた声は紫苑の耳に届いたのかどうかは解らない。
デリッシュは天井を見上げ、目を閉じた。
瞼に映ったものは、まだ液晶の中でしか見た事のない、限り無く続く宇宙。
自分がそこへ飛び立つ光景を思い浮かべながら、ゆっくりと息を吐いた。
そして目を開けた、その時。
「っ…どわぁぁあ!!!!」
突如視界に入ったものに、デリッシュは妙な悲鳴を上げてソファーから滑り落ちた。
「あら惜しい。あまりにも無防備で可愛い寝顔だったからこのままキスでもしちゃおうかと思ったのに」
「……ね…寝てませんよ!紅蓮さん…!!!」
何を隠そう、すぐ目前に迫っていたものはあの”紅蓮”の顔だった。デリッシュが悲鳴をあげるのも無理はない。
問題発言を口にしながらしなやかにソファーの背もたれに片足を乗せた紅蓮は、慌てて立ち上がったデリッシュを誘うような笑みで仰ぎ見た。
シャワー後だということもあり、ほのかに石鹸の香を纏った彼女の身体は全体的に露出が多い。
上は水着を思わせる程に布の面積が狭いチューブトップ一枚で、肩や腹が完全に晒されている。もちろんボリュームのある胸の谷間までばっちり露出されている状態。
尚且つ下は腰骨まで露出された上に長さも大変短いという黒のホットパンツ一枚に膝までのロングブーツ…。
見るからに”女”を強調した誘惑スタイルで登場の彼女は、同じ女でも紫苑とは全く正反対の種類だとデリッシュは息を呑んだ。
「あ…えーと…」
つい、目のやり場に困る。
何と話を持ち掛けて良いのかも判らず、デリッシュはただ視線を泳がせるしかできなかった。
するとそこへ
「すいません遅れてしまいましたか?」
天の助けか、聞き覚えのあるあの穏やかな声が高々と響き渡った。
「黒耀さん!!!」
デリッシュは思わず飛び付きたくなる思いでその人物を振り返り叫んだ。
「え…?あの、ど、どうかされました!?」
そんな彼の目がそれ程まで必死に助けを求めていたのか、今度は黒耀の方がわたわたと動揺する。
その光景をじっくりと眺めていた紅蓮はもちろん大爆笑だ。いつの間にか手を叩いて大笑いをしていた彼女に黒耀はぽかんと口を開け、デリッシュは恥ずかしそうに赤面して俯いた。
ロビーに響く大きな笑い声に、さすがの紫苑も目を開けずにはいられない。
「……るせぇなぁ…」
小さく悪態をつき、これでもかというくらい眉間に皺を寄せぎろりと紅蓮を睨みつける。だが、それがこれといって彼女にダメージを与える事はなく…
「あらおはようっ小猫ちゃん」
むしろ喜ばせたかのように彼女の口からまた妙な発言を滑らせた。
そして言葉と同時に、紫苑の顔を自分の胸に押し当てるように力強く彼女を抱き締めた。ソファーを間に挟んだ状態で。
「…っっっ!!!!」
もちろん紫苑はバタバタと両手をばたつかせながら紅蓮を引きはがそうとするが、顔面を完全にふさがれているために言葉もろくに発せられない。
当然、息も苦しそうだ。
「あっ…あの…紅蓮さん…」
デリッシュが何とか言葉で彼女を止めようとするが、やたらと楽しそうな紅蓮には聞こえるはずもない。いやむしろ、聞く気がない。
バタバタと腕の中で暴れる紫苑の悲痛な叫びが漏れる。しかし紅蓮は、大好きな縫いぐるみを抱き締める子供の如く彼女を手離す気配を見せない。
いい加減、本格的にやばそうだ。
「紅蓮さんっちょっと…」
だが、次に黒耀が手を出しかけたその時。
「!」
べりっと引きはがされた紫苑と、それを一瞬にして奪われた紅蓮は同時に目を丸くして同じものに視線を向けた。
それこそ人形を抱き上げるかの如く、軽々と紫苑を拾い上げたのは彼女の二倍はあるのではないかという大柄な男。
ひょいっと片腕に彼女を抱えたまま、無言で紅蓮に視線を向けるとそのままふぅと息を吐いた。
そんな男の行動に…いや、登場自体に不満を露にした紅蓮は…
「…ちょっと何よ!!ムカつく…殺す!!」
いきなり暴言を吐き捨て、穴が開いてしまうのではないかという程に激しくソファーを蹴り上げた。
だが、それにびくりと反応したのはデリッシュだけで、睨みつけられた大男の方は全く動じていない。
それどころか、完全に無視を決め込みさっさと別の場所に紫苑を下ろすとそのまま自分は遠く離れたソファーへ腰を下ろそうとする始末だ。
紅蓮の握られた拳に血管が浮かび上がるのが見えた。
「……いつ見てもムカつくわね…アンタって」
「……」
今にもギラリと光りそうなくらいに鋭く睨み付けた紅蓮の視線が彼を真向からとらえる。しかし相手は怯む事もなければ言葉を発する事もない。
「何か言いなさいよ!…白夜!!」
「……」
何か言えと言われても、固く口を閉ざしたまま何も言おうとしない。
