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手術中の手術室に突如、異世界から現れた女の子
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「バイタル低下しています」
無機質な白い壁に精密機械の囲まれた手術室。あたしが手に持つ鉗子が床に落ちた。
「何をやってるっ! 星山っ⁉」
執刀医の怒号が飛んだ。落としてしまった先生に手渡すはずだった鉗子。鉗子とはハサミのような手術道具。あたしの仕事は手術室看護師、医者の手術のサポートをする看護師だ。通称オペ看。
目の前で横たわる患者は青いシーツに覆われて、内臓がむき出しになっている。交通事故の患者で膵臓破裂を起こしていた。
顔を見たところ中学生ぐらいの男の子。ここまで運ばれて来た時から意識はない。もちろん名前もわからない。
機械から大きなビープ音が聞こえる。
「血圧計れません!」
血圧が四十未満に落ちた。出血が続いている。もう命が消えかけようとしている。この少年は大きくなったら野球選手になりたいとかYouTuberになりたいとか夢もあっただろう。
「ううっ…」
あたしの目から涙が溢れだす。もう仕事どころではない。
「泣くな、星山っ!」
また怒られたが、もうあたしの心はぽっきりと折れている。オペ看になんかならなければよかった。
昔から命を助ける仕事がしたかった。だから、短大を卒業したあたしは救命救急センターのオペ看に手をあげた。
命を救おうとすることは失敗すればすなわち死。今までどれだけの死を目の当たりにしてきたことだろう。つかもうにも手のひらからポロポロと命は崩れ落ちていく。
自分の手に余る職業だったんだ。あたしはもうオペ看を辞めよう。看護師ももう続けられない。命のやりとりをする仕事は散々だ。
でも…、それではお母さんはどうするの? あたしが逃げ出したらお母さんも自分の体のことをきっと諦める…。
あたしが涙をダラダラと流していると、この手術室で摩訶不思議な異変が起こった。あたしのすぐ隣の空間に穴があいた。こういう現象は映画などで見たことがある。ポータルとか呼ばれるものではないだろうか。
時間をおかずに中から女の子が現れた。青い瞳に黒い髪のおかっぱの少女。服装はナース服に似たものを着ていた。
「あれあれー? ここどこー?」
緊張感のないすっとんきょうな声。手術室のスタッフ全員の手が止まってリュックサックを背負った少女に目を奪われている。
「んー、何かここって病院の中みたい! 予定と全然違うなあ!」
青い瞳に白い肌。見た目はパッと見、外国人にも見えるが、普通に日本語を喋っている。
「あれー? 患者さんが怪我してる! 痛そう! 怪我して病院に来る人って本当にいるんだ! やっぱりこっちは変わってるー! ふーん、膵臓がやぶれてるのかー。ラフルマーマ・ナロウコレクト・ボウンバックライン…」
少女が何かを唱え出す。何を言っているのか見当もつかない。
「…ハリームーア・ロミキューア・キドネティ・リアムピトロ…」
ここで先生が我に返ったのかあたしに命令した。
「星山! こいつをつまみ出せ!」
少女の左手には手提げ袋。右手は患者に手のひらをかかげている。そして、こう言い放った。
「……ブルイート・クリンアング・完全回復!」
患者の体が光った。かと思えば今までバイタルの異常サインを出し続けていた機械が途端に大人しく鼓動のリズムを刻み出した。
「血圧、安定しました。バイタル正常です」
患部を見てみれば怪我がふさがっている。患者である少年も普通に呼吸しているように見える。これってもしかして…?
「あー! 針が! 針が!」
患者さんの完治したお腹の中から先生の糸が何本も飛び出している。これって普通に医療ミスだわ!
