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第三章 裏切り
第三章ー②
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部屋がまだ暗い。眠りについてからまだそれほど時間が経っていないのだろう。
「……また、あの夢ですか……」
隣のベッドで静かに寝息を立てているリナを起こさないように、ファリアは心のうちで忌々しげにそう呟く。
この旅を続けている間は全く見ることがなかった、いつもの夢。いや、それは過去の事実以外の何物でもない。そして……。
「……はしたない。どうして私は……」
いつもと同じだ。ファリアは自分の忌み嫌う部分が、自分の意志で止めることができない女の部分が淫靡な液体を漏らし、下着を濡らしていることに気づく。
自身への嫌悪と怒りがこみ上げてくるのを彼女は抑えきれなかった。
「成長するに連れて、ますます抑えが効かなくなって……。いいえ、違いますね。私は、昔から……」
あのセリーナの、姉とギルバードという名の男の情事を目撃して、その事実を受け入れられなくて、深い悲しみに部屋で一人泣き叫んでいた幼い頃の自分。
まだようやく物心がついた頃の自分。男女の情事の意味さえ知らなかった自分。だが、あの時……。
お姉ちゃんとあの男のことを思い出しているうちに、ファリアの幼い女の部分は、熱くなっていき、汚らわしい液体を吐き出し始めたのだ。
幼い自分にはそれが愛液と呼ばれるものだと言うことも分からなかった。だが、あの時まで、悲しみに暮れていたはずの、しかも幼い、年端もいかない頃にさえ、この淫靡な肉体は発情していたのだ。
「……最低ですね、私は……」
ファリアは自己嫌悪に押しつぶされそうになるのを必死にこらえていた。
こんなことは誰にも相談することはできない。たとえ、かけがえのない親友にも、ルーアにも。
いつも側にルーアがいてくれたから、ファリアは自分が壊れずにすんだと思っている。
セリーナとは違うことを示そうとして、ファリアは懸命に物事に取り組みすぎた。それが他者との力量の差を生みすぎることになり、ファリアは一層孤立していくこととなってしまったのだ。
「あの人はできが違うから」
「どうして、あの娘ばかりに神様は才能をお与えになったのかしら」
「ファリアさんはとてもいい方ですが、側にいて比較されるのが辛くて」
「妬ましい」
「羨ましい」
「憎らしい」
そんな陰口は聞き飽きた。初対面の相手に羨望を、憎悪を、忌避感を向けられるのももうたくさんだ。
でも、ルーアは違った。
料理というただ一点でも、自分が敵わない存在でいてくれた。そして、他の者とは異なり対等の友人として接してくれた。
彼女がいたから今の自分があるのだ。
「……ルーア。ごめんなさい。もしも貴女に何もかもを打ち明けていることができたら、私はこんなに思い悩むことはなかったのでしょうか?
けれど、怖かったのです。貴女を無くしてしまうのが。貴女まで私のそばから離れてしまうのではないかと、不安で仕方がなかったのです」
ファリアはそう謝罪の言葉を心のうちで述べる。だが、
「……それに私は……淫らな、どう仕様もない女なのです。きっと、あの醜くて無様なお姉ちゃんより……」
躰の内からこみ上げてくる衝動に、彼女はそれ以上逆らえなかった。
自然と右手が股間に伸びる。いつもそうだ。あの夢を見た後は激しい劣情がこみ上げてきて自分を抑えられなくなる。
「……これ以上濡れてくる前に達してしまえば、この疼きも治まるはず……」
ファリアは濡れてしまったショーツの中に手を伸ばし、目的の箇所に指をやる。
それはファリアの女の部分の一番敏感な部分。小さな肉の突起の部分。
「早く達してしまわないと。このままでは、明日の『お役目』にも……」
右手で突起を弄りながら、ファリアは達しようとそこを強めに弄り続ける。
「……くっ、あっ……」
左手で口元を抑えて懸命に嬌声を押し殺す。
リナに知られる訳にはいかない。ルーア以外の心を開ける存在となってきているリナには、嫌われたくない。
……いつも思い浮かべるのはあの時の姉と男の情事。それを自分自身と見知らぬ男に置き換えて自身の興奮を高めていく。
すぐに達しないと。そう思って肉芽を弄る手に力を込めた時だった。
何故か、不意にあの人の、ユウヤの顔が浮かんだのは。
「んっ、んっっっっっ!」
深い、深い波が躰の奥から押し寄せてきた。今まで自慰で感じたことがある、達した感覚が生ぬるく思えるほどの大きな波が。
懸命に声を抑えた。押し殺した。こんな感覚は初めてだ。達した際の波が長い。そして、途切れることなくまた小さな波が押し寄せてくる。