そんな態度にますます紅蓮の怒りは膨れ上がるが、それが喧嘩へと発展しそうになるのをうまく抑えるのはリーダーの役目。
黒耀は紅蓮の視界に割り込み、「まあまあ…」と穏やかに彼女の怒りを静めた。
さすがの紅蓮も、大して意味のない事でリーダーを押し退けてまで掴みかかろうとはしない。
これでひとまず乱闘は免れた。しかし、未だ彼女の視線は細く威嚇したまま白夜を睨み付けている。
その後方で、紅蓮に小猫ちゃん呼ばわりされた事と押し潰されそうになった事が気に食わないのか、あるいは白夜に軽々と抱き上げられた事が不満なのか…紫苑が至極不服そうに眉間に皺を寄せたまま乱れた前髪を戻している。
あまりにわさわさとするものだから、逆にもっと乱れてしまいそうだが。
「とにかく、これで全員揃いましたね?」
「えっ…」
そんなこんなで、とりあえず場をうまくまとめようとする黒耀の言葉に、一同は揃って首を縦に振る。
だが、何かが足りないと感じたデリッシュは一人目を白黒させて黒耀を見た。
「あのっ…浅葱さんは…」
「え?」
そう、一人足りない。デリッシュ的に重要な人物が。
しかし黒耀を始めメンバーは誰もその言葉に同意しようとはしない。おかしいと感じたデリッシュはぐるりと辺りを見渡し…
「後ろにいるわよ」
「え…うわぁ!!」
紅蓮の言葉と同時にその存在を発見した。
「あ…浅葱さん…ですか?いつの間に」
二人の間隔は意外と近い。
そして何より、彼は思っていたよりも小さかった。
おそらく立っているのだろうが、あまりに小さいためにデリッシュの身長では完全に見下ろす形となってしまう。
彼の背丈は、実にデリッシュの三分の二程度だろうか。紫苑とほぼ変わらない。
「あ、あの…どうも…初めまして…」
結局あの後、白夜と浅葱のペアとは合流する事はないまま個室へ案内され自由時間に突入したため、これが初めての対面となる。
彼と会ったら今度こそ第一印象良く、しっかりとした挨拶をしようと決めていたデリッシュだが…あまりに不意打ちの初対面に予定していた言葉もうまく口から出てこない。
…また、失敗だ。
「…これから、オペレーション副チーフとして……あ、えーとっ自分はデリッシュ=カトラスですっ」
自分でも何を言っているのか解らない状態で、まともに口が回らない。
デリッシュはまた一人額に汗をかき、一度浅葱から顔を背けて小さく深呼吸をした。
だが、自分に対してやたらと動揺している新人を前にしながらも、浅葱の方は全く無関心なのか話が通じていないのか…彼の挨拶に対して何の言葉も返そうとはしない。
余計に気まずい。
どうしてこういう時ばっかり黙っているんだと助けを求めるかのような視線を紅蓮へ向けようとするが、彼女は未だに白夜と睨み合っているためあてにはできそうにない。
”この人も、白夜さんみたいに寡黙な人なのかな…”
そう思ってちらりと白夜に視線を向けるが、彼に代わり口を開いたのは黒耀だった。
「白夜さんは我々の使う帝国共通語をあまり得意とされていないんですよ」
そんな彼の説明から、白夜があまり口を開かない理由がはっきりと理解できた。
白夜は紅蓮と共にジェスタス星系のジェストラルという小さな惑星出身だ。
ジェスタス星系には小さな惑星が幾つも集まっており、そこにはそれぞれ違った戦闘種族がすんでいる。
各惑星間にはあまり友好的な付き合いはなく、それぞれが孤立し、対立しているという独立的な星系だ。独立しているだけに、独特の言語がある事も納得はいく。
もちろんこの宇宙にあるどの惑星にもそこだけの言葉は存在するが、ジェスタス星系の惑星達には特に特徴的なものが多いと言われているのだ。
「なるほど…」
秀才といえどさすがにジェストラルの言葉は解らない。そういえば、浅葱もまた出身星系が違う…もしかしたら、彼も言葉が解らないのかもしれない。
紅蓮と黒耀、それに紫苑やミシェリー等が普通に同じ共通語で通じていただけに感覚が麻痺していたが…特務隊は全星系から選び抜かれた人材が集まった国際部隊なのだ、言語のすれ違いが生じる事も頭に入れておかなければならなかった。
「あ、えーと…」
デリッシュは考えた。
確か、浅葱の出身は…
トロセリウス星系の主惑星ヴィレッツだ。
あの惑星の挨拶なら少しは解る。一か八か、言ってみるしかないだろう。
そしてデリッシュは勇気を出して一言、
『コ、コンチニハ…初メマシテ…!』
何とかそう口にした。
自分でも納得のいかない片言な発音…。通じるはずないか、と彼がまた肩を落したその時。
『どうも。初めまして』
驚いて目を向けると、彼の目の前にはにやりと笑う浅葱の顔があった。
”通じた…!!”
