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 はっきり言って、セール中は鬼のように忙しい。本社からの指示で、午前午後共にタイムセールが始まる。路面店であるため、メガホンを持って勧誘などはしない。けれども、予め会員にはハガキで時間を知らせているため、その時間帯には客が殺到する。
 人は、人を呼ぶ。賑わっている店内を見つけると、何があるのだろうと、人は足を止める。中を覗いて、何か気に入るものを見つける。もう少し近くで見たい、と店に入る。
 セールによって、良い連鎖が起きる。けれども、それだけ詩織達は忙しくなる。嬉しいことだが、少しだけ辛いのも事実だ。

「レジ入ります!」
「在庫を確認して参ります。少々お待ちください」

 普段は落ち着いた雰囲気の店だが、今日ばかりはそうも言っていられない。
 詩織が必死に手に入れてきたパンプスも、あっという間に売れてしまった。我が子を手放すような寂しさを覚えたが、
「素敵! 写真よりずっと素敵!」と、喜びの声が聞こえてくると、その寂しさは吹き飛んだ。

――そうでしょう? そうでしょう?

 喜ぶ客の後ろで、詩織は一人頷く。沢山の靴を見てきた私が一目惚れしたのだ。そう自負していた詩織は、胸を張る。
 詩織はこのセールが終わったら七瀬に改めて礼を伝えようと思った。とんでもない忙しさだったが、皆が一致団結し、今回のセールを乗り切ろうと努力していた。

「ありがとうございましたぁ~」

 ただ、一人だけは例外だ。狙ったような遅刻、出勤時刻の改ざん。準社員の立場を利用していた梨花。スタッフの聞き取り調査にて判明し、詩織はまた自身の管理能力の無さを突きつけられた。しかし、嘆いても事態は何も変わらない。詩織はもう前を向いていた。
今回の仕入れの件と合わせて、詩織は然るべき処置を上層部に依頼していた。もちろん、淳士にも相談してある。つい先程、業務メールにて決定した処分が送られてきた。数日後には、正式に辞令として発表されるだろう。
 今すぐ話し合いを持ちたい所だが、この慌ただしい中ではそうもいかない。セール最終日であるこの日を乗り切ったあと、詩織は梨花の処遇を本人に言い渡さなければならない。

「ありがとうございました!」

 ショップバッグを持った客に、腰を折り、頭を下げる。
 前を向いた詩織には、怖いものなど何も無かった。
 そうこうして過ごしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
 嵐が過ぎ去ったあとのようだね。
 スタッフの一人がそう呟き、詩織は思わず頷いた。普段は見ているとうっとりしてしまうような陳列棚には、ほとんど靴が残っていない。バックヤードの倉庫もまた然り。
 怒涛の三日間が終わり、詩織達はほとほと疲れ果てていた。総売上の計算はまだ終わらない。時間がかかる分、売れたという事だ。みなが、みな一様にその結果を待つ。

「出た!」

 出てきた数字を、本社に送信する。管理ソフトはとても優秀で、すぐに売上順に並べてくれる。詩織はパソコン上でぐるぐると回る円を祈るような気持ちで見つめる。
 パッと画面が表示された瞬間、思わず画面に食いついた。

「……一番だ」

 詩織の横にいたスタッフの呟く。詩織はもう一度画面を確認する。すると、詩織の店舗が、一番上に来ていた。目を擦り、もう一度見る。
やはり、一番上に店舗名がある。

「いち、ばん」
「店長! やりましたね!」
「わー! ボーナスー!」

 周りのスタッフが歓声をあげる。その声を聞いて、詩織はやっと自分たちがトップに立ったと実感した。

「……みんな、ありがとう……」

 込み上げてくる涙を堪えて、詩織はスタッフに頭を下げる。頭を下げたことで、零れそうになった涙を気合いで引っ込める。

「次も、またトップを狙おうね!」

 はい、と大きな返事のスタッフに向けて、詩織はにっこりと笑みを浮かべた。
 ぐるりと辺りを見回すと、後ろの方で小さく拍手をする梨花と視線がかち合った。表情を浮かべず、真っ直ぐに詩織を見つめてくる。何を考えているか分からない梨花に、詩織は一瞬ひるむ。けれども、決して視線を逸らさず、詩織は梨花を見つめていた。
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