53 / 116
53 ツーリング4
しおりを挟む
遥かなる大宇宙の向こう側にある太陽系によく似た星系デスバット星系を統べる大帝国、そこのしがない中間管理職暗黒暗闇クログロ将軍アハルテケ吹田氏は上司に地球の征服を命じられ遠く故郷を離れ長期出張を余儀無くされた。
彼はこの左遷とも受け取れる理不尽な処遇にもめげず地球での活動を開始させたのだった。
まずは手始めにとある地方の主要国道に面する道の駅に大帝国の特産品を置いたアンテナショップを開店させ、無知蒙昧な地球人に大帝国の素晴らしさを広く認知させようと画策したのだが、それにいち早く気付いた正義のドラゴン、超未来機動兵器ドラゴニアアオーがその計画を阻止せんと立ちはだかるのであった。
果たしてアオちゃんは暗黒泥沼馬将軍アハルテケ吹田の野望を挫くことが出来るのだろうかっ!?
「…って設定らしいよ」
「なんだそりゃ? 宇宙から来たくせに地域に寄り添い過ぎな話だな」
僕とお兄さんはバイクの上でポーズをとってお互いに威嚇しあうアオちゃんと吹田さんを眺めながらアイスクリームを食べていた。
海藻アイスってヤツで最初は「うぇ~っ」って思ったけど、食べてみると案外美味しいんだよね。
ちなみに僕たちは突然始まったこの珍妙な演劇にシラケ気味だったけど、周囲の観光客さんたちはアオちゃんを応援したり吹田さんことアハルテケ吹田氏を罵倒したりして大盛り上がりだ。
たぶん道の駅側が主催したヒーローイベントかなんかだと思っているんだろう。
みんな思い思いに写真や動画を撮影したり間食をしながら眺めている。
「クックックッ、どうやらやはりワガハイの読みは当たっていた様子でござるな。貴殿先程の一撃でマジックパウワァは底をついたご様子、もはやワガハイを退ける事など叶うまい」
『ござる』って、吹田さん、キャラクターブレブレだよ? さっきまでそんな語尾使ってなかったじゃん。
アオちゃんがもう一度魔法のミサイルを撃てないってのは本当の話。
アレは飛ぶ練習のついでに撃ってたりするんだけど、いつもアレを撃つとアオちゃんは「つかれた~」って僕のところへ降りてくる。
多分だけど、魔法ってのはゲームみたくマジックポイントみたいなのを消費するみたいなんだ。
んで、あの魔法のミサイルは派手で威力だって見た目並みにあるから、まだ子どものドラゴンでしかないアオちゃんには一回こっきりが限界なんだろう。
吹田さんもそれを知ってるから、殊更にアオちゃんを挑発する。
「キュウウ、クゥーー」
アオちゃんが悔しそうにうなだれる。
ってかやめてよ吹田さん、アオちゃんはスッゴくがんばり屋さんなんだ。そんなに煽ったら限界を超えてガンバって本当にもう一発撃っちゃいそうじゃない。
だけどさすがは吹田さんだ、アオちゃんに魔法の力を使わせないように見事に話を誘導する。
「しかしそうだな、いかな強力な悪のパウワァを有するワガハイとて今この場にいる観客の応援力をドラゴンアオちゃんに注がれれば敵わずに撤退する羽目に陥るやも知れん。
そう、みなさんの応援がアオちゃんに向けられればな」
大事なことなので二回言ったんだね。
ってか、吹田さん、僕にチラチラと視線を送ってけしかけようとしないでください。僕は無関係ないち傍観者でありたいのです。巻き込もうとしないでください。
「ホレホレ、ナツ、アオちゃんの為にも観衆にちゃんとお願いしろよ。オラにみんなの元気を少しだけ分けてくれ~ってな」
お兄さんまでニヤニヤ笑いで僕をけしかけてくる。
ううっ、他人事だと思ってスッゴく楽しそうだ。
いいよ、それならお兄さんだって他人だって顔してられないようにしてやるんだから。
僕は覚悟を決めるとダッとアオちゃんのところまで走り寄ってバイクからアオちゃんをひっぺがして頭の上に抱えあげた。
「キュッ?」
「みなさん、アオちゃんは今ピンチですっ、ですがこちらの将軍様の言うようにみなさんの応援の声が大きければきっとアオちゃんは力を取り戻して悪を討ち滅ぼせることでしょう!