もちろんデリッシュは目を輝かせて喜ぶ。
だが実際…浅葱がどんな表情をしているのかは解らなかった。口元はにやりと笑っているが、目が解らないのだ。
その理由は彼の装備品にある。
黒く、がっちりとした機械的なゴーグルかスコープのようなもの…外からでは一切中の目が見えないそれは、彼の顔半分を大きく隠していた。
これが宇宙で活躍するオペレーターの通常装備なのだろうかと始めは気に止めていなかったが、まさかずっとこのままなのか…と、少々不安になる。
顔合わせや自由時間であろうと外す気配がない。だが何か諸事情があるのかもしれない。
そう思うからこそ、深く追求はできなかった。
「カトラスさん、もう全員の顔は大丈夫ですか?」
「えっあ、はい!!」
そうやって一人密かに悩んでいると、黒耀の言葉にびくりと一瞬肩が震えた。
リーダーも何も説明してはくれない…。そうなると本格的に気になってくるが…
「では、この後はライトニングストームの中を軽くご案内しようと思うのですが…」
今はそう悩んでいるわけにもいかない。
黒耀の一言で、デリッシュの目の色が変わった。
ついにあの艦の中が見られるのだ、これ程の楽しみはない。
「その前に、貴方のコードネームも発表しておかなければなりませんね」
コードネーム…そう言われて数秒間悩んだ後、デリッシュは『あ!』と小さく声をあげた。
黒耀、浅葱、白夜、紅蓮、紫苑…それぞれがもった名前は全てコードネームだ。
チーム・ストームにだけ与えられるそれは、何よりも彼等の立場を物語っている。
一体自分にはどんな名前が用意されているのだろう。
デリッシュはわくわくする思いでその発表を待った。
しかし
「貴方の名前は、”萌葱[もえぎ]さんです」
意外な名前だった。
あっさりと言い放った黒耀の言葉に、返す言葉が見つからない。
男衆の名は黒耀[コクヨウ]、白夜[ビャクヤ]、浅葱[アサギ]と、なかなかに格好の良いものだからと少しは期待していたのだが…
萌葱[モエギ]。
少し浅葱に似てはいるが、”もえぎ”。
…どことなく、可愛い名前のような気がする…。
複雑……デリッシュは内心で微かなショックを受けていた。
「良い名前でしょ?宜しくね、萌ちゃん」
紅蓮の一言で、確信した。この名前は…
「ま、女みたいな名前だよな」
そう、女っぽい。
紫苑からズバリと言われた言葉に思わず口元が引きつった。だが、授けられたものは仕方がない。
「あ、はい…えーと」
「萌葱さん。改めて、これから宜しくお願いします」
穏やかな笑顔で手を差し出す黒耀。
そうだ、名前を授かった事で、はれて自分も一員となったのだ。
デリッシュはきつく彼の手を握り返した。そして
「はい!宜しくお願いします!!」
はっきりと、そう言い放った。
「いやしかし良い名前だね」
「…そうですか?」
ライトニングストームの内部に案内され、丁寧な黒耀のガイドを受けた後。
デリッシュは気まずいながらも浅葱と二人きりになる事を余儀なくされた。
「これから、萌~って呼ぶから宜しく」
「…あの、できれば萌葱ってちゃんと呼んで欲し……」
こつこつと足音の響く艦内。
これから彼が仕事場として活躍する事になるオペレーションルームへと案内される事になったデリッシュ…いや萌葱は…
「…って……ちょっと!!浅葱さん…!!」
会話の途中、異変に気が付いた。
「て、帝国共通語…!!話せたんですか!?」
思わず、彼の足がその場で止まった。
だが、浅葱の方は止まる様子がなくそのままスタスタと歩き続ける。
「あれ?話せないなんて、誰が言った?」
「……!!」
楽しそうに笑う彼の背中を前に、萌葱は急激に体温が上昇するのを感じた。
「そ、そんな…」
恥ずかしい…。
相手が共通語を理解していないと勘違いして、わざわざ相手の星の言葉を使ったという……これは実に恥ずかしい事この上ない。
萌葱はそれ以降言葉もなく、ただ俯いたまま、浅葱の後を追いかけた。
斜め前を歩きながら、彼がくすくすと笑っているのが解る。だからこそ、紅潮した顔がなかなか元に戻らない。
