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加藤 忍

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夏休み 楓が家に

第十三話

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「テスト終わったー!」

 テストを終えた金曜日、一緒に帰っていた楓が背伸びをしながら大きな声でいった。

 テストまでの一週間は土日以外を除いて一緒に勉強した。土日は私が一人で集中したいと言ったため、楓はしょんぼりしながら納得してくれた。

 それがあってか、テストはまあまあ出来た。確信の持てる回答が多い。

「終わったね」

 楓は背伸びをやめて一息吐いた。そして強い紫外線を放つ太陽に手で影を作りながら見上げる。

「夏休みだね」

 そう、テストが終わった今日から一週間後はもう夏休み。特にする予定はない。夏期講習に通うわけでも、どこかに旅行に行くわけでもない。家でゴロゴロするだけの日々が始まる。

「遥華は夏休み中暇?」

「予定はないけど」

「じゃあさ」

 楓は私の前に回りこんだ。体を少し前に傾ける。肩にかかった髪がふわりと浮く。後ろで両手に持った鞄が左右に揺れる。

「来週の日曜日に遊びに行っていい?」

「・・・いいけど、なにもないよ」

 私の部屋には本当になにもない。テレビとCDプレイヤーがあること以外は普通の部屋。ベッドがあって本棚があって・・・。本当になにもない。

「いいよ、遥華の部屋に行きたいだけだから」

「そうなんだ」

 家に来ることが決まると楓は嬉しそうに鼻歌を歌いながら進行方向を向いて歩き出した。本当に来たかったらしい。

 部屋に誰かを呼ぶのは小学校以来の気がする。中学は友達と一緒にいても誰かの家に行くことはなかった。一緒にショッピングしたり、遠出して遊園地に行ったり。

「部屋片付けよう」

 楓の鼻歌で聞こえないぐらいの小声で呟いた。


 土曜日の午前中、私は慌ただしく部屋の整頓をしていた。朝起きてからすぐに着替えてそのまま。まだ顔も洗ってないし、髪もボサボサ。

 整頓といっても散らかった本を本棚に直したり、統一感のない畳み方の服を一からたたんだり、クローゼットから普段は出していない小さいテーブルとクッションを出したり。

「ハル?ちょっとドタバタうるさいよ」

 急に声がしてそちらに振り向く。開いたドアの横にママが立っていた。私服姿にエプロン姿、髪は一つに束ねてポニーテールにしている。歳は・・・この歳の子を持つ親としては若いとだけ言っておこう。

「だって・・・」

「日頃から綺麗にしていればいいのに」

「めんどいもん」

 ママははぁ、とため息をついた。

「朝ごはん早く食べて、顔洗ってからしなさい。もう十時なんだから」

 時計を見ると十時を少し過ぎていた。休日ということで気持ちよく寝すぎたのが今の状況を作っている。もっと早く起きればよかった。

「わかった」

 私はおとなしく従った。部屋の片付けは後でいい。楓とは一時に駅に待ち合わせになっている。楓が家に来るのは初めてで道がわからないから。

 ママが下に降りてから、部屋の片付けを中断してリビングに向かった。

 リビングに着くと食器を洗っているママと目が合った。

「早く食べて。食器が洗えないから」

 テーブルには焼き色のついた食パンと目玉焼き、ベーコンが置かれていた。テーブルの中央には醤油と塩が置かれている。席についてラップのかかった目玉焼きから手をつけた。

 私は塩派なので軽く目玉焼きに振りかける。ママと今この場にいないパパは醤油派。だから朝に目玉焼きが出る時はテーブルに準備されている。

 自分の箸で目玉焼きを一口サイズに切ってから口に運ぶ。・・・うん、目玉焼きの味。それ以外だと困るけど。

 目玉焼きを口に含んだまま席を立って冷蔵庫に向かった。冷蔵庫を開けてバターを取ってから閉める。

 食器を洗い終わったママは手の水をタオルで拭いてから「洗濯物、洗濯物」と言いながらリビングを出て行った。リビングにはテレビに映るニュースキャスターの声と食パンのサクッという音だけが響いていた。

 朝食を食べ終え、食器を台所に置くと洗面所に向かった。

 洗面所に着くと歯ブラシに歯磨き粉をつけてから口に入れる。奥歯から磨いていくと泡が舌にあたって苦い味がする。昔はこの味がすごく苦手だったけど今は慣れた。昔といっても、もう数十年前になる。

 歯を一通り洗ってから口をそそぐ。口元を拭かずにそのまま顔を洗った。ここまでは苦ではない。大変なのはこれから。

 ボサボサの髪を櫛くしでとく。もちろんそれだけでは治らないのが私の髪。腰あたりまである髪をヘアアイロンを駆使して整える。長いからそろそろ切ろうかと思っている髪を真っ直ぐにしてからポニーテールにする。学校では下ろしていたが、もう夏、髪のせいで首元が蒸れるのが嫌なのだ。

 しばらくしてから使い終わった櫛やヘアアイロンを所定の場所に戻してから部屋の片付けを再開した。

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