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特別編
特別編⑪ 『憧れたあの人との約束を』(後編)
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ポン! ポン! ポン! ポン! ポン!
リズミカルにお玉が柔らかい何かを叩く音が台所に響き渡る。
幼いジェノは背の低さを補うための台に登り、リニア調理する姿を見ているが、調理担当のリニアの顔がだんだん曇っていく。
「ううっ、駄目だぁ。また失敗……」
リニアは、はぁ~とため息をつく。
普段明るくて笑顔を絶やすことがない先生の滅多に見ない姿に、ジェノは驚く。
「ねぇ、先生、本当にこんな風に叩いているだけで、そんな不思議なお菓子ができるの?」
けれど、リニアが話してくれた不思議なお菓子を食べるのを楽しみにしていたジェノは、少し恨めしげな視線を向けた。
「ひどいわね。先生は嘘なんて言わないわよ。ただ、これはものすごく難しい料理なの。私も一回しか成功したことがないのよ」
「そうなんだ。……う~ん。ペントなら作れるかな?」
ジェノは自分の母親代わりの女性で、ベテラン侍女の名前を口に出す。
「難しいと思うし、それにこの料理はすごく作るのが大変だからお願いしない方がいいと思うわ。ず~っとお玉で叩き続けるのって意外と大変なのよ」
「うん……。ペント、毎日お仕事頑張って疲れているのに料理を作ってくれているもんね」
ジェノはリニアの言葉に、ペントに頼むのは止めることにする。そして、残念そうなリニアの姿に、ジェノは決意した。
「先生、僕が作ってみてもいいかな?」
「えっ? 私でもできなかったのに、君がやるの?」
「うん。やってみたい。餃子を焼けるようになったんだから、試してみたいんだ」
ジェノの提案に、リニアは紫色のサラサラな髪を片手でかいて悩んでいたが、やがて許可してくれた。
「うん。君はこと料理に関してすごい才能がある気がするし、それにかけてみよっか! でも、さっきも行ったように、すごく大変なのよ、お玉で叩き続けるのって」
「大丈夫! 僕、やってみる!」
ジェノはそう言って真摯な目を先生に向ける。
「よぉ~し! なかなか格好いいじゃあないの!」
リニアが許可してくれたことで、ジェノは意気揚々と調理方法を教わりながら料理を始めた。
だが、すぐに腕が痛くなってきてしまう。
鍛えているとはいえ、まだまだ成長途上の子供の体には重労働だった。
それでもジェノは頑張って二回もチャレンジしたが、結局完成に至ることはなかった。
◇
ジェノは、バルネアとメルエーナに自分が作ろうと思っている不思議な料理の特徴と材料を説明する。
話を聞いただけでは、正直自分が言うような料理ができるとは思えないだろう。
ジェノ自身も、もう少し他に材料が必要なのではないかと思ったことが何度もある。
だが、先生は確かに一度は成功させたと言っていた。その言葉を信じたい。
「なるほど……。材料は、 砂糖とでんぷんをいれた水、卵黄、そしてピ-ナッツオイルなのよね。それなら、ジェノちゃん、火加減は弱火で行きましょう。どう考えても、火を強めてしまってはその形状には持っていくことは不可能だと思うわ」
「そうですね。それと、叩くという行為には、熱を均一に伝えようという意図があるのではないでしょうか? であれば、お玉も温めておいた方が……」
「そうね。ジェノちゃん、それでやってみましょう」
バルネアとメルエーナのアドバイスを受けて、ジェノは頷く。
この料理を作りたいというのは、ただ単に自分のわがままだ。それなのに、当たり前のように力を貸してくれる。そして、完成を楽しみにしてくれる。
ジェノはもう一度、料理を作るきっかけを作ってくれたリニア先生に心のなかで感謝する。
そして、ジェノは疲れた腕に力を込めて、今一度調理に取り組む。
