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第10章 シリウスという国
1.シリウスという国
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俺はリオンと共に、道なき道を行った。
リオンだけならもっと早く進めたろうが、エドガーに手酷く殴られた体は思うように動きはしない。
何日も野宿を重ね、やっとの思いでシリウス王国についたときは、もうヘトヘトだった。
とにかく休みたい。
砂金とは別にお金も少し持っていたが、当面の生活費として足りるかというと、否である。
高級そうな宿に泊まったら、1週間でなくなる程度のはした金だ。
そうは言っても、まずは食事を取らねば話にならない。
持っていた食料は最初の数日で食べつくし、飲み物すらここ2日はろくに飲んでいなかった。自分の体がすごく重く感じられる。
「兄様、葉っぱってたべられるのですねえ!」
腹を満たすため、苦い野草を食べる……そんな過酷な日々すら珍しいのか、リオンは楽しそうだったが、俺はもう限界だ。
野草の知識を俺にくれたのは、貧国出身の母上と叔父のエドワード。あの二人も小さいとはいえ、一国の姫と王子だったのに、数年に一度の大洪水&害虫による大飢饉の時は、ずっと野草を食べてしのいでいたらしい。
……エドワードごめん。
遠乗りのたび、森の中で嬉々として野草を摘んでいたおまえを「セコイ奴」だなんて思って。
味はともかく、なんとか生き延びられたのは、母上とエドワードのおかげだ。
そんな事を考えながらフラフラ歩く。
目に付いた一軒目の安宿で3日分の宿泊予約をし、軽い食事を頼む。ここは食堂を兼ねているタイプで食事もすぐに出来そうだ。
運ばれてきた水をごくごくと飲んだ。
溜まった雨水や沼の上澄みに火を通して飲んだ水がトコトン不味かったせいか、名水でもなかろうに、体に染み渡るようなうまさだ。
少し落ち着いたところで周りを見渡す。
まだ昼前だというのに、ほとんど満席状態だ。
そのうちいくらかの客は、どうやら我が国の民らしい。
ここはエルシオンの南西にある隣国で、そのせいか国を落ち延びた難民がそれなりに逃げて来ているようだ。
髪は奴隷にされた民たちを助けに行く前に染め直しているが、王子とばれないように気をつけねばならない。
それに……。
「どうしたのですか、兄様?
何か困ったことでもおありでしょうか?」
リオンが心配そうに尋ねる。
「あ、うん。助けた民たちは、どこに逃げたのかなぁ……って思って」
あの民たちが無事落ち延びてほしいいと願う一方、この国にだけは来て欲しくないという勝手な思いが俺の中に湧き上がる。
エドガーのこともあるし、出来れば顔を合せたくなかった。
「民たちは、多分他の国に向かったと思います。たくさんの声が、僕らとは違う方向に向かったから」
「そうか……」
返事を返しながらも、リオンの言葉に何故か引っかかる『違和感』を感じた。
リオンは多分、嘘は言っていない。
そもそも、上手に嘘が付けるほど世慣れてもいない。
なのに、心の底から不安が湧き上がってくる。
何故なのだろう……?
でも、すぐに思い直した。
これまで何度もリオンを疑い、傷つけてきた。
酷い言葉も投げつけた。
でも結局、リオンが俺を裏切ったことなど一度もなかったではないか……。
「ちょっとあんたたち、子供だけなのかい?」
ぼんやりと考え込んでいたら、パンとスープを持ってきた中年のおばさんが声をかけてきた。
昔はそれなりに美人だったのではないかとうかがわせる顔立ちだったが、指の節は太く、ごつごつとしてたくましい。
細くなよやかだった母上の指とはずいぶん違う。
「ああ、あたしゃこの宿の主人だよ。この宿はね、お金さえ払えば誰でも食べたり泊まったり出来るけど、子供だけっていうのはさすがに珍しくてね。ちょっと気になったんだよ。
隣の国で大きな戦があったろ。
坊やたち、もしかしたらそこから来たのかい?」
「え、ええまあ……」
こんな薄汚れたなりで「違います」と言っても説得力がない。
それなら、難民の子供と思ってもらったほうが良いというものだ。
「戦で家族を失って逃げてきたんです。そうだ、おばさん、俺、働口を探しているんです。ここの宿で雇ってもらえないでしょうか?
