上 下
5 / 46

入職式と洗濯物(1)

しおりを挟む
 フォードがギルをこちらの街に誘って一か月が過ぎていた。
 この日は病院でギルの入職式が行われた。
 ギルは濃い紺のナース服を着ている。胸と太ももにはやはり女神セリーンの刺繡ししゅうがある。まだ肌寒い季節だったのでその上にカーディガンを羽織っていた。

 診察室で胸を張って直立するギルの前にパディ、リリカ、サーキスの三人が笑顔で並んでいる。仏頂面のギルに三人は気にする様子もない。そしてパディが言った。
「ライス総合外科病院に新しく仲間となるギル君! ご挨拶をしてもらおうかな!」

「ふむ、いいだろう。知っての通り俺はギーリウス・ラウカーだ。ここで体の中のことを教えてもらえばガキどもの健康もタダでみてやれるぞ。俺をビシバシ鍛えてくれ。よろしく頼むぞ」
 パチパチパチパチッ! 三人ながら盛大な拍手が鳴った。

 ここでギルは少し前から気づいていたことがあった。白衣姿のパディ、カーディガンの下に看護師の格好のリリカ。二人はいいとしてサーキスはなぜか灰色の作業着だった。今にも野良仕事を始められそうな格好だ。
「おい、どうしたサーキス? なんでそんな服装なんだ?」

「ああ! 俺、病院の仕事をしばらく休むんだよ! 今日からがっつり畑仕事をやるぜ! うちの畑の外側に荒れ地があるんだけど、ばあちゃんが言うにはそこもうちの土地って言うんだぜ! びっくりしたぜ! 今年は俺がいるからそこも耕そうって! ちょうどギルが来てくれて助かったぜ!

 それといつか長期休暇も取りたいぜ! ファナが海を見たことがないって言ってるから子供が生まれたらいつか家族で旅行に行こうって言ってるぜ。こんなことを言い合えるのもギルのおかげだぜ!」
 ギルは面食らった顔をした。パディとリリカは笑顔のままだ。

「さて帰るとするぜ。怒りんぼのパディ先生からしばらく離れられると思うとせいせいするぜ! あっかんべー!」
 サーキスがそんな捨てゼリフを残して颯爽と病院を出る。
 サーキスが空を見上げると雲一つない晴天。冷たい風が流れるが、畑仕事には絶好の日和だ。
 振り返ればこれまでの人生、平坦な道のりではなかった。心の平和を勝ち取ったサーキス。青空が目に染みるばかりだった。

 ふと周りを見渡すと宿屋方面に薄い髪型のおっさんの姿が目に入った。カザニル・フォードだ。
「フォードさーん!」
 サーキスは急いでフォードに駆け寄った。
「おー、サーキス。こんにちは」

「こんにちはフォードさん! あのね、ギルを呼んでくれてありがとう!」
「あれはリリカちゃんから頼まれたんだ。他に使えることがあるならギーリウスはワシが色々と使うよ。出がらしになるまでね」
「俺はすごい助かるよ!」

「ふーむ。それとね、あんなチュルチュル頭をサーキスが手術したから、お前さんの力が……。改めてごめんね。ありがとう」
 フォードがサーキスに頭を深々と下げた。そして微動だにしないで頭を下げ続ける。

「頭を上げてくれよ、フォードさん! フォードさんはこの前も俺にお礼を言ってたじゃないか! それにあの眼鏡のおじさんを助けたのは俺のためでもあるんだぜ! パディ先生がいなくなったら、病気になってもみんな治療が受けられなくなるよ!」

「だよね…。…それとワシ、お前さんの力になってやりたいの。困ったこととかないか? ワシの解決できる範囲で」
「え? え? え? …あの、言わせてもらうと八百屋のヒューケラさんが支払いを渋っててツケがたまってるんだ…」

 フォードが歯を見せて景気よく言った。
「任せろっ! ツケの回収はワシの得意分野だ! ワシがきっちり取り立ててやる!」
「おおーっ!」
(やっぱりフォードさんはいい人だぜ!)

     *

 サーキスが出て行った直後の病院内。リリカが言った。
「夫婦はお互い似てくるって言われるけど、サーキスってファナに似てきたわ…。悪いところがね…」
 ギルの方は旧友がいなくなり、ガラにもなく心細くなっていた。
「サーキスが俺に仕事を教えてくれると思っていたぞ…」

 リリカがなだめるように笑顔で言った。
「大丈夫よ! あたしたちが仕事を丁寧に教えるわ! あんたにはいいイメージしかないんだから! あの寺院の話を聞いたらね、きっと誰でも同じ気持ちになると思うわ! せっかくなら寺院の全員の僧侶に会ってみたいわ!