みなさん、アオちゃんにご声援をっ! まずはそちらのヤンキーのお兄さん、お手本をオネガイシマスッ!」
「うぉっ!? ナツ、テメッ、計ったなっ!?」
アオちゃんを抱えたまま僕は腕を組んだままイヤな笑いを浮かべていたお兄さんの方を向いて大声で叫んだ。当然観客のみんなの視線はお兄さんの方に集中する。
ふふふ、関係無いって素振りを決め込んでオモシロオカシクいち聴衆で居ようだなんて甘いんだよ。お兄さんはいい友だちだけど君の父上がいけないのだよ。ふふふ、はははは
お兄さんのお父さんどんなひとか知らないけどね。
お兄さんはしばらく顔を真っ赤にして僕を睨んでいたけど、やがて覚悟が決まったのかザッと両足を肩幅に開いて腰を低く落とした。
そして恐ろしくキレのある動きで踊り出した。
「アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪ アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪ アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪」
期待以上の応援を始めたんだ。
瞬間、それなりに盛り上がっていた道の駅イベント会場(仮)は凍りついたみたいに静まり返った。
お兄さんの踊りがキレッキレだっただけに全観衆の注目がそちらへと集中してしまったんだ。
「アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪ アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪ アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪ アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪ アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪」
静寂の道の駅にお兄さんのアゲホイの掛け声だけがひたすらに響きわたる。
誰も楽器など持っていないハズなのにパッションの効いたサンバの曲が聴こえてくる気さえする。
もしここが道の駅などではなく高校球児が汗を流し勝利に邁進する球場であったならば、もしお兄さんがいる場所が駐車場の片隅なんかではなく、ブラスバンドに囲まれたアルプススタンドであったならば、一躍時の人となったやも知れない。
けどここはしがない道の駅の一角でしかない。
ここに集まったひとたちが求めていたのは球場で青春の汗と埃みにまみれて勝利をもぎ取らんと情熱を傾ける感動のワンシーンなどではなく、ささやかな休日にちょっとしたサプライのイベント。
たまたま休憩目的で立ち寄った道の駅でたまたま起こったささやかな出来事。帰宅の道の途中で渋滞に巻き込まれふと思い出して「そう言えばアレはビックリしたねぇ」と暇潰しの話題にするような出来事を期待していたのだ。
詰まるところ、お兄さんはやり過ぎたんだ。
そう、たまたま別れた奥さんに会いに遥々ロサンゼルスを訪れた刑事がクリスマスのパーティー会場で重武装の犯罪集団と出会ったような。或いはしがない料理人の男が航海途上の戦艦でテロに巻き込まれるかの様な異常事態に直面した時、果たして彼らはどの様な行動に移るのだろうか?
答えは今僕が目にしているそのままの情景だ。
大抵のひとは某マクレーン刑事や某ライバック兵曹ほどタフな神経なんて持ち合わせていない。ひとは自分が理解できない状況におちいると呆然とまるであほうの様に立ち尽くし嵐が過ぎ去るのを待つことしかできなくなるのだ。
僕はその事を今知るに至った。
そしてアオちゃんもまた同様に僕と同じ境地を味わったのだとバイクの上で立ち尽くす彼を見て知った。