「ジェノちゃん。かき混ぜ方はいいと思うけれど、濾してみない?」
「ですが、先生は……」
「そう。濾していなかったのね。でも、私の経験上、濾したほうがいいと思うわ」
ジェノは少しためらったが、バルネアの指摘に彼女の言うとおり、ピーナッツオイル以外の全ての材料をかき混ぜたものを濾すことにした。
(俺ごときの考えよりも、ここはバルネアさんの経験を信じよう)
ジェノは、ピーナッツオイルを馴染ませた鍋に材料を入れて、弱火で熱し、お玉で叩きながら形を整えていく。そのお玉は、メルエーナの指摘を受けて温めてある。
そして、バルネアとメルエーナが見守る中、ジェノは何度も何度も形を整えていく。額に汗をかきながらも。
叩き続けるうちに照りが出てきて、そして粘着性も出てくる。
飽くまで個人的な感想だが、普段よりもいい出来な気がする。
「メルちゃん、お皿の用意を。ジェノちゃん、あと三十秒したら、中身を皿に移して」
「はい!」
「分かりました」
ジェノは言われたとおりに、メルエーナが用意してくれた皿に、鍋の中身を、金色の塊を移す。
それは、なんとも奇妙な物体だった。
固体であるはずなのに皿の上で広がる。けれど液体ではないので溢れることはない。
「ジェノさん」
メルエーナが、チョップスティック、つまりは箸を手渡してくれた。
ここで敢えて箸にしたのには理由がある。それは、この料理が完成したか否かを判断するのに必要だからだ。
ジェノは受け取った箸で金色の絡まりの箸を掴み、持ち上げる。すると、その塊は粘性があるためか伸びていく。
「……ずいぶん粘り気があるな。だが、先生の言うとおりならば……」
ジェノは箸で更に上まで持っていき、粘性の限界で切れたのを確認し、小さな塊にしてからそれを口に運ぶ。
ジェノの口内に甘い味が広がる。けれど、それは材料からも想像ができた味だ。だが、このなめらかな舌触りと不思議な触感は。それに、粘着力があるのに、歯につかない。箸にも全く残っていない。そして、持ち上げたときにも、皿にもくっついていなかった。
「……これだ。これが、先生が俺に食べさせたかった料理……」
ジェノはもちろんこの料理を食べるのは初めてだ。けれど、これこそが先生が作ってくれようとした料理だと断言できる。
何故ならば、この料理の特性がこの料理の名前だから。
料理の名前は、『三不粘(サンプーチャン)』という。
粘性が有りながらも、箸、皿、歯の三つにつかないことがこの名前の由来なのだ。
「ねぇ、ジェノちゃん、私達も食べてみていい?」
感傷に浸っていたジェノだが、バルネアさんとメルエーナが箸を手に許可が出るのを心待ちにしているのを理解し、「ええ。もちろんです」と了承する。
「へぇ~。これは面白い食感ね。優しい甘さだし、食べていて楽しいお菓子ね」
「本当に不思議です。粘り気があるのに、本当に箸にも皿にも、歯にもくっつかないなんて」
二人にも好評のようで、ジェノは口の端を僅かに上げる。
本当に、どうしてこの二人は当たり前のように力を貸してくれるのだろう。そして、あれほど成功しなかった料理が、こうして完成させることができるに経ったのだろう。
ジェノは今更ながらに、自分に料理をする喜びを教えてくれた先生に感謝する。
「うんうん。美味しかったわ。でも、メルちゃん、もう少し食べてみたいと思わない?」
「はい。そうですね」
バルネアとメルエーナが満面の笑みで、自分たちの皿をジェノに向けて差し出してくる。
この三不粘(サンプーチャン)は、優しい甘さで少しでも満足度が高い。けれど、二人は敢えてそう言ってくれたのだとジェノは理解する。
何故なら、ジェノはコツを忘れないうちに、もう何度か試作したいと思っていたのだから。
「ええ。二人共、少し待っていて下さい」
ジェノは笑顔で材料を用意し始める。