「なっ、なんなの、この感覚は、だめ、また……」
右手が止まらない。熱く固くなったその部分を刺激することを止められない。そして、何度も何度も波が来る。どう仕様もない快楽の波が。
そしてそのたびに浮かぶのは、あの男の人の、ユウヤの顔だった。
「だめ、こんなこと、頭が、頭がおかしく……。あっ、ああっ、ああっ!」
声を必死に抑える。理性が飛んでしまいそうだ。
おかしい。こんな、こんな感覚は今まで一度もなかったのに。
「だめ、止めて、止めて。……これ以上触らないで、触らないで下さい」
股間の一番敏感な豆を触っているのはファリア自身に他ならない。
だが、ファリアの意識の中では、それが別の存在、想像上の男の手になっている。いや、誰とはわからない存在ではない。ファリアを快楽に溺れさせているのは、彼女の見知った男だった。
「だめ、ユウヤ様!」
その言葉を発した瞬間、ファリアの躰を未知の快楽の波が襲った。
「んっ、んんっ……ああっ!」
最後の理性だった。ファリアが左手で声を懸命に押し殺せたのは。そのため、少し声が漏れたが、幸いなことにリナが眠りから覚める事はなかった。
だが、ファリアにはそんなことを確認する力はもう残っていなかった。
「……あっ……ああっ……」
全身から力が抜けた。
躰が全く動かない。圧倒的な虚脱感だった。
しかも、快楽の波の影響が残っているらしく、躰は小刻みに震えている。
「……こんな……。こんなことって……。……私は、どうして…あの人の……名前を……。でも……呼んだら……。名前を…呼んだら……」
ファリアは薄れゆく意識の中で、疑問を思ったが、彼女の意識が持ったのはそこまでだった。
はじめての深い絶頂の中、ファリアは気を失った。
◇
夕焼けに染まる街を背にして、今日の仕事を終えたユウヤは、カバンとランプを片手に家路についていた。
「またあの子達が来るんだよな。……昨日みたいなことにならなければいいけど」
リナとファリアと名乗るシスター二人が、今日もあのベッドに祈りを捧げるために我が家にやってくる。そのことは別段構わないのだが、ユウヤは二人がまた無茶をしないか心配だった。
「帰り際はだいぶ体調も戻っていたようだけど、またあんな辛そうなことをやらなければならないなんて。……今日は、倒れなければいいけど……」
ユウヤはあの二人が行っていることが何なのかはわからない。だが、あの疲労の仕方はただ事ではない。
「……『魔法』なのかな、やっぱりあの二人が使っているのは。でも、そんな力を他の人が使っているのは見たこともないし、話を聞いたことさえ……」
もしも自分が思うような魔法を誰もが使えるのならば、この街はもっと発展しているのではないかと思う。
だが、暗闇を歩くための照明器具でさえ、今自分が手にしているランプが主流のようだ。やはり魔法などというものは一般的ではないのだろう。
「聞いてみてもいいのかな、リナ達に……」
分からないことが多すぎる。そして、日々積み重なっていく疑問。
「レミアさんたちには悪いけれど、もう少ししたら一度仕事の休みをもらって、別の街に行ってみる必要もあるかな?」
もう数日でシノが帰ってくる。彼女に相談してみるのが一番だろう。
「帰ってきたら、シノさんに尋ねてみよう。シノさんの仕入先だという街に行ってみるのも良いかもしれないな……」
ユウヤがそんなことを思いながら家の近くまでくると、その入口近くに人影が二つ見えた。どうやら、あの二人が先に家を訪ねてきていたようだ。
「すみません、お待たせしてしまって」
ユウヤは慌てて二人のもとに駆け寄り、謝罪の言葉を口にする。
「あっ、ユウヤさん。こんばんは。お気になさらないで下さい。私達も少し前に来たところですので」
リナは満面の笑顔でそう言ってくれた。自分に対する警戒感もだいぶ薄まったようだ。
「こんばんは、リナ。お疲れ様。今、鍵を開けるから」
リナに挨拶を返すと、ユウヤは鍵を取り出して解錠し、
「どうぞ、リナ、ファリアさん」
開けたドアを抑えて、二人のシスターに部屋へ入るように促す。
「はい。失礼します」
リナはそう言って部屋に入ろうとしたが、ファリアは動かない。
「あの、ファリアさん?」
「どうかしましたか?」
リナに続き、ユウヤも心配そうにファリアに視線をやる。そういえば、彼女は今まで一言も言葉を発していない。
ユウヤは心から心配して尋ねたのだが、ファリアは顔をあげると何も言わずに彼を睨みつけてきた。
夕焼けに染まっていたからだろうか? その顔はとても赤かった。
「何も心配される事はありません。すぐに儀式を開始しますので。……お家に上がらせていただきます」
ファリアは何故か怒っているようだ。
何か無意識のうちに彼女の気分を害すことをしてしまったのだろうか?
