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第五章 酔っ払い太子の妃
第五章 酔っ払い太子の妃 六
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太子妃であれば、未来には皇后である。
楊堅は皇帝の外戚となるので、更なる出世も思いのままであった。
皇帝が心苦しげに語ったことの重要性もよくわかる。
暗君が立った国の悲惨さは言語を絶する。
丁度隣国、北斉ではそのような暗君が続き、臣民は苦しみぬいている。
いや、北斉だけが特殊というわけではない。
史書を紐解けばそのような例は、いくらでも出てくる。
暗君によって国自体が潰えることすら稀ではないのだ。
そうなっては、皇帝邕は、兄帝たちに何と言い訳してよいかわからぬだろう。
皆、臣下の娘どころか国のために、自分の命さえも差し出したのだ。
それでも揚堅は、可愛い娘を悪太子にくれてやる気にはなれなかった。
伽羅にどう話してよいかもわからない。
官舎泊まりの数日間は鬱々と酒など飲んでやり過ごしたが、さすがに沐浴日(休暇日)には館に帰らざるを得ない。
揚堅は散々、自棄酒をあおった後、いつも通りの質素な軒車に乗り込み、車中でも肩をがっくりと落としながら妻の待つ館へと戻ったのである。
さて館にたどり着いた揚堅であるが、言葉にすることさえ辛く、長らく妻の前に無言でたたずんでいた。
楊堅が酒の匂いをさせて、このように憔悴して帰る姿など、伽羅は見たことが無い。
根気良く夫の言葉を待っていたが、いつまでもそうしているわけにはいかなかった。
「此度は何があったのでございましょう」
問いかける伽羅に楊堅は目を伏せた。
「実は、麗華を…………」
「麗華を?」
伽羅の顔が一瞬にして曇った。
「麗華を…………太子殿下の妃に欲しいと……陛下から、直々のお言葉があったのだ……」
妻の顔など到底、見れぬ。
うつむいて、声を搾り出すようにして、なんとかそれだけを口にした。
賢明な妻ならそれだけで察してくれよう。
皇帝直々の頼みとあらば、それはもはや断ることは不可能なのだ。
「お待ちくださいませ。
公式発表になる前に、わたくしが皇太后様とお話して何とかいたします」
諦めきれぬのは母として当然であろう。
しかし楊堅は頷かなかった。
「それももう叶わぬ。皇太后様も同意なさったようだ。
このまま太子殿下が即位されるなら『暗君』となること間違いなし。
陛下はそのことを強く危惧されて、更正のためにと麗華に白羽の矢をたてたのだ。
いささかの配慮はしていただけるよう、お願い申し上げてきたが、皇太后様も同意なさった以上、今から覆せることではない。
公式発表も早々にされるだろう」
伽羅は青ざめて、言葉もなく立ちつくした。
どんなに無茶な願いであろうと、皇帝の決断に臣下が逆らえるわけもない。
考えても考えても、それはどうにもならないことなのだ。
そうして二人は泣く泣く、可愛い娘を差し出すことになったのである。
史書の一冊『通鑑記事本末』を見ると、麗華の輿入れは十二歳とある。
時に太建五年(西暦五七三年)旧暦八月。
常である涼秋はまだ訪れない。
盛夏さながらの、うだるような暑さと蝉の声が不幸な結婚を暗示しているかのようであった。
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これで第五章は終了です。
苦難が押し寄せてくる話が多いですが、それでもお読みくださりありがとうございます。
今回、孟母三遷の話が出ましたが、実は孔子も幼い頃、葬式ごっこに夢中になっていたようです。
葬式ごっこって意外とポピュラーな遊びだったようですね。←でも親からするとやらせたくない気持ちはわかる。
ただ、結城も子供の頃、キョンシーの真似をして遊んだことならありました。子供って何でも真似しますよね~(^_^;)
孔子の母親は十六歳の巫女・顔徴在であるとわかってます。
そして、孔子が生まれたのが紀元前五五二年。そんな昔のことまで残っているのですから、やっぱり文字って凄いです。
さて、孔子の母は、葬式ごっこをする我が子を見てどうしたのか?
