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眠り姫よ、目覚めないで

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 血に飢えた獣は闇に紛れるのが上手い。
 自身でそう言いきったこともあり、エルネストは護衛の目を盗んで、目的地であるアルブケル家の屋敷の前にいた。


「さて、と」

 厳重に閉められた門の前でエルネストは小さく呟く。
 門の横にあるエルネストの二倍はありそうな塀を見上げた。
 二、三歩後ずさり、少しだけ勢いをつけて、塀のほんの少し張り出した所に足をかける。勢いを殺さないように、膝と太ももをバネのように動かして跳び上がった。

 ほんの少し空気を震わせ、音も立てず、エルネストは塀の上に登る。周りを見回し、兵の見守りがないことを確認すると、同じように音もなく塀の内側に飛び降りた。
 地面に降り立つ際、跳ね上がった泥を静かに払う。そして、エルネストは目的の場所に向かって優雅に歩き始めた。
 音を立てずに歩き、気配を完全に消す。
 戦地に身を置き、日々死と隣り合わせで生きていたエルネストにとって、他愛もないことだった。

 エルネストの最終的な目的地は、二階の中央にある部屋だ。
 都合の良いことに目的地はバルコニーと繋がっている。
 とっかかりも何も無い地面の上で一度膝をまげ、先ほどと同じように勢いを殺すことなく跳ぶ。
 同時に、バルコニーの柱に手を伸ばす。
 易々と掴んだ柱を掴む手に力を入れて、そのまま肘を曲げ、体を持ち上げる。
 気づけば既に、バルコニーの上に降り立っていた。

「っ、」

 柱を掴んでいた時に擦れたのか、手のひらが少しだけじんじんと痛んだ。
 表情ひとつ変えないまま、プラプラと手を振って痛みをいなす。そして、エルネストは部屋へと続く窓を押した。

「……」

 今日は鍵がかかっている。鍵がかかっていない日もあるため、確認が必要だった。エルネストは腰に巻いていたベルトの内側から、小さなナイフを取り出す。
 カバーを取り去り、先端の欠けがないかを確認する。
 そして、窓の隙間からナイフの先端を差し込む。
 弾くようにナイフを上に滑らせると、「カラン」と小さな音がエルネストの耳に入ってきた。

「……開いたな」

 先程エルネストの侵入を阻んだ窓をもう一度押す。今度は、何の抵抗もなく、開いた。
 風が入ると部屋の主が目を覚ます危険性がある。
 エルネストは、自分の幅ギリギリまで窓を開けると、音もなく部屋に侵入した。

 後ろ手でそっとドアを閉める。胸いっぱいに部屋の空気を吸い込むと、甘くて、柔らかい匂いがした。
 覚えのある匂いに包まれ、エルネストの心が一瞬だけ満たされた。
 けれども、満たされた心はすぐに飢えを訴えてくる。

 毛質のよい絨毯は、気を遣わなくてもエルネストの足音を消してくれた。中央に鎮座するベッドに向かって歩みを進める。近づくにつれ、ベッドの中央にある小さな山が見えてきた。

 一緒に過ごしていた頃から、布団を被って寝る癖があったな。
 変わらない様子を思い出し、エルネストの口元が自然と緩んだ。

「……こんばんは。眠り姫さん」

 靴を脱ぎ捨て、エルネストは寝台にあがる。小さな山を跨ぎ、シーツ越しの愛しい人に向かって囁く。
 そして、慣れた手つきでシーツを剥がすと、赤茶の髪が現れた。白いシーツの上に扇状に広がる髪をひとすくいする。そして、自分の顔に近づけ、頬に擦り付けた。

 小屋に住んでいたときよりも良くなった手触りを堪能しながら、エルネストは更にシーツをめくる。

 白い肌と、伏せられた長いまつ毛。みずみずしい林檎のような真っ赤な唇。

 昨晩ぶりのリシャーナが体を丸めて眠っていた。リシャーナが生家に戻ってから毎日欠かさず、眠るリシャーナを訪ねていた。

「今日も忙しかったかな」

 赤らんだ頬に唇を落とすと、弾けるような肌がエルネストの唇を押し返してきた。食べるものがよくなり、少しふくよかになったのか。
 リシャーナの体はどこを触っても心地がよかった。

 エルネストが声をかけても、リシャーナの反応はない。余程疲れているのか、どんなことをしても
 リシャーナが目を覚ますことは無い。
 今のエルネストはダリアの護衛騎士という立場から、リシャーナに会うことは許されない。

 ダリアは『モノ』への執着心が非常に強い。
 もし、ダリアがリシャーナの変容の術に気づいたりしたら。

「危険、ってわかっているんだけど」

 会わずにいられない。

 伏せられたまつ毛、目尻に唇を落とす。エルネストは誰も聞いていない懺悔をこぼす。
 規則的に上下する肩を抱いて、そっと仰向けにする。
 禁断の果実のように美味しそうな唇が薄く開かれた。

「……ん」
「リシャーナ」

 エルネストは、薄い夜着の紐を解く。はらはらと滑らかな布がリシャーナの肌の上を滑り落ちていく。
 くっきり浮かんでいた骨が少し見えにくくなっている。それでもまだ、華奢で細い体だった。