そして、もっと腕を上げていつでもこの料理を作れるようになり、いつかは恩師であるリニア先生に食べてもらいたいとジェノは心のなかで願うのだった。
リズミカルにお玉が柔らかい何かを叩く音が台所に響き渡る。
幼いジェノは背の低さを補うための台に登り、リニア調理する姿を見ているが、調理担当のリニアの顔がだんだん曇っていく。
「ううっ、駄目だぁ。また失敗……」
リニアは、はぁ~とため息をつく。
普段明るくて笑顔を絶やすことがない先生の滅多に見ない姿に、ジェノは驚く。
「ねぇ、先生、本当にこんな風に叩いているだけで、そんな不思議なお菓子ができるの?」
けれど、リニアが話してくれた不思議なお菓子を食べるのを楽しみにしていたジェノは、少し恨めしげな視線を向けた。
「ひどいわね。先生は嘘なんて言わないわよ。ただ、これはものすごく難しい料理なの。私も一回しか成功したことがないのよ」
「そうなんだ。……う~ん。ペントなら作れるかな?」
ジェノは自分の母親代わりの女性で、ベテラン侍女の名前を口に出す。
「難しいと思うし、それにこの料理はすごく作るのが大変だからお願いしない方がいいと思うわ。ず~っとお玉で叩き続けるのって意外と大変なのよ」
「うん……。ペント、毎日お仕事頑張って疲れているのに料理を作ってくれているもんね」
ジェノはリニアの言葉に、ペントに頼むのは止めることにする。そして、残念そうなリニアの姿に、ジェノは決意した。
「先生、僕が作ってみてもいいかな?」
「えっ? 私でもできなかったのに、君がやるの?」
「うん。やってみたい。餃子を焼けるようになったんだから、試してみたいんだ」
ジェノの提案に、リニアは紫色のサラサラな髪を片手でかいて悩んでいたが、やがて許可してくれた。
「うん。君はこと料理に関してすごい才能がある気がするし、それにかけてみよっか! でも、さっきも行ったように、すごく大変なのよ、お玉で叩き続けるのって」
「大丈夫! 僕、やってみる!」
ジェノはそう言って真摯な目を先生に向ける。
「よぉ~し! なかなか格好いいじゃあないの!」
リニアが許可してくれたことで、ジェノは意気揚々と調理方法を教わりながら料理を始めた。
だが、すぐに腕が痛くなってきてしまう。
鍛えているとはいえ、まだまだ成長途上の子供の体には重労働だった。
それでもジェノは頑張って二回もチャレンジしたが、結局完成に至ることはなかった。
◇
ジェノは、バルネアとメルエーナに自分が作ろうと思っている不思議な料理の特徴と材料を説明する。
話を聞いただけでは、正直自分が言うような料理ができるとは思えないだろう。
ジェノ自身も、もう少し他に材料が必要なのではないかと思ったことが何度もある。
だが、先生は確かに一度は成功させたと言っていた。その言葉を信じたい。
「なるほど……。材料は、 砂糖とでんぷんをいれた水、卵黄、そしてピ-ナッツオイルなのよね。それなら、ジェノちゃん、火加減は弱火で行きましょう。どう考えても、火を強めてしまってはその形状には持っていくことは不可能だと思うわ」
「そうですね。それと、叩くという行為には、熱を均一に伝えようという意図があるのではないでしょうか? であれば、お玉も温めておいた方が……」
「そうね。ジェノちゃん、それでやってみましょう」
バルネアとメルエーナのアドバイスを受けて、ジェノは頷く。
この料理を作りたいというのは、ただ単に自分のわがままだ。それなのに、当たり前のように力を貸してくれる。そして、完成を楽しみにしてくれる。
ジェノはもう一度、料理を作るきっかけを作ってくれたリニア先生に心のなかで感謝する。
そして、ジェノは疲れた腕に力を込めて、今一度調理に取り組む。
「ジェノちゃん。かき混ぜ方はいいと思うけれど、濾してみない?」
「ですが、先生は……」
「そう。濾していなかったのね。でも、私の経験上、濾したほうがいいと思うわ」
