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第七章 悪皇帝

第七章 悪皇帝 五

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 悪帝、いんは、先帝の忠臣たちがいかにして国を支えて来たか、知ろうとはしなかった。
 忍従もせず、戦いもせず、労せずして与えられた地位を楽しみ、国財をむさぼるばかりである。

 享楽の邪魔をする者には容赦をしなかった。
 罪状をでっちあげては誅殺し、でっちあげ損なっても殺させた。
 悪臣・宇文護を見習ったのか自殺を迫って毒杯を送ることもあり、旧臣一同は震えあがった。
 しかしたまには良いことをしようと試みたこともあったようだ。

高祖こうそ(王朝の始祖である皇帝)が制定した刑法は、ちと厳しすぎるのではないだろうか?」

 そんなことを言い出したのだ。
 日頃、悪逆三昧で過しているため、かえって悪人には同情心を覚えたのかもしれない。

「朕はこれを廃止しようと思う。
 また、大赦たいしゃ恩赦おんしゃの一種)を行って全ての罪人を許すべきである。
 罪を許された人民どもは、朕がいかに徳高き皇帝か知るであろう」

 ある日思いつき、得意満面で宣言した悪帝であったが、さて、臣下たちの反応は如何いかに。

 もちろん評判は悪かった。
 そもそも恩赦は国にとって特段にめでたい事があったときに行われるものである。
 これはよく知られている事柄だろう。

 いんが即位する際にも、もちろん行われた。
 めでたいと思った者が多かったかどうかはともかくとして、一般的に新帝が立つときには恩赦が行われる。
 一方、大飢饉や戦などで、国に大過があったときにも行われる。

 何故なにゆえか。

 中国最古の歴史書『尚書しょうしょ』の中の『虞書ぐしょ』にも書かれているが、災害時には、食べ物にきゅうし過ちを犯す民が多くなるからだ。
 平時にあっては善良なはずの民を『過分に罰する』のは良くないので、刑法の適用を緩めるのである。

 しかし、このたびの大赦には特段の理由がない。
 思い付きでやる、ただの人気取り――もしくは、自分が散々『罪』と言われることをしてきたので、罪人に自分を重ねて許そうとしたのか。

 ある臣が、皇帝いんの元に進み出た。

「五刑において『疑わしき時にしゃがある』と言いまする。
 罪があるかどうか疑わしければ罪一等を減じるのもろしゅうございます。
 しかしながら、経典には『罪の軽重に関わらず、全てを赦免する』という文言は、どこにもございませぬ。
 陛下がお優しさから全ての罪人にお恵みを下されようとなさったことは疑うべくもございませぬが、むやみに大赦を行っては悪人達が増長するだけでございます」

 臣は言葉を慎重に選んだため誅殺はされなかったが、その意見は無視され大赦は度々行われた。
 その結果、臣民は段々と刑法を軽んじていき、気軽に盗みや殺しをを行うようになっていった。

 このような軽薄浅慮ぶりからわかるように、悪皇帝は政治には不向きで、また関心も薄かった。
 贅沢を好んで増長した、晩年の宇文護ですら『政務』だけは怠らなかったのに、いんは違う。
 日々贅沢を極めた宴会を催すことにのみに情熱を注ぎ、それは後宮の外であっても、夜を徹して行われた。

「酒をもっと注げ。さあ、美しき宮妓きゅうぎたちよ、肌をあらわにして舞い踊るがよい!」

 皇帝の酔っ払い声が皇宮に響き渡る。
 見かねて数人の臣がたしなめたが、

「そうか。書類の決裁が著しく滞って、他国との関係も危ういとな。
 ふむ、皇帝の決裁でなければいかんのか……そうだ、良いことを思いついたぞ!」

 と、皇帝いんは手を打った。
 こういう事にだけは知恵の回る男である。

 臣たちは不安げに顔を見合わせた。
 結果……そう、またしてもろくでもない事だった。

「太子せんは今、何歳になったのかな?」

 我が子に関心の薄い悪帝が、臣下に尋ねた。

「御年、七歳でございます」

「字は読めるのか?」

「太子殿下は聡明でいらっしゃいますが、難しい字はまだ無理かと存じ上げまする」

 聡明であるというのは明らかにお世辞で、太子はどちらかというと愚鈍に類するが、こう言わねば悪帝の機嫌を損ねてしまう。

「ふむ。しかし印ぐらいは押せるであろう。
 北斉ほくせい四代目皇帝たんも九才の太子に譲位して心置きなく楽しんだと聞いておる。
 太子せんに譲位する故、以後はせんを皇帝とし、何事も決裁させるよう命ずる」

 そもそも北斉は北周の元敵国であり、おかしな譲位を行ったり、暗君が続いたためにこの国――北周に滅ぼされたのだ。 
 いくらなんでもそれは……と、皆、顔を見合わせたが、もはや誰も口にしなかった。
 よくよく考えてみると、皇帝いんに決裁を任せるより、幼帝に優秀な補佐を付けて進めた方がうんとマシなのである。

 結局、悪皇帝は、帝位に就いて一年とたたずに七歳の長男に座を譲ってしまったのだった。





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