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第2章 名前のない少年

14.名前のない少年

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 俺はますますリオンの所に行くようになった。

 母のことを思うとちくりと胸が痛んだし、やっとハイハイを始めた可愛い妹の相手ももっとしてやりたかったが、母にも妹にも優しくしてくれる人は大勢いる。

 でもリオンは独り。

 俺が行ってやらなければ、この世界の中で独りぼっちだ。
 なら俺だけはこの『弟』を大切にしてやろう。

 地下に行った所で、リオンには様々な課題が与えられている。話せるのは実質数分だけだ。

 以前、話し込みすぎて課題を果たせなかったことがあった。
 翌日会いに行ったら、リオンはいくつものアザをつけられていた。
 クロスⅦに仕置きされたのだという。

 それでも、リオンは決して俺を責めない。
 いつものように笑って出迎えて、ぎゅっとしがみついてきた。

 俺は、この哀れな弟の頭を撫でてやることしか出来ない。
 せめて傷の手当をと思っても、きっぱりと拒否された。

『そんな事をしたら、クロスⅦにばれて、もう二度と会えなくなります』と。

「僕はね、何もつらくないのです。
 こんな怪我など『神の加護』を施されているのですぐに治りますし、兄様が会いに来て下さるから、僕は幸せです。本当です」

 何度聞いてもそういう答えが返ってきた。

 『神の加護』と弟は言っていたが、実際はそんな綺麗なものではないように思う。
 そりゃあアザが出来ても、怪我をしても、大抵は時間とともに自然治癒するだろうさ。
 でも、これってつまり『怪我をしても放ったらかし』ってことなのだから。

 せっかく覚えた『幸せ』という言葉をこんな風にしか使えないのかと思うと、哀れさばかりがつのっていった。
 何と可哀想な子供だろう。

 神官は、全ての私欲を捨て去ってこそ一人前。
 繰り返し師にそう教え込まれてきたという弟は、『欲』という物に無縁だ。

 たった一度だけ愚痴を言ったこともあったけど、それも柔らかに笑いながらだった。

 なんでも週に一度、クロスⅦと共に神に供物をささげる特別な儀式をするそうなのだが……その後、斎場に敷かれた大量の聖布を冷水で手洗いしなければならないらしいのだ。

 儀式のための聖水を染み込まされた聖布は、そのまま放っておいたら染みになって穢れてしまう。だから、毎回丁寧に洗う必要があるのだという。

 それを始めた頃、あまりの大変さにうっかり『魔法で洗ったら駄目ですか?』とクロスⅦに聞いてしまい、

『お前は馬鹿か。貴重な魔力を国のためではなく己のためにつかう気か!』

 と、こっぴどく怒られたそうだ。

 でも仮にも『王子』が洗濯? 

 しかも冷水?

 城の侍女にでもやらせれば済む話なのに、父上とクロスⅦは、どこまでリオンを苛め抜くつもりなのだろう。

 いや、こんなことは続けさせない。

 今の俺は、父上に全然かなわない11歳の王子でしかない。

 リオンに与えられる仕打ちを見ればわかるように、下手につついたら父上はリオンに何をするかわからない。
 だから密かに会いにくるぐらいしか、俺がリオンにしてやれることはない。

 でも俺が大人となり、誰からも認められる立派な王位継承者となれば、話は別だ。
 俺は絶対、リオンをこのままになんてしておかない。

 武道だけじゃ駄目だ。
 勉強だけでも駄目だ。

 誰からも認められる力が要る。
 リオンを助けられるぐらいの力が。

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