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第20章 人の心

3.人の心

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 それから更に半月がたった。
 リオンはまだ、戻ってこない。

 俺以外の者にとっては日々が平和に過ぎ、

『もうアレス帝国は侵攻を諦めたのでは?』

 と誰もが思い始めた頃、異変は起こった。

「大変です、エル様!! 湖に巨大な魔法陣が現れました!!」

 顔色を失って飛び込んできた見張りの兵士を落ち着かせ、よく話を聞いてみる。

 最初はヴァティールのいたずらかと思っていたが、そうではない。
 魔法陣から約400名のアレス帝国魔道士団が現れたのだ。

 アレス帝国は奪略国家だ。
 しかし300年前『エルシオン戦』で敗北して以来、他国と戦う時に『魔法』を使用したという話は、聞いたことがない。
 というか、今のアレス帝国に、そのようなものは存在しない。

 エルシオン王国に負け、アースラの持ちかけた『取引』を飲んで以来、あの国には一人の魔道士もいないはずなのだ。

 しかし……今やアレスこそが戦勝国。
 エルシオン王国に敗れたのは300年も前の話で、ここ数十年は他国を侵略することに勤しんでいた。

 他国には、力は弱いものの、まだまだ魔道士が居て……それらを抱え、研究することは可能だろう。

 それにアレス帝国は、かつて我が国と何度も戦った相手だ。
 大魔道士アースラとも凄まじい魔術戦を繰り広げてきたと伝承に残っている。

 我が国に、アースラの技を継承してきたリオンのような存在がいるように、あちらにもそういう存在が秘密裏に存在して、魔道士団を育成していてもおかしくはない。

 そういえば、正体不明の商人が非公式に魔剣や魔道具を買いあさっていたのは、噂で聞いていた。
 べらぼうな値段の魔剣等を苦もなく買い取れるなら……バックについていたのは『アレス帝国』だった可能性は高い。

 それにしても、まさかあんな大規模な魔道士団まで隠し持っていたとは……。

 まずい。

 ヴァティールだけならともかく、あちらにはタイミング悪くアルフレッド王がヴァティールと話すために訪れている。
 もちろん、ヴァティール付きの侍女であるアリシアと下働きのウルフも。

 手加減というものを知らないヴァティールが、魔道士団と交戦したらとんでもないことになるに違いない。
 俺は馬を駆って湖の別荘にかけつけた。


「よう、エル!! 血相変えてどうした?」

 別荘の入り口には、機嫌よさそうな顔のヴァティールが立っていた。
 その隣にはアルフレッド王が。そしてアリシアとウルフが。

 ぐるりと見わたすが、辺りに取り立て変異はない。

「……無事だったのか、良かった。
 さっき見張りの兵から『湖に巨大な魔法陣が現れた』と聞いたのだが……」

「ああ。現れたぞ?
 アレスの魔道士数百人が、そん中から現れやがった。
 おかげで魚釣りが台無しだ。
 ウザいんで、全員、石に変えて湖の底に沈めておいた。
 何だ、心配してくれたのか? それは嬉しい」

 ヴァティールは、機嫌よさそうに笑って応えた。

「いや、ヴァティール殿は本当にお強い。感心致しましたぞ」

 アルフレッド王が言う。

「本当に素敵ですわぁ。ヴァティール様。
 これほどのことが出来るのは、きっとこの世で貴方様だけです。
 お仕え出来て光栄ですわ!!」

 アリシアも昔と違って、本心からそう思っているようだ。

「ヴァティール様さえいらっしゃったら、わが国は安泰です!
 どうぞいつまでも、いつまでも……わが国にいらして下さい!!」

 いつもは控えめなウルフも、手放しでヴァティールを褒める。


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