「あちゃー。ちょっと待ってね」
ヨーロッパ系の顔をした黒髪の女の子がまた何かを唱え出す。
「アハウスリース・フィギャメイク……テュアルミュールソー・リヴィア・宝箱。…曲針が八個、鉗子が四本、お腹に入ったままだね」
女の子が手のひらをかざして患者の体の中を覗いたようだ。先生が驚いた。
「あんた、透視ができるのか⁉」
「うん! でね、お医者さん先生、またお腹を切って。針と鉗子を取ったら少しだけ患者さんを回復してあげる。最後の縫合はちゃんとやってね。そうしないと手術したように見えないから!」
「あ、ああ…」
「あとちゃんと膵臓も治ってるよ!」
先生は女の子の言われるままにお腹を切り出す。それから、あたしはもう居ても立っても居られなくなっていた。
「あなたって魔法使いなの⁉」
女の子はあきれたように言った。
「私は魔法使いじゃなくて僧侶! 魔法使いは攻撃系の呪文、僧侶が回復系の呪文を使うの! こっちの世界の人はベタな間違いをするって聞いたけど本当だなあ!」
声がちょっと舌足らずで幼い! そのくせ、えらそう!
「あたしは星山結月! あなた名前は⁉」
「私はサフランだよ! よろしくね!」
スタッフ全員がこの光景に啞然としている。それからしばらくして職員の一人が、縫合中の先生に報告した。
「付近で大事故があったそうです。五人重軽傷。何人…、受け入れますか?」
先生が僧侶? のサフランに相談した。
「怪我人、五人今いるって。あんた全員治せる?」
サフランという女の子は胸をドンと叩いた。豊満な胸が大きく揺れた。
「サフランに任せておけば楽勝だぜ!」
*
その後、交通事故に遭った負傷者がずらずらと運ばれて来た。患者さんにはまず目隠し。サフランの魔法ですぐに怪我を治してもらって、元々怪我があったところに先生にもう一度、あえてメスを入れてもらう。治りが早いように皮膚だけ切って最後に糸で縫合する。確かにこれなら手術しました、みたいな感じに見える。
これらは全て魔法を使う女の子、サフランの指示だ。かなりの詐欺!
そして手術室のスタッフがみんな楽しそう! 今までなかった雰囲気! みんながみんな、にこにこしてる! 仕事が今すごく楽しい!
「それからお医者さん先生」
サフランがまたアドバイスを出した。
「患者さんの家族とお話する時はおでこに霧吹きで水をかけてね。『汗かきました。とっても難しい手術でした。全力で手を尽くしました』アピール。そんな余裕しゃくしゃくみたいな顔で出て行ったら駄目だよ! 説明する時は眉間にシワを寄せてしゃべってね!」
先生は笑い出した。
「わははは! それは君が考えたアイデアか!」
「これはあっちの世界の人の受け売り! あっちの人は悪知恵が働く人ばかりだよー!」
面白ーい! この子のこともっと知りたい!
あんなにいた怪我人の治療もあっという間に終わった。それから先生のはからいであたしは一旦手術室を出て休憩室でサフランと話をすることにした。
「サフラン? あなたって違う世界から来たの?」
「そうだよ! それから私の職業は僧侶兼看護師! 今、スレーゼンで増えてる職業だよ!」
「スウェーデン?」
「スウェーデンじゃなくてスレーゼン! スレーゼン市は私が住んでた所! また間違い! こっちの人はピンポイントでベタな間違いばっかり! 聞いた通りだよー!」
サフランのナース服には胸と太ももに羽が生えた女神の刺繍がある。胸には杖を持った女神様。太ももの女神様は三日月の上でお昼寝している。
「この女神様はセリーン様! あちらの世界の人はみんなセリーン様が大好きなんだよー」
「じゃあ! あたしもセリーン様が好きになったら魔法が使えるようになる⁉」
「…うーんと、食堂のおばちゃんはセリーン様が好きだけど呪文が使えない…。うーん…、たぶん無理ー! お姉ちゃんの顔は何か信仰心が足りなそうだもん!」
ぐふっ。いきなり信者失格の烙印を押された…。後から聞いたら信仰心と顔は関係ないということ。むむむむ…。
フランス人形のように可愛らしい女の子と話をするのはとても楽しい。魔法の国にでも迷い込んだみたい!
