王室の光と華 真実の愛と影

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月をこえる

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 運が味方をしてくれているような気がする。

 グロリアはそのように思うことがふえたが望みすぎないよう気をつけていた。

 アルフレッド王子への気持ちを自覚したが、会うことはできないだろうとあきらめていた。海軍士官学校は全学生が宿舎で生活し、訓練や任務のため外出も制限されている。

 しかしグロリアが公務で参加した祝賀会にアルフレッド王子も招かれていたり、士官学校の冬期休暇に父が王子を離宮に招待したりと、王子と会う機会に恵まれたのはうれしい誤算だった。

 王家が休暇をすごす離宮で他の招待客と一緒にゲームをしたり、馬で遠乗りにでかけ、蓄音機でお気に入りの歌や曲を聴き、好きな本の話で言い合いをしたりとたのしい時間をすごした。

 日頃は一日の予定が隙間なく組まれるため、とくに予定はなく気ままに過ごすことができる離宮での休暇は特別だ。その特別な時間をアルフレッド王子と過ごすことができるのはうれしかった。

「グロリア殿下がうらやましいです。我が家は父がとても厳格で父の前でうっかり指を動かしてしまうこともできないような雰囲気なのです。

 私は歌のことで父からきらわれています。父にとって音楽は人に演奏させるものなので、王子たるものが歌うなど恥だといわれています。

 さいわい王太子の兄が私をかばってくれ、国教の聖歌隊が私を受け入れてくれたことから歌をつづけることができました」

 アルフレッド王子の話は父と祖父の関係を思い出させた。祖父もとても厳しい人で父は子供の頃に祖父のことが怖く目も合わせられなかったといっていた。

 父もグロリアたちに対し決して甘くはないが、王女としてのふるまいに問題がなければ、とくに離宮では自由に過ごすことを許していた。

 王家の威光を保つため王族としてふさわしい振るまいをせよと行動をしばられるのはどこの王家でも同じだ。

 しかし歌は神の祝福をつたえる神聖なもので父親から恥といわれるのは納得などできないだろう。アルフレッド王子の心痛にグロリアの胸も痛んだ。

 アルフレッド王子と過ごす時間がふえ王子のことを知れば知るほど一秒でも長く一緒にいたいと望んでしまう。

 自分のために歌ってほしい、自分のことを考えてほしいと欲がふくらんでいく。

 アルフレッド王子がグロリアに手紙を書いてくれるのはとてもうれしく、そのことに意味があると思いたい。

 しかし異国で生活するさびしさから手紙のやりとりをしているだけなのでは、王族同士の付き合いとしての行動なのではという考えがうかぶ。

 これまで持ったことのない思いや考えがわき上がることが怖くなる。人を好きになるという甘やかな思いは、それ以外のさまざまな感情をかきたてるのだと知った。

 アルフレッド王子に婚約者がいないことは知っているが、もしかしたらオーシャス国にアルフレッド王子が思いを寄せる女性がいるかもしれない。

 王子が妹と一緒にいるところを見て嫉妬したことが頭にうかぶ。王子も王室の華とよばれる妹の方がよいと思っているのではと醜いことを考えてしまった。

 すでに自分が望みすぎていることに気付きたくないが気付いてしまう。

 好きになってほしい。そのように思ってしまう自分をグロリアは持て余した。






 長い冬がおわりようやく春らしくなってきた離宮の庭園をグロリアはアルフレッド王子と散策していた。

 一週間の宗教行事のための休暇があり、父が再びアルフレッド王子を離宮に招待した。

 晴れわたる気持ちのよい日で、冬枯れした木に新緑が芽生えていることに春が近いとよろこびを感じていると、アルフレッド王子のハミングが聞こえた。

 王子は無意識にハミングしたり歌う癖があった。

「そういえばイゴヌス国の王太子の話はご存じですよね? 国王が王太子に王位継承権を放棄して平民の女性と結婚するなら国を出るようにいったそうです。二人は国を出るようです」

 アルフレッド王子の国、オーシャス国はイゴヌス国のとなりにあるので情報が入りやすいのだろう。

「イゴヌス国王はとてもおつらい決断をされたのですね。国を不安定にする要素をひとつでも減らすために我が子を追放すると覚悟を決められた。

 これ以上イゴヌス国の状況が悪くならないとよいのですが。イゴヌス国が不安定になればオーシャス国への影響が心配ですね」

「非公式ですが父が動いています。テリル国王陛下へも接触しているはずです」

 テリル国とオーシャス国は五代前に姻戚関係があり良好な関係を保っている。地域の安定のために父は協力をおしまないはずだ。

 二人で小さな池のほとりを歩いていると、グロリアはアルフレッド王子が愛の歌として有名な歌曲をハミングしていることに気付いた。

「その歌、私も好きです。戦いに勝ち愛する女性のもとに必ず帰るという兵士の強い思いが切ないですよね」

「すみません、うるさくて。またうっかり口ずさんでいたようですね」

 アルフレッド王子がはにかんだ。

 王子の明るい茶色の髪が風になびき日に照らされきらきらと輝いている。

 温かさを感じる視線を王子から向けられ胸が波立つ。見られていることに恥ずかしさはあるが、このままずっと王子の瞳に自分の姿をうつしてほしいという気持ちで胸がはりさけそうだ。

「グロリア殿下、私の気持ちはこの歌と同じです。戦に行っているわけではないですが、殿下と離れていると無事にお過ごしかどうかが気になります。

 私が殿下のことを考えているように殿下も私のことを考えてほしい。会いたいと思ってほしい。

 殿下のもとへすぐにでも走って行きたい。一目でよいので会いたいという気持ちで頭がいっぱいになります」

 アルフレッド王子の緑色の瞳がグロリアをとらえた。

「グロリア殿下、好きです。私がこのような気持ちを持つことをお許しくださいますか?」

 思いがけない言葉に息がとまりそうだ。好きという言葉で頭の中がいっぱいになる。

「私もアルフレッド殿下のことをお慕いしています」

 アルフレッド王子が思わずといったいきおいでグロリアの手をとると、わざとらしい咳払いが聞こえた。

 アルフレッド王子と目を見合わせ同時に笑った。

 アルフレッド王子がグロリアの手の甲にくちびるをあてると

「あなたを守る騎士としてお側においてください」といった。

 月を越えるほどという表現が大げさではないと思うほど、体中がよろこびにあふれ月まで飛びはねてしまいそうだった。

 アルフレッド王子が名残惜しそうにグロリアの手をはなした。王子の手のぬくもりが消えていくのがさびしい。

 王子と目が合い、あたたかな笑顔を向けられた。心がみたされる。幸せすぎて涙がでそうだ。

「うれしすぎて歌わずにいられません!」

 アルフレッド王子が先ほどハミングしていたものとは別の愛の歌をうたいはじめた。

 愛する人が笑いかけてくれるから、愛しているといってくれるから生きていける。愛する人がいるから強くなれる。

「あなたの愛がなくては私は生きていけません」

 歌い終えるとアルフレッド王子が再びグロリアの手をとり手の甲に口づけた。

 この瞬間に時が止まってほしい。

 このまま命がつきてもかまわない。

 グロリアは切実にそのように思った。
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