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育てた華
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8時10分
出社の時間まで後5分
息を切らして走ったって駅から職場まではどう考えたって15分は掛かる。
お、終わった……。
私の輝かしい2年分の皆勤の歴史が終わってしまう……!
昨日、お風呂も入らずに寝てしまうなんて、一生の不覚だった。
ピピピピ
腕時計がそんな無慈悲な音を鳴らす
出社時間1分前になった事を示すアラームだ。
本来の私ならこの時間は会社のトイレで、敢えて塗ってこなかったお気に入りの赤リップを塗って気を引き締めている時間だ。
「「はあー……」」
大きなため息を吐くと隣のバス停からおんなじ音がもう一つ。
バスの出発音よりも大きかったその声に、惹きつけられるように顔を向ける。するとその音の主は驚いたように此方を見つめていた。
どうやら整った優しい顔立ちの彼も、私の大きな声に驚き此方を見ていたようだ。
恥ずかしさと気まずさに曖昧な笑みを浮かべて彼に小さく頭を下げてみる。
「はは、バスの運転手に乗車拒否されて会社に遅刻しちゃったよ。君は?」
そう声をかけながら彼はコロコロと音を立てながら近づいてくる。
乗車拒否……?コロコロ……?
ふと浮かんだ疑問に正直に彼を注視する。
彼は車椅子のタイヤをカラカラと回し私の目の前に来る。
何も答えない私に不思議そうに首を傾げる
「わ、私も2年間の皆勤が今、崩れ散った所です……」
そう答えた私の言葉に楽しそうに声を出して笑う姿に目を奪われてしまう。
改めて考えるとなんで私、仕事も行かずにこんなにイケメンと話しているんだ……?
「じゃあ、君も今日は遅刻記念日って事だ!」
ひとしきり笑った後に瞳に滲んだ涙を拭いながら、そう言い放つ
「なら、サボってお祝いにでも行こうか!皆勤じゃなくなるんだ、1回ぐらい大丈夫だって」
そう悪戯っぽく笑う姿に心臓が高鳴り彼の声以外耳に入らなくなってしまう。
そんな間に気がつけば彼は私の手を掴み走り出していた。
意外と早いスピードに驚きながら彼を見る。
ニ、と笑い信号で止まるまで走り続けた。
「はあ、はあ、」
肩で息をする私に可笑しそうに高笑いをする彼。
「わかった、逃げないし、一緒に、い、くから……勘弁、して」
そう言いながら彼の背後に周り車椅子の持ち手を持つ。
「ねえ、着くまで自己紹介しません?」
呼吸を正しそう問えば確かに、と彼は2回ほど頷いた。
「僕は、成城秋斗。社会人2年目の22歳だよ。」
「え、同い年!私は、宮下春菜。私も社会人2年目なんだよ!」
同い年の社会人が身の回りに意外と少なかったせいか、テンションが分かりやすく上がってしまう。
その事実に自分で気づきは、と恥ずかしくなり俯いてしまう。
すると首を回し私を見上げていた成城君と目が合う。
「ふふ、春ちゃん、耳まで真っ赤ー」
茶化すように笑う姿に顔まで赤くなってしまう。
しかもしれっと春ちゃん、って……!
耐性がないのに!!
イケメンってみんなにこう言う事するんでしょ?
