上 下
21 / 27
ちかく、とおく、ふたりで、いっしょに

21

しおりを挟む


「あ、まって!」

 伸し掛かる大きな身体を紗江は押し返す。柔軟剤の香りがするシーツを背にし、紗江は抵抗する。

「やだ」
「……やだって」

 彰人の両親との対面はすぐに終わった。紗江が挨拶をした後すぐに、彰人が別棟にある自身の部屋に向かったためだ。

「あんな格好で挨拶だけなんて」
「あの二人は気にしないから大丈夫だ」
「私が気にするの!ん、むっ!」

 紗江の抗議は、彰人の唇に飲まれた。すぐに舌を絡め取られ、苦しくなるほどのキスをされた。

「ん、……っ、ん」

 歯列や口蓋をなぞられる。彰人は丁寧に紗江の唇、口内を愛撫していく。時折小さく水音を立て、彰人は紗江をゆっくりと快楽の海に沈めた。
 熱のこもったキスに充てられたのか、紗江はぼんやりと彰人を見つめる。

「ごめん。やりすぎた?」
「……ううん。大丈夫」

 腕を引かれて身体を起こされる。首を横に振り、紗江は笑みを浮かべた。それを見た彰人が、同じように表情を緩めた。
荒い息を整えていくうちに、紗江は周りを見る余裕ができた。

「彰人さんの部屋なの?」
 
 彰人の両親が居た家を一度出て、工場の二階にある部屋。小さなテレビと、彰人が寝るには狭そうなベッド、そして小さなテーブルの上にノートパソコンが一台。随分と殺風景な部屋に思えた。

「あぁ……前は親父と同じとこにいたんだけど、麻子が来たから」
「来たから……?」
「邪魔しちゃ悪いだろ?新婚だし。ここは、前に住み込みで働いていた人の部屋」

 そうなんだ、と紗江は呟く。そう言って家族と距離を置く彰人に、何故か紗江か悲しくなってしまった。あり合わせの物しか置かれていない、急拵えの部屋。家族との距離。

「……寂しくないの?」
「うーん……寂しいとか、寂しくないとか。そんなのはもう感じる歳でもないしなぁ。まぁ、慣れたっていうのが正しいかな」

 眉を下げ、困ったように彰人は笑う。紗江は、彰人の背中に腕を回す。ぎゅっと力を込め、願う。寂しさに慣れて欲しくなかった。

「私がいる」
「一度逃げた紗江が言うの?」
「もう、逃げないもん」
「どうかな?同情なら、もうたくさんなんだけど」

 抱きつく紗江の頭上で、くつくつと笑いながら彰人は言った。どのような表情をしているか確かめるのは憚られた。

「……笑ってて欲しい。それじゃダメ?」
「どういうこと?」
「……彰人さんに、笑ってて欲しいの。彰人さんの笑顔が好きだから」

 お日様のような笑顔が好きだ。

「……紗江」
「寂しいことに、慣れないで」

 そう言った紗江の声は震えていた。逃げ出した紗江が言えた義理ではない信じてもらうには、もう少し時間が必要なのかもしれない。もう離れないと言わんばかりに、紗江は彰人の服をぎゅっと掴んだ。

「じゃ、証明しないと」
「え?」
「紗江を感じたい」

 顎を持ち上げられ、彰人の唇が重ねられる。少しカサついていて、けれども暖かくて優しい。少し垂れ目の瞳が細められ、紗江を見つめている。子犬のような可愛らしさは鳴りを潜め、どう猛な獣が見え隠れする。大きな手が紗江の頬に触れる。最初は遠慮がちだったが、紗江の抵抗が無いと分かると、大胆さを増した。

「ん、っ……ぁっ」

 今日は仕事だったため、脱ぎ着のしやすいタータンチェック柄のシャツワンピース。彰人はそのボタンを一つずつはずしていく。時々、紗江の唇にキスを落とすのも忘れなかった。

「そういえば、靴を脱がしてなかったな」

 ボタンが半分ほど外されたところで、彰人はそう言った。酸欠になりそうなほどのキスに紗江はその意味がうまく理解できなかった。
 上に乗っていた身体が離れる。何事かと思った時には、彰人はベッドを降りていた。そして、紗江の足元に跪く。

「脱がさないと」

 そう言って彰人は笑った。いたずらを思いついた子供のように。

「自分で」
「いいよ。動かないで」

 大きな手が紗江の足を持ち上げた。ワンピースに合わせて、アンクルストラップのついたパンプス。そして、最初のデートの時に履いていたニーハイストッキング。
 壊れ物にでも触れるような彰人の手つきに、紗江は小さく声を漏らした。
 パチン、とストラップを外される。ごとん、と床に靴が落ちる音が聞こえる。その音 
は、ひどく卑猥に聞こえた。

「……っ!やっぱり自分で!」

 身体を起こし、紗江はそう言った。そして、足元に跪く彰人と目が合った。

「今日はダメ」

 ニーハイストッキングに覆われたふくらはぎに、彰人はキスを落とし、そう言った。

「ひっ、きた、ないから!」

 ストッキング越しに感じる熱に、紗江は慄く。手を伸ばし、制止しようとしたが叶わなかった。彰人はそれよりも先に、紗江の足を持ち上げ、紗江の身体をベッドに戻した。

「あ、あきと、さ」
「前にも言ったかもしれないけど」

 ごとん、ともう片方の靴が床に落ち、足元が軽くなる。軽くなった筈なのに、何故か足を動かすことが出来ない。

「ここ、無防備だよね」

 そう言って彰人はストッキングの履き口に指を這わす。カサついた、硬い指が素肌に触れ紗江は身動ぐ。

「少し上に行けば、すぐに犯せる」
「あっ……」

 彰人はそう言って内腿を撫でる。その感覚に、紗江の口から甘い声が漏れた。
 小さなリップ音が、足元から聞こえる。彰人は何度も紗江の太腿に唇を落としていた。

「……っ、なんか、いじわる……っん、」
「あ、気がついた?少し、分からせてあげようと思って」

 ぐい、と足が持ち上げられる。その勢いでニーハイストッキングを脱がされる。肌蹴たシャツワンピースと、片方だけ残されたストッキング。どこを露わにされたわけでもないが、紗江からは隠微な雰囲気が醸されていた。
 彰人の喉仏が、上下するのが見えた。大きな身体がゆっくりとベッドの上に上がった。
 ぎし、とベッドが音を立てる。

「……俺のこと、試してる?」
「……っ、べつになにも!」
「無意識?だとしたら、もうどうしようもないな」

 彰人がそう言うのと同時に、噛みつくようなキスが降ってきた。遠慮など無い、欲望を満たすためのもの。
 息継ぎも許されず、唾液が零れる。対処しきれないそれが、一本の糸様に紗江の首筋に流れた。

 ワンピースの中に着ていたインナーの裾から彰人の手が侵入してくる。触れられた所がじんじんと熱くなる。慣れた手つきでホックを外される。その瞬間、息苦しさが少しだけ和らいだ。

「何安心してるの?」

 これからだよ?と言った彰人の瞳には見たことのない情欲が映し出していた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】

霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。 辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。 王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。 8月4日 完結しました。

処理中です...