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第24章終幕
1.終幕★
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城の地下には、王族の廟がいくつもある。
白の大理石が多く使われた墓室は、リオンが長く閉じ込められていたエルシオンの神殿に少し似ていて、当時を思い出さずにはいられない。
6年前、リオンが神殿に見立てて使っていた『あの廟』に、俺とアルフレッド王、ウルフの3人で秘密裏に弟の棺を運んだ。
美しいモチーフが彫りこまれた大きなガラスの棺は、本当は王族だけが使用出来るものであった。
しかし、王がリオンを哀れんで流用して下さったのだ。
あれだけのことをしたのに、だれもリオンを恨んでなどいなかった。
王も、刺されたアリシアさえも。
皆、リオンを理解してくれていたのだ。
それは言葉には出さねども、ずっとリオンの事を覚えていてくれたからこその事だと……今は俺にもはっきりとわかる。
かつてリオンが死の間際に願ったのは、ありえないぐらいささやかな望みだった。
国のためにあれほど身を投げうって尽くしたのだから、もっと欲深く願うなり、恨み言を吐くなりしても良かったのだ。
でも、リオンはそうしなかった。
戦って……戦って……悲鳴一つ上げぬまま、こと切れる寸前に願ったのは、あまりにも小さな願い一つ。
ボ ク ヲ ワ ス レ ナ イ デ
そこには、ヴァティールがかつて俺に言った通り『恨み』も『憎しみ』も無く、ただ悲しいまでの『純粋な想い』があっただけのはずだった。
しかし、ささやかすぎるその願いですら誰の胸にも届かなかったと知った時……リオンは壊れてしまった。
もちろん、俺が弟を忘れるなんてありえるはずも無く、皆にとってもそれは同じだった。
すべては、リオンによる誤解でしかない。
でも壊れてしまったリオンにはもう、俺の声でさえ届かない。
透明な棺からのぞく弟の横顔は、悲しく涙を流したあの時のまま凍りついていた。
小さな体を乗せるために敷いた聖布の下には、ヴァティールが魔力で造った溶けない氷が入っており、常に零下の温度を保っている。
リオンはここで、ずっと眠り続けるのだ。
「ここからは、俺とリオンの二人きりにしていただけないでしょうか……」
そう言うと、王もウルフも心配そうな眼差しを俺に向けたが、やがて静かに去っていった。
二人が去ったのを確認してから、俺はリオンを棺の中から抱き上げた。
リオンの体は、小さくて軽い。
初めて出会ったあの時のままのように感じる。
それが、とても切なかった。
しばらく抱きしめていると、リオンの体にほのかな暖かさが戻ってきた。
「……兄様?」
リオンが、夢うつつに朱金の瞳を開く。
「ああ。俺だよ」
そう囁くと、弟はとても幸せそうに微笑んだ。
「兄様……僕、とても怖い夢を見ちゃいました。
僕はお外に出たことが無いはずなのに、兄様とお外の世界に行って……それでいつも兄様と一緒に居られてとても嬉しいはずなのに、怖い目にばかり合いました。
人もいっぱい殺しました。いっぱい、いっぱい……僕の手が真っ赤に染まって……。
ああ、夢で良かった……」
リオンは俺に縋り付いて、綺麗な涙を流す。
「なあリオン。それは夢だよ。ただの夢だ。
もう一度眠ってから目を覚ましたら、そんな悲しい夢はキレイさっぱり忘れているさ。
……でも俺は、こんなに不安に思っているお前を今は外には連れて行けない。
許してくれよ……」
涙を流す俺を、リオンはびっくりしたように見つめた。
「泣かないで下さい兄様。僕はこの地下のお部屋で、また明日兄様が来られるのを良い子にして待っています。
兄様はいつも、僕の事を『可哀想だ』っておっしゃるけれど、そんな事はありません。
アースラ様は、御本に書き残して下さっていました。
『王には外の世界での使命がある。
だからクロス神官は、一切の私欲を持たず『王』と『国』のために、ただ心からの祈りを捧げるのだ』と。
僕は兄様のために祈り続けられる事を……とても誇りに思い、そして幸せにも思っております」
リオンはそう言うと、にっこりと微笑んだ。
そのリオンを腕の中に抱いたまま、もう一度氷の棺の端に寄せて、そっと寝かせてやる。
「もうおやすみリオン。今度こそ怖い夢を見ないよう、お前が眠るまでちゃんとここに居てやるからな」
そう言ってふわふわの髪を撫でてやると、リオンはうっとりと目を瞑った。
「おやすみなさい、兄様。また明日……お会い……出来ます……よね?」
細い指先が、見る間に白く凍っていく。
「ああ、もちろんだ。
……でも、もしかしたらこのまま俺も眠くなって、お前の隣で寝てしまうかもな。
二人で眠るにはこのベットはちょっと狭いが……我慢してくれるか?」
俺の返事に、リオンはもう言葉を返さなかった。
そのままリオンは眠りに落ちた。
長いまつげには、薄く霜がついている。
でも、唇は幸せそうに笑みの形に結ばれていた。
俺はリオンの顔をしばらく見つめていたが、静かに傍らにあった棺の蓋を閉めた。
すまないリオン。