一生懸命働きます!!」
思い切って聞いてみると、おばさんは難しい顔をした。
「そうだねぇ、こんな子供を放りだすのは可哀想だから雇ってあげたいんだんだけど、以前嫌なことがあってねぇ。
孤児だって言うから雇ってあげたのに、後で親戚だかなんだかが出てきて『こんな年端のいかない子供を勝手に働かせやがって! 訴えるぞ!!』って凄まれたのさ。
おかげで結構な額の示談金まで払わなきゃいけなくなって大変だったさ」
「そんな……おばさんは親切で雇ってあげただけなのに」
「そんなの通じる相手じゃないよ。うちは客商売だから、そういうことがあるとまずいんだよ。
まして、あんたの方には殴られた痣みたいなのがたくさんある。
後でうちのせいだって言われても、困るしねえ。
ま、お金を払って泊まる分には子供だってかまやしないさ。ゆっくりしておいき」
おばさんはそれだけ言うと、忙しそうに店で働いている他の従業員たちと共に空いた皿を片付けたり、料理を運んだりしだした。
リオンだけならもっと早く進めたろうが、エドガーに手酷く殴られた体は思うように動きはしない。
何日も野宿を重ね、やっとの思いでシリウス王国についたときは、もうヘトヘトだった。
とにかく休みたい。
砂金とは別にお金も少し持っていたが、当面の生活費として足りるかというと、否である。
高級そうな宿に泊まったら、1週間でなくなる程度のはした金だ。
そうは言っても、まずは食事を取らねば話にならない。
持っていた食料は最初の数日で食べつくし、飲み物すらここ2日はろくに飲んでいなかった。自分の体がすごく重く感じられる。
「兄様、葉っぱってたべられるのですねえ!」
腹を満たすため、苦い野草を食べる……そんな過酷な日々すら珍しいのか、リオンは楽しそうだったが、俺はもう限界だ。
野草の知識を俺にくれたのは、貧国出身の母上と叔父のエドワード。あの二人も小さいとはいえ、一国の姫と王子だったのに、数年に一度の大洪水&害虫による大飢饉の時は、ずっと野草を食べてしのいでいたらしい。
……エドワードごめん。
遠乗りのたび、森の中で嬉々として野草を摘んでいたおまえを「セコイ奴」だなんて思って。
味はともかく、なんとか生き延びられたのは、母上とエドワードのおかげだ。
そんな事を考えながらフラフラ歩く。
目に付いた一軒目の安宿で3日分の宿泊予約をし、軽い食事を頼む。ここは食堂を兼ねているタイプで食事もすぐに出来そうだ。
運ばれてきた水をごくごくと飲んだ。
溜まった雨水や沼の上澄みに火を通して飲んだ水がトコトン不味かったせいか、名水でもなかろうに、体に染み渡るようなうまさだ。
少し落ち着いたところで周りを見渡す。
まだ昼前だというのに、ほとんど満席状態だ。
そのうちいくらかの客は、どうやら我が国の民らしい。
ここはエルシオンの南西にある隣国で、そのせいか国を落ち延びた難民がそれなりに逃げて来ているようだ。
髪は奴隷にされた民たちを助けに行く前に染め直しているが、王子とばれないように気をつけねばならない。
それに……。
「どうしたのですか、兄様?
何か困ったことでもおありでしょうか?」
リオンが心配そうに尋ねる。
「あ、うん。助けた民たちは、どこに逃げたのかなぁ……って思って」
あの民たちが無事落ち延びてほしいいと願う一方、この国にだけは来て欲しくないという勝手な思いが俺の中に湧き上がる。
エドガーのこともあるし、出来れば顔を合せたくなかった。
「民たちは、多分他の国に向かったと思います。たくさんの声が、僕らとは違う方向に向かったから」
「そうか……」
返事を返しながらも、リオンの言葉に何故か引っかかる『違和感』を感じた。
リオンは多分、嘘は言っていない。
そもそも、上手に嘘が付けるほど世慣れてもいない。
なのに、心の底から不安が湧き上がってくる。
何故なのだろう……?
でも、すぐに思い直した。
これまで何度もリオンを疑い、傷つけてきた。
酷い言葉も投げつけた。
でも結局、リオンが俺を裏切ったことなど一度もなかったではないか……。
「ちょっとあんたたち、子供だけなのかい?」
ぼんやりと考え込んでいたら、パンとスープを持ってきた中年のおばさんが声をかけてきた。
昔はそれなりに美人だったのではないかとうかがわせる顔立ちだったが、指の節は太く、ごつごつとしてたくましい。
細くなよやかだった母上の指とはずいぶん違う。
「ああ、あたしゃこの宿の主人だよ。この宿はね、お金さえ払えば誰でも食べたり泊まったり出来るけど、子供だけっていうのはさすがに珍しくてね。ちょっと気になったんだよ。
隣の国で大きな戦があったろ。
坊やたち、もしかしたらそこから来たのかい?」
「え、ええまあ……」
こんな薄汚れたなりで「違います」と言っても説得力がない。
それなら、難民の子供と思ってもらったほうが良いというものだ。
「戦で家族を失って逃げてきたんです。そうだ、おばさん、俺、働口を探しているんです。ここの宿で雇ってもらえないでしょうか?
一生懸命働きます!!」
思い切って聞いてみると、おばさんは難しい顔をした。
「そうだねぇ、こんな子供を放りだすのは可哀想だから雇ってあげたいんだんだけど、以前嫌なことがあってねぇ。
孤児だって言うから雇ってあげたのに、後で親戚だかなんだかが出てきて『こんな年端のいかない子供を勝手に働かせやがって! 訴えるぞ!!』って凄まれたのさ。
おかげで結構な額の示談金まで払わなきゃいけなくなって大変だったさ」
「そんな……おばさんは親切で雇ってあげただけなのに」
「そんなの通じる相手じゃないよ。うちは客商売だから、そういうことがあるとまずいんだよ。
まして、あんたの方には殴られた痣みたいなのがたくさんある。
後でうちのせいだって言われても、困るしねえ。
ま、お金を払って泊まる分には子供だってかまやしないさ。ゆっくりしておいき」
おばさんはそれだけ言うと、忙しそうに店で働いている他の従業員たちと共に空いた皿を片付けたり、料理を運んだりしだした。
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