知ってるんだから。
冷静でいようと、自分の声が頭の中をグルグルとする。
「し、信号変わったよ。まっすぐ?」
話を逸らそうと視界に映った信号機の話題に切り替える。
「そうだよ。いやa…「でも、」」
続けさせる隙なんか与えずに私は絶えず口を開く。
それと同時に彼の指示通りに車椅子を発車させる。
「乗車拒否って、いつもはどうやって出勤してるの?素人だから体感なんだけど、大体毎日同じ時間に同じ人じゃない?」
不服そうな彼の雰囲気を感じ取りながらも、私は小さくガッツポーズをする。
社会人を2年もやってきただけはあるよね。うんうん。
そんな風に自分で納得していると彼は少し考えて口を開く。
「うーん。どうも今日はいつもと違う人っぽかったかなぁ。なんか、出勤で混んでるから車椅子は乗せれないって言われちゃったよ。」
「え、なにそれ。ありえなくない?チラッと見えたけど、そんなに混んでなかったよね!?」
沸沸と湧き上がる怒りに声が大きくなりそうになり、グッと持ち手を握る手に力を込める。
「まあまあ多いんだよ。今日は出勤時っていうタイミングだったから運が悪かったんだけどね。」
「そんなのおかしいよ。ねえ、電話してあげようか?」
「ふふ、いいよ。優しいんだね。君。初対面の僕のためにそんなに怒ってくれるなんて」
寂しげに語る彼は心なしか嬉しそうに笑い私を見上げる。
目が合った彼の優しい笑みに少し心が痛くなる。
人の優しさにあまり触れてこなかったのかな、何て考えてしまい少し表情が曇ってしまった事に自分で気がついた。
そう思った頃には既に遅く、彼は明る気に少し大きな声で笑った。
気を使わせてしまったようだ。申し訳ない。
「春ちゃんがそんな顔する必要はないよ!ほら、着いたよ!」
そんな声に少し気が抜ける。
すると私のお腹がぐう、っと音を立てる。
そう言えば昨日は帰って直ぐ寝てしまったし、朝はシャワーで食べる暇はなかったしで何も食べていなかったんだっけ……。
「怒ったり、悲しんだり、恥ずかしがったり、そんなに一人で賑やかにしてたらお腹ぐらい減るさ。照れなくていいよ。」
茶化されてしまいむくれて見せると彼はさ、っと視線を逸らした。
不思議に思いながらも何も触れずに店内に入ると、私たちは少し広めの席に案内された。
少しだけ机が低くしてあり、配慮の効いた店だと気付き、何だか私が嬉しくなってしまう。
こういう優しさが世界中に溢れればいいのに。
そう考えながらメニューに手を伸ばしふ、と思考を止めた。
何で知り合ったばっかりの彼にこんなに肩入れしているんだろう。
自分だって大変なのにこんなに人に気を使えて、こんなに太陽みたいに笑って輝いている彼に幸せになって欲しい、と心から願ってしまう。
こんな気持ちになるのはどうして?
そこまで考えて頭を振り考えを払い飛ばす。
止めだ、止め。
耐性がないからって恋愛脳過ぎる。
大人になろう。そうじゃないとやっていけない。
短く息を吐くと彼は楽しそうに私を眺めていた。
「な、なに?」
「いや?百面相だなぁ、って。君といると楽しいね。知り合えてよかったよ!」
心からの笑みを浮かべながらそう告げる彼に体温が上がる
「茶化さないでよ。」
そう漏らしながらメニューを開くと視界に映るのはパスタやバゲット、ピザにドリア。
そういえば香ばしいニンニクの香りが店内に充満していることに気が付き、口内が唾液で満たされる。
それをゆっくり水と一緒にさり気なく飲み下し、無難にボロネーゼに決める。
私がメニューを閉じようとしたのに気付いた彼は店員さんを呼ぶ。
「はい。」
短い声と共に現れた店員を見上げて私は口を開く
「ボロネーゼ、2つ、お願いします。」
私の声を制するように店員にそう丁寧に告げる彼。
「かしこまりました。」
去りゆく店員を尻目に私は固まってしまい彼を見つめる。
水を口に運びながら‘何’なんて微笑を浮かべながら私に問う。
「ボロネーゼ眺めながら喉鳴らしてたから。わかりやすいね。純粋で素敵だよ。」
「思っていってるの?それ。誰にでも言ってるくせに。イケメンってみんなそうなんだから。」
「……いけめん?だれが……?」
不思議そうに首を傾げる彼
