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第23章 その日

6.その日

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 俺の腕の中のリオンが、呟く。

「どうして……どうして、駄目……なのですか?
 僕はただ、兄様と……一緒に居たい……だけ、なのに……」

 リオンの瞳から、一筋の涙がこぼれた。
 そして口の端からは、真っ赤な血が。

 抱きしめた体は確かに『人のもの』で温かかった。
 でも、それも時間がたつにつれ、だんだんと温度を失っていく。

「ヴァティール……溶けない氷を用意できるか?」

「……ああ。でも何に使うんだ?」

 俺の腕の中のヴァティールが、赤い瞳で俺を見た。
 そして、背中に刺さっていた魔剣を無造作に引き抜く。

「リオンの体を凍らせる」

 かつてリオンが『師であるクロスⅦ』にそうしたように。

「お前はアリシアに移ってくれ。アリシアはどの道、もう助からない。
 ……お前が体を使ってくれれば、彼女も喜ぶと思う。
 もう……リオンを生き返らせるわけにはいかないんだ……」

 俺は息も絶え絶えのアリシアの手を取って、うつむきながら言った。
 涙がどうしようもなく流れた。

 あれほどまでに望んでいた弟の復活が、こんな形で実現されるなんて思ってもみなかった。
 だがもう、全てが遅い。

 今の俺は、一国を滅ぼしてまで、リオン一人を選ぶことは出来ない。

「わかった。氷は用意してやる。
 リオンの能力は、今やアースラ以上だ。ボヤボヤしてると、すぐ生き返るぞ?
 急いで棺を用意して、凍ったまま詰めてくれ」

 ヴァティールが手順を淡々と告げていく。
 そして最後に、血まみれのアリシアの手をを愛しげに握り、数秒考え込むようなしぐさを見せた。
 その後ヴァティールは立ち上がり、ぐるりと皆を見まわした。

「……ここでの生活は楽しかったから、皆に今のうちに礼を言っておく。
 ありがとう。
 エル、アリシアと幸せにな!」

「……何を言っているんだ。アリシアはもう……」

「オマエこそ、何を言っているのだ。
 アリシアを泣かせたら承知しないと、前に言ったろう?
 ワタシはこれからアリシアの体内に移る。でもそれは、アリシアを生かすためだ。
 他人を救うための治癒魔法はワタシには使えないが、アリシアの体に移り、内から自己修復を試みれば、まだ何とか助かるはずだ。
 ただしこのまま乗り移ったら、アリシアの魂は消し飛んでしまう。
 だから、ワタシはワタシ自身を封じて、これから永い眠りにつく」

「ヴァティール……お前はそれでいいのか……?」

「良い」

 ヴァティールは、いつもの不敵な顔で笑った。

「アリシアはワタシの娘も同然。
 娘を助けるために、我が身を惜しむ親がどこにいる?
 前は力及ばず助けてやれなかったが、今度こそ……。
 ……リオンの件も悪かったよ。
『アースラの人器』になど、絶対に返すものかと思っていたが、返してやれば良かった。
 ……オマエだけは、リオンを恨んでやるなよ!!
 あいつはあいつなりに、頑張ってきたのだからなァ!!
 じゃあ、元気でなッ!!」

 ヴァティールは傍らに砕かれた氷の山をつくると、人形のように力を失ってくずおれた。

「ヴァティール!!」

 抱きとめて呼びかけたが、もう声は返らなかった。
 そのかわり、死んだように動かなかったアリシアの瞳がうっすらと開く。

「エル……私、夢を見たわ。ものすごく幸せな夢だったの」

 開いたその瞳からは、暖かい涙が流れ続ける。
 どんな夢なのかは問わなかった。

 それは、彼女だけの宝物なのだから。
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