上 下
27 / 31
初めての感情に戸惑う

私だって、負けない……と、思う

しおりを挟む

 化粧を直して、苦手なコンタクトレンズを装着する。鏡の前でしかめっ面になるのはいつもの事だ。その流れで引っ詰めていた髪をほどいて、ワックススプレーで整える。あまり好きではない細い髪の天然パーマもこの時ばかりは役に立ってくれる。内側にブラシを通してくしゅくしゅと手で揉めば、あっという間にスタイルが完成するお手軽な私の髪。

 お洒落は嫌いじゃない。ただこの仕事についていると、中々機会が無い。けれども今日は違う。
 綺麗な格好で有志に会いたかった。
 
 なっちゃんと選んだマスタードイエローのリブ編みニット。体のラインがぴったりと出るタイプだ。下着のラインが出ないように、サイズのあう新しいものに変えた。下はイレギュラーチェックのスカート。紺地にグリーンとダークチェリーの差し色が気に入って購入した。スカートの中に、ニットを入れて、出して、入れて、出してを繰り返し、結局インすることにした。鏡の前でくるりと一周する。普段ならハイデニールのタイツを合わせる所だが、真島先生にほんの少しだけ対抗して、薄手のストッキングに変えた。膝と踵に、保湿クリームをこれでもかと塗り込む必要があったが。

 もう一度鏡の前でくるりと一周する。おかしな所がないのを確認して、おばあちゃんが使っていた鏡台の前に座る。引き出しをそっと開けると、唯一遺してくれた、ダイヤが散りばめられた花のネックレス。伯母さんに取られまいと、必死で隠したネックレスだった。

 キラキラとおばあちゃんの胸元で光るこのネックレスは、子供の頃、ひどく憧れたものだった。おばあちゃんが亡くなってから、着けることが出来なかったが、今日こそこのネックレスの出番だと思った。

「勇気をください」

 手のひらの中に包んだネックレスを、胸に当てておばあちゃんにお願いをする。もちろん返事などない。口にしておかないと、怖気づいてしまいそうだった。

 なんてことはない。仕事で遅い有志をただ迎えにいくだけだ。それだけなのに私はひどく緊張していた。



□□






 街灯が照らされた明るい道を通る。私の歩幅だと、五秒明るく照らされ、七秒明かりが届かなくなる。
 明るいところはゆっくりと、暗いところは早足で歩く。自衛のように思えるが、早く会いたいという思いと、行ってもいいのか?やっぱり帰ろうか。そんな気持ちのあらわれのような気がした。
 空気が乾いているせいか、ヒールの音が高く響く。そして、冷たい風が容赦なく足を攻撃してきた。ハイデニールタイツに甘やかされた足は、冷たい攻撃に悲鳴をあげていた。
 まるで、帰れ!と風にまで叱られているようだ。

「ううう。寒い」

 ノーカラーコートの襟ぐりをぎゅっと握りしめて呟く。帰りたいと思いながらも、足は病院に向かっていた。



『佐鳥先生ね、しつこい真島先生に、ビシッと言ってたよ! 作ってくれた人に
失礼だとか、これ以上ないくらい栄養バランスが考えられていて、俺のことよく思ってくれてるのが伝わるとか……。後は、業務以外の話は遠慮してほしいって! 彼女に誤解されたくないからって! かっこよかった!』

 寒さに震えながら、なっちゃんの話を思い出す。
 私とおばあちゃんの味方を有志がしてくれた。それを知ってしまったらいても立っても居られず、会いたくて会いたくて堪らなくなってしまった。
 綺麗にして出てきたのは、若い真島先生への対抗心。
 やきもちや若い人への対抗心、そして独占欲。有志といると、自分も知らなかった自分があちこちから湧き出てくる。他にどんな自分がいるんだろうと考えると、少しだけ怖かった。


