上 下
141 / 437
第18章 戦火

5.戦火

しおりを挟む
「リオン!!」

 今度は止めることが出来なかった。
 リオンは一瞬のうちに城壁の上から身を躍らせた。

 そのままふわりと着地し、エラジーを振るって周りの敵を悪鬼のごとく切り伏せていく。

 青一面だったそこに、リオンを中心とした血の魔法陣が出来上がった。
 おそらくは禁呪。
 人間の血を大量に使った、大魔法陣。

「ヴァティール・ライド・エーシャ!!」

 魔法陣から禍々しい火炎が浮かび上がり、城門をこじ開けようとしていた兵士たちを襲う。

 『魔獣』の名を冠した魔術の威力は絶大で、千名近い兵士たちが一瞬で炎に飲まれる。
 破城槌も巨大な炎に包まれて燃え上がった。
 あれではもう使い物にならないだろう。

 しかし魔法陣の方も数秒ともたず解けてしまう。
 術は失敗だったのか!?

 炎術に身を焼かれて転げまわる者たちを押しのけるようにして、一旦ひるんだアレス帝国兵が円形にリオンを囲む。
 その数は数千。

 炎術を警戒してなのか、距離は少しある。
 リオンは許容量を超えた大魔道を使ったせいか、肩で息をしている。

「馬鹿ね!!
 ボーっとしている場合じゃないでしょ!!
 さっさと援護しなさいよッ!!!」

 アリシアの切羽詰った怒鳴り声に、俺は長弓に矢をつがえ次々と放った。
 他の者も、ハッとしたように同じくリオンを援護する。

 この位置なら、矢は届く。
 王子時代に仕込まれ、その頃よりはるかに長身となった俺の最大射程距離は400メルトル程。他の者もその半分弱なら充分届く。

 もちろん精度はさほどではないが、威嚇にはなるし、リオンと敵兵の間にはそれなりの距離がある。
 下手でもさすがにリオンにはかすらないだろうし、運が良ければ密集している敵兵に当たる。

 少ない手数では、雨のように矢を降らすところまではいかないが……リオンが回復できるまで、少しでも時間を稼がねば。

 息を整えたリオンは一角から敵陣に突っ込み、もう一度『魔獣』の名を冠した大魔術を発動させた。
 数百の兵が炎に飲まれたが、先程よりは威力は無い。

 立っているのもやっとのようなリオンを、再び兵士たちが遠巻きに囲む。

「何をやっている! 奴に回復の時間を与えるな!!
 即刻に討ち取れッ!!」

 敵将の雷のような声が響き、兵の一部がリオンに向かって突っ込んでいった。

 リオンは荒い息を吐きながら、魔術と魔剣を交互に使い敵を倒していく。
 しかし、いくら倒しても敵兵は減らない。

 それどころか、すぐ側の街道に別の帝国軍数千の姿が遠くまで見えた。
 数時間もしないうちに彼らは此処にたどり着くだろう。

「リオン! 戻ってこい!!」

 混戦状態ではあるが、リオンは耳が良い。
 俺の声なら聞き分けるはずだ。
 そして魔術を使えるリオンなら、城壁を越えて帰城出来るかもしれない。

「リオン!!」

 祈るように叫ぶ、俺とリオンの視線が一瞬……合ったような気がした。
 それは、その直後の事だった。

「ぐ……っ」

 リオンの体が赤く染まっていく。
 後ろから襲ってきた兵士の剣を、弟は防ぎきれなかった。

 体力はとうに切れ、動きは鈍くなっていた。
 でも、それ以上に――――――俺の声に気を取られて上手くさばけなかったように、俺には見えた。

 それからは一方的な戦いだった。
 何人もの兵士に切り裂かれ、剣を突き立てられ、それでもリオンは倒れなかった。

 声をかけたいのに……俺が叫べばリオンの邪魔になる。
 必死に声を押し留め、ただ目の前の光景を凝視する事しかできなかった。

 リオンは血止めの呪文を唱えながら、ひたすら魔剣を振り回す。

 魔剣の刃はどんどん短くなって、今ではまるで懐剣のようにしか見えない。
 魔力に反応するあの剣の様子からして……もうリオンに戦う力なんて残っていない。

 とうとうリオンの体が地に臥した。
 その瞬間を狙い定めるように数本の槍が飛んできて、小さな体を串刺しにする。

 敵の将校らしき大男がリオンの前に歩み出て、血で濡れた体につばを吐きかけた。

「汚らわしき死神よ。よくも私の部下を何千人も殺してくれたなッ!!」

 男が憎々しげにリオンの背を踏みつけると、リオンの口からは大量の血がこぼれた。

「貴様も赤い血を流すようだが、本当に人間なのか?
 腹を割いて中を見てやろう」

 そう言うと将校は、倒れたリオンの髪を掴んで高く掲げた。

「止めてくれっ!!
 リオン!! リオンを……返せぇぇ!!!」

 俺の叫びに、将校は振り向いた。
 そして俺に良く見えるようリオンの体をこちらに向けると、一気にリオンの腹を切り裂いた。

 リオンの唇がわずかに動く。


 ボ ク ヲ  ワ ス レ ナ イ デ


 それっきり、リオンは動かなくなった。

「うわああああああああああああ!!!」

 リオンを追って飛び降りようとする俺の体を、ブラディとアッサムが羽交い締めにする。

「離せ! 離してくれッ!!」

 振りほどこうとしても、それは叶わなかった。
 他の数人も加わって俺を押さえつける。

 ふと、大魔道士アースラの言葉が聞こえたような気がした。
 あの時、アースラは言ったではないか。

「呪われろ」

「これから永遠に生き地獄を這いずり回るがいい」

 アースラが心血を注いで造った美しい国を、俺は壊した。
 俺が捨ててきた故国・エルシオンの民の中には、リオンのように無残に殺された者もきっと大勢いたに違いない。

 その事実から目を背けて、俺は『弟と楽しく暮らすこと』に重きを置いて過ごしていた。

 これが……彼の言う『罰』なのだろうか……?
 国を滅ぼし、再興も忘れた愚かな王子。

 だから、『罰』を与えられたのだ。

 どこに逃げようと、エルシオンを踏みにじった俺を……きっと『呪い』は追ってくる。平安なんて、永遠に訪れない。

 俺は『国を滅ぼす不吉の王子』としていつまでも生き続けなければならないのだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

子悪党令息の息子として生まれました

菟圃(うさぎはたけ)
BL
悪役に好かれていますがどうやって逃げられますか!? ネヴィレントとラグザンドの間に生まれたホロとイディのお話。 「お父様とお母様本当に仲がいいね」 「良すぎて目の毒だ」 ーーーーーーーーーーー 「僕達の子ども達本当に可愛い!!」 「ゆっくりと見守って上げよう」 偶にネヴィレントとラグザンドも出てきます。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...