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結婚までの紆余曲折
4(望視点)
しおりを挟む「ごめんね……今日も終電になりそうなんだ……」
「そっか、大丈夫だよ。忙しいね。体調は大丈夫? そろそろ生理でしょう?」
「……う、うん」
電話の向こうで渥美が息を飲む。子供が出来ないと分かってて聞く俺も大概意地が悪いな。
「忙しいと貧血気味になりやすいんだからね。ちゃんと食べるんだよ?」
「……」
「渥美? 聞いてる?」
「あ、うん」
「じゃあ仕事頑張ってね。週末も無理しなくて大丈夫だからね」
「……のぞみ」
「ん?」
「……ごめんね」
「大丈夫だよ。忙しいんだから」
「……ん、また連絡するね」
おやすみ、と告げ、俺は通話終了ボタンをタップする。同時に堪え切れない笑みが溢れて止まらない。
「ふふ、ごめんねだって。何に対して謝ってるのかな? あははっ!」
渥美に聞こえているはずもないのに、俺は繋がりの切れたスマホに向かって話しかける。
今電話の向こうではどんな顔をしているんだろうか?きっと罪悪感に苛まれたかわいい顔をしているんだろう。
そんな事を考えていると、気分が高揚して下半身の一部に欲望が集まる。
ベルトのバックルを外す。スーツのスラックスの前を寛げる。下着の上からでも分かるほど、そそり立つ自身が目に入る。
今、スマホの向こうで罪悪感いっぱいの表情をしている渥美の顔に、白濁をぶちまける想像をする。想像だけでなく、いつか実践してやると誓う。
それだけで十分だった。自身を慰めるために俺は反り立つ自身に右手を添えて、ゆっくりと動かした。
「は、っはぁ……あつ、み……」
返事も何もないが、愛しい人の名前を呼ぶ。自分の部屋のあちこちで見せてくれた痴態を思い浮かべる。薄い唇で、俺の名を呼び、俺を咥えて、可愛い声で喘ぐ。すべて、喉から手が出る程渇望したもの。
渥美の中に埋め込む瞬間は何にも変えられない幸せだ。俺は、今それを手にしつつある。
「ふ、ふ、あつ、み」
陰茎を扱くスピードが速くなる。俺は、何度も渥美の名を呼ぶ。
渥美が最近ピルを飲み始めた。生理は定期的に来ているため、避妊が一番の目的だろう。
ゴムを使用し、避妊もきちんとしていた。 何故か。そう考えた時に一つの結論に至った。恐らく俺の想いに応えたいという気持ちと、今の心地よい関係を壊したくないという相反する思いからだろう。
この結論に考え至った時、俺は嬉しくて、そして幸せでどうしたらいいかわからなくなった。あまりにも喜びすぎて、笑いが止まらなくなったほどだ。
だってそうだろう?避妊しない行為を受け入れたい。でも、今を壊したくないって悩んでいるんだ。完全に俺に堕ちている証拠。
どんな顔して産婦人科に行ったんだろうか。内診もしたのだろうか。
出来れば俺も病院に一緒に行きたかった。俺以外に股を開く渥美の恥ずかしがる顔が見たかった。などと少し悔しい思いもしたが、そんな事は今後いつでもできる。
渥美が一生懸命に考えて出した答えがそれならば、俺は受入れる。知らないふりをするなど簡単な事。
俺を騙しているという罪悪感に苛まれて、俺の事で頭がいっぱいになればいいんだ。
後はどういう風な態度を取ってくるのか?それ次第ではこちらも出方を考えなくてはいけない。
仕事で会えないのは辛いけれど、いい機会だ。
悩め。
そして、完全に堕ちてこい。
「あ、あ、渥美っ!」
大好きなお姉さんの名を呼び、俺は果てた。身を結ばない種が、手のひらに纏わりついていた。
「斎藤!ちょっとこっちこい!」
昼休み、社食から戻ると待ってましたとばかりに駒野さんに呼び止められた。その声に、俺は振り返る。思いっきり顔を顰めて嫌そうな態度を全面に押し出したが、珍しく神妙な面持ちの先輩達がいた。
「原田さんが今日資材運搬中に怪我してな」
「原田さん?」
そんな人いたか?と考えていると集団の中の一人の肩が揺れる。あぁ、資料の子。
