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 今日は梨花と休憩が一緒になっていた。
 あれから、梨花の接客に気を揉むことが何度もあった。
 自分で気づいて欲しかったが、中々難しそうだと詩織は考え始めていた。半年の社員研修を終え、店舗配属され、一ヶ月以上経った。このままだと査定を見直さなければいけない程、梨花の行動は目に付いた。
 クレームに繋がるのも時間の問題だ。そう判断した詩織は、梨花に声をかけた。

「上野さん、これからお昼、予定ある?」
「……いえ、コンビニですまそうかと」
「……少し話がしたいんだけど、付き合ってもらえる?」
「説教ですか?」

 梨花の返答に、詩織は面食らった。答えられないでいると、大きなため息とともに梨花がたちあがった。

「分かりました~行きますか~」
「えっ?あ、う、うん」

 何かおかしいと思いつつも、詩織は促されるままバックヤードを出る。外で待つ梨花は、スマホをいじっていた。財布を持たない梨花に、潔さを覚える。あまりに潔いので、笑いが零れてしまいそうだった。

「どこ行くんですか?」
「すぐそこなんだ。コーヒーは好き?」
「好きですよ~嫌いな人なんていなくないですか?」

 ――ここにいます。ごめんなさい。

 その言葉を飲み込んで、詩織は歩いて三十秒。喫茶ひだまりのドアを開いた。もちろん、いつもの通りに深呼吸をするのを忘れない。視界の端に入った梨花の顔に書いてある「こんな汚い店?」は、見ないふりをした。

「こんにちはー」
「こんにちは。いらっしゃいませ。今日はお連れ様がいるの?」
「はい。うちの社員の上野梨花さん。さ、座って」

 詩織の後から入ってきた梨花の背中を押してマスターに紹介する。さ、挨拶して。と促す前に、触っていた梨花の背中が無くなっていた。

「うわ、イケメン!」

 詩織の前に出た梨花が、詩織の特等席であるスツールに腰掛ける。え?と、思っているうちに梨花は物凄い勢いでマスターに話しかけていた。

「こんな店にこんなイケメンがいるなんて!」

 こんな店という梨花の言葉に詩織はムッとする。しかもいつもの席に座られてしまった。どうしようかと思っていると、マスターと目が合った。
 大きな目が柔らかく細められて、おいで、と手招きされる。促されるまま進むと、いつもの特等席より一つマスターに近い席に案内された。
 少し気恥しさを覚えつつ、促されるままスツールに腰掛ける。

「今日はどうする?BLTあるよ?」
「わたしはそれで。上野さんは?」
「私は~、パスタにしようかなぁ。こんな素敵な人の前で大口開けてサンドイッチ食べられないし~」

 悪かったわね!と、叫びたいのを必死に堪える。こめかみがぴきぴき痛む。親指でぐりぐりと押すと少しだけマシになった。

「じゃあ、BLTサンドセットとパスタランチね。クリームだけど大丈夫かな?」
「大丈夫でぇーす!」

 オーダーも終わったし、詩織は梨花に本題を切り出す。

「上野さん、あのね」
「分かってますよ~私の接客態度が悪いって言いたいんですよね~?」
「……分かってるならいいの。上野さんの着眼点は凄くいいし、事務処理も早い。ただもう少し相手の……」
「はいはい。分かってます。でも、私は店長みたいに相手の裏側を見るつもりないし」

 紙ナプキンを折り紙のように畳み、詩織の方をちっとも見ない梨花に、苛立ちを覚える。カッとなり感情的に物言いそうになった瞬間、ことり、と二人の間に皿が置かれた。

「お待たせしました。BLTサンドです」
「あっ、ありがとう……ござい、ます」

 ぱちん、とマスターがウインクを飛ばしてくる。間に入ってくれたようだ。詩織は一度深呼吸して、もう一度梨花に向き合った。

「……別に裏側を見ろとは言わない」
「……はぁ」
「いろんな人が居るし、私はこの接客の仕方があってただけ。上野さんはトレンドにも詳しいし、相手に似合うものを見つけるのも上手。私には出来ないことだから。そこを伸ばしていけばいいのかな?」

 梨花の返事は無かった。どうしようかな、と思っていると、優しいテノールが詩織の耳に届いてきた。

「優しい上司をもって、君は幸せだね」

 その声に詩織は顔を上げる。マスターがカウンターに肘をついて、梨花と向き合っていた。

「君のいい所をきちんと分かってくれている。中々ない事だよ。その幸せをもう少し実感できるといいね」

 はい、サーモンとほうれん草のクリームパスタ。と、マスターが梨花の前に置いた。この店の名のように、柔らかくあたたかい笑みをマスターは浮かべていた。

「……は、い」

 詩織は、隣の梨花を見て驚きに目を見開いた。頬を赤らめ、ぽやっとした表情。身に覚えのある反応だった。

 人が恋に落ちる瞬間を、目撃してしまった。

 
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