夢中で両手足を上下するお兄さんも自らの行いの重大性には気が付いているはずだ。その証拠にさっきから僕を見て「何とかしてくれっ」ってアイコンタクトを送って来ているのだから。
だけどしがない一般人でしかない僕に何が出来るのだろうか? 涙目でバチンバチンとウインクで助けを求めてくるお兄さんからそっと視線を外す事しか僕に出来るすべなどはなかった。
「お兄さん、ゴメンナサイ」
喉の奥から噛み締める様に漏れ出た呟きは僕自身の無力さを裏付ける行為にしかならなかった。
嗚呼、もっと力が欲しい。周囲の視線なんてものともせず窮地に立たされたお兄さんを救える、何もかもを覆し#哄笑_わら_#いながら降りかかる火の粉を薙ぎ払える様な圧倒的な力が。
「力が欲しいか少年? 苦難を踏みにじり哀訴を握り潰す絶対強者の力がっ!?」
もしこの場にタイミングよくそう甘く囁いてくる悪魔が居たとしたら僕はいちもにもなく悪魔の甘言に頷いていたであろう程にその時の僕は自身の不甲斐なさに苛まれていた。
誰か、誰かお兄さんを助けてあげて。アゲホイを止めるタイミングすら掴めず汗だくで躍り続けるお兄さん、このままでは体力を使い果たし倒れてしまう。いや、それよりも前に彼の心が羞恥で壊れてしまう。
僕は誰へともなくそう心のなかで助けを求めた。
誰にも届くことなく虚空へと消える筈だった僕の哀願。
それは苦痛にまみれた悲鳴に寄って聞き届けられた。
「ぐおおぉぉぉーーーーーーーーーーーッ!!!」
はっと振り向き悲鳴の主を振り返ればそれこそ誰あろう暗黒暗闇泥濘将軍アハルテケ吹田氏であった。
「ぐほっ、うぼぁぁぁっ! んぐばぁぁーーーーーーーーーッッ!!!」
アハルテケ吹田氏こと吹田さんは喉を掻きむしり着衣が乱れるのも気にせずに地面を転げ回りのたうち回っている。
もしや悪質な伝染病に罹患した!? 僕は咄嗟にバイクにシートに立ち尽くしたままだったアオちゃんを抱えてそっと吹田さんから距離をとる。
けど僕の不安は杞憂だった。いや、突如奇行に走り出した(その前から常軌を逸してはいたんだけど)吹田さんはその場にいる誰よりも勇敢だったんだ。
「ふぐぐぐぐ、おほっ、おっほーーーーー、よもや斯様な伏兵が潜んで居ようとは… 我ら帝国国民がダンスを苦手としているのを見破りワガハイをここまで追い詰めるとはっ。やるな、ヤンキーの少年ッ! 貴殿の我が身を顧みぬダンスに免じここは退散しよう。
休日を謳歌する愚民諸君、ヤンキー少年の挺身に感謝し今日という幸運な一日を過ごすがよいっ!
それではよい休日をっ!!」
そう捨て台詞を残して吹田さん扮する暗黒大魔人将軍アハルテケ吹田氏はウラルのエンジン音も高らかに道の駅から立ち去った。
希代の悪役に相応しい見事な幕引き、愚民、いや、観衆のはイベントの終幕を悟りパラパラと拍手をした。
お兄さんの奇妙なダンスもイベントの一部として観客のみんなは受け入れたんだ。
お兄さんはまだ戸惑いながらも悪の幹部を魔法戦士ドラララアオちんに代わって退けたヒーローとして拍手に応え手を振っている。
もちろん僕もアオちゃんも手が痛くなるくらい何度も拍手を繰り返した。
けどそれはお兄さんにではなくこの未曾有の事態を見事に収めた悪の首魁に対しての感謝の拍手だった。
さて、後に残った問題は僕とアオちゃんの撤収だ。
吹田さんがひとりで立ち去ってしまったお陰で僕らのアシがない。
うん、お兄さんのバイクに乗せてってもらおう。お兄さん、ケモミミ美少女を乗せる前に僕が乗ってしまうけど許してね?
彼はこの左遷とも受け取れる理不尽な処遇にもめげず地球での活動を開始させたのだった。
まずは手始めにとある地方の主要国道に面する道の駅に大帝国の特産品を置いたアンテナショップを開店させ、無知蒙昧な地球人に大帝国の素晴らしさを広く認知させようと画策したのだが、それにいち早く気付いた正義のドラゴン、超未来機動兵器ドラゴニアアオーがその計画を阻止せんと立ちはだかるのであった。
果たしてアオちゃんは暗黒泥沼馬将軍アハルテケ吹田の野望を挫くことが出来るのだろうかっ!?