「まぁそれよりさ、メンバーの事だいたい解った?」
そして、急に振り返り全く違う話を持ち掛けられた事に今度はまたびくりと肩が震えた。
「…お前さ、びびりすぎ」
そんな彼の様子に、次は浅葱の方がぴたりと足を止める。慌てて萌葱も足を止めるが、じっと見上げられている事に気がつきよたよたと数歩後ろへ下がった。
「まぁいいけど。それよりお前、結構身長あるな。気をつけろよ?」
「は、はい?」
真っ黒なゴーグルの下からじっと見つめられると、どんな目で見られているのか解らなくて正直恐い。
「紅蓮姉さんの近くに立つ時。いつも数歩後ろにいるか、一段下にいる方が良い」
「え…」
彼は何かを忠告してくれているのだろうが、いまいち内容がよく解らなかった。だが
「あの人さ、自分より背の高い奴が極限的に嫌いなの」
「え!!き、極限的に…ですか」
…なるほど。
そう言われた萌葱は驚きながらも内心ではすんなりと納得できた。
「えーと自分は…ギリギリ許せる範囲って…言われました」
「マジ?良かったじゃん。でも気をつけろよ?嫌いな奴にはとにかくすぐに殴りかかる人だから」
「そ、そうなんですか…」
白夜に対するあの態度から見ると…それもまた納得できる。
不意に、
『貴方、成長期は終わってる?』
と言った紅蓮の言葉が萌葱の脳内にこだました。
彼は今年で24になる。さすがに、もうそんなに成長はしないだろう…と、少し冷や汗をかきながら頭をかいた。
「それから、白夜はああ見えて結構可愛い奴だからビビらなくて平気」
浅葱は紫苑と共に150代の身長なため全くもって問題がない。むしろ大好きな部類に入るのだろう。
自分には害がないからか、浅葱はさっさと話題を変え、またスタスタと歩き始めた。
「え、か、可愛い…!?」
萌葱が慌てて追いかけながら問い掛けると、浅葱は楽しそうに笑った。
「そ。可愛くて良い奴。紫苑の事なんか超可愛がってたり」
「…確かに…言われてみれば優しそうな感じはしました」
「紫苑はそこらの男よりも男らしいし?リーダーは見ての通り超温厚」
「ああそれは…解ります」
次々と頭に浮かんだ仲間の顔に、特徴的な表情が付け加えられる。
妖艶に笑う紅蓮、無表情な白夜、むすりとした紫苑、穏やかに笑う黒耀…
皆、個性派揃いだ。
「あ、それから覚悟しろよ?俺の教育はスパルタだから」
「え!…そうなんですか?」
「…チビだからって馬鹿にすんなよ?俺はチーフ。お前は副チーフ見習い。忘れんな」
「あ、いえ解ってます。自分は……って、えぇ!?」
そしてもう一人、この人物もなかなかに個性派だ。
身長は自分よりも明らかに小さいが、これでも直属の上司となる存在。
同じオペレーターでありながらスペシャル部隊に抜擢され、通信、開発、データの管理に始まり、巨大な最新型戦艦母艦と戦闘チームの行く末を握る重要な役割を任せられたエリート中のエリート。
戦闘チームの一員であり、且つ通信チームのリーダーも務めているのだ。
萌葱自身、彼には尊敬と憬れを抱いている。
「み、見習い…ですか?」
「ああ。実質上は任命されてても、俺はそう簡単には認めないから」
「ああ…なるほど」
まあ、仕方のないことだ。実際、まだまだ自分は、彼には到底敵わないのだから。だがそうなれば、話は早い。
「…解りました。一時も早く認めていただけるよう、頑張ります」
そう、彼からの信用を勝ち取り立派な補佐官として認めてもらえるまで、ひたすらに努力をするまでの事。
萌葱は改めて彼を真向から見つめ、力強く敬礼した。
「よーし。それじゃ、びしびしいかせてもらうから、まぁ頑張れよ」
「はい!!」
こうして、叛逆組織討伐特殊機動部隊・戦闘チーム【STORM】に新たな隊員がその名を授かった。
彼がこれからどんな活躍を見せるのかは、まだ誰にも解らない―…
To be continue...
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