「あ、秋斗君が」
押されてばっかも何だか悔しくて、私は意を決して名前を口にしてみる。
すると彼は鳩が豆鉄砲を喰らったかの表情から一気に、照れたかの表情に代わった。
口元を隠しながら視線を逸らす姿に私も首を傾げてしまう
「言われたことない?」
「初めて言われた……。やば、結構照れるね。……照れついでに言うと、こんなに積極的に口説いてるのは君が初めてだよ……。」
「く、くどっ……」
赤い彼に釣られるように真っ赤になって俯いていると、お待たせいたしました、と料理が運ばれてきた。
黙ったまま水に手を伸ばすとその手にはフォークが手渡された。
「水ばっか飲んで膨らませたら勿体ないよ。食べよっか。」
まだほんのり赤い顔でそう笑う彼に小さく頷き料理に口をつける。
口に入れた瞬間広がるオリーブオイルの甘さと香り。
粉チーズがいい塩味を出しておりしつこくなくもぐもぐと食べ進めてしまう。
食事を進めているうちに気持ちも代わり、落ち着いたぐらいに口を開く
「ねえ、秋斗君はどこに住んでるの?」
「こっから歩いて10分の所」
「え!この辺って駅が近いから物価とか家賃めちゃくちゃ高いのに!」
「でもこの体でも住みやすいんだ、駅もスーパーも近いし病院だって直ぐ行ける!その価値は十分に有る街だよ」
そう笑い食べ終えた手を休めフォークを置く
綺麗さっぱり白くなった器に少し目を奪われてから彼を見つめる
首を傾げ私を見上げる姿が少し子犬のように見え愛しく感じてしまう。
その愛しい彼がそういうのだ、少し妬いてしまうけど……そうなんだろう。
高いだけ、なんて言ってしまって少し申し訳無い気持ちになり、視線をあやふやに泳がせながら食事を終える
「で、この後はどうする?」
そう問い掛け身を乗り出す彼
私が少し考え込みながら口元を拭いていると、彼は慌てたようにもう一度口を開いた。
「僕としては、まだ君と居たいんだけど……」
彼は視線を泳がせながら告げた後に、私の手の甲に大きな掌を重ね、しっかりと見据えて照れ臭そうに笑い掛ける。
ボッ、と顔が燃えるように熱くなる。
何でそんな照れ臭いこと簡単に言えちゃうの……?
はあー、と大きな声を漏らしながら項垂れると、彼は慌てたように視線を合わせようと私の頬に掌を添える。
顔をもたげて視線を合わせれば少し安心したように彼は私を見つめる
「一旦帰ってから、お酒でも飲みに行きませんか……?」
照れ隠しで漏れた言葉は敬語になってしまって、返って恥ずかしさを増させる。
煩い心臓の音に息が少し苦しいぐらいだ。
更に君が嬉しそうになんて笑うから、体温も2度ぐらい上がっちゃって……。
やばいやばいやばい。
恋ってこんな感じだっけ??
彼は顔をバッ、と上げ嬉しそうに小さくガッツポーズをし大きく息を吸う。
「そうと決まれば、一旦解散だね!」
そう言った後慌てて‘一緒には居たいんだけど……夜も楽しみで……!’と、取り繕う彼に私は小さく笑ってしまう。
すると彼も釣られて優しく声を出して笑う。
———そんな空気も穏やかに流れ、気が付けば私達は店外に出て手を振り合っている所だった。
—————彼と別れ足速に家に帰り、洋服を引っ張り出す。
まずい、着ていける服が1着も、無い!!!
取り敢えず、と、気に入っている暗めのワンピースに着替え、髪をふわふわに巻き身支度を済ます。
はあ、男の人とデートなんていつぶりだろう。
緊張なんて枠はとっくの当に超えてワクワクしている自分に少し驚いてしまう。
きっかけは顔が好みだった事の方がでかいのは確かだ。
ま、まあ、流されちゃったのもあるけど……。
でもでも、今は純粋に好きだと想う。
彼の優しく笑う顔も、突拍子の無いところも、茶化して話すあの話し方さえ、全てが私を虜にする。
まだ知り合ったばかりとは思えないぐらい、濃い1日だった。
そんな彼とのこれからは、多分この後のデートで決まってしまうだろう。
会えなくなりませんように。
そう祈るような気持ちで私は洗面台の前で口紅を引いた。
——————。
そして訪れた夢のような時間。
もうお酒の味なんて分からないぐらい私は緊張で頭がいっぱいいっぱいだった。
だって、スーツ着てくるなんて聞いてない!!!!
