彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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特別編

特別編 『少女達の戦利品報告』

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 一ヶ月前のこの日は、十四日は、リリィ達にとって重大な一日だった。
 そう、言うまでもない、決戦の日、『バレンタインデー』だったのだ。
 
 リリィは居候先の魔法のお師匠様である老婆、エリンシアに焚き付けられて、少し気になっていた雑貨店のトムスという、同い年の優しげで朴訥な男の子にチョコレートを手渡した。
 生まれて初めて渡した本命チョコは、彼の驚きと満面の笑顔という、この上ない結果を出した。

 その上、『初めて、女の子から貰ったよ。その、すごく嬉しいな』と、彼に現在のところは女の影がないことも分かり、リリィは大満足だったのである。

 だが、それはそれとして、ひと月後のこの日、ホワイトデーでのお返しはやはり貰いたいなぁ、と思ってしまうのが人情、いや、乙女心というものだろう。

 少し不安はあった。
 ホワイトデーのお返しを貰えるのかどうか。

 この一ヶ月間、お師匠様のお使いで雑貨店に行くたびに、トムスとは親しげに挨拶を交わすようになり、お互い呼び捨てで名前を呼び合うようになれたが、それでも不安なものは不安だったのだ。

 けれど、それは杞憂だった。

 ドキドキ、ソワソワしながら今日も雑貨店に足を運んだリリィに、トムスは他のお客さんがいなくなるまで待ってほしいと言ってきた。
 そして、お客さんがいなくなると、店の隅で、彼は綺麗に包装された小さな箱をリリィに手渡してくれたのだ。

「その、君が作ってくれた、あの美味しいチョコには敵わないけれど……」
 トムスは顔を真っ赤にして、申し訳無さそうな、けれど何かを期待するような視線をリリィに向けてくる。

「ううん。すごく嬉しい。私も、男の子からチョコのお返しを貰うのは初めてだから。本当に、本当に嬉しいわ」
 本当はもう少し大人な対応をして、余裕のあるところを見せたかったのだが、胸が一杯になってしまい、そうとしか言えなかった。

 そしてお互いを見つめ合い、リリィとトムスは恥ずかしげに微笑みあったのだった。





 バルネアの店に、<パニヨン>に着くと、リリィは『本日の営業は終了しました』という内容の書け看板を確認し、そのままドアの取っ手を掴んでそれを開けて店の中に入る。
 根本的に間違っている気がするが、この店の常連客は、みんな同じことをするので問題はないだろう。

「あらっ、リリィちゃん。いらっしゃい」
「こんにちは、バルネアさん」
 来店を歓迎してくれるバルネアに挨拶をすると、彼女と同じ客席に座っていた、メルエーナとイルリアも声をかけてくれた。

「いらっしゃいませ、リリィさん」
「へぇ~。その嬉しそうな顔からすると、あんたも大成功だった感じかしら?」
 二人の友人、そしてバレンタインデーを共に戦った戦友の笑顔に、リリィはグッと、白い包装紙に包まれた戦利品を見せつける。

「ふふっ、良かったわ。さぁ、リリィちゃんも座って。いま、みんなに美味しいお茶とお菓子を用意するから」
 バルネアは我が事のように喜び、厨房に向かっていく。それと入れ替わる形で、リリィは席についた。

「イルリア。貴女とメルもいい結果だったのね」
 リリィが尋ねると、イルリアは、

「私は、お爺ちゃんから老舗の限定チョコを貰っただけよ。でも、わざわざ私のために、店に並んで買ってきてくれたのは嬉しかったかしらね」

 と満更でもない様子だ。

 だがそれ以上に、顔を真っ赤にして俯くメルエーナのことが気になって仕方がない。

「メル、貴女もジェノさんからチョコレートを貰えたんでしょう?」
 興奮気味に尋ねるリリィに、メルエーナは「はっ、はい」と答えて顔を更に真っ赤にする。

「なに、なによ、そんなに嬉しい贈り物だったの?」
「リリィ、あまり聞かないほうがいいわよ。甘すぎて口から砂糖を吐き出しそうになるから」
 イルリアの忠告は、余計、リリィの好奇心を刺激するだけだった。

「ほらっ、一緒にチョコレートを作った仲でしょうが。隠さないで教えてよ」
 赤面して黙ったままのメルエーナに、リリィはグイグイ食い込んでいく。

「あっ、あの、その……。ジェノさんから、手作りのチョコレートケーキを貰いました……」
 メルエーナは恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに微笑んだ。

 同性だと言うのに、その笑顔のあまりの可愛いさに、リリィは一瞬言葉に詰まってしまう。
 本当に、恥ずかしいけれど嬉しくて仕方がないといった表情だ。

「へぇ~。さすがジェノさんね。手作りのケーキだなんて」
 ジェノの料理の腕はメルエーナから聞いて知っているが、まさかケーキまで手作りすることができるとは思わなかった。