ユウヤはそう思い自分の行動を振り返ったが、特段おかしなことはしていないと思う。
「帰りが遅くなったことに気分を害しているわけではなさそうだし……」
いくら考えても詮無きことだと判断し、ユウヤは彼女たちの後を追って家に入る。
「……先に、今回の儀式についてご説明しますね」
準備を終えたリナが、簡単に今回の祈りの儀式について解説してくれた。
それによると、掛かる時間は昨日と変わらないのだが、今回の祈りというものが一番重要なもので、そしてひどく大変なものなのらしい。
さらに、かなりの集中力を必要とするので、ユウヤにはその儀式を見ないで欲しいとのことだった。
「分かりました。僕は奥の部屋に居ますので、後はよろしくお願いします」
特段そのことに不満のないユウヤは、あっさりそれを承諾した。
正直、昨日以上にリナたちが疲労する姿は痛々しくて見たくなかった。
「すみません、ありがとうございます、ユウヤさん」
「……では、儀式を行います」
笑顔でお礼を返してくるリナとは対象的に、ファリアは端的にそう言うだけ。一瞬彼女と目が合ったが、すぐにそっぽを向かれてしまった。
「少しは打ち解けてくれたかなって思っていたけど、やっぱり嫌われているんだな、この娘には……」
少しそのことに寂しさを感じながらも、ユウヤは「それでは、僕は別室に居ますので」と告げて奥の部屋に行くことにした。
「……ふぅ。しかし、本当にずいぶんと大変なことをするんだな。ただ商店街のくじ引きで当たっただけのベッドなのに」
奥の別室――普段ユウヤが寝室としている部屋――に入ってドアを閉めると、ユウヤはクローゼットから着物を取り出してそれに着替える。
最初は戸惑ったが、ユウヤは着物を部屋着としてとても気に入っている。
着替えの数も豊富なのと、洗濯も馴染みのクリーニング店がやってくれるのがとてもありがたい。
「……安物だと言っていたけど、こんなに何着も貰ってしまったら、かなり高いものになっただろうな……」
ユウヤは今更ながらにシノの親切心に頭が下がる思いだった。
「……もう少しだ。もう少しでシノさんが帰ってくる。そうしたら、いろいろ聞いてみよう」
シノに早く会いたい。いつも彼女の親切心に甘えてばかりなのは申し訳ないが、ユウヤは一日でも早くシノの顔を見たかった。
「……でも、あまり自分が付きまとっているのも良くないことだよな……」
美しく、賢く、心優しいシノと、自分ではあまりにも釣り合わない。
今、この街に男が自分ひとりしか居ないから周りの人間の噂になっているだけであって、もしも元の世界に、その人口の半分ほど男性がいる世界に、シノのような女性が居たのならば……。
「……元の世界か……。もう、この街での生活が日常になってきてしまったな……」
ユウヤは小さく嘆息し、ベッドに仰向けに寝転がる。
「……なにか気分転換をする方法を考えたほうがいいのかもしれない。読書と散歩しか趣味がないのも問題なのかな……。
あっ、そう言えば、前にレミア区長が……」
ユウヤは以前、レミアからとある提案を受けたことを思い出す。
「ユウヤ殿、少しいいかな? 話したいことがあるのだ」
シノが旅に出てから半月ほど過ぎた頃、仕事を終えて帰宅しようとしたユウヤの所にやってきたレミアは、そう切り出して区長室にユウヤを招き入れた。
二人でソファーに向かい合って座ると、レミアは困ったような笑みを浮かべ、
「ユウヤ殿。シノがいなくて寂しいのは分からないでもないが、彼女から、自分が留守の間はユウヤ殿のことを頼むと言われているのだ。そのような寂しげな顔をしないでくれ」
そう話を切り出した。
「……すみません、気を使わせてしまって……」
「それは違うな。私から言わせれば、ユウヤ殿が我々に気を使いすぎているのだ。そこを間違えてはいけないぞ」
レミアはそう断言する。しかし、その声は優しげで、ユウヤを叱責するようなものではなかった。
「いや、この女ばかりで同性が一人も居ない職場というものに慣れろということに無茶があるのは分かっている。そして、ユウヤ殿がそれを少しでも改善しようと日々努力をしていることも私は知っている。
その努力を褒めこそすれ、貶すつもりはないのだ。だが、同僚の者たちから、もう少しユウヤ殿と親しくしたいとの要望があるのだ」
少しでも仕事仲間と良い関係を作りたいと、ユウヤも努力をしてきた。昼食時などは積極的に同僚の女の子たちと一緒に食事を食べることにし、数少ない話題を積極的に口にして話を続けようとした。
