夏と竜

sweet☆肉便器

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53 ツーリング4

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 遥かなる大宇宙の向こう側にある太陽系によく似た星系デスバット星系を統べる大帝国、そこのしがない中間管理職暗黒暗闇クログロ将軍アハルテケ吹田氏は上司に地球の征服を命じられ遠く故郷を離れ長期出張を余儀無くされた。

 彼はこの左遷とも受け取れる理不尽な処遇にもめげず地球での活動を開始させたのだった。

 まずは手始めにとある地方の主要国道に面する道の駅に大帝国の特産品を置いたアンテナショップを開店させ、無知蒙昧な地球人に大帝国の素晴らしさを広く認知させようと画策したのだが、それにいち早く気付いた正義のドラゴン、超未来機動兵器ドラゴニアアオーがその計画を阻止せんと立ちはだかるのであった。

 果たしてアオちゃんは暗黒泥沼馬将軍アハルテケ吹田の野望を挫くことが出来るのだろうかっ!?

 








 「…って設定らしいよ」

 「なんだそりゃ? 宇宙から来たくせに地域に寄り添い過ぎな話だな」

 僕とお兄さんはバイクの上でポーズをとってお互いに威嚇しあうアオちゃんと吹田さんを眺めながらアイスクリームを食べていた。
 海藻アイスってヤツで最初は「うぇ~っ」って思ったけど、食べてみると案外美味しいんだよね。

 ちなみに僕たちは突然始まったこの珍妙な演劇にシラケ気味だったけど、周囲の観光客さんたちはアオちゃんを応援したり吹田さんことアハルテケ吹田氏を罵倒したりして大盛り上がりだ。
 たぶん道の駅側が主催したヒーローイベントかなんかだと思っているんだろう。
 みんな思い思いに写真や動画を撮影したり間食をしながら眺めている。

 「クックックッ、どうやらやはりワガハイの読みは当たっていた様子でござるな。貴殿先程の一撃でマジックパウワァは底をついたご様子、もはやワガハイを退ける事など叶うまい」

 『ござる』って、吹田さん、キャラクターブレブレだよ? さっきまでそんな語尾使ってなかったじゃん。

 アオちゃんがもう一度魔法のミサイルを撃てないってのは本当の話。
 アレは飛ぶ練習のついでに撃ってたりするんだけど、いつもアレを撃つとアオちゃんは「つかれた~」って僕のところへ降りてくる。
 多分だけど、魔法ってのはゲームみたくマジックポイントみたいなのを消費するみたいなんだ。
 んで、あの魔法のミサイルは派手で威力だって見た目並みにあるから、まだ子どものドラゴンでしかないアオちゃんには一回こっきりが限界なんだろう。

 吹田さんもそれを知ってるから、殊更にアオちゃんを挑発する。

 「キュウウ、クゥーー」

 アオちゃんが悔しそうにうなだれる。

 ってかやめてよ吹田さん、アオちゃんはスッゴくがんばり屋さんなんだ。そんなに煽ったら限界を超えてガンバって本当にもう一発撃っちゃいそうじゃない。

 だけどさすがは吹田さんだ、アオちゃんに魔法の力を使わせないように見事に話を誘導する。

 「しかしそうだな、いかな強力な悪のパウワァを有するワガハイとて今この場にいる観客の応援力をドラゴンアオちゃんに注がれれば敵わずに撤退する羽目に陥るやも知れん。
 そう、みなさんの応援がアオちゃんに向けられればな」

 大事なことなので二回言ったんだね。
 ってか、吹田さん、僕にチラチラと視線を送ってけしかけようとしないでください。僕は無関係ないち傍観者でありたいのです。巻き込もうとしないでください。

