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ヒロイン、捕まる 2

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 チッチッチと時計の秒針の音だけが聞こえていた。
 時間にしてどれぐらい経った頃だろうか。体感ではアダムの睫毛の本数まで数え終わってしまいそうなぐらい長い時間、睨みあっていた。

 埒が明かないと諦めたのはアダムが先だった。

「…………無事です。あなたたちを保護したのは騎士団長、ドラコニア伯爵です。そのまま保護されていると聞いていますよ」

 今度はそちらの番だといわんばかりにアダムは顎をクイッと上げた。
 執事キャラに俺様要素を足すだ、と……!?欲張りすぎだろう……!

 アダムのジャケットの内ポケットをトントンと指で指し示せば、またすぐに伝わったようだ。

「なるほど」

 ジャケットからすぐに探し物は見つかったようで、コロンと手の中で確認しホッとした顔をチラリと見せた。かわいいところもあるようで、私としてもホッとした。このまま強めの要素だけ増やされたら胸やけを起こすところだった。

 いそいそと記章をつけなおすアダムを見ながら、ンンッと喉を鳴らし忘れてもらっちゃ困ると存在をアピールしておく。

「ドラコニア伯爵、は……その、王妃派、なんですか?」

「さて、なんのことだか」
「次はその仕立ての良いスーツにしますね」
「やめなさい!!」

 素早い身のこなしで椅子の影に隠れたアダムをじーっと見つめ、威嚇する。

 なんだかいつもより回復が遅く、これ以上は魔術を使えそうになかったのだが。アダムは私を過大評価しているのか、まだまだ出来るはずと期待して(?)ずれた眼鏡も直さず椅子の影から出てこない。

 もしかして、乙女の前で全裸になることは出来ないというアダムの配慮かもしれない。仕事の出来る執事は配慮まで完璧だ。期待に応えられなくて本当に残念だ。

 ひとまず、ユーリは無事に保護されたようで安心した。
 あのままユーリだけ行方不明だとか、男爵家に連れ戻されただとかいう最悪な状況だけは回避できたようで、本当によかった。

 ユーリはすぐ諦めたような顔をするのに、必死に逃げたりもする難しい少年だ。『アンネリーゼなんか大っ嫌いだ』といつから思っていたのかはわからないが、ずっと手を握ってくれていた。

 素直じゃないし、頑固だし、プライドも高いし、難しいやつだ。
 だけどそれと同じぐらい優しく、身の丈に合わないほど正義感のある少年だった。

 魔力切れで倒れることが多い私の手を握って看病してくれたりもした。
 不思議とユーリと手を繋いでいると、力が湧いてくるのだ。
 
 いつもより冷たい指先を握りこむ。
 今は、その温もりが無いことがとても寂しい。

 ここに母さんや父さんはいないし、やっと受け入れてくれそうだった男爵家にはもう戻れそうにもない。アニーやジョンとアッシュにもさようならは言っていない。おまけにユーリには大嫌いだと言われてしまった。

 あんまりじゃないか。どうしてこうも私から奪っていくのか。
 私が何かしたのか?男爵家に来たのも私から売り込んだのではない。母さんや父さんが私を連れて村へ逃げたのだって、私がお願いしたのではない。アリアお母さまが公爵家に奉公に行ったのだって、私のせいじゃない。なんせ生まれてないからね。

 もうつらくて、悲しくて、心細くて……私の身体はワナワナと震えていた。
 アダムに見栄を張ったために魔力枯渇状態でちょっと寒気を感じているが、これはブルブルではなく、ワナワナで間違いない!

 元を正せば、雲の上の神様とやらの公爵閣下が元凶なんじゃないか?権力に物を言わせて何人もの人生を狂わせているじゃないか。権力者はいつもそう!

 これがドアマット系ヒロインの運命だとでもいうのだろうか。
 そう、ドアマットとは。いわゆる周囲から虐げられ何度踏みつけられても健気に耐えるヒロインである。まさしく私のことである。つらいことがあればあるほど、後々訪れる幸せが骨身に沁みるのだ。

 だが、王道展開に天才ヒロインである私ならではのスパイスを利かせて歴代ヒロインとの差別化を図ろうと思う。
 ぐぐぐとせり上がって来ていた涙を拭い、誰の温もりも無い指先を強く握りこんだ。
 
 虐げられ何度踏みつけられても健気に耐える……いや、耐えていたって幸せが訪れるとは限らない。歴代ヒロインたちも、幸せに向かって行動したからこそ結果がついてきたと思わないか。私はそう思う。

 だいたい、苦しみを健気に耐えて結局幸せにならなかったヒロインたちはそのまま闇に葬られて物語にもならず人々の記憶からも消されたに違いない。

 最後まで立っていた者が物語の勝者となるのだ。

 歴史に残る大魔術師だった前世を持つ私はそれを知っている。

 正直、寂しいし、やるせないが。ここで泣き伏せているわけにはいかないのだ。

 どうして私は奪われるのか。弱いからだ!
 どうして私は自分の生きる場所を選べないのか。弱いからだ!

 どうして私は弱いのか。諦めるからだ!!

 私は諦めたりしない。諦めたらそこで人生終了なのだ。
 それを私は知っている。なんせ、前世は大陸一の天才魔術師であり

 今世は天才ヒロインなんだから。

 「師匠は意外と脳筋ですよね」と呆れたように呟いたのは前世の弟子だったか。
 
 うぉおお!!と盛り上がっていてすっかり忘れていたが、握り拳を振り上げた瞬間にカチリと音がして思い出した。アダムのことを。

 ────ヒロインは、泣かない・しょげない・くじけないってね。
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