そのようなことを当たり前にできる人間には分からないだろうが、ユウヤはユウヤなりに懸命に努力を続けていたのだ。
そのことをレミアは分かっていてくれた。それは嬉しい。本当に。だが、やはりまだ努力が足りなかったのだろう。
「私は、ユウヤ殿は少々スキンシップが足りないのではないかと思うのだ。どうも女というものに対して苦手意識を持ちすぎているのではないかな?」
「…………」
レミアの言葉は的を射ている。ユウヤは何も言えずに俯いて押し黙ることしかできなかった。
「……大丈夫だ。そこに触れはしないよ……」
すべてを悟っているかのようなレミアの言葉に驚いて、ユウヤが顔を上げると、彼女は優しい笑みを浮かべていた。
「さて、ここからが話の本題だ。ユウヤ殿、私から提案だ。ペットを飼ってみないか?」
「……ペット、ですか?」
突飛な提案に驚きながらも、反面、ユウヤはそれも悪くないかもしれないと思った。
誰も居ない家に帰って一人で時間を潰す。そのことが嫌いなわけではないが、誰かが自分のことを待っていてくれる生活というものに憧れを抱かなかったわけではない。
「……一度もペットなんて飼ったことがないので……。でも、少し考えてみます」
ペットを飼うということは、命に責任を持たなければならないということだ。軽々に思いつきで始めていいことではない。だが、自分を変えるきっかけになってくれるのではないかとも思う。
「うむ。我ながら悪くない提案だと思うのだ。ぜひとも検討してくれ。ペットとスキンシップを行うことで、ユウヤ殿の女に対する苦手意識も解消することだろう」
「……それは、どうなんでしょうか?」
「大丈夫だ。必要なのは慣れだ。慣れてしまえばどうということはない。大丈夫だ」
レミアは立ち上がって、パンパンと軽く両手でユウヤの両肩を叩く。
「本当に、この人は男前だな……」
女性を賛辞する際に使っていい言葉ではないのだが、この言葉がレミアにはよく似合うとユウヤは心のうちで思う。
「……しかし、あまりにも無防備すぎるのも考えものだ、ユウヤ殿。私が親切心だけでユウヤ殿とこうして話をしているとは限らないのだぞ」
レミアは意味ありげにそう言うと、座っているユウヤに顔を近づけて微笑む。その扇情的な笑みを見て、思わずユウヤはドキリとしてしまった。
「ふふっ、私も女なのだよ。他の皆と同じように、ユウヤ殿のことをもっと知りたいと思っているのだ。それが、些細なことでもね。
いま、紅茶を淹れるから、もう少しだけ私と話をして欲しい。私にも潤いが必要なのだ」
レミアはそう言うと、区長室の横の給湯室に行って紅茶を二人分用意してきた。
「さて、聞きたいことは山ほどあるぞ。まずはユウヤ殿が飼いたいと思うペットの種類を教えて欲しい。私が用意できるかもしれないからな」
レミアはソファーに座り直して言葉を続ける。
「ふむ、やはり一般的なものとなると、犬か猫、いや、やはり豚かな?」
「えっ、ぶっ、豚ですか?」
以前住んでいた世界では、一部の国で豚を愛玩用のペットとして飼う国もあると聞いたことがあるが、この世界では豚を愛玩動物として飼うのは一般的なのだろうかと、本気でユウヤは考えてしまった。
だが、レミアが冷静な表情をしながらも息が少し荒くなっていることから、彼女がいつもの悪い発作を起こしていることに気づく。
そして、できればあまり分かりたくなかったことだが、彼女が言うペットと自分のそれには大きな隔たりがあることを理解してしまった。
「うむ。そうだ、豚だ! ああっ、ユウヤ殿の口からその言葉を聞くと一層響きがいいな。いや、強制しているわけではないぞ。犬や猫というのも、あれはあれで捨てがたい。
牛は少々スペック的に問題があるのが残念だが……」
「いや、あの、レミア区長……」
「ふっ、ふふふっ。さて、今日はたっぷりとユウヤ殿の趣向を聞かせてもらうぞ」
今更逃げることもできないユウヤは、せめてレミアを落ち着かせようと思ったが、それは徒労に終わった。
そしてその後、たっぷり二時間ほど、ユウヤは彼女とペット談義と言う名の猥談に付き合うこととなってしまったのだった。
「……いや、うん。健全にペットを飼うのはいいアイデアだよな」
いろいろ余計なことを思い出してしまったが、ユウヤはそれらを心のうちにしまって、なにか動物を飼う事を検討してみることにする。
リナたちが言う儀式が終わるまでのんびりとそんな事を考えて、ユウヤは時間を潰した。
数十分後、何かが倒れる音を聞くまでは……。
「……また、あの夢ですか……」
