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しおりを挟む唇が重なって、離れて。
私の顔を覗き込むハヤトくんの顔に焦点が戻って。
また、唇の感触がした。
下唇を唇で挟むように口づけられて、また離れて。
「……目、閉じてよ」
いつの間にか耳は解放されていて、低く囁くような声が空気を揺らした。
「なん、」
なんで、という無意味な問いかけは弟分だった男に食べられてしまった。
硬い舌が入ってきたと思ったら、とろりと柔らかくなり私のそれを撫でた。
ぞわりと首筋から髪の中まで快感が走る。そういえば、キスは久しぶりだった。
粘膜と粘膜の接触は心を許していないと、ただただ不快なものだと思っていたけれど。
私と、彼の間にあるのは”快”だった。
気持ちよさに強張っていた体から力が抜けて、ハヤトくんに押されるように体が反って顔が上に向いていく。
昔より背が高くなってしまった彼からキスを受けると、広がってしまった喉に唾液が伝い落ちていく。
それが何か悪いことをしているようで、更に興奮してしまっている自分に気づいた。
悪いことをして喜ぶなんて、ガキみたいだな。と、思わず笑ってしまう。
「──余裕だね」
違う、だとか。何するの、という言葉は無視されて。突然の俵担ぎで室内まで連れ戻されてしまった。
玄関扉の方からすすり泣きするような声が聞こえたような気がするが、私の頭の中はそれどころではない。
やっぱり重いと落とされるのではないかとハヤトくんのTシャツをぐわしと握りしめていたものだから、ふわりとベッドの上に置かれた時に彼のTシャツを脱がしてしまったのはわざとではない。
「そんなにしたいの?」
のしかかってきた彼の背から浴びるシーリングライトの逆光で、顔はハッキリ見えないのに目だけは熱くこちらを見ていた。
そこには、そういうことをする前の男性の色だったり、したいと言ってほしいと懇願するような色だったり、嫌じゃないかと伺うような色だったり。
色んな感情が混ざっているように見えた。と、思う。願望かも。酔ってるのかな。それとも、酔ってるってことにしておきたいだけだったりして。
なんて答えたものかと、まだ握りこんでいたTシャツで顔を隠すとプチリとお腹の辺りで音がした。
大きな手が素肌のお腹を撫でた。その手が下着の下に滑り込むような気がして──
「ダ、ダメだ、よ」
その手から逃げるように体をよじる。よじって半身になった私の耳に、熱い息が吹き込まれた。
「ここで、ダメって言う?」
「舐めながら喋らないでっ」
Tシャツを握る手を上から握りこまれ、背中を撫でる手はブラのホックをパチリと外した。止める気はないようだ。
「別れたんだから、今度はいいでしょ」
今度はっていつのことを言っているのだ、と言い返そうとして。おや、と思い出す。
そういえば、上京前に同じように当時の彼氏との揉め事……俺のために地元で進学しろだとか言われて、なんでそうなるんだと喧嘩した夜。
いつものように塾帰りのハヤトくんを捕まえて泣きながら絡んでいた時。
そういったお年頃の男の子らしくキスをされそうになって、いくら落としやすそうでも(一応)彼氏のいる女の子にそういうことをしてはいけないのだと説教してしまった覚えがある。
その日を最後に避けられまくって、結局上京することも言えずそのままになったのだった。
甘酸っぱい思い出だ。思春期男子に説教をかますなんてオカンレベルが高すぎる。
私の無言を良しと受け取ったのか、ハヤトくんの攻撃は止まらない。
舌が耳から首筋を通り、鎖骨を唇が食む。音と感触に頭の中が散らかったままだ。
「別れたって……言っても、ついさっきで」
「マナ姉は別れた次の日に彼氏を連れて帰ってきた前科があるので、その言い訳は認めません」
一体いつのことを言っているのだ。
昔の、ハヤトくんの知っている時代の私は。付き合うだの恋人だのに特別な感情は無かった。
相手が私を好きだと言っているし、きっと普通より楽しい時間になるのだろう。それぐらいだった。
自分が中心だったから、相手のことなんて。相手の気持ちなんて考えていなかった。
好きという気持ちを返そうとも思ってなかったし、大事にもしてなかった。
だから、罰が当たったのだ。
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