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第1章 おとぎの国に住む王子

5.おとぎの国に住む王子

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 午後の勉強も終え夕方になると、俺はいつものように妹ヴィアリリスに会いに行った。

 この妹は本当にかわゆい。
 俺はどちらかというと父上似で、金髪とはいえ光に透けるような淡い色じゃない。瞳も湖水色じゃない。

 でもヴィアリリスの容姿は本当に母譲りで、髪は思わず触れたくなるようなふわふわの金糸。瞳は湖水色。もう、間違いなく美人になるだろう。
 それでなくても俺はずっと一人っ子だっただけに、妹の存在は愛しく、その可愛さは言葉では表せない。
 しかも俺にとってヴィーは『恩人』である事も今日わかったのだ。

「ほらヴィー、高い高い~!!」

 生まれたばかりの頃はふにゃふにゃしてて、抱っこするのも怖かったけど、半年もたつと体もしっかりするし、こうやって遊んでやると楽しそうに笑う。

 あんまり激しくやると母上に怒られるが、俺はヴィーの無垢な笑顔を見ると何とも幸せな気持ちになる。

「ほほほ。エルは本当に良いお兄様ですこと」

 臥せりがちな母も、このところ少し元気だ。

「わたくしは、これから少しお父様の所にまいらねばなりません。
 ヴィアリリスの事、見ていて下さるかしら?」

 母上が、優雅ににっこりと笑う。

 うわ。
 我が母ながら本当に美しい。
 この顔を毎日見ていたら、他国の姫がカボチャに見えたってしょうがないじゃないか。

 そんな事を思いつつ、

「は~い、母上!」

 と、元気に返事をしてから気がつく。

 そういえば、いつもいる乳母が今日はいない。

 母上は極小国の出のせいか、侍女などを部屋に置きたがらなかった。
 でも、ヴィーが生まれてからはさすがに大変で、自国から呼び寄せた乳兄弟を乳母として置いていたというのに。

 ……それにしても、あの美しい母を悲しませてまで父が、他に女性を囲っていたなんて。
 母上が出て行く姿を見送った後も、あの話が頭から離れない。

 この現代に『呪い』なんかを信じて妾妃を置いたのだとしたら、父上は本当の馬鹿だ。 
 頭がおかしいとしか思えない。

 父上はともかく、命まで落としたという『その女性』を恨むことは筋違いなのだろうが、母上の苦しみを思うとやはりその妾妃も憎い。
 無性にイライラした。

 くそ。父上の浮気者っ!!!
 有りもしない『呪い』なんかを信じて、お優しい母上を苦しめるなんて酷すぎる!!

 父上なんか腹に愉快な顔を描いたうえ、背中には『ごめんなさい』とでっかく筆書きして国中踊りまわればいいんだ!!

 ……でも、そうなったらそうなったで、お優しい母上はきっと凄く苦しまれるだろう。

 母上……今頃父上とどんな話をされているのかな?

 きっと昔のことなど忘れたように、優しい笑顔を向けてらっしゃるとは思うけれど、その心中を思うと胸が痛む。

「いけないお父ちゃまでちゅね~?
 母上以外の女の人と仲良くするなんて~!!」

 ケラケラと無邪気に笑う可愛いヴィーに、そう何気なく言ったとたん青ざめた。
 父上の所に行ったはずの母上が、ドアを開けて立ってらっしゃったのだ。

「エル……今なんと……」

「あ、違う! 今じゃなくてその、……昔の話を……ちょっと聞いてしまって……」

「……そう」

 母上はため息をついて、傍にあった椅子に腰掛けた。
 そしてそのまま黙り込んでしまう。

 静寂が肌を刺して痛い。
 ヴィーに気を取られて気づかなかっとは言え、俺は母上になんて事をしてしまったのだろう。

「……いつかあなたの耳にも入ると思っていたわ。
 でも、こんなに早いなんて……」

 母上が悲しそうに、ポツリと呟く。
 俺は大馬鹿だ。大好きな母上を悲しませてしまうなんて。

「……ねぇエル。乳母にも探らせているのだけれど、『あの子』の居場所がわからないの。
 あなたは聞きまして?」

 しばらく顔を伏せていた母上が、意を決したように顔を上げた。

「あの子?」

「ええ。王は城のどこかに生まれた子を隠し、住まわせているらしいのだけれど、わたくしにもその場所を教えては下さらないの」

「……母上!! 妾妃の子供は死んだのではなかったのですか!!」

 思わず大声を上げると母上は動揺した。

「……あ……わ、わたくしの勘違いです。そう、亡くなられました。
 ……この話は忘れなさい、エル。あの可哀想な子は死んだのです……」

 母上はそう言って、悲しそうな顔をした。

 それは嘘だ。
 父上の不義の子はきっと生きている。

 でも俺は母上に弱い。
 母上を苦しめることになるこの件を、どうしてもそれ以上聞くことはできなかった。
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