隣のベッドで静かに寝息を立てているリナを起こさないように、ファリアは心のうちで忌々しげにそう呟く。
この旅を続けている間は全く見ることがなかった、いつもの夢。いや、それは過去の事実以外の何物でもない。そして……。
「……はしたない。どうして私は……」
いつもと同じだ。ファリアは自分の忌み嫌う部分が、自分の意志で止めることができない女の部分が淫靡な液体を漏らし、下着を濡らしていることに気づく。
自身への嫌悪と怒りがこみ上げてくるのを彼女は抑えきれなかった。
「成長するに連れて、ますます抑えが効かなくなって……。いいえ、違いますね。私は、昔から……」
あのセリーナの、姉とギルバードという名の男の情事を目撃して、その事実を受け入れられなくて、深い悲しみに部屋で一人泣き叫んでいた幼い頃の自分。
まだようやく物心がついた頃の自分。男女の情事の意味さえ知らなかった自分。だが、あの時……。
お姉ちゃんとあの男のことを思い出しているうちに、ファリアの幼い女の部分は、熱くなっていき、汚らわしい液体を吐き出し始めたのだ。
幼い自分にはそれが愛液と呼ばれるものだと言うことも分からなかった。だが、あの時まで、悲しみに暮れていたはずの、しかも幼い、年端もいかない頃にさえ、この淫靡な肉体は発情していたのだ。
「……最低ですね、私は……」
ファリアは自己嫌悪に押しつぶされそうになるのを必死にこらえていた。
こんなことは誰にも相談することはできない。たとえ、かけがえのない親友にも、ルーアにも。
いつも側にルーアがいてくれたから、ファリアは自分が壊れずにすんだと思っている。
セリーナとは違うことを示そうとして、ファリアは懸命に物事に取り組みすぎた。それが他者との力量の差を生みすぎることになり、ファリアは一層孤立していくこととなってしまったのだ。
「あの人はできが違うから」
「どうして、あの娘ばかりに神様は才能をお与えになったのかしら」
「ファリアさんはとてもいい方ですが、側にいて比較されるのが辛くて」
「妬ましい」
「羨ましい」
「憎らしい」
そんな陰口は聞き飽きた。初対面の相手に羨望を、憎悪を、忌避感を向けられるのももうたくさんだ。
でも、ルーアは違った。
料理というただ一点でも、自分が敵わない存在でいてくれた。そして、他の者とは異なり対等の友人として接してくれた。
彼女がいたから今の自分があるのだ。
「……ルーア。ごめんなさい。もしも貴女に何もかもを打ち明けていることができたら、私はこんなに思い悩むことはなかったのでしょうか?
けれど、怖かったのです。貴女を無くしてしまうのが。貴女まで私のそばから離れてしまうのではないかと、不安で仕方がなかったのです」
ファリアはそう謝罪の言葉を心のうちで述べる。だが、
「……それに私は……淫らな、どう仕様もない女なのです。きっと、あの醜くて無様なお姉ちゃんより……」
躰の内からこみ上げてくる衝動に、彼女はそれ以上逆らえなかった。
自然と右手が股間に伸びる。いつもそうだ。あの夢を見た後は激しい劣情がこみ上げてきて自分を抑えられなくなる。
「……これ以上濡れてくる前に達してしまえば、この疼きも治まるはず……」
ファリアは濡れてしまったショーツの中に手を伸ばし、目的の箇所に指をやる。
それはファリアの女の部分の一番敏感な部分。小さな肉の突起の部分。
「早く達してしまわないと。このままでは、明日の『お役目』にも……」
右手で突起を弄りながら、ファリアは達しようとそこを強めに弄り続ける。
「……くっ、あっ……」
左手で口元を抑えて懸命に嬌声を押し殺す。
リナに知られる訳にはいかない。ルーア以外の心を開ける存在となってきているリナには、嫌われたくない。
……いつも思い浮かべるのはあの時の姉と男の情事。それを自分自身と見知らぬ男に置き換えて自身の興奮を高めていく。
すぐに達しないと。そう思って肉芽を弄る手に力を込めた時だった。
何故か、不意にあの人の、ユウヤの顔が浮かんだのは。
「んっ、んっっっっっ!」
深い、深い波が躰の奥から押し寄せてきた。今まで自慰で感じたことがある、達した感覚が生ぬるく思えるほどの大きな波が。
懸命に声を抑えた。押し殺した。こんな感覚は初めてだ。達した際の波が長い。そして、途切れることなくまた小さな波が押し寄せてくる。
「なっ、なんなの、この感覚は、だめ、また……」
右手が止まらない。熱く固くなったその部分を刺激することを止められない。そして、何度も何度も波が来る。どう仕様もない快楽の波が。
