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第十二章 高熲 

第十二章 高熲 九

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 それから数日経ったある日、とうとう伽羅は機を見て夫に訴えることにした。
 方針が定まったのだ。

「陛下、高僕射のことなのですが、聞いていただけますでしょうか」

 楊堅が後宮に戻ったところを捕まえて、伽羅は声色柔らかに切り出した。

「何だ。もしや高僕射が妾を隠し持っていたことをまだ怒っているのか?
 まあ、正妻殿が生きていた頃なら朕も必ずたしなめたが、今や奴も寂しい独り身である。
 百人も妾を持ったわけではない。たった一人だ。
 数え切れぬほどの功を立ててもいることだし、先の短い老人の気晴らしと思って許してやることは出来ぬかの」

 楊堅が恐る恐る思うところを述べる。
 自分も浮気した身なので高僕射だけを責めることは出来ぬのだ。

 また、自分自身を責められているような気がして冷やりともする。
 しかし伽羅は穏やかに微笑んだ。

「いいえ、そのことで怒っているわけではありませぬ。
 元々わたくしも、高僕射に後妻を……と、勧めた身。
 妾のままにせず『正妻』になさるなら良ろしいかと思いますわ」

「おお、それは良い考えじゃ。高僕射も喜ぼうぞ」

 楊堅はホッとして相好を崩した。

「ですが」

 伽羅はここでいったん話を区切った。
 楊堅はその様子に身構える。

「ですが高僕射は『陛下の忠実な臣下』とは言えますまい。
 このまま見過ごすことは出来ませぬ」

 楊堅は伽羅の言わんとすることが呑み込めず、首を傾げた。

「はて、そうかの。
 高僕射はもう二十年も朕の優秀な腹心としてよう働いてくれた。
 これを忠実と言わずしてなんとする」

「ええ高僕射は優秀でございますわ。父も日頃から褒めておりました。
 わたくしもそこには異論はございません。彼は極めて優秀でございます。
 ですが――――高僕射は陛下に『嘘』をつきましたわ」

 そう言うと、楊堅はしばらく考え込んだ。

「はて、後妻を娶らぬと言いつつ妾を隠していたことを言っておるのか?」

「そうございます。
 亡き妻を想って読経三昧であるとも言いました。
 陛下はその嘘を見破ることが出来たでしょうか?」

「いや、それは無理であろう。
 奴は涙まで流してそちの気遣いに感謝しておった。
 朕も見事に騙されてしまったわい」

 楊堅は、大したことではないとばかりに呵々かかと笑った。
 けれど伽羅は、その真剣な眼差しを崩すことは無かった。

「ええ、そうでしょうとも。お気づきになられなかったことでしょう。
 ですが、高僕射が少しでも『陛下を騙して申し訳ない』という気持ちを持っておりましたら、賢明な陛下は騙されなかったはずでございますわ」

「それは……そうであるな」

 楊堅も笑うのをやめた。

「これが妾の事でなく、国の一大事であれば何となさいます。
 その時も陛下は笑って過ごされるのでございましょうか」

 そこまで言われると、楊堅も流石にハッとした顔つきになった。

 国の大事を担う僕射が皇帝に平然と嘘をつく――――つまり皇帝を侮っているのである。
 それがどれほどの大事か突如気付いたのだ。

「高僕射は陛下に嘘をつきました。
 一度あったことが、今後二度とないとは言えますまい。
 また、今回あったことが、以前には無かったとも言えますまい。手慣れ過ぎておりまする。
 このこと、今一度よくお考えになって下さいまし。
 高僕射は―――陛下を騙すためなら、己が涙ですら自在に操れる男です。
 このような男を僕射に置いていては益々増長し、いずれ大きな過ちを冒すことでしょう。
 その前に……そう、彼の『宝珠のような経歴』が傷付く前に、速やかに引退させることもまた、思いやりの一つかと存じます」

 楊堅はその言葉に深く考え込んだ。
 そうして、その後にはもう一人の重臣、楊素も皇后に加勢したことからさすがに思うところがあったのか、ついに皇帝堅は高熲を失脚させてしまったのである。
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