上 下
24 / 27
ちかく、とおく、ふたりで、いっしょに

24(一部完結)

しおりを挟む



 彰人の誕生日を祝うための買い物をした後、ケーキ屋に寄って紗江の家に戻って来る。たったそれだけだったが、紗江はこの上なく幸せを感じていた。もう二度と来ることもないと思っていた人が、自分の家にいる。彰人の背中を見つめて、紗江は口元が緩むのを抑えられなかった。

「ケーキ、冷蔵庫にいれてくれる?」
「わかった」

 紗江は唐揚げのための下ごしらえを準備する。彰人は紗江の指示に従ってテキパキと動いていた。

「なぁ、紗江」
「ん?」
「これ、俺があげた……」

 その声に反応して、紗江は振り向く。彰人の手には、プリン。ご丁寧にスプーンまで乗せられていた。

「あっ!」
「食べなかったのか?」

 彰人の視線が彷徨う。自分のあげたものを食べなかった。そこから想像して、悪い方向に結びつけている。紗江には、それがはっきりと分かった。

「私、プリンが大好きでね」
「……ん?」
「コンビニのふわとろプリンも好きだし、ケーキ屋さんで売っているちょっと硬めの昔ながらのプリンも好き!時々自分でも作るんだ」

 紗江は彰人の動揺を他所に、つらつらとプリンについて語る。彰人は首を傾げて、訳がわからないと言った様子を見せる。

「でも、一番美味しいプリンは……」

 そう言って紗江は彰人の手からプリンとスプーンを取った。朝一でハンドクリームを塗った彰人の手は、柔らかくて艶がある。少しずつ、彰人の中にある負い目やコンプレックスが無くなるようにと紗江は願う。

「誰かと、一緒に食べることだと思う」

 パッケージを開け、紗江はとろとろプリンを一掬いする。そのまま、ゆっくりと彰人の口元に運ぶ。紗江の言っていることを理解できていないのか、彰人はスプーンと紗江の間で視線が行ったり来たりしている。

「一緒に食べたいの。彰人と」
「さ、え」
「と、いうわけで。はい、あーん」
「……」
「あんまりにも嬉しくて……もったいなくて食べられなかったの。ごめんね?」

 紗江は首を傾けて、もう一度謝罪する。
 彰人は無言のまま、口を開けた。小さな塊が、ゆっくりとその中に吸い込まれていく。

「おいし?」
「……甘い」
「でも私はこれが好きなんだなぁ。覚えておいてね?」
「わかった。……ほんと、紗江には敵わない」

 勢いよく抱き寄せられ、紗江はスプーンを床に落としてしまう。彰人の声が震えている。片方の手で、彰人の背中を撫でる。すると、抱き寄せる力がさらに強まった。

「これからは、一緒に食べようね」
「あぁ、これからは、一緒に。何でも、二人で」
「そう。美味しいもの、楽しいこと、それから……悲しいこと、嫌なこと……二人でいればきっと大丈夫」

 そして、いつか、彰人の中にある悲しみが無くなりますように。紗江はそう願っていた。

 彰人の温もりに包まれ、紗江はこの上ない幸せを感じていた。しかし、紗江は失念していた。自分が話さなくてはいけない事を。その事に気がつくのはもう少し後のことだった。
 

「ケーキ、楽しみだね」
「腹減った」
「ふふふ、待っててね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された公爵令嬢は、真実の愛を証明したい

香月文香
恋愛
「リリィ、僕は真実の愛を見つけたんだ!」 王太子エリックの婚約者であるリリアーナ・ミュラーは、舞踏会で婚約破棄される。エリックは男爵令嬢を愛してしまい、彼女以外考えられないというのだ。 リリアーナの脳裏をよぎったのは、十年前、借金のかたに商人に嫁いだ姉の言葉。 『リリィ、私は真実の愛を見つけたわ。どんなことがあったって大丈夫よ』 そう笑って消えた姉は、五年前、首なし死体となって娼館で見つかった。 真実の愛に浮かれる王太子と男爵令嬢を前に、リリアーナは決意する。 ——私はこの二人を利用する。 ありとあらゆる苦難を与え、そして、二人が愛によって結ばれるハッピーエンドを見届けてやる。 ——それこそが真実の愛の証明になるから。 これは、婚約破棄された公爵令嬢が真実の愛を見つけるお話。 ※6/15 20:37に一部改稿しました。

虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~

日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。 十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。 さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。 異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。