 「ホレホレ、ナツ、アオちゃんの為にも観衆にちゃんとお願いしろよ。オラにみんなの元気を少しだけ分けてくれ~ってな」

 お兄さんまでニヤニヤ笑いで僕をけしかけてくる。

 ううっ、他人事だと思ってスッゴく楽しそうだ。

 いいよ、それならお兄さんだって他人だって顔してられないようにしてやるんだから。

 僕は覚悟を決めるとダッとアオちゃんのところまで走り寄ってバイクからアオちゃんをひっぺがして頭の上に抱えあげた。

 「キュッ?」

 「みなさん、アオちゃんは今ピンチですっ、ですがこちらの将軍様の言うようにみなさんの応援の声が大きければきっとアオちゃんは力を取り戻して悪を討ち滅ぼせることでしょう!
 みなさん、アオちゃんにご声援をっ! まずはそちらのヤンキーのお兄さん、お手本をオネガイシマスッ!」

 「うぉっ!? ナツ、テメッ、計ったなっ!?」

 アオちゃんを抱えたまま僕は腕を組んだままイヤな笑いを浮かべていたお兄さんの方を向いて大声で叫んだ。当然観客のみんなの視線はお兄さんの方に集中する。

 ふふふ、関係無いって素振りを決め込んでオモシロオカシクいち聴衆で居ようだなんて甘いんだよ。お兄さんはいい友だちだけど君の父上がいけないのだよ。ふふふ、はははは

 お兄さんのお父さんどんなひとか知らないけどね。

 お兄さんはしばらく顔を真っ赤にして僕を睨んでいたけど、やがて覚悟が決まったのかザッと両足を肩幅に開いて腰を低く落とした。

 そして恐ろしくキレのある動きで踊り出した。

 「アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪ アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪ アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪」

  期待以上の応援を始めたんだ。

 瞬間、それなりに盛り上がっていた道の駅イベント会場(仮)は凍りついたみたいに静まり返った。

 お兄さんの踊りがキレッキレだっただけに全観衆の注目がそちらへと集中してしまったんだ。

 「アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪ アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪ アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪ アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪ アゲアゲホイホイ~、もっともっと~♪」

 静寂の道の駅にお兄さんのアゲホイの掛け声だけがひたすらに響きわたる。
 誰も楽器など持っていないハズなのにパッションの効いたサンバの曲が聴こえてくる気さえする。

 もしここが道の駅などではなく高校球児が汗を流し勝利に邁進する球場であったならば、もしお兄さんがいる場所が駐車場の片隅なんかではなく、ブラスバンドに囲まれたアルプススタンドであったならば、一躍時の人となったやも知れない。
 けどここはしがない道の駅の一角でしかない。
 ここに集まったひとたちが求めていたのは球場で青春の汗と埃みにまみれて勝利をもぎ取らんと情熱を傾ける感動のワンシーンなどではなく、ささやかな休日にちょっとしたサプライのイベント。
 たまたま休憩目的で立ち寄った道の駅でたまたま起こったささやかな出来事。帰宅の道の途中で渋滞に巻き込まれふと思い出して「そう言えばはビックリしたねぇ」と暇潰しの話題にするような出来事を期待していたのだ。

 詰まるところ、お兄さんはやり過ぎたんだ。

 そう、たまたま別れた奥さんに会いに遥々ロサンゼルスを訪れた刑事がクリスマスのパーティー会場で重武装の犯罪集団と出会ったような。或いはしがない料理人の男が航海途上の戦艦でテロに巻き込まれるかの様な異常事態に直面した時、果たして彼らはどの様な行動に移るのだろうか?

 答えは今僕が目にしているそのままの情景だ。

 大抵のひとは某マクレーン刑事や某ライバック兵曹ほどタフな神経なんて持ち合わせていない。ひとは自分が理解できない状況におちいると呆然とまるでの様に立ち尽くし嵐が過ぎ去るのを待つことしかできなくなるのだ。

 僕はその事を今知るに至った。

 そしてアオちゃんもまた同様に僕と同じ境地を味わったのだとバイクの上で立ち尽くす彼を見て知った。

 夢中で両手足を上下するお兄さんも自らの行いの重大性には気が付いているはずだ。その証拠にさっきから僕を見て「何とかしてくれっ」ってアイコンタクトを送って来ているのだから。
 だけどしがない一般人でしかない僕に何が出来るのだろうか? 涙目でバチンバチンとウインクで助けを求めてくるお兄さんからそっと視線を外す事しか僕に出来るすべなどはなかった。