 パディも賛同して言う。
「だね! 特に君のお父さんには是非会いたいね!」
 ギルはそのことに関しては反応しなかった。
(ああ、まずいこと言っちゃった…)
(何年も会話してないみたいだから、バレンタイン牧師のことは禁句だったかしら…)

「でもねえ…。サーキスには休まずにここで働いて欲しいんだけどね。その、ブラウンさんには申し訳ないけど、僕としてはサーキスには医者の仕事に集中して欲しいんだよね…。覚えることが山ほどあるのに…。医者は片手間では難しいよ…」
「そうなのよー。技術はいいけど知識の方がねえ…。ところでギーリウス? ジョセフとサフランの病名覚えてる?」

「ジョセフは虫垂炎、サフランの方は大腿骨骨頭壊死だいたいこつこっとうえしだな」
 二人は感嘆の声を上げた。
「おー!」

「特にサフランの方は覚えにくくて何度も紙に書いて頭に叩き込んだ。覚えてないとガキどもをがっかりさせるからな。『ギルは私のことを覚えてないー!』などと言われるからな。育ての親の使命だな」
「君はいいお父さんだ! 比べてサーキスの奴、大腿骨骨頭壊死のことなんて言ったと思う? 『頭の骨潰れちゃった病by股関節バージョン』だよ!」

「最悪のネーミングよね。他には含歯性嚢胞がんしせいのうほうは『歯の中に歯があって腫瘍ができてます病』」
「『嚢胞は正確には腫瘍じゃない! いったい何回言ったら覚えるんだ⁉』って言ったら…」
「うわーん! って泣き出す。…っていうか先生が厳しいんですよ!」

「僕も気をつけてるつもりだよ! でも、才能ある奴にはつい…ね! でもリリカ君もサーキスが来たばかりの時は臓器を教えるのに怒ってばかりだったじゃないか!」
「そ、それは、あいつがもうちょっとしおらしい性格だったらもう少し優しく言ってました!」

「彼は病名が長いのを覚えるのが苦手なみたいだ。それとたまにしか使わない呪文は詠唱も忘れてるらしい…。…それからサーキスは病名を間違えているけど見当外れではない。病気のことはだいたい理解している。その辺りはさすがに僧侶の特性が出てると思う。でもね、医者だよ? 例えば頚椎椎間板ヘルニア。首のヘルニアの病気がある。これをサーキスは『首の後ろが圧迫して左手が痺れる病』って言ってたんだよ? ギル君、君はそんなことを言う病院に行きたいかい?」

「行かない。速攻で別の所に行くぞ」
「だよなあ…。こんなんだからサーキスは僕を怒らせてばかりで、いつも泣いてばかり…。どうしたものか…」
 頭を抱えて考え込むパディにリリカは微笑んだ。
(だけど、幸せな悩みよね…。先生が倒れた時と比べたら…)

「じゃあ、ギーリウス? 洗濯物がたまってるの。一緒に洗濯をいいかしら?」
「いいぞ。洗濯は得意だぞ」
(やっぱり嫌がらない! 聞いた通り! 顔に似合わない男よね!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

白衣の下 拝啓、先生お元気ですか?その後いかがお過ごしでしょうか?

アーキテクト
恋愛
その後の先生 相変わらずの破茶滅茶ぶり、そんな先生を慕う人々、先生を愛してやまない人々とのホッコリしたエピソードの数々‥‥‥ 先生無茶振りやめてください‼️

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

病院の僧侶(プリースト) と家賃という悪夢にしばられた医者

加藤かんぬき
ミステリー
 僧侶サーキスは生き別れた師匠を探す旅の途中、足の裏に謎の奇病が出現。歩行も困難になり、旅を中断する。  そして、とある病院で不思議な医者、パディ・ライスという男と出会う。  中世時代のヨーロッパという時代背景でもありながら、その医者は数百年は先の医療知識と技術を持っていた。  医療に感銘を受けた僧侶サーキスはその病院で働いていくことを決心する。  訪れる患者もさまざま。  まぶたが伸びきって目が開かない魔女。  痔で何ものにもまたがることもできなくなったドラゴン乗りの戦士。  声帯ポリープで声が出せなくなった賢者。  脳腫瘍で記憶をなくした勇者。  果たしてそのような患者達を救うことができるのか。  間接的に世界の命運は僧侶のサーキスと医者パディの腕にかかっていた。  天才的な技術を持ちながら、今日も病院はガラガラ。閑古鳥が鳴くライス総合外科病院。  果たしてパディ・ライスは毎月の家賃を支払うことができるのか。  僧侶のサーキスが求める幸せとは。  小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...