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ヒロイン、救済する 2

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「アンネリーゼ、馬鹿は嫌いだって言ったでしょう。教師から報告があったわよ」

 ジニーの畑では暖かかった陽気も、アリアお母さまの自室では冷え切っている。
 ティーセットの前で優雅にくつろぐ男爵家の女当主であるアリアお母さまは、二人きりになった途端に聖母の仮面をスコンと落とした。

 男爵家の頂点にして皆のアイドルとして君臨するアリアお母さまは、今日も今日とてご機嫌ナナメらしい。大規模修繕工事を考えた方が良いほど傾いている。

「アリアお母さま、私はお馬鹿ではありません。成績は良いはずです」
「返事は”はい”しか許していないわ、アンネリーゼ」

 バサリと机に落ちた書類は確かに私の家庭教師の報告書だった。

 この男爵家に引き取られて早々やらかした、冬のピクニック事件から回復してすぐ。家庭教師をつけられた。

 最初の家庭教師は、世話役と言ってもいいほど家庭教師とは名ばかりの女性講師だった。
 おそらく、元平民だった私の一挙手一投足、貴族の様式を叩きこむ目的があったのだろう。 

 だがしかし思い出してほしい。この類まれなる愛らしい美少女の中に入っているのは、元天才魔術師かつ一応貴族だった私である。

 家庭教師としてやってきたマダムは、元平民の女児を相手にするつもりで来たかもしれないが、お帰りになる頃には逆に夫婦関係の悩みから始まり自身の子どもの教育・老後の展望などのお悩み相談を受けるようになった。

 ……ちなみに、この時点でもアリアお母さまに呼び出されて「魔力で夫人を操ったのか」と悪役風の台詞とともに釘を指された。魔力はそんな万能なものじゃないんだよな。これだから素人は。やれやれ。という説明をしたら三日食事抜きになったことは思い出したくない。ユーリたちが差し入れをしてくれなかったら来世に期待するところだった。

 次に来たのは基礎勉学を中心に指導する役目を担った家庭教師然とした人だった。
 最初に絵本の読み聞かせから始まり……全て幼児向けの内容で構成されていた。

 やれやれ。
 思い出してほしい。この類まれなる愛らしい美少女の中に入っているのは、元天才魔術師かつ一応貴族だった私である(二回目)

 華麗に家庭教師の読み聞かせを復唱し、家庭教師が用意していた計算問題までこなしてみせた。
 
 家庭教師は自分の前の教師から教わったのだと勘違いしていたが、否定はしなかった。大まかなくくりで言えば前(世)の教師に教わったのだから。
 
 才女だと褒められチヤホヤされるのはとても気分が良かったのでルンルンだったのだ。

 それなのに”馬鹿”とは聞き捨てならない。美少女な上に才女だぞ。

「……ベンお父さまは褒めてくださいます」

 もう一人の大人を引き合いに出してみたが、ハンッとアリアお母さまは高飛車な仕草で鼻で笑った。

「物事をそのまま受け取るのがまさに馬鹿の証拠ね。幸せそうな頭だこと」
「アリアお母さまの演技にそのまま騙されるベンお父さまはお馬鹿ということですか?」

 あぁ!この口が勝手に!
 頭は才女なのに、私の口は学習せず余計なことを言いがちなのだ。このせいであの悲劇の三日があったことを忘れたのか!この、この!

 口をベチンとおさえた私をチラッと見たアリアお母さまはふと考えるような仕草をした。

「……ベンは甘えられると安心する性格なのよ」

 おぉっ。自然と拳に力が入った。珍しくアリアお母さまの心の扉に隙間が開いた。

「アリアお母さまはベンお父さまが安心している様子を見るのがお好きなのですか?」
「どうかしら。ベンが不安になっているところを見るは好きね……可愛くて……私の一挙手一投足に一喜一憂しているところなんて、もう」

 そう言いながら、アリアお母さまは恍惚ともとれる顔で呟いた。
 
 まて。ちょっと聞き捨てならないのだが!?と、にわかに前のめりになり、飢えた野良猫よろしく目がギラギラと発光しそうだったが、強靭な精神力で微笑むに留めた。目もヒロインの特殊能力でキラキラに納まっている。いまこそ、マダムのお悩み相談に乗ってきた経験を活かす時────。

 それよりも、と本題を忘れてくれていなかったようで。ベンお父さまを誑し込んだテクニックについては、ここまでのようだった。チッ。

「まともに教育を受けてこなかったはずのあなたが、どうして読み書きが出来るのかというところは聞かないでおくわ。でも、自分の能力をひけらかすのは下品でなくて?」

 げ、下品!!??
 下品なヒロインなんていやしない。つまり下品とはヒロインの対極に位置する言葉であり、私のヒロイン人生にあってはならない称号なのである!

 ガガーンとショックを受けた顔に機嫌が良くなったのか、アリアお母さまは顎をツンと上げた。

「小賢しい女の子は好かれないわよ」

 ぐぬぬぬぬ。私は小賢しいのではない。”大賢しい”なのだ!それを下品だなんて、やはり聞き捨てならない。あれか?自分より頭の悪い子の方が可愛いとかそういうことか?それは嫉妬というのですよ、アリアお母さま。

 前世でも私の天才っぷりに嫉妬して「可愛くない」だの「女は少し抜けている方が」など悔し紛れの捨て台詞を言う人間は山ほどいた。そういうことを言う人間の言う”かわいい”は見下して愛玩する方の”かわいい”なのだ。

 やれやれと顔を振れば、アリアお母さまのこめかみがピクリと揺れた。

「私はカッコ良くて可愛い女の子を目指しているんです。まさにアリアお母さまのような……!」
「───それが小賢しいと言うの」

 ぶわりとアリアお母さまの方から圧のようなものを感じ、身を固くする。
 アリアお母さまは魔力が無いので、これはアリアお母さま自身の培ってきた”有無を言わさず相手を従わせる”能力なのだ。

 さすが祖にして最強の敵、圧巻である。
 その威圧を受けて、私は怯えたように押し黙り顔を伏せた。

 大人しくなった私に溜飲を下げたのか、威圧を下げてアリアお母さまはティーカップに口をつける。

 ふるふると身体を震えさせながら、新緑の瞳を覆うように留まる涙を堪えアリアお母さまを見つめ返した。

「……アリアお母さまに、ほめてもらいたくてお勉強をがんばりました……欲張っちゃってごめんなさい……。でも、ちょっと、頭を撫でてもらえたらって……願ってしまって……っ」

 今のところ負け知らずの秘儀【庇護欲を誘うような小さな訴え】に、アリアお母さまは冷めた目でティーカップを下した。
 
「なんなの、その気味の悪い演技は」
「アリアお母さまの真似です。ベンお父さまは似ていると」

 ウルウルおめめをスンッと引っ込めれば、アリアお母さまは盛大にため息をついた。
 ここにジニーがいたら泣き崩れてしまうであろうほど健気な美少女だっただろう。そうだろう。目どころか飲み込んでも痛くないに違いない。孫だからな。

「はぁ……だから子どもは嫌いなのよ」
「嫌いだから私を”母さん”にあげたのですか?」

 ま た や っ た 。
 ついつい思ったことが口をついて出てしまう。こういうところが小賢しく、”愚か”なのだろう。

 先ほどまで私に向けられていたのは、獅子の尻尾にたかるハエ程度のものだった。
 しかし、私の余計な一言でアリアお母さまの表情が抜け落ちた。これはどうやらアリアお母さまの尾を踏んでしまったようだ。

 ────ヒロインはうっかり失言しがちなのだ。物語の展開上。
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