会社で見慣れてるはずの男性のスーツ姿。
大好きな人が着てるだけでこんなに違うものなのかと驚いてしまう。
心なしか、男性用の大人しめな甘い香水の香りもする気がする。
頭がクラクラする。
だめだ。今の私、何するかわかんない、かも。
「ねえ、わたし、」
そう漏らしながら同じ高さのバーの椅子に腰掛ける秋斗君に、顔を近づけると彼は人差し指を私の唇に触れさせた。
「ねえ、今日初めて会った君に、自分でも驚くぐらい夢中だって言ったら、笑う?」
「おかしいよね。君に惹かれてるんだ。こんな言葉で人を口説くなんて初めてで分からないいんだけどさ。」
「春菜、君を知りたくて堪らない」
「僕を好奇な目や、哀れんだ目で見ずに怒って悲しんで、笑ってくれた。
それがどれだけ幸せな事だろうって思ったんだ。」
「でも同時にそんな君を誰にも知られたく無いって思ったんだ。
僕の身体のせいで、嫌な思いや不快な気持ち、ままならない不自由さを君も感じる時があるかもしれない。」
「それでもよかったら、キスしてもいい?好きなんだ。愛しいよ、春菜」
淡々と、水滴が落ちるように私の心に波紋を描きながら流れ込んでくる言葉達。
その音の響きが余りにも愛しくて、気が付けば私の両目から温かい滴が漏れ落ちていた。
小さく何度も頷き彼を見据えると、秋斗君の掌が私の頬を包む。
涙を拭い取りゆっくりと近づく彼の暖かさに、身を委ねてしまおうと目をギュと瞑る。
優しく触れるだけのキスを何度も何度も、確かめるように重ね、私はゆっくりと目を開く。
まるでお伽話の主人公になったみたいだ。
彼と目を合わせ、ずっと今日胸の内に燻っていた言葉を告げる。
少しプロポーズみたいだけど、クサイかもしれないけれど。
彼が笑って伝えてくれた言葉たちのように、私も少しぐらい自信を持って。
「好きです。私に、幸せにさせてくれませんか?」
出社の時間まで後5分
息を切らして走ったって駅から職場まではどう考えたって15分は掛かる。
お、終わった……。
私の輝かしい2年分の皆勤の歴史が終わってしまう……!
昨日、お風呂も入らずに寝てしまうなんて、一生の不覚だった。
ピピピピ
腕時計がそんな無慈悲な音を鳴らす
出社時間1分前になった事を示すアラームだ。
本来の私ならこの時間は会社のトイレで、敢えて塗ってこなかったお気に入りの赤リップを塗って気を引き締めている時間だ。
「「はあー……」」
大きなため息を吐くと隣のバス停からおんなじ音がもう一つ。
バスの出発音よりも大きかったその声に、惹きつけられるように顔を向ける。するとその音の主は驚いたように此方を見つめていた。
どうやら整った優しい顔立ちの彼も、私の大きな声に驚き此方を見ていたようだ。
恥ずかしさと気まずさに曖昧な笑みを浮かべて彼に小さく頭を下げてみる。
「はは、バスの運転手に乗車拒否されて会社に遅刻しちゃったよ。君は?」
そう声をかけながら彼はコロコロと音を立てながら近づいてくる。
乗車拒否……?コロコロ……?
ふと浮かんだ疑問に正直に彼を注視する。
彼は車椅子のタイヤをカラカラと回し私の目の前に来る。
何も答えない私に不思議そうに首を傾げる
「わ、私も2年間の皆勤が今、崩れ散った所です……」
そう答えた私の言葉に楽しそうに声を出して笑う姿に目を奪われてしまう。
改めて考えるとなんで私、仕事も行かずにこんなにイケメンと話しているんだ……?