ジェノは少しためらったが、バルネアの指摘に彼女の言うとおり、ピーナッツオイル以外の全ての材料をかき混ぜたものを濾すことにした。
(俺ごときの考えよりも、ここはバルネアさんの経験を信じよう)
ジェノは、ピーナッツオイルを馴染ませた鍋に材料を入れて、弱火で熱し、お玉で叩きながら形を整えていく。そのお玉は、メルエーナの指摘を受けて温めてある。
そして、バルネアとメルエーナが見守る中、ジェノは何度も何度も形を整えていく。額に汗をかきながらも。
叩き続けるうちに照りが出てきて、そして粘着性も出てくる。
飽くまで個人的な感想だが、普段よりもいい出来な気がする。
「メルちゃん、お皿の用意を。ジェノちゃん、あと三十秒したら、中身を皿に移して」
「はい!」
「分かりました」
ジェノは言われたとおりに、メルエーナが用意してくれた皿に、鍋の中身を、金色の塊を移す。
それは、なんとも奇妙な物体だった。
固体であるはずなのに皿の上で広がる。けれど液体ではないので溢れることはない。
「ジェノさん」
メルエーナが、チョップスティック、つまりは箸を手渡してくれた。
ここで敢えて箸にしたのには理由がある。それは、この料理が完成したか否かを判断するのに必要だからだ。
ジェノは受け取った箸で金色の絡まりの箸を掴み、持ち上げる。すると、その塊は粘性があるためか伸びていく。
「……ずいぶん粘り気があるな。だが、先生の言うとおりならば……」
ジェノは箸で更に上まで持っていき、粘性の限界で切れたのを確認し、小さな塊にしてからそれを口に運ぶ。
ジェノの口内に甘い味が広がる。けれど、それは材料からも想像ができた味だ。だが、このなめらかな舌触りと不思議な触感は。それに、粘着力があるのに、歯につかない。箸にも全く残っていない。そして、持ち上げたときにも、皿にもくっついていなかった。
「……これだ。これが、先生が俺に食べさせたかった料理……」
ジェノはもちろんこの料理を食べるのは初めてだ。けれど、これこそが先生が作ってくれようとした料理だと断言できる。
何故ならば、この料理の特性がこの料理の名前だから。
料理の名前は、『三不粘(サンプーチャン)』という。
粘性が有りながらも、箸、皿、歯の三つにつかないことがこの名前の由来なのだ。
「ねぇ、ジェノちゃん、私達も食べてみていい?」
感傷に浸っていたジェノだが、バルネアさんとメルエーナが箸を手に許可が出るのを心待ちにしているのを理解し、「ええ。もちろんです」と了承する。
「へぇ~。これは面白い食感ね。優しい甘さだし、食べていて楽しいお菓子ね」
「本当に不思議です。粘り気があるのに、本当に箸にも皿にも、歯にもくっつかないなんて」
二人にも好評のようで、ジェノは口の端を僅かに上げる。
本当に、どうしてこの二人は当たり前のように力を貸してくれるのだろう。そして、あれほど成功しなかった料理が、こうして完成させることができるに経ったのだろう。
ジェノは今更ながらに、自分に料理をする喜びを教えてくれた先生に感謝する。
「うんうん。美味しかったわ。でも、メルちゃん、もう少し食べてみたいと思わない?」
「はい。そうですね」
バルネアとメルエーナが満面の笑みで、自分たちの皿をジェノに向けて差し出してくる。
この三不粘(サンプーチャン)は、優しい甘さで少しでも満足度が高い。けれど、二人は敢えてそう言ってくれたのだとジェノは理解する。
何故なら、ジェノはコツを忘れないうちに、もう何度か試作したいと思っていたのだから。
「ええ。二人共、少し待っていて下さい」
ジェノは笑顔で材料を用意し始める。
そして、もっと腕を上げていつでもこの料理を作れるようになり、いつかは恩師であるリニア先生に食べてもらいたいとジェノは心のなかで願うのだった。
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