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初めての感情に戸惑う
私だって、負けない……と、思う
しおりを挟む化粧を直して、苦手なコンタクトレンズを装着する。鏡の前でしかめっ面になるのはいつもの事だ。その流れで引っ詰めていた髪をほどいて、ワックススプレーで整える。あまり好きではない細い髪の天然パーマもこの時ばかりは役に立ってくれる。内側にブラシを通してくしゅくしゅと手で揉めば、あっという間にスタイルが完成するお手軽な私の髪。
お洒落は嫌いじゃない。ただこの仕事についていると、中々機会が無い。けれども今日は違う。
綺麗な格好で有志に会いたかった。
なっちゃんと選んだマスタードイエローのリブ編みニット。体のラインがぴったりと出るタイプだ。下着のラインが出ないように、サイズのあう新しいものに変えた。下はイレギュラーチェックのスカート。紺地にグリーンとダークチェリーの差し色が気に入って購入した。スカートの中に、ニットを入れて、出して、入れて、出してを繰り返し、結局インすることにした。鏡の前でくるりと一周する。普段ならハイデニールのタイツを合わせる所だが、真島先生にほんの少しだけ対抗して、薄手のストッキングに変えた。膝と踵に、保湿クリームをこれでもかと塗り込む必要があったが。
もう一度鏡の前でくるりと一周する。おかしな所がないのを確認して、おばあちゃんが使っていた鏡台の前に座る。引き出しをそっと開けると、唯一遺してくれた、ダイヤが散りばめられた花のネックレス。伯母さんに取られまいと、必死で隠したネックレスだった。
キラキラとおばあちゃんの胸元で光るこのネックレスは、子供の頃、ひどく憧れたものだった。おばあちゃんが亡くなってから、着けることが出来なかったが、今日こそこのネックレスの出番だと思った。
「勇気をください」
手のひらの中に包んだネックレスを、胸に当てておばあちゃんにお願いをする。もちろん返事などない。口にしておかないと、怖気づいてしまいそうだった。
なんてことはない。仕事で遅い有志をただ迎えにいくだけだ。それだけなのに私はひどく緊張していた。
□□
街灯が照らされた明るい道を通る。私の歩幅だと、五秒明るく照らされ、七秒明かりが届かなくなる。
明るいところはゆっくりと、暗いところは早足で歩く。自衛のように思えるが、早く会いたいという思いと、行ってもいいのか?やっぱり帰ろうか。そんな気持ちのあらわれのような気がした。
空気が乾いているせいか、ヒールの音が高く響く。そして、冷たい風が容赦なく足を攻撃してきた。ハイデニールタイツに甘やかされた足は、冷たい攻撃に悲鳴をあげていた。
まるで、帰れ!と風にまで叱られているようだ。
「ううう。寒い」
ノーカラーコートの襟ぐりをぎゅっと握りしめて呟く。帰りたいと思いながらも、足は病院に向かっていた。
『佐鳥先生ね、しつこい真島先生に、ビシッと言ってたよ! 作ってくれた人に
失礼だとか、これ以上ないくらい栄養バランスが考えられていて、俺のことよく思ってくれてるのが伝わるとか……。後は、業務以外の話は遠慮してほしいって! 彼女に誤解されたくないからって! かっこよかった!』
寒さに震えながら、なっちゃんの話を思い出す。
私とおばあちゃんの味方を有志がしてくれた。それを知ってしまったらいても立っても居られず、会いたくて会いたくて堪らなくなってしまった。
綺麗にして出てきたのは、若い真島先生への対抗心。
やきもちや若い人への対抗心、そして独占欲。有志といると、自分も知らなかった自分があちこちから湧き出てくる。他にどんな自分がいるんだろうと考えると、少しだけ怖かった。
もう病院はすぐそこだ。二十一時をすぎると、夜間入口以外は施錠されるため、出口は一箇所しかない。その前で待つのは憚られる。きょろきょろと周りを見渡し、私は隠れるように近くのブロック塀に背中を預けた。塀の冷たさが直に伝わってきて、身体がぶるりと震えた。
まだかな。まだかな。待っている時ほど、時間の経過が遅く感じられる。十分、二十分。待っていても、有志が出てくる気配はない。
「有志先生! 待ってください!」
「お前、すぐそこの独身寮だろ? はよ帰れよ」
「飲みに行きませんか? 明日は休みだし」
「あのなぁ。お前、レポートと症例発表あるだろ……? 一度も確認してないが大丈夫なんか?」
「そういったことも相談っていう意味で!ね、ね? 行きましょう?」
もう帰ろうかと思った時だった。あの、溌剌とした声が聞こえてきた。塀からこっそり覗くと、有志とその後を追いかける真島先生。
二人でいたんだ。
指導医と研修医という間柄と分かっている。けれども、やっぱり。
ちょっと親しすぎるんじゃないか?と、また胸がチリチリとしてきた。出ていきたいのに、あの溌剌した声をきくと、自分の中のいじけた部分が顔を出す。
二人の声が段々遠ざかる。ああやっぱり私はいくじなしだ。
どんなに綺麗にしてきて見た目を良くしても、中身が伴わなければ意味がない。年齢だけ重ねて、中身は何も出来ない陰気で意気地無しな自分。
俯く私の足元に、小さな石ころを見つけた。八つ当たりではない。そう言い聞かせて、パンプスの先で石ころを蹴飛ばす。ころころ転がる石に合わせて、ため息が出た。話しかけられない陰気な自分の塊は、白く染まって、すぐに消えた。
帰ろう。
冷たくなった身体をさする。背中を預けていた塀から離れて、一歩踏み出そうとした時だった。転げた石ころの隣に、見慣れた革靴。
「……っ!」
「ああ、やっぱり。唯子だ」
顔を上げると、先ほど私から離れていった有志がいた。
また、見つけてもらってしまった。
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