 「お兄さん、ゴメンナサイ」

 喉の奥から噛み締める様に漏れ出た呟きは僕自身の無力さを裏付ける行為にしかならなかった。

 嗚呼、もっと力が欲しい。周囲の視線なんてものともせず窮地に立たされたお兄さんを救える、何もかもを覆し#哄笑_わら_#いながら降りかかる火の粉を薙ぎ払える様な圧倒的な力が。

 「力が欲しいか少年? 苦難を踏みにじり哀訴を握り潰す絶対強者の力がっ!?」

 もしこの場にタイミングよくそう甘く囁いてくる悪魔が居たとしたら僕はいちもにもなく悪魔の甘言に頷いていたであろう程にその時の僕は自身の不甲斐なさに苛まれていた。

 誰か、誰かお兄さんを助けてあげて。アゲホイを止めるタイミングすら掴めず汗だくで躍り続けるお兄さん、このままでは体力を使い果たし倒れてしまう。いや、それよりも前に彼の心が羞恥で壊れてしまう。

 僕は誰へともなくそう心のなかで助けを求めた。

 誰にも届くことなく虚空へと消える筈だった僕の哀願。

 それは苦痛にまみれた悲鳴に寄って聞き届けられた。

 「ぐおおぉぉぉーーーーーーーーーーーッ!!!」

 はっと振り向き悲鳴の主を振り返ればそれこそ誰あろう暗黒暗闇泥濘将軍アハルテケ吹田氏であった。

 「ぐほっ、うぼぁぁぁっ! んぐばぁぁーーーーーーーーーッッ!!!」

 アハルテケ吹田氏こと吹田さんは喉を掻きむしり着衣が乱れるのも気にせずに地面を転げ回りのたうち回っている。

 もしや悪質な伝染病に罹患した!? 僕は咄嗟にバイクにシートに立ち尽くしたままだったアオちゃんを抱えてそっと吹田さんから距離をとる。

 けど僕の不安は杞憂だった。いや、突如奇行に走り出した(その前から常軌を逸してはいたんだけど)吹田さんはその場にいる誰よりも勇敢だったんだ。

 「ふぐぐぐぐ、おほっ、おっほーーーーー、よもや斯様な伏兵が潜んで居ようとは… 我ら帝国国民がダンスを苦手としているのを見破りワガハイをここまで追い詰めるとはっ。やるな、ヤンキーの少年ッ! 貴殿の我が身を顧みぬダンスに免じここは退散しよう。
 休日を謳歌する愚民諸君、ヤンキー少年の挺身に感謝し今日という幸運な一日を過ごすがよいっ! 
 それではよい休日をっ!!」

 そう捨て台詞を残して吹田さん扮する暗黒大魔人将軍アハルテケ吹田氏はウラルのエンジン音も高らかに道の駅から立ち去った。

 希代の悪役に相応しい見事な幕引き、愚民、いや、観衆のはイベントの終幕を悟りパラパラと拍手をした。

 お兄さんの奇妙なダンスもイベントの一部として観客のみんなは受け入れたんだ。

 お兄さんはまだ戸惑いながらも悪の幹部を魔法戦士ドラララアオちんに代わって退けたヒーローとして拍手に応え手を振っている。

 もちろん僕もアオちゃんも手が痛くなるくらい何度も拍手を繰り返した。
 けどそれはお兄さんにではなくこの未曾有の事態を見事に収めた悪の首魁に対しての感謝の拍手だった。

 さて、後に残った問題は僕とアオちゃんの撤収だ。
 吹田さんがひとりで立ち去ってしまったお陰で僕らのアシがない。
 うん、お兄さんのバイクに乗せてってもらおう。お兄さん、ケモミミ美少女を乗せる前に僕が乗ってしまうけど許してね?
 

 

 
 

 

 

 
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