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誤算

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 誤算だ。

 エルネストは、焦りを隠せず庭園を駆け抜けていた。頭の中は今後どうすべきかで埋め尽くされてた。

 腕の中で丸まる愛しい存在を、どう守っていくか。

 ■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪

 初めてスバイツにあった時から、エルネストは既視感をおぼえていた。その既視感は、すぐに確信に変わった。

 ――昔の自分と同じだ。

 血に飢え、溺れるような日々を送る自分と同じだった。考えついた先には、「無魔力症」。
 しかし、スバイツは、エルネストよりもずっと上手く無魔力症を隠していた。

 同士だからこそわかる、飢えと渇望。渇望の渦に身を置くスバイツがリシャーナの存在を知った時を思うと、エルネストは初めてと言っていいほど恐れを感じた。

 絶対に二人を引き合わせてはいけない。ダリアがスバイツに執着しているのも幸いだった。
 ダリアは常にスバイツの傍にいたため、護衛騎士であるエルネストは毎日監視ができた。
 けれども、夜会の喧騒で一瞬目を離した隙に、スバイツは姿を消した。
 リシャーナは、と会場を見渡すと、壁の花となっていた彼女の姿が見当たらない。
 リシャーナの父は、リシャーナが姿を消したことに気づいていないのか、他貴族と談笑している。

 ――まずい。

 そう思った瞬間、いいタイミングでダリアがスバイツの不在に気づいた。
 探しに行くように促すと、単純なダリアはすぐに頷いた。
 扱いやすい女だと心の中で嘲笑うが、エルネストは笑みを崩さなかった。

 行けるところなど限られている。探し始めてすぐにスバイツは見つかった。

 自分にとって特別な存在を腕に抱えた姿を見た時、腰に携えていた剣を思わず抜きそうになった。

 どうにかして無事に取り戻した子猫は、今自分の腕の中にいる。

「リシャーナ」
「にゃぁ……」

 ごめんなさい、と謝っている。小さく縮こまる子猫に、エルネストは思わず目を細めた。リシャーナから溢れ出る魔力を少しずつ吸い上げると、肺の中に新鮮な空気が満たされる。時折こっそりリシャーナと魔力を補給していたが、やはり起きている実物には敵わない。
 冷静に、と言い聞かせるが、心做しか早足になる。
 城に戻り、誰も通らない回廊に入ったところで、エルネストは大きく息を吐いた。

 そして、リシャーナの魔術を解くために、エルネストは魔力を吸い上げる。
 小さな子猫が、光を纏い少しずつ大きくなっていく。体は人になった所でエルネストは魔力の吸い上げを止めた。

「僕の子猫ちゃん、どうしてあんな所にいたのかな?」

 花畑の中心に咲き誇るような黄色のドレスが、月明かりに照らされる。闇夜に揺れる一輪の花。相反するような存在にエルネストは一瞬目が眩んだ。

「っ、わたし……あなたを、追いかけてきて……」
「……だとしても。危険すぎる」
「だ、だって、急に居なくなって……そうしたら、あなたの、となりに……」

 怖かったのだろうか。リシャーナの目には涙が浮かんでいる。目尻が少し赤らんでおり、情事を思い出す。
 乱れて、涙を流す時にも同じような反応を見せていた。それを思えば、エルネストの雄芯が欲望を孕む。

「おかしいな。子猫が人の言葉を話すとは」
「……え?」

 リシャーナの頭に残る獣耳にそっと触れる。お仕置きの意味を込めて、変容の術を完全に解かなかった。うまい具合に調整ができたようで、獣耳と尾を残すことが出来た。

「っ、!」

 獣耳に振れた瞬間、リシャーナがビクリと体を震わせた。気持ちいいのだろうか、頬に赤みがさしている。快感を堪える姿は、エルネストの
 嗜虐心を誘った。術の解除などリシャーナにはお手の物だろうが、そんな暇を与えるエルネストではない。

「こちらへ」

 夜会には男女が密会する場がある。自分には必要ないものだと思っていたが、今回ばかりは用意周到な貴族に感謝した。
 すぐ近くにあった部屋に押し入る。そして、そのままリシャーナを壁に押し付けた。ベッドがすぐ側に見えたが、エルネストはぐっと我慢する。まずは不安を抱えている子猫を安心させてやりたかった。

「リシャーナ」

 名を呼べば、期待したような眼差しをエルネストに向ける。けれども、女のプライドもあるのだろう。リシャーナは自分から顔をそむけた。

「疑うのであれば、何度でも言おう」

 先程、獣耳を撫で、触覚があるのは確認済みだ。ぴくぴくと怯えたように震える獣耳に思い切り齧り付く。小さな喘ぎ声が上がったのを、見逃さなかった。

「僕には、君だけだ。リシャーナ」

 何度でも言おう。齧り付いた獣耳を優しく舐めとる。
 信じて貰えるまで、何度でも言う。
 エルネストは、闇夜に揺れる一輪の花を思い切り抱き寄せた。
 あちこちに唇を落とす。けれども、リシャーナは決してエルネストと目を合わせようとしなかった。

「僕は君を絶対に諦めないよ」

 どんな手を使ってでも、手に入れる。

 その言葉に反応したリシャーナがそろりとエルネストに顔を向けた。その瞬間を逃さず、顎を掴む。期待の込もった眼差しに応えるように、真っ直ぐ見つめる。そして、濡れたリシャーナの唇に自分のものを押し付けた。
 乾いていた自分の唇が、リシャーナの唾液で潤う。

「っ、ぁ」

 その瞬間、リシャーナの手がエルネストの首に回された。ひどく怯えたような動作だ。エルネストは自分の愛を伝えるために、背中に回した腕の力を強める。
 可憐な一輪花を飾るドレスが、今はひどく邪魔に思えた。
 けれども、エルネストはその衝動をぐっと堪える。リシャーナの口内を舌で犯し、互いの粘膜が同じ熱を持つ。それを確かめたあと、エルネストはゆっくりと唇を離す。
 離れた唇は細い銀糸で繋がっていた。
 繋がりが切れる前に、エルネストはもう一度軽く口付ける。

「ドレス……とてもよく似合っている」
「……だって、」

 あなたが最後に残した色だから。と、口篭るリシャーナの額に唇を落とす。

「君に一番似合う陽だまりの色だ」
「……エルネスト様」
「さあ、リシャーナ」

 美しいドレスの下に隠された、妖艶な肢体に出会いたい。エルネストは、ドレスの背後にある紐をゆっくりと解いていく。

「次は、ドレスの下に隠された君を見せて」

 久しぶりの情事に、エルネストは少年のように胸を高鳴らせた。
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