夏と竜

sweet☆肉便器

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50 ツーリング1

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 「はい、熱いからヤケドしないように気を付けてね」

 「ありがとう、吹田さん」

 「キュー」

 僕とアオちゃんは高速道路のパーキングエリアで吹田さんから紙コップに入ったココアを手渡される。

 ココアは自動販売機で買ったばかりの熱々でアオちゃんが持つにはちょっと危ないのでテーブルに置いておく。
 
 「キュー♪ キュー♪」

 アオちゃんはココアが少し冷めて飲みやすくなるのを「まだかなー、まだかなー」って楽しそうに眺めている。
 僕はそんなアオちゃんを横目にココアをひと口。

 「あづっ」

 アオちゃんの方を気にしすぎて自分のココアも熱いのも忘れていた。

 「キュッ、キュゥゥ?」

 「ん、大丈夫だよ」

 アオちゃんが心配そうに僕を見てるので安心させるよう頭を撫でながら舌先を確認する。ちょっとピリピリするけど、これくらい平気だろう。
 今度はゆっくりと慎重に紙コップを口に運んで中身を啜る。
 熱くて甘いココアが喉を通る。
 こんな夏の時期に熱いココアだなんてって思ったけど、明け方の少し肌寒い時間だからかな? スッゴくおいしく感じられた。
 いや、こーゆーのは場所なんかも関係してるのかな? 朝の静かな外でなんてなんだか特別なことをしてるって気がしてワクワクしているし。

 甘いものを口にしたからか、少しだけ落ち着いて周りの情況も目が向くようになってきた。

 ここは早朝の高速道路のパーキングエリア。夏の観光の時期だからだろう、車はチラホラと停まってる。けどひとの数はそう多くない。
 多分車の中で寝てたりしてるひとも多いんだろう。
 僕らは屋外に設置されたベンチに座ってゆっくりとしている。
 遠くにまだ昇ったばかりの太陽があってまだ動き出さない街のビル群を柔らかい陽射しで照らしている。
 
 少し離れたバイク専用の駐車場にはさっきまで僕たちが乗っていたバイクが後ろにいっぱいの荷物を担いで停められているのが見てとれた。

 …バイク? なのかな? 僕がエミおばさんから借りた(そして今は木の上でオブジェとなっている)モトラ50とはだいぶ違って見えるけど……

 「ウラルってロシア製の軍用バイクだよ。側車付きが基本の設計だから普段目にするバイクとは少々趣が違うかもだけどね」

 「ふぅん」

 吹田さんが紙コップに入ったコーヒーを片手に説明してくれる。二輪じゃないバイクもあるんだね。なんだかバランスが悪い気もするけどゴツゴツとしたデザインはカッコいいかも知れない。
 街中のアスファルトを走るよりも広い荒れ地を走ってるほうが様になりそうなバイクだ。

 「キュッ、キュルルル~♪」

 温くなったココアを飲み干したアオちゃんも「バイクカッコイイ!」って喜んでる。色がモトラと似てて好きだって。
 ああ、ウラルはグレーでモトラは黄色だったけど、ちょっと感じは似てるかもね。

 「ふふ、ありがとうアオちゃん、気に入ってくれて僕も嬉しいよ。なんと言っても僕の相棒だからね。最近は忙しくてあまり乗る時間がとれなかったんだけど、以前はこのバイクでよくツーリングに行ったものさ」

 「ツーリング?」

 初めて聞く言葉だ。

 「ツーリングはね、こうやってバイクで気持ちよく走ることを言うんだ。まぁ、バイクに限らずに自動車でも自転車でも走ることをツーリングって言うのかも知れないがね、頻繁に使うのはバイク乗りだろうね」

 『旅』を意味する『tour』が基になった言葉だと吹田さんは教えてくれた。

 「へぇ、旅かぁ。楽しそうだね」

 旅って言うとありがたいお経をもらいに妖怪を仲間にしながらインドへ行ったり、天下の副将軍が行く先々で悪いヤツらを懲らしめたり、親友に裏切られて仲間を殺された剣士が妖精をお供に自分の仲間を殺した相手を次々と屠ってったりするヤツだよね?
 なんだか大冒険って感じがして胸がドキドキするよ。

