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第10章 シリウスという国

2.シリウスという国

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 簡単に働き口が見つかることは無いと覚悟はしていたが、他国の世間はやはり厳しかった。

 これが俺の国だったら、孤児を放っておくような人はまずいないのに。
 今更ながら、他国との違いに驚嘆する。

 結界内に張られた『善の力』によるものなのか、エルシオン王国の民たちはみな、優しく高潔で働き者だった。
 困った人がいれば必ず助けたし、だからこそ、皆気持ちよく平和に暮らせたのだ。

 国境近くで小競り合いがあっても、わが国に入り込んだ他国の兵たちは今までの行いを悔いてわが国に亡命してきたり、悔恨のあまり自分で命を絶つものさえいた。

 それが結界の作用のせいだと知らなかった俺は、我が国の民や兵士たちの勇敢さ、そして『徳』の高さがそういう結果を生んだのだと思い込んでいた。

 ……今考えれば、能天気にも程があるというものである。

 もちろん、優しい環境に育ったものは自然と優しい性格となる。
 今でもわが国の者は、ほとんどが優しいままだろう。
 ただ厳しい環境に晒されて、確実に変わってはきている。

 結界の力がすべてというのはあまりにも悲しすぎるが、以前であれば『弟を助けるため』に城を出た俺のことを、エドガーはきっと理解したはずだ。

 でも、そのエドガーは『俺を殺すつもり』で殴り続けた。
 リオンが来なければきっと、殺されていただろう。

 エドガーは元々乱暴なところはあったが、友を殴り殺せるような奴ではなかった。
 むしろ優しくて、正義感がとても強かった。

 結界を失った他の領民たちにも、エドガー同様の変化が出ているのだろうか?

 ……変化は俺たちにも訪れた。
 俺やリオンは、簡単に人を殺せるようになってしまった。

 変化はこれで終わりなのだろうか?
 それとも、もっともっと変わってしまうのか。
 考えると恐ろしくなる。


 食事を終えた俺たちは、さっきのおばさんに部屋を用意してもらい、かさばる荷物を置いてから外に出た。
 ゆっくり宿で休みたかったけど、お金が尽きるまでに仕事を探さねばならない。
 もっと離れた国の方が身分がばれる可能性が低く、安全なことはわかっているが、旅をするのにだってもちろんお金は必要だ。

 労働の基準は国によって異なるが、大抵の国では15歳未満の子供の雇用は認めていない、と習った気がする。
 見つけるのは中々難しいだろう。
 まして人目につきにくい仕事となると、いっそう限られる。

 そうだ。
 うちの国では家もなく、1人で身を立てられない孤児は教会で面倒を見てもらっていた。

 孤児が困っていたら、大抵は親切な大人が教会まで連れて行くものなのだが、ここの宿の人も、周りで話を聞いていたはずの人も、全く無反応だった。

 ……自力で探すしかないか。
 ここは俺の国ではない。

 この国にはこの国のやり方があるのだから、俺達が合わせねば生きていくことはできない。
 それぐらいのことは、子供の俺にだって理解できる。

 俺は道行く人に聞きながら、一番近い教会に行ってみることにした。

 3人目に教えてもらった角を曲がると、賑やかな音楽が聞こえてきた。
 正面には中々立派な教会があって、その前はちょっとした広場になっている。

 人々は楽しそうに歌ったり、お酒を飲んだり、踊ったりしている。
 その人々をかき分けて教会に向かって進む。

 教会の扉は開け放たれていて、そこから広場に向かって赤い絨毯が引いてあった。

「何だか、皆さん楽しそうですね?」

 リオンが不思議そうな顔で尋ねる。

「ああ、きっと結婚式があるんだ。ほら、花嫁と花婿が教会から出てきた」

 開いた扉から真っ白なドレスに身を包んだ花嫁が新郎に手を引かれ、幸せそうに現れた。
 その瞬間、広場から歓声が上がる。

「けっこんしき……それは何でしょうか?
 でも、左側の白ずくめおの衣装の方は、きっと僕と同じ神官ですよね?」

 真面目な顔でそう問うリオンは、本当に可愛らしい。 

「違うよ。あの二人は神に祝福されて、一生二人で仲良く暮らしていくという誓いをしたんだよ。
 お嫁さんは婚儀の時には白い衣装を着るんだ。
 あれは神官服ではなくて『ウエディングドレス』っていうんだよ」

「うえでぃんぐどれす……? 僕も、着てみたいな……」

 ぼそっとリオンが呟いた。
 はい?
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