そしてそのたびに浮かぶのは、あの男の人の、ユウヤの顔だった。
「だめ、こんなこと、頭が、頭がおかしく……。あっ、ああっ、ああっ!」
声を必死に抑える。理性が飛んでしまいそうだ。
おかしい。こんな、こんな感覚は今まで一度もなかったのに。
「だめ、止めて、止めて。……これ以上触らないで、触らないで下さい」
股間の一番敏感な豆を触っているのはファリア自身に他ならない。
だが、ファリアの意識の中では、それが別の存在、想像上の男の手になっている。いや、誰とはわからない存在ではない。ファリアを快楽に溺れさせているのは、彼女の見知った男だった。
「だめ、ユウヤ様!」
その言葉を発した瞬間、ファリアの躰を未知の快楽の波が襲った。
「んっ、んんっ……ああっ!」
最後の理性だった。ファリアが左手で声を懸命に押し殺せたのは。そのため、少し声が漏れたが、幸いなことにリナが眠りから覚める事はなかった。
だが、ファリアにはそんなことを確認する力はもう残っていなかった。
「……あっ……ああっ……」
全身から力が抜けた。
躰が全く動かない。圧倒的な虚脱感だった。
しかも、快楽の波の影響が残っているらしく、躰は小刻みに震えている。
「……こんな……。こんなことって……。……私は、どうして…あの人の……名前を……。でも……呼んだら……。名前を…呼んだら……」
ファリアは薄れゆく意識の中で、疑問を思ったが、彼女の意識が持ったのはそこまでだった。
はじめての深い絶頂の中、ファリアは気を失った。
◇
夕焼けに染まる街を背にして、今日の仕事を終えたユウヤは、カバンとランプを片手に家路についていた。
「またあの子達が来るんだよな。……昨日みたいなことにならなければいいけど」
リナとファリアと名乗るシスター二人が、今日もあのベッドに祈りを捧げるために我が家にやってくる。そのことは別段構わないのだが、ユウヤは二人がまた無茶をしないか心配だった。
「帰り際はだいぶ体調も戻っていたようだけど、またあんな辛そうなことをやらなければならないなんて。……今日は、倒れなければいいけど……」
ユウヤはあの二人が行っていることが何なのかはわからない。だが、あの疲労の仕方はただ事ではない。
「……『魔法』なのかな、やっぱりあの二人が使っているのは。でも、そんな力を他の人が使っているのは見たこともないし、話を聞いたことさえ……」
もしも自分が思うような魔法を誰もが使えるのならば、この街はもっと発展しているのではないかと思う。
だが、暗闇を歩くための照明器具でさえ、今自分が手にしているランプが主流のようだ。やはり魔法などというものは一般的ではないのだろう。
「聞いてみてもいいのかな、リナ達に……」
分からないことが多すぎる。そして、日々積み重なっていく疑問。
「レミアさんたちには悪いけれど、もう少ししたら一度仕事の休みをもらって、別の街に行ってみる必要もあるかな?」
もう数日でシノが帰ってくる。彼女に相談してみるのが一番だろう。
「帰ってきたら、シノさんに尋ねてみよう。シノさんの仕入先だという街に行ってみるのも良いかもしれないな……」
ユウヤがそんなことを思いながら家の近くまでくると、その入口近くに人影が二つ見えた。どうやら、あの二人が先に家を訪ねてきていたようだ。
「すみません、お待たせしてしまって」
ユウヤは慌てて二人のもとに駆け寄り、謝罪の言葉を口にする。
「あっ、ユウヤさん。こんばんは。お気になさらないで下さい。私達も少し前に来たところですので」
リナは満面の笑顔でそう言ってくれた。自分に対する警戒感もだいぶ薄まったようだ。
「こんばんは、リナ。お疲れ様。今、鍵を開けるから」
リナに挨拶を返すと、ユウヤは鍵を取り出して解錠し、
「どうぞ、リナ、ファリアさん」
開けたドアを抑えて、二人のシスターに部屋へ入るように促す。
「はい。失礼します」
リナはそう言って部屋に入ろうとしたが、ファリアは動かない。
「あの、ファリアさん?」
「どうかしましたか?」
リナに続き、ユウヤも心配そうにファリアに視線をやる。そういえば、彼女は今まで一言も言葉を発していない。
ユウヤは心から心配して尋ねたのだが、ファリアは顔をあげると何も言わずに彼を睨みつけてきた。
夕焼けに染まっていたからだろうか? その顔はとても赤かった。
「何も心配される事はありません。すぐに儀式を開始しますので。……お家に上がらせていただきます」
ファリアは何故か怒っているようだ。
何か無意識のうちに彼女の気分を害すことをしてしまったのだろうか?