 「そして僕らは今その『旅』の真っ最中って訳さ」

 「えっ!?」

 「キュ?」

 コーヒーを飲み干し空になった紙コップをコンとテーブルに置き、ニカッっと笑う吹田さんの言葉に僕とアオちゃんはビックリした。
 いや、アオちゃんはわかってなかったかも知れないけど。

 「一泊二日のキャンプツーリングだよ。バイクで目的地まで行ってテントで寝て帰ってくるんだ。夕食はバーベキュー? いや、カレーもいいね。それにご当地の名物も捨てがたい。
 その後に焚き火の明かりを頼りに星空の下でギターを爪弾くのもいい。開放的な状況下ってヤツだと恋バナも盛り上がるだろうね」

 まるで夢を語るみたいに吹田さんは理想を口にする。いや、弟みたいなアオちゃんとだいぶ年上の吹田さんを相手に恋バナはしないだろうなー、夕食は楽しみだけど。

 「あ、でも……」

 キャンプツーリングかぁ、楽しみだなぁって浮かれてたけど、以前いとこのゆまは姉ちゃんに拉致られて海まで行った後、ばあちゃんと約束したことを思い出した。

 「うん? どうかしたかい?」

 「え、っと、あのね」

 僕の表情が急に曇ったことを訝しく思ったのか、吹田さんが首を傾げ問い掛けてきた。

 僕は以前じいちゃんばあちゃんに何も言わず遠くまで外出してしまい帰ってからこっぴどく怒られたことを吹田さんに話した。
 それにばあちゃんにこれからは気を付けるって約束したことも。
 『気を付ける』って曖昧な約束しかあの時はしなかったけど、ばあちゃんあの時涙ぐんでたもん。あの涙は口で約束するよりもずっと僕の行動を戒めるモノだった。
 だからあれ以来僕はどこに行くにも、たとえ近所のエミおばさん家に行くときでもばあちゃんにはひとこと言うようにしてたんだ。

 「それならば心配は無用だよ」

 僕の話を聞き吹田さんは大きく頷くと傍らのバックから包みを取り出してテーブルの上に置いた。

 「あっ! それって」

 それは僕も見覚えのある巾着袋だ。じいちゃん家にあったヤツでばあちゃんは畑に持っていくお漬け物やオニギリなんかを入れる為に使ってたモノ。

 「君のお祖父さんとお祖母さんには昨日の晩のうちに了承済みさ、『ナツくんをキャンプに連れてってやりたいんですがどうでしょう?』ってね。
 おふたりとも快く許可してくれたよ。夏休みだしおふたりが本当なら連れてってやりたいんだが、今は忙しくて時間がとれない、迷惑かも知れないが申し訳ないがよろしくってね。
 お祖母さん、勝子さんに至っては早起きして朝食用のお弁当まで持たせてくれて…… まったく逆にこちらが手間を取らせてしまい申し訳ない限りだよ。
 ……ナツくん、君は大切にされてるねぇ。お祖父さんとお祖母さんに孝行しなきゃだね」

 「……うん」

 キャンプなんて連れてってもらわなくたって毎日楽しいのに、じいちゃんとばあちゃんに気を使わせちゃってたのかも。帰ったらばあちゃんにちゃんとお弁当ありがとうってお礼を言わなきゃ。それにじいちゃんの腰でも揉んであげよう。

 「さ、それじゃぁお祖母さんの心尽くし、ありがたく頂いて旅の再開といこうじゃないか。ホラホラ、アオちゃんももう待ちきれなさそうだよ」

 「うん!」

 「キュー♪」

 アオちゃんもばあちゃんのお弁当好きだもんね。匂いからか、巾着袋の柄からかばあちゃんの手作りの料理が入ってるって気が付いたアオちゃんはもうヨダレを垂らしながら今か今かと巾着の紐が解かれるのを待ち兼ねている。

 「あ、ところで吹田さん」

 「なにかね?」

 アオちゃんのオニギリのラップを開けてやりながら僕は思い出したことを吹田さんに尋ねた。

 「秘書さん、鮫肌さんはツーリングのことなんて言ってました? あのひとのことだから『仕事はどうするんですかっ!?』って怒ってたりしてたんじゃないんですか?」

 「…………………………………………………………………」

 僕の問いに吹田さんは沈黙で応えた。
 ………言ってないんですね吹田さん。
 
 
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