 人差し指で鎖骨を撫でる。リシャーナの華奢さが目立つその場所に赤い花を咲かせたい。

 けれども、跡が残る行為は非常にまずい。

 エルネストは決壊しそうになる欲望を抑えて、リシャーナの柔らかな胸に耳を押し当てた。

 規則正しい鼓動を耳にして、今日もリシャーナの命を確認する。

「……生きている」

 死んだような生を送っていたエルネストにとって、リシャーナは生きる道標だ。今日も今日とて生の動きを確認する。エルネストの欲望のために、孤独な世界から、陽の当たる世界に戻されてしまった可哀想なリシャーナ。

「それでも、僕は君を諦められないんだ」

 懺悔の時間は終わりだ。
 そっと体を起こして、
 エルネストの右手は不埒な場所を探っていた。
 仰向けになっても横に流れない、張りのある乳房をゆっくりと揉みしだく。
 可愛らしい膨らみは、欲望にまみれた手によってすぐに形を変えた。
 しばらく揉みしだくと、先端に小さな蕾が赤く色づく。今にも花をひらく寸前のような赤い蕾の誘惑に、エルネストは逆らうことなく吸い寄せられる。

 舌を絡めて、蕾を舐めとる。すると、ほんの少し石鹸の香りと味がした。
 汗と欲望にまみれた森の奥の交わりも良かったが、やはりリシャーナには高貴な暮らしが似合っている。
 柔らかなシャボンに包まれたリシャーナを想像すると、すぐに雄芯が存在を主張した。
 ベルトを外し、スラックスを寛げると、閉塞感から開放された雄芯がふるりと揺れた。

 赤い蕾を甘噛みし、時に吸い上げ、舌で転がしたりすると同時に、エルネストは空いた手で自身を擦る。

「っ、リシャーナ」
「っ、ふ、ぁ」

 誰にも知られないように、こっそりとリシャーナの名を呼ぶ。すると、まるで返事をするかのように、エルネストの下にいるリシャーナは小さな喘ぎ声をあげた。眠っていても感じるらしい。エルネストは、リシャーナが目覚めないギリギリの快楽を見極めながら、不埒な行為を続けた。

「ん、ん」
「リシャーナ」

 子犬のような声で泣く度に、ちらりと見え隠れする舌。ぬるくて、柔らかい舌の感触を思い出したエルネストは、思わず自分の舌をリシャーナの口内にねじ込んだ。
 小さな舌を追いかける。しかし、おにごっこはすぐに終わり、リシャーナの舌がエルネストのものに絡められた。
 意識がなくとも、自身を求めるリシャーナに、エルネストは喜びを覚えた。
 細い肩を抱きしめて、キスに夢中になる。
 リシャーナの体が小さく震えたのを感じたエルネストは、慌てて唇を離した。

 エルネストの唾液で濡れた唇が、暗闇の中でうっそりと光っている。淫靡な姿に、エルネストは吸い寄せられるように唇をもう一度重ねた。
 今度は理性を持って、ほんの少し撫でるようなキスだった。

 幸い、リシャーナが起きる気配はなく、エルネストはのしかかっていた体をそっと起こす。

 柄にもなく胸が高鳴っていた。自分の唇についたリシャーナの唾液をなめとる。はたから見たらきっとご馳走を目の前にして舌なめずりしている獣のようだろう。
 ご馳走はまだ続いている。
 閉じられた足をエルネストはゆっくりと開く。反応が無いのはつまらないと思っていたが、案外そうでも無い。
 自分しか知らない、大切な宝石箱を開けるような。
 説明しがたい高揚感にエルネストは襲われていた。

 足を開けば、何にも覆われていないリシャーナの秘部が顕になった。
 赤い蕾の刺激とキスのせいか、光る蜜を纏っている。

「そういえば、ここに忠誠を誓ったね」

 エルネストとリシャーナだけの秘密の儀式。
 エルネストは溢れ出る興奮を隠せずにリシャーナの秘部に唇を寄せる。乳首と同じように赤く腫れた可愛らしい蕾を口に含む。

 同じくシャボンの香りに包まれ、エルネストは隠された場所の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
 ぺちゃぺちゃと蜜を舐め取り、時に軽く食む。

 寝ているリシャーナが起きないか、と理性が語りかけてくる。

 起こしてしまえ。そして、淫らに鳴かせて、愛を囁いてやればいい。

 本能と理性のせめぎ合いがエルネストの中で始まる。
 しばらく戦ったのち、勝利した理性のおかげでエルネストはリシャーナの秘部から唇を離した。


「……リシャーナ」
「……ん」

 エルネストの声に反応するリシャーナの頬を撫でる。
 まだ幼い顔立ちからは想像出来ない壮絶な過去を、エルネストは思い出す。
 これからのリシャーナに幸多くあれとエルネストは願う。そして、その隣には自分がいればいい。

「リシャーナ。僕は君を絶対に諦めないよ」

 乱れた夜着を整え、濡れた秘部を布で拭う。
 そそり立つ陰茎をしまうのに苦労したが、ここに痕跡を残すわけにいかなかった。
 蜜で濡れた布を胸元にしまい、エルネストはベッドから降りる。

「はやく、君とひとつになりたいよ」

 未だ眠るリシャーナの瞼にキスを落として、エルネストは闇夜の中に消えていった。
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