ユウヤはそう思い自分の行動を振り返ったが、特段おかしなことはしていないと思う。
「帰りが遅くなったことに気分を害しているわけではなさそうだし……」
いくら考えても詮無きことだと判断し、ユウヤは彼女たちの後を追って家に入る。
「……先に、今回の儀式についてご説明しますね」
準備を終えたリナが、簡単に今回の祈りの儀式について解説してくれた。
それによると、掛かる時間は昨日と変わらないのだが、今回の祈りというものが一番重要なもので、そしてひどく大変なものなのらしい。
さらに、かなりの集中力を必要とするので、ユウヤにはその儀式を見ないで欲しいとのことだった。
「分かりました。僕は奥の部屋に居ますので、後はよろしくお願いします」
特段そのことに不満のないユウヤは、あっさりそれを承諾した。
正直、昨日以上にリナたちが疲労する姿は痛々しくて見たくなかった。
「すみません、ありがとうございます、ユウヤさん」
「……では、儀式を行います」
笑顔でお礼を返してくるリナとは対象的に、ファリアは端的にそう言うだけ。一瞬彼女と目が合ったが、すぐにそっぽを向かれてしまった。
「少しは打ち解けてくれたかなって思っていたけど、やっぱり嫌われているんだな、この娘には……」
少しそのことに寂しさを感じながらも、ユウヤは「それでは、僕は別室に居ますので」と告げて奥の部屋に行くことにした。
「……ふぅ。しかし、本当にずいぶんと大変なことをするんだな。ただ商店街のくじ引きで当たっただけのベッドなのに」
奥の別室――普段ユウヤが寝室としている部屋――に入ってドアを閉めると、ユウヤはクローゼットから着物を取り出してそれに着替える。
最初は戸惑ったが、ユウヤは着物を部屋着としてとても気に入っている。
着替えの数も豊富なのと、洗濯も馴染みのクリーニング店がやってくれるのがとてもありがたい。
「……安物だと言っていたけど、こんなに何着も貰ってしまったら、かなり高いものになっただろうな……」
ユウヤは今更ながらにシノの親切心に頭が下がる思いだった。
「……もう少しだ。もう少しでシノさんが帰ってくる。そうしたら、いろいろ聞いてみよう」
シノに早く会いたい。いつも彼女の親切心に甘えてばかりなのは申し訳ないが、ユウヤは一日でも早くシノの顔を見たかった。
「……でも、あまり自分が付きまとっているのも良くないことだよな……」
美しく、賢く、心優しいシノと、自分ではあまりにも釣り合わない。
今、この街に男が自分ひとりしか居ないから周りの人間の噂になっているだけであって、もしも元の世界に、その人口の半分ほど男性がいる世界に、シノのような女性が居たのならば……。
「……元の世界か……。もう、この街での生活が日常になってきてしまったな……」
ユウヤは小さく嘆息し、ベッドに仰向けに寝転がる。
「……なにか気分転換をする方法を考えたほうがいいのかもしれない。読書と散歩しか趣味がないのも問題なのかな……。
あっ、そう言えば、前にレミア区長が……」
ユウヤは以前、レミアからとある提案を受けたことを思い出す。
「ユウヤ殿、少しいいかな? 話したいことがあるのだ」
シノが旅に出てから半月ほど過ぎた頃、仕事を終えて帰宅しようとしたユウヤの所にやってきたレミアは、そう切り出して区長室にユウヤを招き入れた。
二人でソファーに向かい合って座ると、レミアは困ったような笑みを浮かべ、
「ユウヤ殿。シノがいなくて寂しいのは分からないでもないが、彼女から、自分が留守の間はユウヤ殿のことを頼むと言われているのだ。そのような寂しげな顔をしないでくれ」
そう話を切り出した。
「……すみません、気を使わせてしまって……」
「それは違うな。私から言わせれば、ユウヤ殿が我々に気を使いすぎているのだ。そこを間違えてはいけないぞ」
レミアはそう断言する。しかし、その声は優しげで、ユウヤを叱責するようなものではなかった。
「いや、この女ばかりで同性が一人も居ない職場というものに慣れろということに無茶があるのは分かっている。そして、ユウヤ殿がそれを少しでも改善しようと日々努力をしていることも私は知っている。
その努力を褒めこそすれ、貶すつもりはないのだ。だが、同僚の者たちから、もう少しユウヤ殿と親しくしたいとの要望があるのだ」
少しでも仕事仲間と良い関係を作りたいと、ユウヤも努力をしてきた。昼食時などは積極的に同僚の女の子たちと一緒に食事を食べることにし、数少ない話題を積極的に口にして話を続けようとした。