「原田さん電車通勤だろ?怪我したのは足だし、送り迎えしようって話になったんだ。」
「そうですか」
「そう!それで、お前をその役に任命する!」
は?何言ってんだこいつは。感情を隠す事も出来ず、俺は思い切り眉間に皺を寄せた。
「そもそも労災じゃないですか。タクシーの通勤費くらいでないんですか?」
「まぁそれも出るとは思うが、一旦自分で払わなくちゃいけないらしくて、出費がかかるだろ?そんなに酷くないようだから、とりあえず二、三日日だけでもって事」
「……なんで俺なんでしょうか」
「今納期が迫ってないのはお前だけだろ?移動してきたばかりで、案件も少ない。一番適任だろ?」
いつもはちゃらんぽらんなくせにこういう事になると変な機転が利く駒野さんが憎い。確かに、この部で差し迫って忙しくないのは俺だけだ。怪我の原因が、俺が頼んだ資材の運搬中だったと言うのも、選ばれた要因らしい。
思いっきり舌打ちが出そうになるのをぐっと堪える。ここでノーと言うのは簡単だが、そうすると今後ここでの仕事がしづらくなるのは目に見えている。仕方ない。
「……わかりました。二、三日でいいんですよね?」
「おう!頼んだぞ。よかったなぁ原田ちゃん!」
駒野さんがぽんぽんと彼女の肩を叩くと頬を朱に染めて、はいと返事をするのが聞こえた。
巻き込まれた感が否めないが、今後の事を考えて大人しくしておこうと決めた。
「斎藤さん。すみません。宜しくお願いします」
「いえ、今日は十七時半に上がれそうなので終わったら待っていてください」
「はい!」
食い気味に返事をする原田さんは、嬉しさが隠せないといった様子だ。元気よく返事をして足を引きずる事もなく席に戻る彼女を見て、若干の違和感を覚えた。
捻挫した足はどっちだ?
「斎藤さん!よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をする彼女の足元を見ると、低いとは言えないヒール。俺が指定した時刻より前に、原田さんは現れた。しかも俺のデスクの隣で待たれたものだから、早々に仕事を切り上げなくてはならなくなった。駒野さん達に見送られながら、俺達は仕事場を後にした。嫌な事はさっさと終わらせるに限る。
「……原田さん、ヒール大丈夫なの?」
「これしか無くて……もしよければ腕を借りてもいいですか?」
嫌だと言うのは簡単だが、断るにしても角が立つ。仕方なしに腕を差し出すと原田さんは嬉々としてそれを掴んできた。
全く遠慮がない事に唖然とする。
会社から駅までの道のりは徒歩で十分程度。しかし、これは健康であった場合の時間だ。怪我をしているとは言え、必要以上に歩みを遅くしているように感じる。人混みのを避けるように俺に身体を寄せてくるのも気に入らない。
彼女が話すのみで、俺は殆ど喋らず相槌を打つだけ。その会話の内容も自分はおっちょこちょいですぐ失敗する事、色んな人が助けでやっていけている。だから俺にも感謝しているとの事。何とも頭の軽い内容で聞くに値しない。
渥美は失敗しても、自分で考察してきちんと処理する。自分の足でしっかり立てる事ができる人だ。
そんな人が自分にだけ甘えてくる、それが俺にどれほどの歓喜を与えるかは渥美は分かっていない。
それが出来るのは俺だけ。これからもずっと
「……斎藤さん?」
「あぁ、もう駅だね。ここでいいかな?では気をつけてね」
「……あ、はい。明日もよろしくお願いします」
俺はその言葉に返事をしない。原田さんに背中を向けて、自分の乗る列車のホームに向かう。まだ何か言いたそうだったが、これ以上話していると余計な事を言ってしまいそうだった。
恐らく、俺の思っている事は間違いないだろう。
確信を得るために情報を集めなくてはいけない。
原田さんは怪我などしていない。
俺を嵌めたことを後悔させてやる。
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