とっても気になりますが、そこは伝わっていないようです。(もっと探せばあるのかな?)
楊堅は皇帝の外戚となるので、更なる出世も思いのままであった。
皇帝が心苦しげに語ったことの重要性もよくわかる。
暗君が立った国の悲惨さは言語を絶する。
丁度隣国、北斉ではそのような暗君が続き、臣民は苦しみぬいている。
いや、北斉だけが特殊というわけではない。
史書を紐解けばそのような例は、いくらでも出てくる。
暗君によって国自体が潰えることすら稀ではないのだ。
そうなっては、皇帝邕は、兄帝たちに何と言い訳してよいかわからぬだろう。
皆、臣下の娘どころか国のために、自分の命さえも差し出したのだ。
それでも揚堅は、可愛い娘を悪太子にくれてやる気にはなれなかった。
伽羅にどう話してよいかもわからない。
官舎泊まりの数日間は鬱々と酒など飲んでやり過ごしたが、さすがに沐浴日(休暇日)には館に帰らざるを得ない。
揚堅は散々、自棄酒をあおった後、いつも通りの質素な軒車に乗り込み、車中でも肩をがっくりと落としながら妻の待つ館へと戻ったのである。
さて館にたどり着いた揚堅であるが、言葉にすることさえ辛く、長らく妻の前に無言でたたずんでいた。
楊堅が酒の匂いをさせて、このように憔悴して帰る姿など、伽羅は見たことが無い。
根気良く夫の言葉を待っていたが、いつまでもそうしているわけにはいかなかった。
「此度は何があったのでございましょう」
問いかける伽羅に楊堅は目を伏せた。
「実は、麗華を…………」
「麗華を?」
伽羅の顔が一瞬にして曇った。
「麗華を…………太子殿下の妃に欲しいと……陛下から、直々のお言葉があったのだ……」
妻の顔など到底、見れぬ。
うつむいて、声を搾り出すようにして、なんとかそれだけを口にした。
賢明な妻ならそれだけで察してくれよう。
皇帝直々の頼みとあらば、それはもはや断ることは不可能なのだ。
「お待ちくださいませ。
公式発表になる前に、わたくしが皇太后様とお話して何とかいたします」
諦めきれぬのは母として当然であろう。
しかし楊堅は頷かなかった。
「それももう叶わぬ。皇太后様も同意なさったようだ。
このまま太子殿下が即位されるなら『暗君』となること間違いなし。
陛下はそのことを強く危惧されて、更正のためにと麗華に白羽の矢をたてたのだ。
いささかの配慮はしていただけるよう、お願い申し上げてきたが、皇太后様も同意なさった以上、今から覆せることではない。
公式発表も早々にされるだろう」
伽羅は青ざめて、言葉もなく立ちつくした。
どんなに無茶な願いであろうと、皇帝の決断に臣下が逆らえるわけもない。
考えても考えても、それはどうにもならないことなのだ。
そうして二人は泣く泣く、可愛い娘を差し出すことになったのである。
史書の一冊『通鑑記事本末』を見ると、麗華の輿入れは十二歳とある。
時に太建五年(西暦五七三年)旧暦八月。
常である涼秋はまだ訪れない。
盛夏さながらの、うだるような暑さと蝉の声が不幸な結婚を暗示しているかのようであった。
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これで第五章は終了です。
苦難が押し寄せてくる話が多いですが、それでもお読みくださりありがとうございます。
今回、孟母三遷の話が出ましたが、実は孔子も幼い頃、葬式ごっこに夢中になっていたようです。
葬式ごっこって意外とポピュラーな遊びだったようですね。←でも親からするとやらせたくない気持ちはわかる。
ただ、結城も子供の頃、キョンシーの真似をして遊んだことならありました。子供って何でも真似しますよね~(^_^;)
孔子の母親は十六歳の巫女・顔徴在であるとわかってます。
そして、孔子が生まれたのが紀元前五五二年。そんな昔のことまで残っているのですから、やっぱり文字って凄いです。
さて、孔子の母は、葬式ごっこをする我が子を見てどうしたのか?
とっても気になりますが、そこは伝わっていないようです。(もっと探せばあるのかな?)
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