新しい派遣先の上司が私のことを好きすぎた件 他

rpmカンパニー
恋愛
新しい派遣先の上司が私のことを好きすぎた件 新しい派遣先の上司は、いつも私の面倒を見てくれる。でも他の人に言われて挙動の一つ一つを見てみると私のこと好きだよね。というか好きすぎるよね!?そんな状態でお別れになったらどうなるの?(食べられます)(ムーンライトノベルズに投稿したものから一部文言を修正しています) 人には人の考え方がある みんなに怒鳴られて上手くいかない。 仕事が嫌になり始めた時に助けてくれたのは彼だった。 彼と一緒に仕事をこなすうちに大事なことに気づいていく。 受け取り方の違い 奈美は部下に熱心に教育をしていたが、 当の部下から教育内容を全否定される。 ショックを受けてやけ酒を煽っていた時、 昔教えていた後輩がやってきた。 「先輩は愛が重すぎるんですよ」 「先輩の愛は僕一人が受け取ればいいんです」 そう言って唇を奪うと……。

婚約者が隣国の王子殿下に夢中なので潔く身を引いたら病弱王女の婚約者に選ばれました。

ユウ
ファンタジー
辺境伯爵家の次男シオンは八歳の頃から伯爵令嬢のサンドラと婚約していた。 我儘で少し夢見がちのサンドラは隣国の皇太子殿下に憧れていた。 その為事あるごとに… 「ライルハルト様だったらもっと美しいのに」 「どうして貴方はライルハルト様じゃないの」 隣国の皇太子殿下と比べて罵倒した。 そんな中隣国からライルハルトが留学に来たことで関係は悪化した。 そして社交界では二人が恋仲で悲恋だと噂をされ爪はじきに合うシオンは二人を思って身を引き、騎士団を辞めて国を出ようとするが王命により病弱な第二王女殿下の婚約を望まれる。 生まれつき体が弱く他国に嫁ぐこともできないハズレ姫と呼ばれるリディア王女を献身的に支え続ける中王はシオンを婿養子に望む。 一方サンドラは皇太子殿下に近づくも既に婚約者がいる事に気づき、シオンと復縁を望むのだが… HOT一位となりました! 皆様ありがとうございます!

もう、追いかけない

クマ三郎@書籍発売中
恋愛
名家に生まれたルツィエルは、努力の甲斐あって、初恋の人である皇太子エミルの婚約者に内定した。 幸せを噛み締めるルツィエルだったが、ある日エミルは視察に出掛けた先で事故に遭い、記憶を失ってしまう。 ルツィエルの事も忘れてしまった彼は、自分を献身的に看病したヤノシュ伯爵令嬢と逢瀬を繰り返すようになり……

【完結】25妹は、私のものを欲しがるので、全部あげます。

華蓮
恋愛
妹は私のものを欲しがる。両親もお姉ちゃんだから我慢しなさいという。 私は、妹思いの良い姉を演じている。

元遊び人の彼に狂わされた私の慎ましい人生計画

イセヤ レキ
恋愛
「先輩、私をダシに使わないで下さい」 「何のこと?俺は柚子ちゃんと話したかったから席を立ったんだよ?」 「‥‥あんな美人に言い寄られてるのに、勿体ない」 「こんなイイ男にアピールされてるのは、勿体なくないのか?」 「‥‥下(しも)が緩い男は、大嫌いです」 「やだなぁ、それって噂でしょ!」 「本当の話ではないとでも?」 「いや、去年まではホント♪」 「‥‥近づかないで下さい、ケダモノ」 ☆☆☆ 「気になってる程度なら、そのまま引き下がって下さい」 「じゃあ、好きだよ?」 「疑問系になる位の告白は要りません」 「好きだ!」 「疑問系じゃなくても要りません」 「どうしたら、信じてくれるの?」 「信じるも信じないもないんですけど‥‥そうですね、私の好きなところを400字詰め原稿用紙5枚に纏めて、1週間以内に提出したら信じます」 ☆☆☆ そんな二人が織り成す物語 ギャグ(一部シリアス)/女主人公/現代/日常/ハッピーエンド/オフィスラブ/社会人/オンラインゲーム/ヤンデレ

義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!

ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。 貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。 実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。 嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。 そして告げられたのは。 「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」 理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。 …はずだったが。 「やった!自由だ!」 夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。 これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが… これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。 生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。 縁を切ったはずが… 「生活費を負担してちょうだい」 「可愛い妹の為でしょ?」 手のひらを返すのだった。

処理中です...