 もう病院はすぐそこだ。二十一時をすぎると、夜間入口以外は施錠されるため、出口は一箇所しかない。その前で待つのは憚られる。きょろきょろと周りを見渡し、私は隠れるように近くのブロック塀に背中を預けた。塀の冷たさが直に伝わってきて、身体がぶるりと震えた。
 まだかな。まだかな。待っている時ほど、時間の経過が遅く感じられる。十分、二十分。待っていても、有志が出てくる気配はない。


「有志先生! 待ってください!」
「お前、すぐそこの独身寮だろ? はよ帰れよ」
「飲みに行きませんか? 明日は休みだし」
「あのなぁ。お前、レポートと症例発表あるだろ……? 一度も確認してないが大丈夫なんか?」
「そういったことも相談っていう意味で!ね、ね? 行きましょう?」

 もう帰ろうかと思った時だった。あの、溌剌はつらつとした声が聞こえてきた。塀からこっそり覗くと、有志とその後を追いかける真島先生。

 二人でいたんだ。

 指導医と研修医という間柄と分かっている。けれども、やっぱり。

 ちょっと親しすぎるんじゃないか?と、また胸がチリチリとしてきた。出ていきたいのに、あの溌剌した声をきくと、自分の中のいじけた部分が顔を出す。
 二人の声が段々遠ざかる。ああやっぱり私はいくじなしだ。
 どんなに綺麗にしてきて見た目を良くしても、中身が伴わなければ意味がない。年齢だけ重ねて、中身は何も出来ない陰気で意気地無しな自分。
 俯く私の足元に、小さな石ころを見つけた。八つ当たりではない。そう言い聞かせて、パンプスの先で石ころを蹴飛ばす。ころころ転がる石に合わせて、ため息が出た。話しかけられない陰気な自分の塊は、白く染まって、すぐに消えた。

 帰ろう。

 冷たくなった身体をさする。背中を預けていた塀から離れて、一歩踏み出そうとした時だった。転げた石ころの隣に、見慣れた革靴。

「……っ!」
「ああ、やっぱり。唯子だ」

 顔を上げると、先ほど私から離れていった有志がいた。
 
 また、見つけてもらってしまった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

【女性向けR18】性なる教師と溺れる

タチバナ
恋愛
教師が性に溺れる物語。 恋愛要素やエロに至るまでの話多めの女性向け官能小説です。 教師がやらしいことをしても罪に問われづらい世界線の話です。 オムニバス形式になると思います。 全て未発表作品です。 エロのお供になりますと幸いです。 しばらく学校に出入りしていないので学校の設定はでたらめです。 完全架空の学校と先生をどうぞ温かく見守りくださいませ。 完全に趣味&自己満小説です。←重要です。

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※完結済み、手直ししながら随時upしていきます ※サムネにAI生成画像を使用しています

【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。

猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。 『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』 一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。

みられたいふたり〜変態美少女痴女大生2人の破滅への危険な全裸露出〜

冷夏レイ
恋愛
美少女2人。哀香は黒髪ロング、清楚系、巨乳。悠莉は金髪ショート、勝気、スレンダー。2人は正反対だけど仲のいい普通の女子大生のはずだった。きっかけは無理やり参加させられたヌードモデル。大勢の男達に全裸を晒すという羞恥と恥辱にまみれた時間を耐え、手を繋いで歩く無言の帰り道。恥ずかしくてたまらなかった2人は誓い合う。 ──もっと見られたい。 壊れてはいけないものがぐにゃりと歪んだ。 いろんなシチュエーションで見られたり、見せたりする女の子2人の危険な活動記録。たとえどこまで堕ちようとも1人じゃないから怖くない。 *** R18。エロ注意です。挿絵がほぼ全編にあります。 すこしでもえっちだと思っていただけましたら、お気に入りや感想などよろしくお願いいたします! 「ノクターンノベルズ」にも掲載しています。

女の子がひたすら気持ちよくさせられる短編集

恋愛
様々な設定で女の子がえっちな目に遭うお話。詳しくはタグご覧下さい。モロ語あり一話完結型。注意書きがない限り各話につながりはありませんのでどこからでも読めます。pixivにも同じものを掲載しております。

処理中です...