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第五章 嫉妬
第五章ー⑦
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何故なのだろうか?
シノは疑問に思わずにはいられない。
この街では、自分とユウヤという例外を除いて、誰もが他人を妬むような感情は抱かないと思っていたのに。
店を閉め、雑務を全て済ませたシノは、ただ何時間もそのことを考え続けていた。
血相を変えてこの店に飛び込んできたあの娘――コリィは、涙を懸命にこらえて、シノに問いただしてきた。
ユウヤさんが妻を娶ったということを知っているのかと。
どうして、シノさんではなく他の女なのかと。
そして、それを知っているのならば、何故平気な顔をしていられるのかと。
「……平気なんかではありまへん。せやけど、うちの留守中にユウヤはんが決めたことなんやから、それは事実として受け止めなあかんやろ?
大丈夫や。うちはこんなことでユウヤはんを諦めたりしまへん」
昂ぶっている気持ちを落ち着けようと、シノは穏やかにそう諭したのだが、コリィは納得をしなかった。
「そんなの、そんなのおかしいよ。ユウヤさんは、シノさんとじゃないと……。そうでないなら、あたしは、あたしは……」
そう口にしたコリィの懸命な表情。否。それはそのような綺麗なものではなかった。
「……あれは『嫉妬』や。自分が諦めなあかんと思うとった、好いた、惚れた男と結ばれるに至った、同じ年頃の少女に対する感情。そして、このうちに対しての感情……」
シノはそう心のうちで呟きながらも、気持ちとは裏腹に自分の口角が上がったことに気づいた。
「……やっぱり、無理なんや。人の気持ちを、女の性をいいように操ろうなんて出来るわけがないんよ」
矛盾している。
そう、自分は何時も矛盾だらけだ。
必要悪の最低限の犠牲というものに納得することができず、それ以上に多くの人間を殺めた上に、無責任にそれを投げ出した。
すべてを忘れて平和に暮らしたいと思っていたはずなのに、男を、ユウヤを助けた。
殺さなければいけないと思いながら、けれどその対象を愛してしまった。
そして今も、ユウヤに対して周りの女が必要以上の好意を抱かないように『設定』しておいたのに、それに綻びが生じたことを誇らしく思ってしまう。
「……せやけど、堪忍や、コリィ。あんたがユウヤはんに好意を抱いとるんは痛いほど分かる。でもな、これはユウヤはんを守るためでもあるんよ」
また、矛盾だ。ひどい言い訳だ。
自分もユウヤに抱かれようと決意を固めているにもかかわらずに、コリィにはそれを許さない利己的な自分に嫌気が差す。
けれど、矛盾を抱きながらも、自分は嘘を言っているのではないのだ。これは冷酷な事実なのだから。
もしも、全てを語ることができるのであればどれほど楽かと思う。
けれど、真実を知ったユウヤは間違いなく絶望する。
それは、あのファリアとリナの二人も……。コリィも……。
「大丈夫や。そう、大丈夫なはずや。もう長いこと、こんな大陸の端までわざわざやって来る者なんておらんかったんやから」
そう、『敵』が居なければいいのだ。そうであれば、自分一人が苦しめばいい。
大丈夫だ。
この、何よりも尊いと思える、愛しい男との時間があれば、同じだけの孤独にも耐えられる。
傷ついたこの刃を再び甦らせることに躊躇いはない。
あの頃の冷徹な自分に戻れば、大抵の相手は『敵』にさえなり得ない。
そう、自分に勝てる『駒』は居ないはずなのだから。
異端者はその時が来ることを恐れる。
それは、今のこの時間が、異端者にとって掛け替えのない大切な時間だから。
……その気持ちは真実だろう。
だが、その一方で、何故これほど不安になるのか? という事柄から目を背けてしまった。
その不安こそが、予兆であったのに。
一線を退いたとは言え、気が遠くなるほど長い時間、戦い続けた戦士の勘が告げていたのだ。
異端者が不安視した『敵』がもうすぐやって来ると。
けれど、まだ時間はある。
まだ時間はあるのだ。
審判の時までも、『敵』が近くまでやって来るまでにも。
シノは疑問に思わずにはいられない。
この街では、自分とユウヤという例外を除いて、誰もが他人を妬むような感情は抱かないと思っていたのに。
店を閉め、雑務を全て済ませたシノは、ただ何時間もそのことを考え続けていた。
血相を変えてこの店に飛び込んできたあの娘――コリィは、涙を懸命にこらえて、シノに問いただしてきた。
ユウヤさんが妻を娶ったということを知っているのかと。
どうして、シノさんではなく他の女なのかと。
そして、それを知っているのならば、何故平気な顔をしていられるのかと。
「……平気なんかではありまへん。せやけど、うちの留守中にユウヤはんが決めたことなんやから、それは事実として受け止めなあかんやろ?