「じゃあ、君も今日は遅刻記念日って事だ!」
ひとしきり笑った後に瞳に滲んだ涙を拭いながら、そう言い放つ
「なら、サボってお祝いにでも行こうか!皆勤じゃなくなるんだ、1回ぐらい大丈夫だって」
そう悪戯っぽく笑う姿に心臓が高鳴り彼の声以外耳に入らなくなってしまう。
そんな間に気がつけば彼は私の手を掴み走り出していた。
意外と早いスピードに驚きながら彼を見る。
ニ、と笑い信号で止まるまで走り続けた。
「はあ、はあ、」
肩で息をする私に可笑しそうに高笑いをする彼。
「わかった、逃げないし、一緒に、い、くから……勘弁、して」
そう言いながら彼の背後に周り車椅子の持ち手を持つ。
「ねえ、着くまで自己紹介しません?」
呼吸を正しそう問えば確かに、と彼は2回ほど頷いた。
「僕は、成城秋斗。社会人2年目の22歳だよ。」
「え、同い年!私は、宮下春菜。私も社会人2年目なんだよ!」
同い年の社会人が身の回りに意外と少なかったせいか、テンションが分かりやすく上がってしまう。
その事実に自分で気づきは、と恥ずかしくなり俯いてしまう。
すると首を回し私を見上げていた成城君と目が合う。
「ふふ、春ちゃん、耳まで真っ赤ー」
茶化すように笑う姿に顔まで赤くなってしまう。
しかもしれっと春ちゃん、って……!
耐性がないのに!!
イケメンってみんなにこう言う事するんでしょ?
知ってるんだから。
冷静でいようと、自分の声が頭の中をグルグルとする。
「し、信号変わったよ。まっすぐ?」
話を逸らそうと視界に映った信号機の話題に切り替える。
「そうだよ。いやa…「でも、」」
続けさせる隙なんか与えずに私は絶えず口を開く。
それと同時に彼の指示通りに車椅子を発車させる。
「乗車拒否って、いつもはどうやって出勤してるの?素人だから体感なんだけど、大体毎日同じ時間に同じ人じゃない?」
不服そうな彼の雰囲気を感じ取りながらも、私は小さくガッツポーズをする。
社会人を2年もやってきただけはあるよね。うんうん。
そんな風に自分で納得していると彼は少し考えて口を開く。
「うーん。どうも今日はいつもと違う人っぽかったかなぁ。なんか、出勤で混んでるから車椅子は乗せれないって言われちゃったよ。」
「え、なにそれ。ありえなくない?チラッと見えたけど、そんなに混んでなかったよね!?」
沸沸と湧き上がる怒りに声が大きくなりそうになり、グッと持ち手を握る手に力を込める。
「まあまあ多いんだよ。今日は出勤時っていうタイミングだったから運が悪かったんだけどね。」
「そんなのおかしいよ。ねえ、電話してあげようか?」
「ふふ、いいよ。優しいんだね。君。初対面の僕のためにそんなに怒ってくれるなんて」
寂しげに語る彼は心なしか嬉しそうに笑い私を見上げる。
目が合った彼の優しい笑みに少し心が痛くなる。
人の優しさにあまり触れてこなかったのかな、何て考えてしまい少し表情が曇ってしまった事に自分で気がついた。
そう思った頃には既に遅く、彼は明る気に少し大きな声で笑った。
気を使わせてしまったようだ。申し訳ない。
「春ちゃんがそんな顔する必要はないよ!ほら、着いたよ!」
そんな声に少し気が抜ける。
すると私のお腹がぐう、っと音を立てる。
そう言えば昨日は帰って直ぐ寝てしまったし、朝はシャワーで食べる暇はなかったしで何も食べていなかったんだっけ……。
「怒ったり、悲しんだり、恥ずかしがったり、そんなに一人で賑やかにしてたらお腹ぐらい減るさ。照れなくていいよ。」
茶化されてしまいむくれて見せると彼はさ、っと視線を逸らした。
不思議に思いながらも何も触れずに店内に入ると、私たちは少し広めの席に案内された。
少しだけ机が低くしてあり、配慮の効いた店だと気付き、何だか私が嬉しくなってしまう。
こういう優しさが世界中に溢れればいいのに。
そう考えながらメニューに手を伸ばしふ、と思考を止めた。
何で知り合ったばっかりの彼にこんなに肩入れしているんだろう。
自分だって大変なのにこんなに人に気を使えて、こんなに太陽みたいに笑って輝いている彼に幸せになって欲しい、と心から願ってしまう。
こんな気持ちになるのはどうして?
