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第12章 転機

4.転機

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 馬車を駆って3週間がたった。

 俺たちは、派手に奴隷センターを壊滅させている。
 目立つのを避け裏街道から進みつつ、野宿を繰り返していた。

 途中の街に寄って物品を買い足すということも、しない。
 昼間は人気のない場所で休憩を取る以外……ただひたすら馬車を走らせる。

 奴隷センターにいた奴らは全員消した。書類も焼いた。
 だから、俺たちが逃亡奴隷だとバレることはまずないはずだ。
 しかし念には念を入れないと。

 でないと城を脱出したときのように、不測の事態に慌てることとなるだろう。

 書類の控えが別所にあるなどして『逃亡』がバレていた場合、あのシリウスという国は豊かで他国との交易が盛んな分、どこまで俺たちの情報が伝わっているか知れたものではない。

 ただ今回は、アリシアの勧めもあって宿からそれなりに食料や水を持ってきているし、馬車も手に入れた。
 そのため、前のように野草をかじりながら徒歩で……という悲惨な旅路ではない。

 天候も、アリシアが雲を読んで告げた通り上々だ。
 町の街道に比べれば悪路ではあるが、ぬかるみさえしなければそれなりのペースは保てる。替え馬が無いのであまり急いたりは出来ないが。

 水は汲み置きとはいえ、井戸の水を煮沸して容器に詰めている。当分腐ることはない。
 食べ物は燻製肉や干し肉、日持ちする根菜類や果物がメインだ。
 全てアリシアが取り仕切っている。

 今回の旅は、そのへんに関してだけはずいぶん気楽だ。
 世の中のことを分かっている大人がそばにいてくれるというのも心強い。
 俺の知識は所詮『机上のもの』でしかないのは、もう、わかってしまったから。


 ラフレイムはほんのすぐそこ……という場所に来て初めて、物資補給と骨休めのために少し大きめの町に寄った。

 さすがにここまで離れれば、追っ手も容易には俺たちを見つけられまい。

 でもその町はとても貧しいらしく、老若男女、すべてみすぼらしいなりをして痩せている。
 治安も炎上都市と呼ばれるラフレイムが近いだけあって、良いとは言えなさそうだ。
 余所者はよほど珍しいのか、ジロジロ見られ、少々イヤな感じがする。

 その視線の中に俺たちを値踏みするようなものが混じっているように感じるのは、奴隷に売られかけた俺の被害妄想だろうか?
 ……でも前回、安宿に泊まったばかりに大変なことになったので、今回はそこそこ大きい食事処できちんとした食事を取ることにした。

 俺たちが選んだ立派な門構えの食事処は、客がほとんどいなかった。
 数人の黒い制服を着た従業員らしき人たちが、手持ち無沙汰に備品を磨いている。

 飛び込みで入ったが、もしかして余程不味い食事処なのだろうか?
 違う意味で不安がよぎる。

 しかし今更店を出るわけにもいかず、とりあえず愛想良く寄ってきた店の男に3人分の食事を注文する。
 お金はたっぷりと持っているので、リオンやアリシアには好きなものを選ばせた。

「お客さん、どこまで行かれるのですか?」

 出来上がった食事を卓上に並べながら、中年の従業員がにこやかに聞いてきた。
 どうやら他に客がいなくてヒマらしい。

「……ラフレイムに行こうと思うのだけど」

 思ったより上質だった食事を頬張りながら答えると、男は怪訝な顔をした。

「後からお連れ様と合流なさるのですか?」

「ううん」

「では、これから用心棒をお雇いになるのですか?」

「ううん」

「いやいや、女性と子供だけでそれはマズイでしょう。なんでしたら、凄腕の用心棒を斡旋してくれる店のご案内を……」

「ううん。別にいい」

 俺はちょっと喧嘩が強いぐらいの大人なら、7人ぐらいに囲まれても軽く倒せる。
 リオンに至っては鬼のような強さだ。経費をかけてまで用心棒が必要とは思えない。

 しかし、こんなにも勧められるならやはり、用心棒の一人ぐらいは雇ったほうが良いのだろうか?
 庶民の常識とは、そうしたものなのだろうか?

 そんな事を思いながら、アリシアの方をチラリと窺い見る。

 アリシアは俺の視線を受けて、男にニッコリと微笑んだ。
 性格はともかく、彼女はカオだけはとても綺麗なので、大輪の薔薇が咲いたかのようにその場が華やぐ。

「お気遣いありがとうございます。しかし、私たちはそのような裕福な旅人ではありません。ラフレイムで用を済ませたらすぐに戻りますのでご心配なく」

 男はしばらくアリシアに見とれていたが、ハッとしたような顔で我を取り戻し、ラフレイムに行くのだけは 止すように……隣に同系列の宿があるからそこに泊まって、明日朝引き返すようと説得を始めた。

 まあ、炎上帝国なんて呼ばれているところに女子供だけで向かおうとしていたら、俺だって止めるかなぁ。
 
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