「…って設定らしいよ」
「なんだそりゃ? 宇宙から来たくせに地域に寄り添い過ぎな話だな」
僕とお兄さんはバイクの上でポーズをとってお互いに威嚇しあうアオちゃんと吹田さんを眺めながらアイスクリームを食べていた。
海藻アイスってヤツで最初は「うぇ~っ」って思ったけど、食べてみると案外美味しいんだよね。
ちなみに僕たちは突然始まったこの珍妙な演劇にシラケ気味だったけど、周囲の観光客さんたちはアオちゃんを応援したり吹田さんことアハルテケ吹田氏を罵倒したりして大盛り上がりだ。
たぶん道の駅側が主催したヒーローイベントかなんかだと思っているんだろう。
みんな思い思いに写真や動画を撮影したり間食をしながら眺めている。
「クックックッ、どうやらやはりワガハイの読みは当たっていた様子でござるな。貴殿先程の一撃でマジックパウワァは底をついたご様子、もはやワガハイを退ける事など叶うまい」
『ござる』って、吹田さん、キャラクターブレブレだよ? さっきまでそんな語尾使ってなかったじゃん。
アオちゃんがもう一度魔法のミサイルを撃てないってのは本当の話。
アレは飛ぶ練習のついでに撃ってたりするんだけど、いつもアレを撃つとアオちゃんは「つかれた~」って僕のところへ降りてくる。
多分だけど、魔法ってのはゲームみたくマジックポイントみたいなのを消費するみたいなんだ。
んで、あの魔法のミサイルは派手で威力だって見た目並みにあるから、まだ子どものドラゴンでしかないアオちゃんには一回こっきりが限界なんだろう。
吹田さんもそれを知ってるから、殊更にアオちゃんを挑発する。
「キュウウ、クゥーー」
アオちゃんが悔しそうにうなだれる。
ってかやめてよ吹田さん、アオちゃんはスッゴくがんばり屋さんなんだ。そんなに煽ったら限界を超えてガンバって本当にもう一発撃っちゃいそうじゃない。
だけどさすがは吹田さんだ、アオちゃんに魔法の力を使わせないように見事に話を誘導する。
「しかしそうだな、いかな強力な悪のパウワァを有するワガハイとて今この場にいる観客の応援力をドラゴンアオちゃんに注がれれば敵わずに撤退する羽目に陥るやも知れん。
そう、みなさんの応援がアオちゃんに向けられればな」
大事なことなので二回言ったんだね。
ってか、吹田さん、僕にチラチラと視線を送ってけしかけようとしないでください。僕は無関係ないち傍観者でありたいのです。巻き込もうとしないでください。
「ホレホレ、ナツ、アオちゃんの為にも観衆にちゃんとお願いしろよ。オラにみんなの元気を少しだけ分けてくれ~ってな」
お兄さんまでニヤニヤ笑いで僕をけしかけてくる。
ううっ、他人事だと思ってスッゴく楽しそうだ。
いいよ、それならお兄さんだって他人だって顔してられないようにしてやるんだから。
僕は覚悟を決めるとダッとアオちゃんのところまで走り寄ってバイクからアオちゃんをひっぺがして頭の上に抱えあげた。
「キュッ?」
「みなさん、アオちゃんは今ピンチですっ、ですがこちらの将軍様の言うようにみなさんの応援の声が大きければきっとアオちゃんは力を取り戻して悪を討ち滅ぼせることでしょう!
みなさん、アオちゃんにご声援をっ! まずはそちらのヤンキーのお兄さん、お手本をオネガイシマスッ!」
「うぉっ!? ナツ、テメッ、計ったなっ!?」
アオちゃんを抱えたまま僕は腕を組んだままイヤな笑いを浮かべていたお兄さんの方を向いて大声で叫んだ。当然観客のみんなの視線はお兄さんの方に集中する。
ふふふ、関係無いって素振りを決め込んでオモシロオカシクいち聴衆で居ようだなんて甘いんだよ。お兄さんはいい友だちだけど君の父上がいけないのだよ。ふふふ、はははは
お兄さんのお父さんどんなひとか知らないけどね。
お兄さんはしばらく顔を真っ赤にして僕を睨んでいたけど、やがて覚悟が決まったのかザッと両足を肩幅に開いて腰を低く落とした。
そして恐ろしくキレのある動きで踊り出した。
「アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪ アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪ アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪」
期待以上の応援を始めたんだ。
瞬間、それなりに盛り上がっていた道の駅イベント会場(仮)は凍りついたみたいに静まり返った。
お兄さんの踊りがキレッキレだっただけに全観衆の注目がそちらへと集中してしまったんだ。
「アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪ アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪ アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪ アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪ アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪」
静寂の道の駅にお兄さんのアゲホイの掛け声だけがひたすらに響きわたる。
誰も楽器など持っていないハズなのにパッションの効いたサンバの曲が聴こえてくる気さえする。
もしここが道の駅などではなく高校球児が汗を流し勝利に邁進する球場であったならば、もしお兄さんがいる場所が駐車場の片隅なんかではなく、ブラスバンドに囲まれたアルプススタンドであったならば、一躍時の人となったやも知れない。
けどここはしがない道の駅の一角でしかない。
ここに集まったひとたちが求めていたのは球場で青春の汗と埃みにまみれて勝利をもぎ取らんと情熱を傾ける感動のワンシーンなどではなく、ささやかな休日にちょっとしたサプライのイベント。
たまたま休憩目的で立ち寄った道の駅でたまたま起こったささやかな出来事。帰宅の道の途中で渋滞に巻き込まれふと思い出して「そう言えばアレはビックリしたねぇ」と暇潰しの話題にするような出来事を期待していたのだ。
詰まるところ、お兄さんはやり過ぎたんだ。
そう、たまたま別れた奥さんに会いに遥々ロサンゼルスを訪れた刑事がクリスマスのパーティー会場で重武装の犯罪集団と出会ったような。或いはしがない料理人の男が航海途上の戦艦でテロに巻き込まれるかの様な異常事態に直面した時、果たして彼らはどの様な行動に移るのだろうか?