大丈夫や。うちはこんなことでユウヤはんを諦めたりしまへん」
昂ぶっている気持ちを落ち着けようと、シノは穏やかにそう諭したのだが、コリィは納得をしなかった。
「そんなの、そんなのおかしいよ。ユウヤさんは、シノさんとじゃないと……。そうでないなら、あたしは、あたしは……」
そう口にしたコリィの懸命な表情。否。それはそのような綺麗なものではなかった。
「……あれは『嫉妬』や。自分が諦めなあかんと思うとった、好いた、惚れた男と結ばれるに至った、同じ年頃の少女に対する感情。そして、このうちに対しての感情……」
シノはそう心のうちで呟きながらも、気持ちとは裏腹に自分の口角が上がったことに気づいた。
「……やっぱり、無理なんや。人の気持ちを、女の性をいいように操ろうなんて出来るわけがないんよ」
矛盾している。
そう、自分は何時も矛盾だらけだ。
必要悪の最低限の犠牲というものに納得することができず、それ以上に多くの人間を殺めた上に、無責任にそれを投げ出した。
すべてを忘れて平和に暮らしたいと思っていたはずなのに、男を、ユウヤを助けた。
殺さなければいけないと思いながら、けれどその対象を愛してしまった。
そして今も、ユウヤに対して周りの女が必要以上の好意を抱かないように『設定』しておいたのに、それに綻びが生じたことを誇らしく思ってしまう。
「……せやけど、堪忍や、コリィ。あんたがユウヤはんに好意を抱いとるんは痛いほど分かる。でもな、これはユウヤはんを守るためでもあるんよ」
また、矛盾だ。ひどい言い訳だ。
自分もユウヤに抱かれようと決意を固めているにもかかわらずに、コリィにはそれを許さない利己的な自分に嫌気が差す。
けれど、矛盾を抱きながらも、自分は嘘を言っているのではないのだ。これは冷酷な事実なのだから。
もしも、全てを語ることができるのであればどれほど楽かと思う。
けれど、真実を知ったユウヤは間違いなく絶望する。
それは、あのファリアとリナの二人も……。コリィも……。
「大丈夫や。そう、大丈夫なはずや。もう長いこと、こんな大陸の端までわざわざやって来る者なんておらんかったんやから」
そう、『敵』が居なければいいのだ。そうであれば、自分一人が苦しめばいい。
大丈夫だ。
この、何よりも尊いと思える、愛しい男との時間があれば、同じだけの孤独にも耐えられる。
傷ついたこの刃を再び甦らせることに躊躇いはない。
あの頃の冷徹な自分に戻れば、大抵の相手は『敵』にさえなり得ない。
そう、自分に勝てる『駒』は居ないはずなのだから。
異端者はその時が来ることを恐れる。
それは、今のこの時間が、異端者にとって掛け替えのない大切な時間だから。
……その気持ちは真実だろう。
だが、その一方で、何故これほど不安になるのか? という事柄から目を背けてしまった。
その不安こそが、予兆であったのに。
一線を退いたとは言え、気が遠くなるほど長い時間、戦い続けた戦士の勘が告げていたのだ。
異端者が不安視した『敵』がもうすぐやって来ると。
けれど、まだ時間はある。
まだ時間はあるのだ。
審判の時までも、『敵』が近くまでやって来るまでにも。
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