そこまで考えて頭を振り考えを払い飛ばす。
止めだ、止め。
耐性がないからって恋愛脳過ぎる。
大人になろう。そうじゃないとやっていけない。
短く息を吐くと彼は楽しそうに私を眺めていた。
「な、なに?」
「いや?百面相だなぁ、って。君といると楽しいね。知り合えてよかったよ!」
心からの笑みを浮かべながらそう告げる彼に体温が上がる
「茶化さないでよ。」
そう漏らしながらメニューを開くと視界に映るのはパスタやバゲット、ピザにドリア。
そういえば香ばしいニンニクの香りが店内に充満していることに気が付き、口内が唾液で満たされる。
それをゆっくり水と一緒にさり気なく飲み下し、無難にボロネーゼに決める。
私がメニューを閉じようとしたのに気付いた彼は店員さんを呼ぶ。
「はい。」
短い声と共に現れた店員を見上げて私は口を開く
「ボロネーゼ、2つ、お願いします。」
私の声を制するように店員にそう丁寧に告げる彼。
「かしこまりました。」
去りゆく店員を尻目に私は固まってしまい彼を見つめる。
水を口に運びながら‘何’なんて微笑を浮かべながら私に問う。
「ボロネーゼ眺めながら喉鳴らしてたから。わかりやすいね。純粋で素敵だよ。」
「思っていってるの?それ。誰にでも言ってるくせに。イケメンってみんなそうなんだから。」
「……いけめん?だれが……?」
不思議そうに首を傾げる彼
「あ、秋斗君が」
押されてばっかも何だか悔しくて、私は意を決して名前を口にしてみる。
すると彼は鳩が豆鉄砲を喰らったかの表情から一気に、照れたかの表情に代わった。
口元を隠しながら視線を逸らす姿に私も首を傾げてしまう
「言われたことない?」
「初めて言われた……。やば、結構照れるね。……照れついでに言うと、こんなに積極的に口説いてるのは君が初めてだよ……。」
「く、くどっ……」
赤い彼に釣られるように真っ赤になって俯いていると、お待たせいたしました、と料理が運ばれてきた。
黙ったまま水に手を伸ばすとその手にはフォークが手渡された。
「水ばっか飲んで膨らませたら勿体ないよ。食べよっか。」
まだほんのり赤い顔でそう笑う彼に小さく頷き料理に口をつける。
口に入れた瞬間広がるオリーブオイルの甘さと香り。
粉チーズがいい塩味を出しておりしつこくなくもぐもぐと食べ進めてしまう。
食事を進めているうちに気持ちも代わり、落ち着いたぐらいに口を開く
「ねえ、秋斗君はどこに住んでるの?」
「こっから歩いて10分の所」
「え!この辺って駅が近いから物価とか家賃めちゃくちゃ高いのに!」
「でもこの体でも住みやすいんだ、駅もスーパーも近いし病院だって直ぐ行ける!その価値は十分に有る街だよ」
そう笑い食べ終えた手を休めフォークを置く
綺麗さっぱり白くなった器に少し目を奪われてから彼を見つめる
首を傾げ私を見上げる姿が少し子犬のように見え愛しく感じてしまう。
その愛しい彼がそういうのだ、少し妬いてしまうけど……そうなんだろう。
高いだけ、なんて言ってしまって少し申し訳無い気持ちになり、視線をあやふやに泳がせながら食事を終える
「で、この後はどうする?」
そう問い掛け身を乗り出す彼
私が少し考え込みながら口元を拭いていると、彼は慌てたようにもう一度口を開いた。
「僕としては、まだ君と居たいんだけど……」
彼は視線を泳がせながら告げた後に、私の手の甲に大きな掌を重ね、しっかりと見据えて照れ臭そうに笑い掛ける。
ボッ、と顔が燃えるように熱くなる。
何でそんな照れ臭いこと簡単に言えちゃうの……?