無機質な白い壁に精密機械の囲まれた手術室。あたしが手に持つ鉗子が床に落ちた。
「何をやってるっ! 星山っ⁉」
執刀医の怒号が飛んだ。落としてしまった先生に手渡すはずだった鉗子。鉗子とはハサミのような手術道具。あたしの仕事は手術室看護師、医者の手術のサポートをする看護師だ。通称オペ看。
目の前で横たわる患者は青いシーツに覆われて、内臓がむき出しになっている。交通事故の患者で膵臓破裂を起こしていた。
顔を見たところ中学生ぐらいの男の子。ここまで運ばれて来た時から意識はない。もちろん名前もわからない。
機械から大きなビープ音が聞こえる。
「血圧計れません!」
血圧が四十未満に落ちた。出血が続いている。もう命が消えかけようとしている。この少年は大きくなったら野球選手になりたいとかYouTuberになりたいとか夢もあっただろう。
「ううっ…」
あたしの目から涙が溢れだす。もう仕事どころではない。
「泣くな、星山っ!」
また怒られたが、もうあたしの心はぽっきりと折れている。オペ看になんかならなければよかった。
昔から命を助ける仕事がしたかった。だから、短大を卒業したあたしは救命救急センターのオペ看に手をあげた。
命を救おうとすることは失敗すればすなわち死。今までどれだけの死を目の当たりにしてきたことだろう。つかもうにも手のひらからポロポロと命は崩れ落ちていく。
自分の手に余る職業だったんだ。あたしはもうオペ看を辞めよう。看護師ももう続けられない。命のやりとりをする仕事は散々だ。
でも…、それではお母さんはどうするの? あたしが逃げ出したらお母さんも自分の体のことをきっと諦める…。
あたしが涙をダラダラと流していると、この手術室で摩訶不思議な異変が起こった。あたしのすぐ隣の空間に穴があいた。こういう現象は映画などで見たことがある。ポータルとか呼ばれるものではないだろうか。
時間をおかずに中から女の子が現れた。青い瞳に黒い髪のおかっぱの少女。服装はナース服に似たものを着ていた。
「あれあれー? ここどこー?」
緊張感のないすっとんきょうな声。手術室のスタッフ全員の手が止まってリュックサックを背負った少女に目を奪われている。
「んー、何かここって病院の中みたい! 予定と全然違うなあ!」
青い瞳に白い肌。見た目はパッと見、外国人にも見えるが、普通に日本語を喋っている。
「あれー? 患者さんが怪我してる! 痛そう! 怪我して病院に来る人って本当にいるんだ! やっぱりこっちは変わってるー! ふーん、膵臓がやぶれてるのかー。ラフルマーマ・ナロウコレクト・ボウンバックライン…」
少女が何かを唱え出す。何を言っているのか見当もつかない。
「…ハリームーア・ロミキューア・キドネティ・リアムピトロ…」
ここで先生が我に返ったのかあたしに命令した。
「星山! こいつをつまみ出せ!」
少女の左手には手提げ袋。右手は患者に手のひらをかかげている。そして、こう言い放った。
「……ブルイート・クリンアング・完全回復!」
患者の体が光った。かと思えば今までバイタルの異常サインを出し続けていた機械が途端に大人しく鼓動のリズムを刻み出した。
「血圧、安定しました。バイタル正常です」
患部を見てみれば怪我がふさがっている。患者である少年も普通に呼吸しているように見える。これってもしかして…?
「あー! 針が! 針が!」
患者さんの完治したお腹の中から先生の糸が何本も飛び出している。これって普通に医療ミスだわ!