まだ俺には、やる事がある。
一度だけ振り返って、俺は墓室を後にした。
生者の世界で生きるために。
白の大理石が多く使われた墓室は、リオンが長く閉じ込められていたエルシオンの神殿に少し似ていて、当時を思い出さずにはいられない。
6年前、リオンが神殿に見立てて使っていた『あの廟』に、俺とアルフレッド王、ウルフの3人で秘密裏に弟の棺を運んだ。
美しいモチーフが彫りこまれた大きなガラスの棺は、本当は王族だけが使用出来るものであった。
しかし、王がリオンを哀れんで流用して下さったのだ。
あれだけのことをしたのに、だれもリオンを恨んでなどいなかった。
王も、刺されたアリシアさえも。
皆、リオンを理解してくれていたのだ。
それは言葉には出さねども、ずっとリオンの事を覚えていてくれたからこその事だと……今は俺にもはっきりとわかる。
かつてリオンが死の間際に願ったのは、ありえないぐらいささやかな望みだった。
国のためにあれほど身を投げうって尽くしたのだから、もっと欲深く願うなり、恨み言を吐くなりしても良かったのだ。
でも、リオンはそうしなかった。
戦って……戦って……悲鳴一つ上げぬまま、こと切れる寸前に願ったのは、あまりにも小さな願い一つ。
ボ ク ヲ ワ ス レ ナ イ デ
そこには、ヴァティールがかつて俺に言った通り『恨み』も『憎しみ』も無く、ただ悲しいまでの『純粋な想い』があっただけのはずだった。
しかし、ささやかすぎるその願いですら誰の胸にも届かなかったと知った時……リオンは壊れてしまった。
もちろん、俺が弟を忘れるなんてありえるはずも無く、皆にとってもそれは同じだった。
すべては、リオンによる誤解でしかない。
でも壊れてしまったリオンにはもう、俺の声でさえ届かない。
透明な棺からのぞく弟の横顔は、悲しく涙を流したあの時のまま凍りついていた。
小さな体を乗せるために敷いた聖布の下には、ヴァティールが魔力で造った溶けない氷が入っており、常に零下の温度を保っている。
リオンはここで、ずっと眠り続けるのだ。
「ここからは、俺とリオンの二人きりにしていただけないでしょうか……」
そう言うと、王もウルフも心配そうな眼差しを俺に向けたが、やがて静かに去っていった。
二人が去ったのを確認してから、俺はリオンを棺の中から抱き上げた。
リオンの体は、小さくて軽い。
初めて出会ったあの時のままのように感じる。
それが、とても切なかった。
しばらく抱きしめていると、リオンの体にほのかな暖かさが戻ってきた。
「……兄様?」
リオンが、夢うつつに朱金の瞳を開く。
「ああ。俺だよ」
そう囁くと、弟はとても幸せそうに微笑んだ。
「兄様……僕、とても怖い夢を見ちゃいました。
僕はお外に出たことが無いはずなのに、兄様とお外の世界に行って……それでいつも兄様と一緒に居られてとても嬉しいはずなのに、怖い目にばかり合いました。
人もいっぱい殺しました。いっぱい、いっぱい……僕の手が真っ赤に染まって……。
ああ、夢で良かった……」
リオンは俺に縋り付いて、綺麗な涙を流す。
「なあリオン。それは夢だよ。ただの夢だ。
もう一度眠ってから目を覚ましたら、そんな悲しい夢はキレイさっぱり忘れているさ。
……でも俺は、こんなに不安に思っているお前を今は外には連れて行けない。
許してくれよ……」
涙を流す俺を、リオンはびっくりしたように見つめた。
「泣かないで下さい兄様。僕はこの地下のお部屋で、また明日兄様が来られるのを良い子にして待っています。
兄様はいつも、僕の事を『可哀想だ』っておっしゃるけれど、そんな事はありません。
アースラ様は、御本に書き残して下さっていました。
『王には外の世界での使命がある。
だからクロス神官は、一切の私欲を持たず『王』と『国』のために、ただ心からの祈りを捧げるのだ』と。
僕は兄様のために祈り続けられる事を……とても誇りに思い、そして幸せにも思っております」
リオンはそう言うと、にっこりと微笑んだ。
そのリオンを腕の中に抱いたまま、もう一度氷の棺の端に寄せて、そっと寝かせてやる。
「もうおやすみリオン。今度こそ怖い夢を見ないよう、お前が眠るまでちゃんとここに居てやるからな」
そう言ってふわふわの髪を撫でてやると、リオンはうっとりと目を瞑った。
「おやすみなさい、兄様。また明日……お会い……出来ます……よね?」
細い指先が、見る間に白く凍っていく。
「ああ、もちろんだ。
……でも、もしかしたらこのまま俺も眠くなって、お前の隣で寝てしまうかもな。
二人で眠るにはこのベットはちょっと狭いが……我慢してくれるか?」
俺の返事に、リオンはもう言葉を返さなかった。
そのままリオンは眠りに落ちた。
長いまつげには、薄く霜がついている。
でも、唇は幸せそうに笑みの形に結ばれていた。
俺はリオンの顔をしばらく見つめていたが、静かに傍らにあった棺の蓋を閉めた。
すまないリオン。
まだ俺には、やる事がある。
一度だけ振り返って、俺は墓室を後にした。
生者の世界で生きるために。
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