「その、内緒にするために、わざわざ他所のお店の厨房を借りて作ってくれたんです。私なんかのためにそこまでしてくれて、私、もうどうしたらいいのか……」
 メルエーナは瞳の端に涙さえ浮かべている。

「ぬぅ、凄いわね。いやぁ、メルは大切にされているわね。少し羨ましいわ。でも、私だって……」
 つい張り合って、そう口に出してしまったリリィは、しまったと思ったがもう遅かった。

「あら? なに、あんたも砂糖を吐きそうなくらい甘い展開だったの? これはしっかり聞かせてもらわないといけないわね」
「私も、知りたいです!」
 イルリアとメルエーナの期待のこもった視線を向けられ、今度はリリィが尋問される番になってしまった。

「いや、その、流石にメルのところみたいに、手作りではないんだけれどね。でも、トムスは、ホワイトデーで女の子にチョコを送るのは初めてだと言っていたの。つまりね、その……」
「ああ、なるほどね。自分が初めての相手だと言いたいのね。結構独占欲が強いのね」
 リリィの気持ちを読んで、イルリアが呆れたように言う。

「でも、それだけではメルのところの甘さには敵わないわよ」
「イルリアさん、その話はしないで下さいって……」
 メルエーナが慌ててイルリアの口をふさごうとするが、もう遅い。

「えっ、なになに、まだあるの、ジェノさんからの贈り物って」
 再び攻守が逆転し、メルエーナが尋問されることになる。

「ほらっ、言っちゃいなさいよ、メル」
「ううっ……」
 メルエーナは顔を真っ赤にし、両手の指を忙しなく動かしながら、か細い声で言った。

「その……二人で今度、<蜃気楼の城>で夕食を食べようと誘われました……」
 
 耳を澄ましていたおかげで、何とか聞き取れたほどのか細い声だったが、リリィはそれを聞き漏らさなかった。

「ええっ、それってデートよね! しかも、<蜃気楼の城>といえば、高級なお店じゃない」
「それだけじゃあないわよ。あそこは宿屋が本業なんだから、きっと、その後……」
 イルリアが意味ありげな笑みを浮かべる。

「うわぁ、メルってば大胆!」
「なっ、何を想像しているんですか! わっ、私は、ただ、ジェノさんと食事を……」
 メルエーナはそう自己弁護をするが、そこに再びイルリアが口を挟む。

「でも、メル。あんたはその誘いを受けたのよね? 『はい、喜んで』とか言って」
「うわっ、うわっ、うわぁ~。なによ、メルってば、やっぱりそのつも……」
 リリィの言葉は最後まで続かなかった。

「違います! 私は、ただ純粋にジェノさんと一緒に食事を楽しみたいと思っているだけです!」
 それは、メルエーナが真っ赤になりながらも否定の言葉を大声で口にしたためだった。
 
 しかし、そこで思わぬ声が入る。

「大丈夫よ、メルちゃん。私はその日は、いつもより早くに寝て、朝は日が昇る前に起きることにするつもりよ」
 お菓子とお茶をトレイに乗せてやって来たバルネアが、口を挟んできたのだ。

「さすが、バルネアさん。話がわかりますね」
「保護者が許可する朝帰り……。メル、一足先に大人の階段を登ったら、感想をぜひ聞かせてね」
 さらにイルリアとリリィがそう駄目押すと、メルエーナは流石に憤慨した。

「ですから、そんなつもりはありません!」
 メルエーナが怒ってへそを曲げてしまったので、リリィ達はそのご機嫌取りに苦労することになってしまった。

 そして、メルエーナの機嫌がようやく戻ったところで、リリィは席に座ったバルネアに、感謝の言葉を述べる。

「バルネアさん。バルネアさんのおかげで、私は、いいえ、私達は素敵なホワイトデーを迎えることが出来ました。本当にありがとうございました」
 席を立って頭を下げて言うリリィに倣い、メルエーナとイルリアも立ってバルネアに頭を下げる。

「もう、そんな風にかしこまらなくていいわよ。私はただチョコレートの作り方を教えただけ。こうして、みんなが楽しい気持ちでホワイトデーを迎えられたのは、みんなが素敵な女の子であったから。そして、送った相手が素敵な男性だったからよ」
 バルネアは笑顔でそう言い、みんなに座るように促す。

「貴女達みんなが、幸せそうに笑っている。私はそれだけで満足よ」
 バルネアのそんな優しい言葉に、リリィ達は改めて感謝をして微笑むのだった。


 ……今年のホワイトデーも終りを迎える。
 けれど、来年も笑顔でこの日を迎えられるように頑張ろう。

 リリィはそう決意を新たにするのだった。
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