「あちゃー。ちょっと待ってね」
ヨーロッパ系の顔をした黒髪の女の子がまた何かを唱え出す。
「アハウスリース・フィギャメイク……テュアルミュールソー・リヴィア・宝箱。…曲針が八個、鉗子が四本、お腹に入ったままだね」
女の子が手のひらをかざして患者の体の中を覗いたようだ。先生が驚いた。
「あんた、透視ができるのか⁉」
「うん! でね、お医者さん先生、またお腹を切って。針と鉗子を取ったら少しだけ患者さんを回復してあげる。最後の縫合はちゃんとやってね。そうしないと手術したように見えないから!」
「あ、ああ…」
「あとちゃんと膵臓も治ってるよ!」
先生は女の子の言われるままにお腹を切り出す。それから、あたしはもう居ても立っても居られなくなっていた。
「あなたって魔法使いなの⁉」
女の子はあきれたように言った。
「私は魔法使いじゃなくて僧侶! 魔法使いは攻撃系の呪文、僧侶が回復系の呪文を使うの! こっちの世界の人はベタな間違いをするって聞いたけど本当だなあ!」
声がちょっと舌足らずで幼い! そのくせ、えらそう!
「あたしは星山結月! あなた名前は⁉」
「私はサフランだよ! よろしくね!」
スタッフ全員がこの光景に啞然としている。それからしばらくして職員の一人が、縫合中の先生に報告した。
「付近で大事故があったそうです。五人重軽傷。何人…、受け入れますか?」
先生が僧侶? のサフランに相談した。
「怪我人、五人今いるって。あんた全員治せる?」
サフランという女の子は胸をドンと叩いた。豊満な胸が大きく揺れた。
「サフランに任せておけば楽勝だぜ!」
*
その後、交通事故に遭った負傷者がずらずらと運ばれて来た。患者さんにはまず目隠し。サフランの魔法ですぐに怪我を治してもらって、元々怪我があったところに先生にもう一度、あえてメスを入れてもらう。治りが早いように皮膚だけ切って最後に糸で縫合する。確かにこれなら手術しました、みたいな感じに見える。
これらは全て魔法を使う女の子、サフランの指示だ。かなりの詐欺!
そして手術室のスタッフがみんな楽しそう! 今までなかった雰囲気! みんながみんな、にこにこしてる! 仕事が今すごく楽しい!
「それからお医者さん先生」
サフランがまたアドバイスを出した。
「患者さんの家族とお話する時はおでこに霧吹きで水をかけてね。『汗かきました。とっても難しい手術でした。全力で手を尽くしました』アピール。そんな余裕しゃくしゃくみたいな顔で出て行ったら駄目だよ! 説明する時は眉間にシワを寄せてしゃべってね!」
先生は笑い出した。
「わははは! それは君が考えたアイデアか!」
「これはあっちの世界の人の受け売り! あっちの人は悪知恵が働く人ばかりだよー!」
面白ーい! この子のこともっと知りたい!
あんなにいた怪我人の治療もあっという間に終わった。それから先生のはからいであたしは一旦手術室を出て休憩室でサフランと話をすることにした。
「サフラン? あなたって違う世界から来たの?」
「そうだよ! それから私の職業は僧侶兼看護師! 今、スレーゼンで増えてる職業だよ!」
「スウェーデン?」
「スウェーデンじゃなくてスレーゼン! スレーゼン市は私が住んでた所! また間違い! こっちの人はピンポイントでベタな間違いばっかり! 聞いた通りだよー!」
サフランのナース服には胸と太ももに羽が生えた女神の刺繍がある。胸には杖を持った女神様。太ももの女神様は三日月の上でお昼寝している。
「この女神様はセリーン様! あちらの世界の人はみんなセリーン様が大好きなんだよー」
「じゃあ! あたしもセリーン様が好きになったら魔法が使えるようになる⁉」
「…うーんと、食堂のおばちゃんはセリーン様が好きだけど呪文が使えない…。うーん…、たぶん無理ー! お姉ちゃんの顔は何か信仰心が足りなそうだもん!」
ぐふっ。いきなり信者失格の烙印を押された…。後から聞いたら信仰心と顔は関係ないということ。むむむむ…。
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