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23 海へ
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みなさんこんにちは、皆川夏です。
突然ですがみなさんは拉致られた経験ってありますか?
僕はあります。今その真っ最中です。犯人は被害者のよく知る人物。ゆまは姉ちゃん。
「ゆまは姉ちゃん、今ってどの辺り?」
「ん~? 今さっき道の駅過ぎたからもうすぐ県境かな? どうしたの? オシッコ?」
今僕はゆまは姉ちゃんの運転するスーパーセブンの助手席に乗っている。僕の膝の上にはアオちゃん。
アオちゃんは流れる景色に浮かれてるけど、僕のテンションはそんなに高くない。
だってじいちゃん家で寝ている間に車に乗せられて目が覚めたらこんな状況なんだよ?
サプライズって言葉があるけれど、びっくりしすぎると楽しくも何ともないんだってのを知った。
「おはようナッちゃん。今日は海でいっぱい楽しもうね? もうお姉ちゃん昨日の晩から楽しみで寝られなかったの」
それが起き抜けに僕が耳にした加害者の第一声だった。
どうやら車は海に向かってるらしい。
楽しみって言葉は本当らしくってゆまは姉ちゃんはもう水着姿になっていて、その姿でハンドルを握ってるんだ。
対向車線の車がみんなゆまは姉ちゃんをガン見してくる。
だってぷよんぷよんの王様スライム×2をきわどいビキニ一枚で隠して運転してるんだ。そりゃあよそ見もするだろう。
かねてからゆまは姉ちゃんは言ってた。車の免許を取ったら僕と一緒に海に行きたいって。海で砂浜を走ったり、海の家で具のない焼きそばを食べたり、貝殻を拾って耳にあてたり、砂浜に僕と姉ちゃんの名前の相合い傘を書いたり。堤防でサビキ釣りをして手の臭いを嗅ぎあったり。
だけどさ、ゆまは姉ちゃん。いくら夢だったって言ったってそりゃぁないよ。だって僕、まだ寝間着のままだったんだよ?
「大丈夫よ、ナッちゃんの水着もお姉ちゃん買ってあるから。海に着いたら着替えちゃえば問題ないない」
車は走る。
暗いトンネルをくぐって、寂れた温泉街を抜けて、微妙なお土産屋の脇を通りすぎて。
やがて目の前に青い水平線が見えた。
「海だぁ」
「キュー♪」
思わず叫んじゃった。
しょうがないんだ。だって僕の育ったところは山の中で海なんかないんだから。
海ナシ県の人間は海が大好きなんだ。あんまり身近でない広い景色を目にすると一気にテンションがあがっちゃうんだ。
「ホラ、見てアオちゃん。海だよ、海。前に話したことあったよね? じいちゃん家の側の沢の水が流れる先にある海。おっきいよね。青いよね。まっ平らだよね」
「クー、クルルルル♪」
さっきまでの不機嫌もどこかへ行っちゃった。僕はアオちゃんに海の素晴らしさをなんとか伝えようと言葉を捲し立てた。
ご機嫌な僕にゆまは姉ちゃんもニコニコ。アオちゃんも初めて見る景色にピコピコと翼と尻尾をしきりにバタつかせて喜んでいる。
「さぁ、もうすぐ海水浴場に到着するよ。着替えて遊ぼうね」
「うん」
海と並走する国道をしばらく走って姉ちゃんはウインカーをチカチカ言わせて駐車場に入った。
車から降りると僕はアオちゃんを抱えて砂浜を走り出したんだ。寝間着のままだって気にならない。
「もう、ナッちゃんったら車の中じゃ文句ばっかりだったのに…コラー! 走ったら危ないわよっ」
後ろからゆまは姉ちゃんがなにか叫んでるけど、僕はその時海に夢中で返事もしなかった。
「あははは、アオちゃん、これが海だよ。水がいっぱいで波が引いたり押し寄せたりするんだ」
波打ち際でアオちゃんを砂の上に降ろしてあげる。
波がアオちゃんのお腹の辺りまで来て、ザザザーって引いて行く。
「クルゥ、キュキュー♪」
足元の砂がどんどん無くなって行くのがおもしろいみたいで楽しげな鳴き声が何度も響いた。
「コラ、お姉ちゃんを置いてっちゃうなんてヒドイじゃない。寝間着が濡れちゃうから着替えてから遊びなさい」
ゆまは姉ちゃんが僕の頭になにかをポコって当てた。
振り返るとゆまは姉ちゃんが持ってたのは透明なビニールのバック。
中には僕の水着が入っているみたいだ。
「あ、姉ちゃんありがとう。けどアオちゃんが…」
アオちゃんは波の感触に夢中だ。いまさら更衣室に連れてくのもなんだかかわいそうな気がする。
「アオちゃんの事はお姉ちゃんが見てるから。大丈夫よ、ナッちゃんが寝てる間にお話しして少しは仲良くなったんだから」
ゆまは姉ちゃんはそう言うけど大丈夫かな? 昨日の様子ではかなり警戒してたんだけど。
「アオちゃん、僕着替えてくるけど、その間ゆまは姉ちゃんといっしょでも平気?」
「キュー♪ キュッキュッキュー♪」
聞いてるんだか聞いてないんだかわからない返事が返ってきた。
僕はとりあえずゆまは姉ちゃんにアオちゃんのことをお願いして更衣室まで走った。
突然ですがみなさんは拉致られた経験ってありますか?
僕はあります。今その真っ最中です。犯人は被害者のよく知る人物。ゆまは姉ちゃん。
「ゆまは姉ちゃん、今ってどの辺り?」
「ん~? 今さっき道の駅過ぎたからもうすぐ県境かな? どうしたの? オシッコ?」
今僕はゆまは姉ちゃんの運転するスーパーセブンの助手席に乗っている。僕の膝の上にはアオちゃん。
アオちゃんは流れる景色に浮かれてるけど、僕のテンションはそんなに高くない。
だってじいちゃん家で寝ている間に車に乗せられて目が覚めたらこんな状況なんだよ?
サプライズって言葉があるけれど、びっくりしすぎると楽しくも何ともないんだってのを知った。
「おはようナッちゃん。今日は海でいっぱい楽しもうね? もうお姉ちゃん昨日の晩から楽しみで寝られなかったの」
それが起き抜けに僕が耳にした加害者の第一声だった。
どうやら車は海に向かってるらしい。
楽しみって言葉は本当らしくってゆまは姉ちゃんはもう水着姿になっていて、その姿でハンドルを握ってるんだ。
対向車線の車がみんなゆまは姉ちゃんをガン見してくる。
だってぷよんぷよんの王様スライム×2をきわどいビキニ一枚で隠して運転してるんだ。そりゃあよそ見もするだろう。
かねてからゆまは姉ちゃんは言ってた。車の免許を取ったら僕と一緒に海に行きたいって。海で砂浜を走ったり、海の家で具のない焼きそばを食べたり、貝殻を拾って耳にあてたり、砂浜に僕と姉ちゃんの名前の相合い傘を書いたり。堤防でサビキ釣りをして手の臭いを嗅ぎあったり。
だけどさ、ゆまは姉ちゃん。いくら夢だったって言ったってそりゃぁないよ。だって僕、まだ寝間着のままだったんだよ?
「大丈夫よ、ナッちゃんの水着もお姉ちゃん買ってあるから。海に着いたら着替えちゃえば問題ないない」
車は走る。
暗いトンネルをくぐって、寂れた温泉街を抜けて、微妙なお土産屋の脇を通りすぎて。
やがて目の前に青い水平線が見えた。
「海だぁ」
「キュー♪」
思わず叫んじゃった。
しょうがないんだ。だって僕の育ったところは山の中で海なんかないんだから。
海ナシ県の人間は海が大好きなんだ。あんまり身近でない広い景色を目にすると一気にテンションがあがっちゃうんだ。
「ホラ、見てアオちゃん。海だよ、海。前に話したことあったよね? じいちゃん家の側の沢の水が流れる先にある海。おっきいよね。青いよね。まっ平らだよね」
「クー、クルルルル♪」
さっきまでの不機嫌もどこかへ行っちゃった。僕はアオちゃんに海の素晴らしさをなんとか伝えようと言葉を捲し立てた。
ご機嫌な僕にゆまは姉ちゃんもニコニコ。アオちゃんも初めて見る景色にピコピコと翼と尻尾をしきりにバタつかせて喜んでいる。
「さぁ、もうすぐ海水浴場に到着するよ。着替えて遊ぼうね」
「うん」
海と並走する国道をしばらく走って姉ちゃんはウインカーをチカチカ言わせて駐車場に入った。
車から降りると僕はアオちゃんを抱えて砂浜を走り出したんだ。寝間着のままだって気にならない。
「もう、ナッちゃんったら車の中じゃ文句ばっかりだったのに…コラー! 走ったら危ないわよっ」
後ろからゆまは姉ちゃんがなにか叫んでるけど、僕はその時海に夢中で返事もしなかった。
「あははは、アオちゃん、これが海だよ。水がいっぱいで波が引いたり押し寄せたりするんだ」
波打ち際でアオちゃんを砂の上に降ろしてあげる。
波がアオちゃんのお腹の辺りまで来て、ザザザーって引いて行く。
「クルゥ、キュキュー♪」
足元の砂がどんどん無くなって行くのがおもしろいみたいで楽しげな鳴き声が何度も響いた。
「コラ、お姉ちゃんを置いてっちゃうなんてヒドイじゃない。寝間着が濡れちゃうから着替えてから遊びなさい」
ゆまは姉ちゃんが僕の頭になにかをポコって当てた。
振り返るとゆまは姉ちゃんが持ってたのは透明なビニールのバック。
中には僕の水着が入っているみたいだ。
「あ、姉ちゃんありがとう。けどアオちゃんが…」
アオちゃんは波の感触に夢中だ。いまさら更衣室に連れてくのもなんだかかわいそうな気がする。
「アオちゃんの事はお姉ちゃんが見てるから。大丈夫よ、ナッちゃんが寝てる間にお話しして少しは仲良くなったんだから」
ゆまは姉ちゃんはそう言うけど大丈夫かな? 昨日の様子ではかなり警戒してたんだけど。
「アオちゃん、僕着替えてくるけど、その間ゆまは姉ちゃんといっしょでも平気?」
「キュー♪ キュッキュッキュー♪」
聞いてるんだか聞いてないんだかわからない返事が返ってきた。
僕はとりあえずゆまは姉ちゃんにアオちゃんのことをお願いして更衣室まで走った。
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