そのようなことを当たり前にできる人間には分からないだろうが、ユウヤはユウヤなりに懸命に努力を続けていたのだ。
そのことをレミアは分かっていてくれた。それは嬉しい。本当に。だが、やはりまだ努力が足りなかったのだろう。
「私は、ユウヤ殿は少々スキンシップが足りないのではないかと思うのだ。どうも女というものに対して苦手意識を持ちすぎているのではないかな?」
「…………」
レミアの言葉は的を射ている。ユウヤは何も言えずに俯いて押し黙ることしかできなかった。
「……大丈夫だ。そこに触れはしないよ……」
すべてを悟っているかのようなレミアの言葉に驚いて、ユウヤが顔を上げると、彼女は優しい笑みを浮かべていた。
「さて、ここからが話の本題だ。ユウヤ殿、私から提案だ。ペットを飼ってみないか?」
「……ペット、ですか?」
突飛な提案に驚きながらも、反面、ユウヤはそれも悪くないかもしれないと思った。
誰も居ない家に帰って一人で時間を潰す。そのことが嫌いなわけではないが、誰かが自分のことを待っていてくれる生活というものに憧れを抱かなかったわけではない。
「……一度もペットなんて飼ったことがないので……。でも、少し考えてみます」
ペットを飼うということは、命に責任を持たなければならないということだ。軽々に思いつきで始めていいことではない。だが、自分を変えるきっかけになってくれるのではないかとも思う。
「うむ。我ながら悪くない提案だと思うのだ。ぜひとも検討してくれ。ペットとスキンシップを行うことで、ユウヤ殿の女に対する苦手意識も解消することだろう」
「……それは、どうなんでしょうか?」
「大丈夫だ。必要なのは慣れだ。慣れてしまえばどうということはない。大丈夫だ」
レミアは立ち上がって、パンパンと軽く両手でユウヤの両肩を叩く。
「本当に、この人は男前だな……」
女性を賛辞する際に使っていい言葉ではないのだが、この言葉がレミアにはよく似合うとユウヤは心のうちで思う。
「……しかし、あまりにも無防備すぎるのも考えものだ、ユウヤ殿。私が親切心だけでユウヤ殿とこうして話をしているとは限らないのだぞ」
レミアは意味ありげにそう言うと、座っているユウヤに顔を近づけて微笑む。その扇情的な笑みを見て、思わずユウヤはドキリとしてしまった。
「ふふっ、私も女なのだよ。他の皆と同じように、ユウヤ殿のことをもっと知りたいと思っているのだ。それが、些細なことでもね。
いま、紅茶を淹れるから、もう少しだけ私と話をして欲しい。私にも潤いが必要なのだ」
レミアはそう言うと、区長室の横の給湯室に行って紅茶を二人分用意してきた。
「さて、聞きたいことは山ほどあるぞ。まずはユウヤ殿が飼いたいと思うペットの種類を教えて欲しい。私が用意できるかもしれないからな」
レミアはソファーに座り直して言葉を続ける。
「ふむ、やはり一般的なものとなると、犬か猫、いや、やはり豚かな?」
「えっ、ぶっ、豚ですか?」
以前住んでいた世界では、一部の国で豚を愛玩用のペットとして飼う国もあると聞いたことがあるが、この世界では豚を愛玩動物として飼うのは一般的なのだろうかと、本気でユウヤは考えてしまった。
だが、レミアが冷静な表情をしながらも息が少し荒くなっていることから、彼女がいつもの悪い発作を起こしていることに気づく。
そして、できればあまり分かりたくなかったことだが、彼女が言うペットと自分のそれには大きな隔たりがあることを理解してしまった。
「うむ。そうだ、豚だ! ああっ、ユウヤ殿の口からその言葉を聞くと一層響きがいいな。いや、強制しているわけではないぞ。犬や猫というのも、あれはあれで捨てがたい。
牛は少々スペック的に問題があるのが残念だが……」
「いや、あの、レミア区長……」
「ふっ、ふふふっ。さて、今日はたっぷりとユウヤ殿の趣向を聞かせてもらうぞ」
今更逃げることもできないユウヤは、せめてレミアを落ち着かせようと思ったが、それは徒労に終わった。
そしてその後、たっぷり二時間ほど、ユウヤは彼女とペット談義と言う名の猥談に付き合うこととなってしまったのだった。
「……いや、うん。健全にペットを飼うのはいいアイデアだよな」
いろいろ余計なことを思い出してしまったが、ユウヤはそれらを心のうちにしまって、なにか動物を飼う事を検討してみることにする。
リナたちが言う儀式が終わるまでのんびりとそんな事を考えて、ユウヤは時間を潰した。
数十分後、何かが倒れる音を聞くまでは……。
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