はあー、と大きな声を漏らしながら項垂れると、彼は慌てたように視線を合わせようと私の頬に掌を添える。
顔をもたげて視線を合わせれば少し安心したように彼は私を見つめる
「一旦帰ってから、お酒でも飲みに行きませんか……?」
照れ隠しで漏れた言葉は敬語になってしまって、返って恥ずかしさを増させる。
煩い心臓の音に息が少し苦しいぐらいだ。
更に君が嬉しそうになんて笑うから、体温も2度ぐらい上がっちゃって……。
やばいやばいやばい。
恋ってこんな感じだっけ??
彼は顔をバッ、と上げ嬉しそうに小さくガッツポーズをし大きく息を吸う。
「そうと決まれば、一旦解散だね!」
そう言った後慌てて‘一緒には居たいんだけど……夜も楽しみで……!’と、取り繕う彼に私は小さく笑ってしまう。
すると彼も釣られて優しく声を出して笑う。
———そんな空気も穏やかに流れ、気が付けば私達は店外に出て手を振り合っている所だった。
—————彼と別れ足速に家に帰り、洋服を引っ張り出す。
まずい、着ていける服が1着も、無い!!!
取り敢えず、と、気に入っている暗めのワンピースに着替え、髪をふわふわに巻き身支度を済ます。
はあ、男の人とデートなんていつぶりだろう。
緊張なんて枠はとっくの当に超えてワクワクしている自分に少し驚いてしまう。
きっかけは顔が好みだった事の方がでかいのは確かだ。
ま、まあ、流されちゃったのもあるけど……。
でもでも、今は純粋に好きだと想う。
彼の優しく笑う顔も、突拍子の無いところも、茶化して話すあの話し方さえ、全てが私を虜にする。
まだ知り合ったばかりとは思えないぐらい、濃い1日だった。
そんな彼とのこれからは、多分この後のデートで決まってしまうだろう。
会えなくなりませんように。
そう祈るような気持ちで私は洗面台の前で口紅を引いた。
——————。
そして訪れた夢のような時間。
もうお酒の味なんて分からないぐらい私は緊張で頭がいっぱいいっぱいだった。
だって、スーツ着てくるなんて聞いてない!!!!
会社で見慣れてるはずの男性のスーツ姿。
大好きな人が着てるだけでこんなに違うものなのかと驚いてしまう。
心なしか、男性用の大人しめな甘い香水の香りもする気がする。
頭がクラクラする。
だめだ。今の私、何するかわかんない、かも。
「ねえ、わたし、」
そう漏らしながら同じ高さのバーの椅子に腰掛ける秋斗君に、顔を近づけると彼は人差し指を私の唇に触れさせた。
「ねえ、今日初めて会った君に、自分でも驚くぐらい夢中だって言ったら、笑う?」
「おかしいよね。君に惹かれてるんだ。こんな言葉で人を口説くなんて初めてで分からないいんだけどさ。」
「春菜、君を知りたくて堪らない」
「僕を好奇な目や、哀れんだ目で見ずに怒って悲しんで、笑ってくれた。
それがどれだけ幸せな事だろうって思ったんだ。」
「でも同時にそんな君を誰にも知られたく無いって思ったんだ。
僕の身体のせいで、嫌な思いや不快な気持ち、ままならない不自由さを君も感じる時があるかもしれない。」
「それでもよかったら、キスしてもいい?好きなんだ。愛しいよ、春菜」
淡々と、水滴が落ちるように私の心に波紋を描きながら流れ込んでくる言葉達。
その音の響きが余りにも愛しくて、気が付けば私の両目から温かい滴が漏れ落ちていた。
小さく何度も頷き彼を見据えると、秋斗君の掌が私の頬を包む。
涙を拭い取りゆっくりと近づく彼の暖かさに、身を委ねてしまおうと目をギュと瞑る。
優しく触れるだけのキスを何度も何度も、確かめるように重ね、私はゆっくりと目を開く。
まるでお伽話の主人公になったみたいだ。
彼と目を合わせ、ずっと今日胸の内に燻っていた言葉を告げる。
少しプロポーズみたいだけど、クサイかもしれないけれど。
彼が笑って伝えてくれた言葉たちのように、私も少しぐらい自信を持って。
「好きです。私に、幸せにさせてくれませんか?」
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