答えは今僕が目にしているそのままの情景だ。
大抵のひとは某マクレーン刑事や某ライバック兵曹ほどタフな神経なんて持ち合わせていない。ひとは自分が理解できない状況におちいると呆然とまるであほうの様に立ち尽くし嵐が過ぎ去るのを待つことしかできなくなるのだ。
僕はその事を今知るに至った。
そしてアオちゃんもまた同様に僕と同じ境地を味わったのだとバイクの上で立ち尽くす彼を見て知った。
夢中で両手足を上下するお兄さんも自らの行いの重大性には気が付いているはずだ。その証拠にさっきから僕を見て「何とかしてくれっ」ってアイコンタクトを送って来ているのだから。
だけどしがない一般人でしかない僕に何が出来るのだろうか? 涙目でバチンバチンとウインクで助けを求めてくるお兄さんからそっと視線を外す事しか僕に出来るすべなどはなかった。
「お兄さん、ゴメンナサイ」
喉の奥から噛み締める様に漏れ出た呟きは僕自身の無力さを裏付ける行為にしかならなかった。
嗚呼、もっと力が欲しい。周囲の視線なんてものともせず窮地に立たされたお兄さんを救える、何もかもを覆し#哄笑_わら_#いながら降りかかる火の粉を薙ぎ払える様な圧倒的な力が。
「力が欲しいか少年? 苦難を踏みにじり哀訴を握り潰す絶対強者の力がっ!?」
もしこの場にタイミングよくそう甘く囁いてくる悪魔が居たとしたら僕はいちもにもなく悪魔の甘言に頷いていたであろう程にその時の僕は自身の不甲斐なさに苛まれていた。
誰か、誰かお兄さんを助けてあげて。アゲホイを止めるタイミングすら掴めず汗だくで躍り続けるお兄さん、このままでは体力を使い果たし倒れてしまう。いや、それよりも前に彼の心が羞恥で壊れてしまう。
僕は誰へともなくそう心のなかで助けを求めた。
誰にも届くことなく虚空へと消える筈だった僕の哀願。
それは苦痛にまみれた悲鳴に寄って聞き届けられた。
「ぐおおぉぉぉーーーーーーーーーーーッ!!!」
はっと振り向き悲鳴の主を振り返ればそれこそ誰あろう暗黒暗闇泥濘将軍アハルテケ吹田氏であった。
「ぐほっ、うぼぁぁぁっ! んぐばぁぁーーーーーーーーーッッ!!!」
アハルテケ吹田氏こと吹田さんは喉を掻きむしり着衣が乱れるのも気にせずに地面を転げ回りのたうち回っている。
もしや悪質な伝染病に罹患した!? 僕は咄嗟にバイクにシートに立ち尽くしたままだったアオちゃんを抱えてそっと吹田さんから距離をとる。
けど僕の不安は杞憂だった。いや、突如奇行に走り出した(その前から常軌を逸してはいたんだけど)吹田さんはその場にいる誰よりも勇敢だったんだ。
「ふぐぐぐぐ、おほっ、おっほーーーーー、よもや斯様な伏兵が潜んで居ようとは… 我ら帝国国民がダンスを苦手としているのを見破りワガハイをここまで追い詰めるとはっ。やるな、ヤンキーの少年ッ! 貴殿の我が身を顧みぬダンスに免じここは退散しよう。
休日を謳歌する愚民諸君、ヤンキー少年の挺身に感謝し今日という幸運な一日を過ごすがよいっ!
それではよい休日をっ!!」
そう捨て台詞を残して吹田さん扮する暗黒大魔人将軍アハルテケ吹田氏はウラルのエンジン音も高らかに道の駅から立ち去った。
希代の悪役に相応しい見事な幕引き、愚民、いや、観衆のはイベントの終幕を悟りパラパラと拍手をした。
お兄さんの奇妙なダンスもイベントの一部として観客のみんなは受け入れたんだ。
お兄さんはまだ戸惑いながらも悪の幹部を魔法戦士ドラララアオちんに代わって退けたヒーローとして拍手に応え手を振っている。
もちろん僕もアオちゃんも手が痛くなるくらい何度も拍手を繰り返した。
けどそれはお兄さんにではなくこの未曾有の事態を見事に収めた悪の首魁に対しての感謝の拍手だった。
さて、後に残った問題は僕とアオちゃんの撤収だ。
吹田さんがひとりで立ち去ってしまったお陰で僕らのアシがない。
うん、お兄さんのバイクに乗せてってもらおう。お兄さん、ケモミミ美少女を乗せる前に僕が乗ってしまうけど許してね?
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています
空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。
『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。
「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」
「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」
そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。
◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)
欲しいのならば、全部あげましょう
杜野秋人
ファンタジー
「お姉様!わたしに頂戴!」
今日も妹はわたくしの私物を強請って持ち去ります。
「この空色のドレス素敵!ねえわたしに頂戴!」
それは今月末のわたくしの誕生日パーティーのためにお祖父様が仕立てて下さったドレスなのだけど?
「いいじゃないか、妹のお願いくらい聞いてあげなさい」
とお父様。
「誕生日のドレスくらいなんですか。また仕立てればいいでしょう?」
とお義母様。
「ワガママを言って、『妹を虐めている』と噂になって困るのはお嬢様ですよ?」
と専属侍女。
この邸にはわたくしの味方などひとりもおりません。
挙げ句の果てに。
「お姉様!貴女の素敵な婚約者さまが欲しいの!頂戴!」
妹はそう言って、わたくしの婚約者までも奪いさりました。
そうですか。
欲しいのならば、あげましょう。
ですがもう、こちらも遠慮しませんよ?
◆例によって設定ほぼ無しなので固有名詞はほとんど出ません。
「欲しがる」妹に「あげる」だけの単純な話。
恋愛要素がないのでジャンルはファンタジーで。
一発ネタですが後悔はありません。
テンプレ詰め合わせですがよろしければ。
◆全4話+補足。この話は小説家になろうでも公開します。あちらは短編で一気読みできます。
カクヨムでも公開しました。
家族と婚約者に冷遇された令嬢は……でした
桜月雪兎
ファンタジー
アバント伯爵家の次女エリアンティーヌは伯爵の亡き第一夫人マリリンの一人娘。
彼女は第二夫人や義姉から嫌われており、父親からも疎まれており、実母についていた侍女や従者に義弟のフォルクス以外には冷たくされ、冷遇されている。
そんな中で婚約者である第一王子のバラモースに婚約破棄をされ、後釜に義姉が入ることになり、冤罪をかけられそうになる。
そこでエリアンティーヌの素性や両国の盟約の事が表に出たがエリアンティーヌは自身を蔑ろにしてきたフォルクス以外のアバント伯爵家に何の感情もなく、実母の実家に向かうことを決意する。
すると、予想外な事態に発展していった。
*作者都合のご都合主義な所がありますが、暖かく見ていただければと思います。
月が導く異世界道中extra
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
7個のチート能力は貰いますが、6個は別に必要ありません
ひむよ
ファンタジー
「お詫びとしてどんな力でも与えてやろう」
目が覚めると目の前のおっさんにいきなりそんな言葉をかけられた藤城 皐月。
この言葉の意味を説明され、結果皐月は7個の能力を手に入れた。
だが、皐月にとってはこの内6個はおまけに過ぎない。皐月にとって最も必要なのは自分で考えたスキルだけだ。
だが、皐月は貰えるものはもらうという精神一応7個貰った。
そんな皐月が異世界を安全に楽しむ物語。
人気ランキング2位に載っていました。
hotランキング1位に載っていました。
ありがとうございます。
【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪
山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。
「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」
そうですか…。
私は離婚届にサインをする。
私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。
使用人が出掛けるのを確認してから
「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」
【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~
山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」
母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。
愛人宅に住み屋敷に帰らない父。
生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。
私には母の言葉が理解出来なかった。
王家も我が家を馬鹿にしてますわよね
章槻雅希
ファンタジー
よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。
『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる